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2010年3月11日木曜日

ブッダ「真理のことば」を学ぶ(48(20100311)

今日(10)は午後よいお天気になった。横浜市陶芸センターの近くの中国から贈られたという庭園の池でキンクロハジロの一群がゆっくり水面上を泳いでいる。紺碧の空の下、カモたちはシベリヤ方面に帰る時期を窺っているのかもしれない。池を見ている私のところに寄ってきて「いつ帰ろうかな」とでも言いたそうな顔をしている。

今日は多目的皿、これはカレーライスを食べるときでも、スパゲッティを食べるときでも、なにかお惣菜を盛るときでも使える楕円形の舟形のお皿であるが、これを先週4枚創って乾かしていた。今日はその内側に蚊帳を置いて刷毛で白化粧をして網目模様を付けた。
先々週、赤土3kgを楕円の形にし、7mmの厚さにスライスしてあった。先週それを舟形の皿の形に創った。そして今日、蚊帳をおいて白化粧した。白化粧はあまり時間をかけずに手早におこなった。何故かと言うと土がまだ半乾きであるため折角の舟形の皿が壊れないようにするためである。再来週は素焼きされたものに釉薬をかけ、本焼きに出す。

今日は赤楽茶碗を自分で窯に入れて焼いた。楽茶碗は850度から900度の低い温度で30分ほど焼く。窯の傍にセンターの職員が付いていて手助けしてくれる。焼き上がった茶碗はなかなか良くできていると思う。昨年、黒楽茶碗を創ったので今回は赤にした。

本焼きに出していた葉っぱ状の香合が完成していた。これはお香を入れる内部にグリーンのガラスの破片を入れて焼いたものである。全体として美しい形に出来あがっていて、多少お茶に心得がある女房に茶碗・香合ともよくできているとの評価である。明日にでもこれらを写真に撮って陶芸のブログに掲載するつもりである。

陶芸の行き帰りに司馬遼太郎の『陸奥のみち、肥薩のみちほか』(朝日文庫)を読む。薩摩の陶土の村であり旧士族の村に、「沈寿官」という朝鮮名をもつ薩摩の中ぐらいの家格の旧士族の家がある。沈寿官氏の祖先は李氏朝鮮の全羅北道の南原城にいた。窯業技術をもっているため薩摩に連れてこられた。沈寿官氏14代目当主であるという。沈寿官は代々襲名する屋号のようなもので戸籍上の姓は大迫氏であるという。島津氏の軍が豊臣秀吉の命令で朝鮮に侵入し、朝鮮から引き揚げる時連れてきた人々は窯業技術を持たない者でも士分に取り立てられた家系が薩摩には幾つかある。それらは薩摩固有の日本姓を名乗ったという。司馬遼太郎は「薩摩藩が近代語でいえば他民族の者を士分にしたというのは驚嘆すべきことである。」とその本に書いている。
在日の人たちは結婚や帰化などで毎年2万人ぐらい減り続けているらしい。沈寿官氏、戸籍上は大迫氏のように、多くの在日の人たちも日本国籍を取って日本人になるだろう。

第二十三章「象」
328 もしも思慮深く聡明でまじめな生活をしている人を伴侶として共に歩むことができるならば、あらゆる危険困難に打ち克って、こころ喜び、念(おもい)をおちつけて、ともに歩め。

2010年1月22日金曜日

YouTube「もしも外国人参政権が成立したら」(20100122)

