2017年6月14日水曜日

20170614臨時投稿 「日本海海戦.」

 日本人の精神「利他」は「〇〇ファースト」「自国が中心」という「利己」主義の精神とは全く逆の精神である。「利他」の精神とは他者のため「自己犠牲を厭わない」精神のことである。

 「利他」は人間としてお互い対等な関係を基礎とする。お互い対等な関係とは一方が「上から目線」で他者を見下している関係ではない。長年「人民」が「王朝」に支配されてきた国、現代においてもなおその残滓がある国の「国民」は、無意識の中に近隣の他国を見下している。

 日本国民統合の象徴であられる天皇はこの「利他」の精神を、御身自ら身をもって具体的に体現しておられる。

 この精神の根幹には神武天皇以来綿々として継承されてきた男系の皇統がある。民進党などの国会議員たちの中には、この皇統を「女性宮家・女性天皇・女系天皇」という言葉で断ち切ろうとする勢力がある。日本国民は決してこの男系皇統を失ってはならない。

 日本国はいつの間にか世界第五位の「移民受け入れ大国」になっている(三橋貴明『「移民受け入れ大国」日本の末路』徳間書店)。アメリカ陸軍第442連隊の日系二世たちは、親たちは強制収容所に入れられていたにもかかわらず、祖国アメリカに忠誠を誓い、非常に多くの犠牲を払って偏見と闘い、勝利した。

 日系二世たちが星条旗とアメリカ国歌の下、祖国アメリカに忠誠を尽くしたように、もし日本に危機が迫った時、日本に住む移民たちが天皇を崇敬し、「日の丸」の日本国旗と「君が代」の日本国歌の下、日本に忠誠を尽くしてくれるだろうか?

 民進党の某国会議員は昭和42年(1967年)出版の著書に、皇室について「ああいう一族がいる近くで空気を吸いたくない。天皇とあの一族の気持の悪さ」などと書いている。19年前・17年前の著書でも憲法から天皇制の規定の削除を主張している。某は「あれは30年前の学生時代の頃の発言であった。今は反省している」と釈明している。性格・思想・主義・主張はそう簡単に変わるものではないだろうが、それが変わったのだと信じたい。

 日本国民は、今こそ先人たちの「意識」に共鳴し、日本民族存続のため自分は何を為すべきか考える必要がある。悠久の時間軸のなかで、お互い利益を共有するため「利他」の精神が必要である。

 その一方で、そのような「利益の共有」をしようとはせず、「利己」的に利益を追求しようとし、さらにそのため武力を行使しようとする国に対しては、強力な軍事力をもって対処する精神も必要である。内に大和魂・侍魂を秘めつつ外に向かって「利他」の行動をする。アメリカ日系二世たちも含め、日本の先人たちがそうやってきたお蔭を被って、今の日本があるのである。

 インド・ミャンマー・ベトナム・タイ・カンボジア・フィリッピン・インドネシア・マレーシア・台湾などの国々と日本との良好な関係は、当に先人たちの「利他」の犠牲のお蔭である。アメリカ・ヨーロッパ諸国・大洋州諸国との良好な関係も、人間としてお互い対等な関係を基礎とする「利他」という価値観を共有できているお蔭である。日本は今、ロシアとの間でも「利他」の価値観を共有しようとしている。