2011年3月31日木曜日

本音が見えたような気がする (20110331)

 枝野官房長官が、防衛省の事務次官通達について、自民党石破氏の質問、「自衛官に対して、出るな、控えろという通達。これが事前抑制でなくてなんだ。首相や防衛相が自衛官を信じていないのが悲しい。事前抑制のような通達を出して、恥ずかしいと思わないのか」に対して、「内閣官房長官という法令の解釈に責任持つ立場になったので、改めて今回の通達の内容と、過去の判例を自ら検討した。事前抑制に全く当たらない」と突き放したという。(以上、インターネットmsn産経ニュースより引用)

 これは、民主党政権が、現職自衛官(憲法改正して‘軍人’と呼びたい)が、田母神元航空幕僚長など、正論を主張する講演会等に出席して、戦前の2.26事件のような反乱を起こすようになるかもしれないと危惧するからではないのか?

 武士道に代表される道徳の力は、何事にも勝って強い。‘軍人’の思想を統制しようとしても、自由な国・日本では、twitterFaceBookなどネットワークを通じて、正しいことはすぐ広がる。逆に正しくないことはすぐ抑えられる。

 「軍は国の背骨」である。為政者の過ちによって国が間違った方向に進むとき、それを正すのは軍である。


 

2011年3月30日水曜日

小沢氏系倒閣の動き(20110330特別)

 小沢一郎氏「一新会」メンバー約20名が会合し、「菅首相は国家的危機に対応していない」として倒閣の動きに出た。私は言いたい。「貴方方こそリーダーの足を引っ張り、自分たちの利益を誘導しようとしている」と。小沢氏及びその一派の動きは、私利私欲の行動にしか見えない。そのような政治家は、今、この国家的危機にあるわが国には要らない。

 若い世代や、子供たちを見よ!彼らは、健気にも一生懸命「日本頑張れ!日本を救え!」と、それぞれに出来ることをやっているではないか!貴方方は、何を見ているのか!

 昨日、サッカーの日本代表とJリーグ代表が試合をし、日本代表が21で勝った。彼らは義捐金を集め、日本の再起を願い、お互い全力を出し切って戦った。皆、心を一つにして、祖国日本のことを思い、それぞれに行動している。

 それに引き換え、貴殿らは、党利党略に走り、国を思わない身勝手な行動をしている。恥ずかしくないのか! 即刻、議員バッジを外して頂きたい。

 野党自民党内にも、職業政治家は多数いるだろう。この際、与野党を問わず全国会議員は、己の心を無にして、今、この国のリーダーとして頑張っている菅首相を支え、与野党一丸となって、この国の未来のため全力を尽くして頂きたい。

 期間を区切って民主党はマニフェストを凍結し、自民党ほか野党も、たとえ数の上では多数になったとしても、大局において同じ政策のもと大同団結し、一定の復興の道筋が確立されるまで、菅総理大臣を支えるべきである。

 それが、無党派層の、特に若い世代や子どもたちの切なる願いである。それが判らない国会議員は与野党問わず、国賊である!
 
与野党団結すべし(20110330)

 イスラエルの災害救助隊が、南三陸町に診療所を設置し、医療スタッフ60人が常駐して診療を開始した。これは医師法の超法規的措置で実現した初めてのケースである。イスラエルによる、このようにレントゲン撮影室も備えた大掛かりな診療所の開設は、アメリカに次ぐ規模の海外からの災害援助である。

 南三陸町は、住民の半数が津波で命を失った。佐藤町長以下幹部が町の災害対策本部で会議中津波に遭い、第二波来襲時、強引く波の中、町長ほか職員10名、その建物の屋上に上がる手すりなどにしがみつくなどして命拾いしている。ある職員の妻が彼女自身の家の2階にあり、家もろとも津波にさらわれて行った。その時町長以下10名の職員は、目の前でそれを見てしまたった。その心中や如何に。しかし皆心を一にし、悲しみ乗り越え、不眠不休で町民のために働いている。佐藤町長以下職員は、正に今の時代の‘武士’である。