インターネット上でツイッターという一言で自分のメッセージを出すシステムがあるということをテレビで紹介していた。著名人もこのメンバーになっている人が何人かいるようである。要するに自分の日々の暮らしのことで何か一言言いたいとき、ブツブツ言わせ、そのぼやきを他人が見るという仕組みである。ブログでは毎日書き続けるのは文章やキーボード操作に慣れていないと大変であるが、ツイッターなら12行の短文を書き、勝手にささやくだけなので誰でも簡単にできるので爆発的に広がっているようである。
男は試みにTwitterでどんなつぶやきが出ているか調べてみた。Twitter社が運営するコミュニティサイトhttp://twitter.com/にアクセスし、そのページが開かれたら検索欄に検索したい言葉を入れて検索するだけで、あるテーマに関する不特定多数の人たちのつぶやきが沢山出て来る。男は「小沢氏」と3文字を入力して、皆のつぶやきを読んでみた。続いて「鳩山氏」と入れて同じように読んでみた。「自民党」と入れて同じように読んでみた。そこには不特定多数の人々のつぶやきが聞こえて来る。
男はTwitterがある特定のテーマについて人々が何を考えているか、感じているか、思っているかをおおまかに知る手段であると思った。勿論世論は科学的な調査によらなければ、その動向を知ることはできない。しかし、井戸端会議のようないろんなざわめきは聞こえてくる。黙って聞いていれば大変面白い。
男はYouTubeもたまに覗くことがある。これはGoogleの子会社でYouTube, LLCという会社が運営していてhttp://www.youtube.com/にアクセスすればそのページが開かれ、Twitterと同様、簡単な検索の言葉を入れて検索すれば動画が出て来る。男は「ただ今再生中」のトップに出て来る村田春樹シュミレーション「もしも外国人参政権が成立したら」を再生して見た。これは男も知らなかった情報である。民主党も公明党も外国人の票が欲しいから地方議会の選挙権を永住外国人に与えようとしているらしい。
平成3年にいわゆる在日と言われる人たちに特別永住権を与える法律が成立したが、この特別永住者は平成20年に42万人いた。昭和34年に676千人いたが日本に帰化したりして今その数になっているとのこと。一方一般永住者は平成13年に184千人いてその中中国人が58千人だったのが、平成20年には492千人になり、その中中国人が142千人いるそうである。この増加傾向は益々増大しているとのこと。
中国の人民日報で日本が永住外国人に地方議会の選挙権を与えようとする動きを歓迎し、「華人参政」と大見出しで論評し、日本がアメリカやヨーロッパやマレーシア並みになると歓迎したとのこと。ところがアメリカのヨーロッパもマレーシアも外国人への参政権はその国に帰化した人に限られ、アメリカでは帰化の条件が非常に厳しい。
沖の島、対馬、東京の荒川区、豊島区、新宿区などでは永住外国人が投票権を得たならば、当選票数に大きな影響を与えることが票差で具体的に示されている。投票権は教育委員の解職権、町・字名の変更請求権などとセットにせざるを得ず公明党の外国人参政権付与に関する方針案にも示されているとのこと。ちなみに沖の島には永住外国人が34人いるそうである。朝鮮総連は「選挙権が得られたら次は被選挙権を獲得する」と言っているらしい。
男はこの日本の形が壊れて行くのではないか不安になってきた。このYouTubeの「もしも外国人参政権が成立したら」を出来るだけ多くの人たちに見てもらうようにしたいと思う。

2009年12月4日金曜日

同盟とは何か(20091204)

 男はある友人から以下の詩を頂いた。これは男の友人がサンディエゴに住む友人から送られてきたものを男に再送してきたものである。作詞者はアメリカ海兵隊のある兵士である。

 アメリカはアフガニスタンへの兵力を3万人増強するという。現地の指揮官の要求は4万人だったようである。目的はテロ活動組織の破壊であり、アメリカは同盟国に協力を要請している。日本はアメリカの同盟国である。

 同盟関係の双務性について、男は漠然としか理解できていない。しかしインド洋からの撤退、普天間基地問題の解決の日米合意の軽視はどう考えても双務的ではなく、「核の傘に入れてネ、お金出すからあたしを守ってネ」と言っているような、旦那(アメリカ)と妾(日本)のような情けない関係だと思う。
 
 男は日本の古代史から現代史にいたるまで勉強しているところであるが、日本の特質について一つだけ、「多分そうではないかな」と思うところがある。現在のヨーロッパ人やアジア人などが世界各地に拡がってゆく前に、縄文人が比較的早い段階で世界各地に広がってゆき、その後大陸では新たにやってきた人々に駆逐されてしまったらしいが、この島国の日本列島ではそういうことはなく縄文人と共生・混血し、原日本人となったそうである。ただ、アイヌ人と沖縄人、特にアイヌ人は縄文人の特色を多く残しているということである。それでも遺伝学的には縄文人とは全く違うらしい。今沖縄のある洞窟で縄文人の骨が出てこないか学術調査が行われているらしい。

 この島国には長江中・下流域や南方から漁労・航海を得意とする人々がやってきて海岸伝いに沖縄・鹿児島南部から日本各地に広がり、また長江中・下流域から稲作文化を持つ人々が、朝鮮半島から狩猟・稲作・畑作文化を持つ人々がやってきて原日本人と共生・混血し、今の日本人になったのだと男は思う。そのような日本人であるため、日本人は古代から海外に進出することに積極的である。特に北九州の人々、北九州にルーツがある人々にその傾向が強いのではないかと思う。続日本紀にも「海行かば水漬く屍」と書かれている。

 天智天皇が皇太子であったころことの是非・原因・理由・状況などはさておいて、倭国(当時の日本)は「強大な唐国(当時の中国)と朝鮮半島の統一支配を狙った新羅との連合国と戦った。豊臣秀吉は明国(当時の中国)の支配を狙って朝鮮に出兵した。そして、明治時代(当時の中国)やロシアと戦った。昭和時代にはアメリカと戦った。今アメリカが支配している太平洋の島々はかつて日本の統治下にあった。

 このように日本人は古代から進取の精神構造を持っている。それは日本人の血の中に深く刻み込まれている遺伝子のせいではないかと男は思う。今、平和な日本であるが、もし北朝鮮が暴発し、日本の国に危害を及ぼした場合、日本人の眠りは覚め再び強大な軍事国家になってゆく可能性はある。

 東アジア共同体の中にアメリカやインドがいる限り、日本は中国そしていずれ統一される朝鮮と上手くやって行けるだろう。日本がアメリカの核の傘でしっかり守られている限り日本人はいつまでも平和で、東アジアの中で発言力を維持できるのだ。お互いに国益を追求しあう国際社会の中で友愛は通じず、熾烈なゲームに勝たない限り国益は守られないと男は思う。

 下の詩は、そのようなゲームとして、外交の手段として戦地に送られたアメリカ海兵隊の一兵士が、自分が命をかけて戦う理由を述べた詩である。「平和のために」戦わなければならない現実が、本当はお互い友愛の精神で付き合いたい国際社会の中に厳然としてあるのだ。

 インド洋ではジャパン・ネイヴィーの兵士たちが使命感をもって頑張っているのだ!この日本は「平和、平和」と叫べば平和が維持できると考えている連中に振り回されている。日の丸の国旗に敬意を表しない連中に振り回されている。

 外国人の参政権が法律的に可能になることを秘かに待っている人たちがいるだろう。北朝鮮がもし崩壊したら、何十万、何百万という飢えた人たちが日本の沿岸に押し寄せてくるだろう。日本はそのとき国をあげて、在日の人たちも懸命になって、その人たちを収容する船を動員し、膨大な数の仮設住宅を作り、国際的に高い評価を受けるだろう。皆外国人として居留し、いつの日にか故郷の国に帰ることを願うだろう。そして日本の地方議員や国会議員を出し、居留民族としての利益を求めるようになるだろう。

 しかし、2000年の歴史をもつ万葉集や源氏物語などの素晴らしい文学、漢文の訓読、ひらがなやカタカナの文字、天皇、神社、伝統、文化などに見る素晴らしい日本の国の精神や日本の国の形は変わってしまうことだろう。

 前書きが長くなったが、以下にアメリカ海兵隊の兵士が作った詩を転記する。男はこの詩を全日本人に読んでもらいたいと思う。男はこの詩の中で特に感動した部分を太字・斜字にしておいた。

New Christmas Poem

TWAS THE NIGHT BEFORE CHRISTMAS,
HE LIVED ALL ALONE,
IN A ONE BEDROOM HOUSE MADE OF
PLASTER AND STONE.

I HAD COME DOWN THE CHIMNEY
WITH PRESENTS TO GIVE,
AND TO SEE JUST WHO
IN THIS HOME DID LIVE.

I LOOKED ALL ABOUT,
A STRANGE SIGHT I DID SEE,
NO TINSEL, NO PRESENTS,
NOT EVEN A TREE.

NO STOCKING BY MANTLE,
JUST BOOTS FILLED WITH SAND,
ON THE WALL HUNG PICTURES
OF FAR DISTANT LANDS.