 福島県新地町のJR常磐線新地駅構内では、4両編成の列車が大津波を受けて横転したが、40人ほどの乗客乗員は全員無事だった。たまたま乗り合わせていた警察官二人、乗客らを一列に並ばせ高台にある役場まで誘導した。列の後尾で皆について行けない人あり、たまたま通りかかった避難の個人車両あり、警察官これを停止させてその遅れた人を便乗させ、背後に迫り来る津波の中、間一髪全員を救うことができた。迫り来る津波の前で、避難勧告を放送し続けた若い消防官もいた。この人たちも、今の時代の‘武士’である。

 福島第一原子力発電所は、深刻な事態に陥っている。東京電力の社員・協力会社社員たちは、毎日ビスケットの朝食、アルファ米の夕食という一日2食だけの非常食で、放射線を遮蔽する特別な建物内に毛布一枚だけで雑魚寝しながら、命がけ奮闘している。彼らが浴びている放射線量は、一般の人たちに許容されているレベルをはるかに超えている。わが命をかけ、公の為、会社のため忠義を貫き通している。彼らもまた‘武士’である。

 この国難の時に、ロシアや中国は、我が国の防衛態勢をチェックしようとしてわが国の領空・領海に対する侵犯すれすれのことを試みたり。東シナ海の日中中間線の内側(日本側)に入りこんできて、警戒行動中のわが海軍の駆逐艦に刺激を与えている。かれら野生動物の猛獣のような奴らに、決して隙を見せてはならない。武器の引き金に指をかけ、命をかけ国の守りに就いているわが駆逐艦の乗員こそは、正に今の時代の‘武士’である。

 菅首相は、民主党のマニフェストの主要項目である子ども手当、高速道路の無償化などを一時凍結することを公式に表明した。全野党は、国家の非常事態にあって、菅内閣総理大臣を総指揮官とした体制に積極的に参与し、この国難を乗り越えるためそれぞれの力を出すように行動して貰いたい。初動対処がどうであったとか、いろいろ批判したいことはあるだろうが、それは、すべての状況が終息してからのことにすべきである。

日本国民は、次世代を担う子孫のため、一致団結してこの危機を乗り越えなければならない。子供たち、少年少女たちは大人たち以上に危機を感じて、健気に頑張っている。この国難のとき、政治家を初め、今の時代の‘武士’たちの行動が試されているのである。

2011年3月29日火曜日

大震災の教訓・アイデア(2)(20110329)

中国の実質・海軍(海監)のヘリが、海上自衛隊の護衛艦に接近した事件について、どちらかと言えば「まあ、あまり気にせず、事を荒立てずにおこう」という風潮が多い。しかし、今回の接近・挑発は前回よりも踏み込んだものである。中国がこれ以上の行動に出るようであれば、一発かませてやる必要がある。

 福島第一原子力発電所の状況は厳しく終息までには相当の期間がかかりそうである。いずれこの発電所1~4号機の施設全体を覆い被せる大工事が必要になるであろう。大津波被災者だけでなく、この発電所から30キロ以内の住民の、ある意味では強制的に集団避難を余儀なくされた方々は、本当に気の毒である。もし、自分がその立場であったら、とてもつらいことである。多分、ストレスで寿命を縮めてしまうことだろう。

 石巻の私立大川小学校では、生徒たちを校庭に集め点呼をしている最中に大津波に飲み込まれて108名の生徒の8割が命を失った。自分の孫たちが津波にのみ込まれ、おぼれ死んでゆく姿を想像すると、可哀そうでならない。先生たちも一瞬のできごとでどうする間もなく、津波にのみ込まれてしまった。大悲劇である。しかし、何故、すぐ避難出来なかったのだろうか?石巻市における津波対策はどうだったのだろうか?