WITH MEDALS AND BADGES,
AWARDS OF ALL KINDS,
A SOBER THOUGHT
CAME THROUGH MY MIND.

FOR THIS HOUSE WAS DIFFERENT,
IT WAS DARK AND DREARY,
I FOUND THE HOME OF A SOLDIER,
ONCE I COULD SEE CLEARLY.

THE SOLDIER LAY SLEEPING,
SILENT, ALONE,
CURLED UP ON THE FLOOR
IN THIS ONE BEDROOM HOME.

THE FACE WAS SO GENTLE,
THE ROOM IN SUCH DISORDER,
NOT HOW I PICTURED
A UNITED STATES SOLDIER.
WAS THIS THE HERO
OF WHOM I'D JUST READ?
CURLED UP ON A PONCHO,
THE FLOOR FOR A BED?

I REALIZED THE FAMILIES
THAT I SAW THIS NIGHT,
OWED THEIR LIVES TO THESE SOLDIERS
WHO WERE WILLING TO FIGHT.

SOON ROUND THE WORLD,
THE CHILDREN WOULD PLAY,
AND GROWNUPS WOULD CELEBRATE
A BRIGHT CHRISTMAS DAY.

THEY ALL ENJOYED FREEDOM
EACH MONTH OF THE YEAR,
BECAUSE OF THE SOLDIERS,
LIKE THE ONE LYING HERE.

I COULDN'T HELP WONDER
HOW MANY LAY ALONE,
ON A COLD CHRISTMAS EVE
IN A LAND FAR FROM HOME.

THE VERY THOUGHT
BROUGHT A TEAR TO MY EYE,
I DROPPED TO MY KNEES
AND STARTED TO CRY.

THE SOLDIER AWAKENED
AND I HEARD A ROUGH VOICE,
'SANTA DON'T CRY,
THIS LIFE IS MY CHOICE;

I FIGHT FOR FREEDOM,
I DON'T ASK FOR MORE,
MY LIFE IS MY GOD,
MY! COUNTRY, MY CORPS.'

THE SOLDIER ROLLED OVER
AND DRIFTED TO SLEEP,
I COULDN'T CONTROL IT,
I CONTINUED TO WEEP.

I KEPT WATCH FOR HOURS,
SO SILENT AND STILL
AND WE BOTH SHIVERED
FROM THE COLD NIGHT'S CHILL.

I DIDN'T WANT TO LEAVE
ON THAT COLD, DARK, NIGHT,
THIS GUARDIAN OF HONOR
SO WILLING TO FIGHT.

THEN THE SOLDIER ROLLED OVER,
WITH A VOICE SOFT AND PURE,
WHISPERED, 'CARRY ON SANTA,
IT'S CHRISTMAS DAY, ALL IS SECURE.'

ONE LOOK AT MY WATCH,
AND I KNEW HE WAS RIGHT.
'MERRY CHRISTMAS MY FRIEND,!
AND TO ALL A GOOD NIGHT.'

This poem was written by a Marine

2009年12月2日水曜日

小説・騎馬民族征服説『倭王の末裔』(20091202)

 タイトルの本は、豊田有恒という人が書いた本の題名である。男はこの本をまだ読み終わっていないが、著者は古代の日本人の呼称である‘倭人’について、これは朝鮮半島南部にいて後に日本を征服した騎馬民族及び彼らが日本を征服する以前から日本にいた人々の総称であり、朝鮮半島からやってきた騎馬民族が在来の倭国に代わって新しい倭国を建設したとする立場をとっているようである。

 一方、『日本列島の大王たち』の著者・吉田武彦(関連記事:「日本人の起源とヤマト王権(20091107)」以降)は、日本は騎馬民族に征服されたのではなく逆に北九州の大王が朝鮮半島の南部を支配していたと言っている。その根拠を銅鐸の分布など考古学の成果や中国の史料などに置いている。そして「江上波夫氏の騎馬民族説は、津田史学の双肩の上に立脚している」と言っている。吉田武彦は、邪馬台国は博多湾岸の領域にあったとしている。また神武天皇の東征は事実であるとし、ヤマト王権が成立する以前の歴史は北九州の大王の歴史を日本書紀の中に取り込んで作られたものであるとしている。

 男は「自分は何処からきたのか」ということを知りたくていろいろな本を斜め読みしながら大方のところを探っているにすぎないが、邪馬台国の所在地は奈良盆地であり、神武天皇は北九州の大王の分家筋であり、朝鮮半島南部一帯に北九州の大王の領地があり、そこに倭人が住んでいて隣国の百済と組んで朝鮮半島北部に侵入したと考えている。

 日本は朝鮮半島の北部から韓人を征服して南下し、北九州にやってきた騎馬民族に征服されて成立した国であるという立場を取る人は多いかもしれない。あるいは単純に天皇家の祖先は朝鮮半島から来た人にあり、実際古事記や日本書紀には天皇家の母方の祖先が新羅の王族であることが書かれているので「多分そうに違いない」と思っている人も多いと男は思う。この記事のタイトルの著者・豊田有恒は文化功労章も下賜されたという江上波夫の騎馬民族渡来征服説をもとに小説を書き、多くの日本人に影響を与えたと思う。

 政治家たちは暇な老人である男のように「自分は何処から来たのか」考えもせず、自分たちのルーツは大陸や南方からやってきたという程度にしか考えていないであろう。政治家で大学の理工系学部出身者は物事を合理的にしか考えようとしないであろうし、文系出身者の中には左翼的思想の教授につながる思考に盲目的になっているかもしれない。

 そのような状況の延長線上に外国人への国政・地方行政への参加権利付与の動きがあると男は考える。男は戦前のような皇国史観に立つものではないが、人が自分自身の心の中を省みるように、国家がそれ自身の心、いうなれば民族の集合的精神・集合的思想・集合的思考様式・集合的感情などを省みることをしないならば、その国家は滅びるであろうと思う。日本の国籍を有しないものに参政権を与えるならば、日本に大陸から移住してきた人々が何百万人、何千万人となったとき、かれらは日本国籍を有しないまま日本国の国益よりも自分たちの利益になることだけに関心をもち、その利益の実現のために大きな発言力をもつことになるだろう。

 「日本人は外国人に参政権を与えるという度量をもたなければならない」という言葉は多くのお人よし的な日本人には合理的に感じられるだろう。男は、日本の将来を憂える

(関連:「永住外国人の参政権(20090823)」、「再び外国人参政権について(20091126)」)

2009年11月26日木曜日

再び外国人参政権について(20091126)

男は民主党が立法化を目論んでいる外国人参政権、つまり日本国籍を持たない人々に日本の国の政治に参加させようとする動きについて考えてみた。国籍とは国家の構成員としての資格のことである。外国人とはその国の国籍を有していない人のことである。鳩山首相は「外国人に参政権を与えるという度量を日本人も持つべきである。外国人参政権は国政参加も含む。永住外国人への地方参政権付与について前向きに結論を出したい。国民の思いは必ずしも統一されていない。内閣として議論を重ね、結論を見いだしていきたい。」というような趣旨のことを発言している

男は右翼でも国粋主義者でもないが、本当の気持ち、彼は一国のリーダーとして誠にふさわしい人であるのか疑問に思うようになった。
普天間基地問題もそうであるが、彼は「選挙の結果をみなければならない」と口にする。かつて選挙の結果、ヒットラーがリーダーに選ばれ、ユダヤ人大量虐殺の論理の芽が出て、それが大きく育ち、あのような人類史上例をみない犯罪が行われた。民主主義における民意とは一体何なのか。一般大衆の情緒的な判断の結果が民意なのか?男はそうは考えない。真の民主主義における民意とは、良識ある階層の人たちの判断の結果によるものであると考える。選挙権は日本国籍を有する成人男女に平等に与えられているが、良識ある人たちの集団的・集合的判断が出来るだけ多くの選挙人に共有されるような仕組みの中で選挙が行われなければ真の民主主義における民意にはならない、と男は考える。
外国人参政権について先ず国民的議論がマスメディアを通じて行われ、しかる後に民意を問う選挙が行われ、その結果民主党が多数政党になり、外国人参政権を推進するのであれば男は反対しない。しかしそのような議論もなく、大多数の人々が読まなかったり完全に理解していなかったりしているマニュフェストに書いてあり、民主党がそのマニュフェストを掲げて政権を取ったので実行するというのは暴挙ではないか!民主主義とは手続きに時間がかかるものである。その手続きを民主党は出来るだけ省略しようとしている。事業仕訳の手法を実行する前に、①事業仕訳は予算を獲得しようとする側と予算要求を抑圧させようとする側との戦いである、②事業仕訳の結果削減された事業でも、認められた事業でも段階を踏んで最終的には政治的に判断する、という2点について一般国民に十分な説明がなされていなかった。