 気仙沼など大津波被災者の避難先では、地震発生後17日過ぎているのに未だに一日の食事は2回だけ、それも不十分な量である。原因は米が足りないからだという。政府も、県当局も必死で頑張っているのであろうが、この文明国でそのような状況が長く続いているのを悲しく思う。行政的な物事が行き届かないのは、何が原因なのか?

 今は非常事態なので皆沈黙しているが、原子力発電所事故も含め、全ての状況が終息したら政府を含め関係機関、原子力安全委員会、そして東京電力などに対する責任の追及が一斉に始まるだろう。特に、原子力発電所については、当初の設計のミスも指摘されている。ゼロ戦設計のように、完璧なまであらゆる無駄(と考えられる部分)を削ぎ落とし、余裕のない設計をしたため、2号機のような事故が起きてしまったのかもしれない。

 1000年後、また同じような悲劇が起きないように、思考パターンが日本人とちょっと違う西欧人のアドバイザーを沢山雇い入れ、今回の悲劇の徹底的な検証と、住居や施設の設計に智恵を貸してもらう必要がある。それは、洞察力のある優れた政治家の仕事である。幕末・明治初期の政治家たちは、どのようにしてこの国を非常に短い期間に列強に伍する力を持つ国に仕上げたか。その智恵に学ぶ必要がある。

2011年3月28日月曜日

大震災の教訓・アイデア(1)(20110328)

 此の度の東北関東大震災で、26日現在、20万人弱の方々が避難所で暮らしている。その中には、福島第一原子力発電所の被災事故のため避難した方が34千人ほどいる。町や村の自治体ごと役場の機能とともに集団で避難しているところもあり、その動きが広がってきている。集団避難を受け入れる側の自治体も親身になって受け入れ準備をしている。

 一方、湾の入り江の奥などには、支援が届かず孤立している避難所や家がまだ多数あると聞く。また、避難先で体力を落とし、命を失っている人びとが毎日のように出ていると聞く。一刻も早い、十分な救援が必要である。

災害に遭っていない人びとは、実際に避難して不自由な暮らしをしている人びとの苦しみや悲しみの気持ちを分かち合いたいと思い、実際にそうしているが、避難生活を送っている方々の苦しみや悲しみは、実際に避難生活を送っている方々しか分からないだろう。そういう方々が、1日でも早く今よりも増しな暮らしができるようになるように祈り、願い、何か自分に出来ることをしたいと思い、多くの人びとがそのように行動している。

 政府をはじめ関係機関、自治体、企業、団体等の関係者は寝食も忘れ、必死にこの未曾有の問題に対処している。日本国民一致団結してこの国難を乗り越えようとしている。NHKはインターネットで「NHKニュース」をリアルタイムで流し、視聴者に地震関連の最新情報を提供してくれている。情報の共有が日本国民の団結を一層強固なものにしている。

 そういう中、福島第一原子力発電所から北に30キロメートルぐらいのところにある村の農地の土壌や、水道水が高濃度の放射性物質に汚染されていることがNHKで報道された。地元の首長はその報道でその事実を初めて知ったという。これは政府の情報提供システムの不備に起因するものである。このような問題は即刻解決されなければならない。

 その町には自衛隊が大量の飲料水を緊急輸送し、住民に届けた。放射線の濃度は日時を経るにつれ低下し、飲料水についてはその濃度が健康に影響を及ぼさない程度まで下がった。先日、関東北部の地域や福島県で、農作物などに基準値を超える放射性物質が計測され、出荷停止になった農作物や、水道水についても、放射線量は平常値に戻ってきた。

 必要な情報、正確な情報が、時機を失することなく速やかに提供されれば、人びとは不安を感じることなく、今起きている事態に冷静に対処することができる。

 この日本では、テレビやラジオだけでなく、インターネットでも、NHKから豊富な情報が動画付きで提供されている。テレビで見損なったニュースでもインターネットで、動画で視聴することができる。