マスコミもそのことを追求せず、民主党の“ショー”に踊った。
民主党は国政遂行上の原理原則を何処に置いているのか男には判らない。男が納得できる国政遂行上の原理原則は、先ず第一に国の形に関すること、第二に国の外交と防衛に関すること、第三に国の繁栄と繁栄の持続に関すること、の三点である。勿論これは男自身が勝手に考えた原則であり、どの書物にも書いていないものである。しかし男は日本という国体を、例えが適切ではないがある有機的で高度な生命体とした場合、その生命体は他の同様な生命体と自己の存続をかけて対立し或いは協調するであろう。そのときその生命体はその三点を基本にして自己の存続を図ろうとするだろうと考えるのである。
第一の国の形に関することとは、わが国の歴史・文化・伝統の根本にある精神であり、その精神の中心、深層心理学上の‘自己そのものであるセルフ(Self)’の自覚である。世界に類を見ない天皇、神社、伝統的な行事などはその自覚のためのキーワードである。
民主党は「国民の目線」を強調する。その一方で外国人の参政権を国政・地方行政両方で実現させようとしている。男は、この国は大丈夫かと不安に感じざるを得ない。

2009年11月8日日曜日



沖縄基地問題及び外国人参政権について憂える(20091108)

沖縄の人たちには基地問題で大きな負担を強いられている。その見返りとして沖縄には多大な国家予算が注入されている。しかし、沖縄の一般住民は自分たちの暮らしに直接感じない経済的恩恵は表に出したがらない。これが人々の一般的心情であろうと男は思う。
もし仮に在日米軍航空基地周辺の住民、ただし営利法人は除く住民、の精神的負担の軽減を目的として、それらの地域を特別区として、明確な評価・実行尺度のもとそれらの住民の所得税及び住民税を軽減させるとするならば、それらの人々は経済的恩恵を感じることができるであろうと男は思う。
男は、普天間基地問題は日米両政府間の合意に基づいて速やかに実施すべきであり、在日米軍基地問題は、日米同盟及びわが国独自の防衛力との関係で考えるべきであり、北朝鮮などに対する軍事的打撃力はわが国独自の武力との関係で考えるべきである。国家戦略局の中にそのような軍事的専門の部門を置きわが国の安全保障について総合的に方策を立てるようにすべきであると考える。社民党のように「日米同盟は必要、アメリカの核の傘は必要、しかしわが国の軍隊(男は‘自衛隊’という言葉が嫌いである)を海外に出すのは反対。」というのは、旦那に甘える妾(メカケ)の根性であると指弾したい。
日本人は伝統的な軍隊を持っていないから、アメリカの海軍、陸軍、海兵隊の3軍の間の文化というものについて理解ができない。アメリカの海兵隊は世界中の過酷な環境条件の中で戦い抜くため平常の生活環境も即応体制にあるのだ。兵舎は真夏でもエアコンがない。兵隊は屈強な男たちが殆どである。たとえ女性兵士であっても特別扱いはされない。生き残り、味方を危険な目に晒させないための精神が叩き込まれる。そのような海兵隊を空軍と同じ基地の中に置くことは、両軍間の文化の違いにより絶対できないことなのだ。
次に外国人に対する地方参政権を議員立法で与えようとする動きについて男は非常な不快感を覚える。そういうことを平気で推進しようとしている連中は国家意識が乏しい連中である。国旗国歌に敬意を表しない連中である。戦争のトラウマに引きずられた親に育てられた連中である。日本の歴史について十分な教育も受けておらず、日本の歴史を学んだと言う人が居ても、間違った歴史観を持った学者が書いた本に影響を受けた連中である。
権利は義務を伴う。参政権という権利は当然いろいろな義務を果たすことが担保されてこそ有効な権利となるものである。義務の中には国軍(男は‘自衛隊’と言う言葉が嫌いである)、警察、消防、沿岸警備隊(男は‘海上保安’と言う言葉が嫌いである)など危険な業務に就くことを拒否できないという義務もある。男は外国人参政権を推進しようとする連中は上に言った妾(メカケ)根性を持つ連中であると言いたい。
たかが地方政治に参加するだけだと彼らは言うだろう。地方政治に参加するということは例えば北朝鮮に対する圧力・警戒ネットワークの中にある地方自治体が関わっている場合、その拠点施設を無くすことを目論んで情報公開法に基づいて、容易には知り得ない国家の情報を入手し、その情報を利用するさまざまな活動をし易くなるということである。
そもそもこのような重要な法律を、国会で多数を占めたから民意を得たという理由で通そうとするのはおかしい。第一得票総数において過半数を超えたのか。秘かに国を間違った方向に導こうとしている一部の国会議員たちの活動に騙されていないのか?(関連記事「日本列島は日本人だけのものではない?(20090820)」、「永住外国人の参政権(20090823))

2009年8月23日日曜日

永住外国人の参政権(20090823)

 男は現役時代、会社から派遣されてアメリカの会社で研修を受けていたことがあったが、そのとき知り合い、以来交友関係が続いている友人から久しぶりに電話があった。アメリカでは兵役に就き、満期で退役してアメリカ市民権を与えられた人が雑誌か何かで取材されて記事になっていたことがあったが、彼もそのようにしてアメリカ市民権を得た一人である。今アメリカでは兵役は志願制であるが、当時は徴兵制がしかれていた。彼は永住権をもっていたため徴兵されたのである。

 その彼は男のブログを読んで、アメリカの永住外国人の参政権について話してくれた。それによるとアメリカでは永住権を持っている外国人は、アメリカ市民と全く同じ扱いを受けるそうである。しかし選挙権・被選挙権はアメリカ市民にならないと決して与えられないということである。ところが、一部の政党は日本に永住している外国人に地方参政権を与えるべきであると主張している。その理由として、韓国やドイツなどがそのようにしているからだという。

 朝鮮半島は漢民族に支配されていた時期があった。ドイツはローマ帝国の支配下にあった時期があった。そういう国々では外国人に参政権を与えることに抵抗感がないであろう。しかし日本やアメリカは違う!

 民主党の鳩山代表は党内の左翼思想の人たちもまとめなければならない立場であるためそういう発言になったのかどうか知らないが、あるテレビ番組で彼は「日本列島は日本人だけのものではない」とまで言いきった。民主党内には日本の国旗を切り刻んで民主党のシンボルマークを作った者がいる。

 今回の選挙で民主党をはじめ、一部の政党は自衛隊の海外派遣に反対している。ソマリヤ沖やインド洋などに派遣されている自衛隊員たちは、日の丸の旗を掲げ、国の為に黙々と任務を遂行している。天皇陛下・皇后陛下をはじめ皇族の方々に対しては、ごく自然な気持ちで敬意を払っている。そういう人たちと対極にあるのが、それらの政党の人たちである。民主党員やその支援者の中には労組の人たちも多い。国旗を切り刻んだ人たちは反米であり、国連で決めたことについても自衛隊を活用することには反対している人たちと同類である。男は反対する理由の根底にイデオロギー、簡単に言えば左翼思想があると思う。

 男は彼らのイデオロギーには天皇制や神道と相容れないものがあると思っている。神奈川県では教育委員会が卒業式の国歌斉唱・国旗掲揚時起立しない教員のリストを作成していることについて、件の教員たちはテレビのカメラの前で、リスト作成は憲法で保障されている思想信条の自由に反することであると主張して抗議している。男は‘革命’を標榜する民主党の中には、そのようなイデオロギーを、今は‘隠し持って’いる連中がいると感じている。

 彼らが受け容れない天皇は1500年ぐらい前、ヤマト政権確立の時から平安時代まで実質支配者であった時期があった。ヤマト政権確立後、天皇は国(倭国、後に日本国)の安泰と民の幸せを祈っておられた。今の天皇もその祈りを続けておられる。国のため、民のため祈ることをする天皇のような存在を持つ国は他にない。神道の源泉は古代の天皇の祈りにある。