 巨大地震のため突然停電が起き、深夜まで停電が続いた我が家は、テレビを見ることが出来ず、インターネットも使えず、固定電話も携帯電話も通じず、唯一ラジオだけが情報源であった。あのときもし我が家に、ペダルを踏んで動力とする携帯式発電機があって、その電源を使って携帯テレビや無線LANで情報が入手できたとしたらさぞ素晴らしかっただろうと思う。メーカーには防災機器として、是非研究・開発して貰いたいものである。

2011年3月27日日曜日

この国難の最中、中国の許し難き行為(20110328a)

 東シナ海に駐中間線日本側を警戒航行中のわが海上自衛隊(‘日本国防海軍’)の護衛艦(英語による型名表示のとおり‘駆逐艦’)に高度60m90mの距離まで接近し、わが駆逐艦の周囲を一周した。これまで何度もこのようなことが起きている。

 日本国民はこのような中国の行為を許せるか!

 最早、堪忍袋の緒も切れそうである。今後再び此のような行為に及ぶなら、威嚇射撃も辞さぬ強い態度が必要ではないか?

 わが自衛隊(‘日本国防軍’)は、我が国未曾有の大災害に、非常に多くの自衛官(‘軍人’)と装備機材が投入されている。しかし残余の能力を正面に集中し、我が国への侵略行為を警戒し、有事即応の態勢を維持している。

 政府は、大災害からの復旧・復興に向けて、また、福島第一原子力発電所2号機の危険な状況を終息させるため、総力を挙げているが、一方で、中国のこのような行為に対して、断固たる態度で臨むべきである。

 自民党ほか野党も、臨時に期間を限定して政局休戦をし、国を挙げて中国への対処のため行動すべきである。先ずは、外交努力である。

 国民は、貴方方にこの国のことを託しているのである。腰を据えて、全政党一致体制で、中国に対してこれ以上、我が国を刺激しないように策を講じて貰いたい。
時が経つにつれ (20110327)

 未曾有の大災害に遭った日から2週間が経った。テレビで報道されている内容も次第に日常の普通のものになりつつある。

 しかし、被災し、夫、妻、親、子ども、親類、友人、恩を受けた人などを大津波に飲み込まれて亡くし、避難所暮らしをしている人びと、福島第一原子力発電所の被災事故により、避難を余儀なくされて不自由な避難所暮らしをしている人びとのことを、マスコミは、特にNHKは、これからもずっと、避難所暮らしをする人がいなくなるまで、報道を続けてほしい。その一方で、震災からの復興の状況をこまめに報道してほしい。

 昔と違って現在の都会地には、日本の総人口のかなり大きな部分が集中している。都会地の人びとは、自分たちの住んでいる場所から遠く離れた人口の少ない被災地のことを、いつも気持ちの中に留め続けるように心がけねばならぬ。

 太平洋ベルト地帯に日本の人口のかなり大きな部分が住んでいるが、ここに、明日にも東北関東大震災にまさる大震災が起きぬとも限らない。他人事ではないのである。もし、この太平洋ベルト地帯に大災害が起きた場合、日本は、‘頭脳’や‘肺’や‘心臓’や‘肝臓’や‘胃’など人体の主要な部分に対比される諸機能が重大なダメージを受けるだろう。そのときは、最早再び日本は立ち上がれなくなってしまう可能性はある。

 そのとき、初めて、かつて高学歴の若者たちがオウム真理教にのめり込んでしまったように、頭がすこぶる良い人たちも何か目には見えないも、他界にある何かの‘存在’を信じ、哀れに助けを求めるようになるかもしれぬ。

 「頭が良いということ」と、「普通の常識を備えているということ」とは、違う。頭の良い人は、一言のもと「当たり前だ!」と吐き捨てるだろう。しかし、「頭がよく、普通の常識を備え、他を見下げることはなく、物事を洞察し、物事の裏や深部に潜む‘問題’を見つけ出し、その‘問題’が面に表われる前にその‘問題’を解決すること」ができる人は少ない。自己過信、自信過剰、優越心が判断を誤らせている。

 かつて日本の陸軍参謀本部や海軍軍令部にいた将校たちは、頭が良かった。しかし、彼らが日本をどういう結果に導いてしまったか?同様に、今の日本の中央官庁の上級官僚たちも頭がよいことにおいては、旧軍の場合と同じであろう。

 一方、「政治主導」を標榜する政治家たちはどうであろうか?頭が良いか?永田町の人ではない普通の人びとと同じ常識を備えているか?議員バッジを胸に付けた途端「先生」とよばれ、それまで有権者にペコペコ頭を下げていた状態とは裏腹に「胸を反らせ」、有権者を見下げていないか?「官僚をたたく」心理は自分の劣等感と裏腹ではないか?

 この日本では、特定の政党を支持しない有権者の多くは、学歴も高く、情報も豊富に得、謝礼を貰ってマスコミに出る有識者のように表だって発言はしないが、物事の正悪を判断し、選択する普通の常識を備えている。この点が昔とは違う。

 この未曾有の大災害は、古来仏教に親しむ日本人への御仏の教え(方便)かもしれぬ。

2011年3月26日土曜日

大和魂(20110326)

 被災してまだ行方をも判らぬ医師の母親は、もう90幾つかとかいう。ある避難所で日々を送っている。その母親は、「(自分の息子が)医者の本分をしっかり果たしているだろう。もし、既に命を失っているならば医者として勤めを果たした上のことであろうからそれで良い。」と淡々と語った。

 被災したある即応予備自衛官は召集令状を受け取った。90歳を超える祖父母と同居している両親から「後のことは心配するな」と励まされ、普段支給されている装具をまとって集合場所にはせ参じ、‘予備役’部隊編成式を終えて任務地に派遣された。

 未曾有の大災害に遭ったこの国の至るところで、武士道の徳目・大和魂が顕れている。正に、道徳の力は測り知れぬほど大きい。日本人の先祖は、太古の昔、大陸から切り離される前1万年以上も長く平和な暮らしをしていた。そこへ弥生時代、大陸から新たな文化を持つ人びとが渡来してきて縄文人と争うことなく混交し、今の日本人の原型が出来た。「和を以って尊しと為す」というこの国の精神は、今日に至るまで引き継がれている。

日本人は、第二次大戦中、当時の敵国・アメリカによる空爆で、何10万人という人びとが死んだ。原子爆弾を落とされ、一挙に何10万人という人びとが死んだ。そして今回の500キロに及ぶ海岸線で大津波に遭い、何万人という死者を出し、何10万人という人びとが家を失い、避難所暮らしを余儀なくされ、その上、原子力発電所の被災による半径80キロを超える地域でも食物・飲料水への放射能汚染が生じている。

 世界で日本のように何度もダメージを受けた国はない。今回のダメージは最も大きい。にもかかわらず、日本は再び立ち上がるべく、奮闘している。決して負けない。年寄りは年寄りなりに智恵を出し、頑張っている。次の時代を担う若い人たち、子供たちは、更に頑張っている。甲子園球場では観衆も「日本を救うため頑張ろう!」と唱和している。

 武士道は、日本人のそのような生来持っている気質・心情の上に築かれた精神である。日本人はこのことを大いに誇りに思ってよい。世界中どこを探しても、日本のような国はない。かつて若者の間に「日本に誇りを持てない」といいう風潮があった。しかし、この大災害に遭ってそのような風潮は吹き飛んでしまっただろう。

 日本ギャルママ協会が、全国5000人の会員に呼び掛けて、被災地の子育て中のヤングママを支援するため立ちあがった。若い子育て中の母親のことを身にしみて知るからこそ、インターネットでの呼びかけに応じて本当に必要な物資が集まった。それを彼女たちの夫たちが数台の自家用車で被災地に送り届けた。拍手を送りたい。