 日本は天皇と神社があるユニークな国である。日本人は普段無意識のうちに天皇を敬い、神社の儀式に参加している。日本から天皇と神社を無くしてしまったら、殆どの日本人は精神不安定になってしまうだろう。人は誰でも自分の心の深層を認識することはできないのだ。天皇と神道は、日本人の心の深層にある‘セルフ(自分自身)’の元である。

 男は神道を宗教のカテゴリーに入れてはならないと思う。その理由は、神道は日本人の精神文化の根底にあるものであるからである。靖国神社などはその文化を実際の形にしたものである。首相の靖国神社参拝を非難し、‘自粛’という形で参拝が行われないようにすることは、日本人の精神を改造して行こうと意図する側の深慮陰謀であると男は思う。

2009年8月20日木曜日


日本列島は日本人だけのものではない?(20090820)

民主党の鳩山代表は以前あるテレビ番組で「在日外国人たちは税金も払っているのだ。日本に永住している外国人には地方参政権を与えるのは当然である。日本人はもっと度量を大きく持つきである。日本列島は日本人だけのものではない。」という趣旨のことを語っている。彼がそのような発言をする背景には、彼を取り巻く人たちの間でのいろいろな話のやりとりの中で、そのような考え方が醸成されたのであろうと男は思う。「日本列島は日本人だけのものではない」と言うのは言いすぎである。「日本列島に住んでいるのは日本人だけではない」と言うのなら理解できる。
しかし、男は日本国籍を取得していない者に参政権を与えることには大反対である。日本は古来から渡来人に対して氏姓を与え帰化させてきた。帰化人には能力に応じて官位を与えてきた。鳩山氏は外国の例をあげて在地の国籍を持たない者でも地方参政権を与えるべきだと言う。日本は日本である。何も外国の例に倣う必要はない。民主党は自由貿易協定(FTA)のことだって外国の例にならい日本の独自性も考えずに米国とFTAを締結することを掲げた。民主党はとにかく政権を取ることだけに集中して、勉強が足りないのだ。
男は右翼ではない。YouTubeを観ると田母神元航空幕僚長の終戦記念日の講演に呼応するかのように、右翼的な激しいデモが行われている様子が映し出されていた。男は心情的にはこの真夏の暑い日差しの中、ナショナリズムを煽り、ナショナリズムに酔う人たちに拍手を送りたい気持ちはある。しかし一方で、その気持ちは何度も言うが日本古来の神道や天皇などを中心に据えた文化に根差すもので、戦前の日本のように一億国民が組織的に動き始めたときには、いろいろな価値観の存在を認めず、多様性を排除するという方向に向いてしまう危険性があることを広く訴えたいと思うのである。
この30日に行われる国政選挙に向けて国防のことを訴えているのは宗教法人がバックアップする幸福党だけである。男は宗教法人は税制上の優遇をうけている公益法人として宗教活動のみに専念すべきであって、特定のイデオロギーを掲げて国政に参加すべきではないと考える。東京10区で小池元防衛大臣が幸福党と連携したのは軽率であると思う。しかし公党は国民にたいして国家防衛上の考え方についてきちんと説明すべきである。
田母神氏は身を挺して国家の在り方や国防のことを訴え続けている。その中に中国や韓国などが内閣総理大臣の靖国神社参拝を非難し続けるのは日本から金を引き出すためで、一旦弱さを見せた日本は脅せば幾らでも金を出すと見くびられているからであると言う。男もそう思う。国と国の関係は人と人との関係に似ている。強い人間に対して相手は敬意を払う。北朝鮮は核をちらつかせて日本や韓国を脅せば何かを得ることができると思っている。チンピラ、ごろつきのような国である。男は日本は宮本武蔵のような自立した強さを持つべきであると考える。
全ては日本国憲法の不備に起因している。日本人の多くは心の中にもやもやしたものを感じている。それは矛盾の芽である。矛盾の芽は徐々に大きくなり、いずれかの時に爆発して平衡を保とうとする。男は何れ改正される憲法の精神の根本に据えるべきものについて、何か指針のような‘素人の哲学’を打ち立ててみたいと思っている。これは男の余生の遊び心である。男があの世に逝った後になって価値が出てくるかもしれない。高校の同級会のため田舎に帰っていた妹にそう言ったら妹は笑っていた。