 在日アメリカ軍は放射能汚染に対処するため、ヨウ素の配布を開始した。自衛隊は放射能汚染拡大防止のため、米海軍・海上自衛隊両軍艦船の連携で対処することにした。中国は病院船の派遣を日本政府に申し入れた。最悪の事態を何とか避けようと国を挙げて努力している。最悪の事態が起きる可能性がある。万一不幸にして最悪の事態が起きたとしても、殆どの日本人は決して乱れることはなく、組織的に秩序ある行動をとるだろう。

2011年3月25日金曜日

マニフェストの一時凍結・政局休戦せよ(20110325a)

 此の度の未曾有の大災害に国を挙げて対処するため、民主党はマニフェストを一時凍結し、野党と休戦合意し、暫定連立内閣を構築すべきである。

 何事もそうであるが、問題が起きた時、一度原点に立ち戻ることが重要である。この場合、原点とはマニフェスト実施中である状況から実施前の、これから正に実施しようとする出発点である。

 この考え方に反対者は多かろう。特に小澤氏・鳩山氏及びその一派は大反対であろう。そうであるならば、野党各党との暫定的な大連立を前提に「原点に戻る」ことを同意する同士だけでグループを結成し、暫定的な、期間を限った大連立内閣を発足させればよい。

 子ども手当・高校無償化・高速道路無償化は、暫定的に棚上げするのである。そして、児童手当を復活させ、更に保育園を充実させるのである。

 「最小不幸社会の実現」でなく、当面「最大多数の最大幸福」を実現させるのである。子ども手当がなくなり収入が減り、人生計画が狂う人びとも出るであろうが、それは少数であろう。最大多数ではない。高校無償化は、被災地域に限定し、それも期間限定にすればよい。民社党など、小市民感覚の発想から脱却せよ。

 小澤氏・鳩山氏及びその一派は、党を割って出るかもしれない。それならそれで良いではないか。国民の「最大多数」が「最大に幸福」であるような方向は、この国難の時、日本の有権者の最も多数の人びとから支持されるであろう。

 この国難のとき、菅直人内閣総理大臣の‘肝’が試される。指揮官は常に孤独である。指揮官である菅直人氏は、自分の意図に沿わない側近や、私心のある側近は遠ざけ、真に国の為を思う真心をもった、高潔な側近、今の時代の‘真の武士’の言に耳をかたむけよ。
高速道路網の復旧とともに (20110325)

 この日本列島の99.9%以上の日本人が、此の度の東北関東大震災で、お互い助け合い、励まし合っている中、0.1%以下の悪人どもが被災地で悪事を働こうとしているだろう。

警察、自衛隊、自治組織は、東北自動車道等、交通網の復旧とともに被災地に流入してくる悪人どもをしっかり監視し、悪事を働いた奴らを捕え、厳罰に処するように監視の目を光らせて欲しいと思う。

10日ほど前、私の独り暮らしの母が、僅か1万円であるが、詐欺に遭った。玄関のチャイムが鳴ったので、ドアを開け応対に出た92歳の継母に、これまた年老いた男がいかにも親しげに「其処の街灯を修理しなければならないので、この近所の家々に費用の分担を求めている」とか言ってちょっと世間話をした。相手がいかにもその町の住民のように見えたのだろう、継母は言われるままに1万円出してその年老いた男性に与えてしまった。

老人の背後に若い年代の詐欺組織があって、無職の年老いた男性を使い、小口の詐欺を働いているのかもしれない。いつも訪問介護サービスに来ていた親しいヘルパーにその話をし、そのヘルパーはそのことを上司に報告し、上司は町の介護支援センターに報告し、同センターから警察に報告した。その状況を遠く離れた遠隔地に住む私に報告してきた。

似たようなことが、被災地で起きるかもしれない。いかにも親切面して被災者に同情し、うまく金を巻き上げる手口が、実際に起きているのではないだろうか?

 被災地では、多くの人々が自らは肉親を亡くしながらも復興に向けて立ちあがっている。敢えて避難所に入らず、住みなれた土地の高台で自衛隊による補給支援を受けながら「わしらがいないと、このがれきの下で命を失った仲間が発見されたとき、それが誰であるか判らない」と言って、高台の寺のお堂の前で自主避難生活をしている高齢の人びとがいる。何百キロという海岸線沿いの被災地にはそのような地縁・血縁の村や町が数多くあるようである。取材したニュースキャスターの女性は、現地の様子を、声を詰まらせながら衛星通信回線を通じて東京のスタジオに報告していた。

 夜は真っ暗な被災地に、1日でも早く電気が復旧し、防犯灯や防犯カメラが設置され、悪事を出来るだけ防ぐようになって欲しいと願わずにはいられない。

 道路網の復旧とともに、詐欺やコソ泥だけではなく、もっと大きな社会的不安状況が起きる可能性がある。奴らは悪事において頭がすこぶる良い。海外からも組織的な犯罪組織の手先が被災地に入ってくるかもしれない。国際テロ組織も入ってくるかもしれない。

今回の災害の規模が‘点’ではなく‘面’として大きな広がりがある未曾有のものであるだけに、災害復旧・復興とともに警察力・治安維持力に留意することが是非必要である。政府の危機管理システムは当然そのことにも怠りはないだろうと思うが・・。

2011年3月24日木曜日

海外の災害救助隊(20110324)

 北方領土や尖閣諸島や竹島の領土問題で不信感がある国々から、今回の大震災の被災者救助・救援のためチームが派遣されてきている。彼らの活動状況について、少しづつ報道されるようになった。おそらく、それぞれの国の中では、専従の記者・カメラマンが同行して、それぞれの国の国民向けに大々的に報道されていることだろう。

 日本国民は、それらの国々からの支援を感謝しているが、だからと言って領土問題から意識をそらすことは絶対ない。むしろ、武士道の徳目である勇気、仁愛、忍耐、努力、恥を知る意識、仲間意識、同胞意識、誇り、名誉、愛国心、所属する会社への忠誠心、進取の気性などが一層発揮され、戦後日本人に対するマインドコントロールのように意図的に植え付けられていた自虐史観から脱し、それらの国々の誤った歴史観、信義に反する行動に対して、これまでのように黙っているばかりではなくなるだろう。

 平和主義者・理想主義者のオバマ・アメリカ大統領は、「背に腹を替えられず」自国債を大量に買ってくれている中国にすり寄り、日本を窮地に陥れるかもしれない。しかし、国の背骨であるわが自衛隊(‘国軍’とすべきである)が、しっかりと日米同盟の絆を大事に守るという決意を持続する限り、日本列島から台湾、フィリッピンに至る列島線は縄張りの生命線として維持され続け、日本はそのような窮地を免れることができるだろう。

 二人に代表される、日本をめちゃくちゃにした政治家は、政界から去って貰わなければならぬ。「トラスト・ミー“Trust me”」。何がトラストミーか!140人もの国会議員を引き連れて、自らが「世界の中心=中華」思想を奉じる中国に朝貢外交をし、天皇を軽んじた行為を、多くの「今の時代の‘武士’」たちは、苦々しく思っている。

 また、自国の国旗・国歌を「憲法に保障された思想信教の自由」であるからと、一部の教師たちは子供たちに間違った考えかたを植え付けようとしている。教育委員会がそれら教師を処罰したことに抗議して裁判に訴え、東京高裁は「処罰は間違っている」と判決を下した。沖縄では堂々と反日教育が行われていると聞く。これらの状況を見て喜びほくそ笑んでいるのは誰か?

日本は未曾有の巨大地震による、未曾有の大災害から必ず立ち直る。被害復旧から復興へと全国民のエネルギーが集中される。一方で、半数もの隊員(‘軍人’とすべきである)を災害救助のため割かれながらも、残余の人員で、国の守りの最前線で海空自衛隊(‘国防海軍’、‘国防空軍’とすべきである)と海上保安庁の巡視船部署(“Coast Guard”の表示どおり‘沿岸警備隊’とすべきである)は、24時間休みなく任務を遂行している。

突然、栄誉礼もなく解任された田母神元航空幕僚長(‘国防空軍参謀本部長’とすべきである)、尖閣ビデオを漏えいした罪により免職となった元海上保安官一色氏は、腐った政治家どもが牛耳っていたこの国の現状を改めようと自ら犠牲になった方々である。この二人は、真に「今の時代の‘武士’」たちの鑑である。

2011年3月23日水曜日

放射能汚染(20110323a)

 福島第一原子力発電所による放射能汚染は、暫定基準の数値を基準にしている。それは、‘実用的標準’ではない。ゆえに、政府も学者も繰り返し、繰り返し、「(実生活上心配はないので)冷静に対応するように」と言い続けている。

 ことの発端は、政府が暫定基準を独り歩きさせてしまったことである。この結果人びとを不安にさせ、風評被害まで呼び、農家等に対する補償のため多くの国費を使わなければならなくなった。政府は初め東京電力に全額負担させるようなことを言っていたが、それは間違っている。事は東京電力だけの責任ではない。

 人びとは、美味しい野菜なら、美味しい牛乳なら、美味しい海産物なら、美味しい水なら、多少放射能汚染があっても人体に影響ないものであれば、政府がいくら「出荷停止」と決めても、食べるようになるだろう。

そのきっかけは、数日後「汚染度を再度測定したら汚染レベルはぐっと下がって、かくかくしかじかのようになった」という政府の発表であるかもしれないし、此の度の政府の対応に疑問をもつ学者など誰かによる「出荷停止になった野菜を食べよう!牛乳を飲もう!」と、インターネットなどによる呼びかけかもしれない。
災害救助日米協同作戦(20110323)

 初めてテレビで放映されたが、東北沖に滞在しているアメリカ空母ドナルルドレーガンから救援物資を積んだアメリカ軍のヘリコプターが飛び立ち、被災地に物資を輸送した。

 自衛隊が米軍に救援物資の必要品目・数量・輸送先等を連絡し、空母の乗員がアメリカ本国から送られてきた物資を空母甲板上のヘリコプターに搭載した。

 輸送先にヘリコプターを誘導する航法援助装置があるわけではないので、ヘリコプターのパイロットは予め地図上で確認した目標地点まで行き、目視でそれらしい場所を見つけ、其処に着陸するしかない。天候が悪ければこのような作業はできない。

 ある被災地近くのグラウンドにそのヘリコプターが着陸し、住民たちが救援物資を受け取っていた。避難所の人たちはパイロットに涙ながらに感謝の気持ちを伝えている。公設の避難所になっていない場所に避難している人びとにとってこんな有難いことはない。

 自衛隊もヘリコプターを飛ばし、そのような場所に物資を運んでいる。しかし、切実な需要に供給が追い付いてゆかない。救援物資が届かない避難場所が未だに存在している。

 被災し使えなくなっていた仙台空港の滑走路を、災害救援物資を輸送する大型輸送機の発着が出来るようにしたのはアメリカ軍であった。沖縄駐留のアメリカ海兵隊がその作業を担った。日本国民の多くはこの事実を知らない。

自衛隊もアメリカ軍と同じ型の輸送機C-130を保有しているが、先日、東北のある空港にアメリカ軍のC-130が救援物資を輸送した。自衛隊はアメリカ軍のC-130から救援物資を受けと取り、指定された場所に輸送した。

 一時期、日米関係はぎくしゃくした。今、民主党のマニフェストにノーを突きつける国民は圧倒的に多い。誤算であったのだろうが、民主党の過去の二人の指導者の罪は大きい。国民の目には、この二人とその一派は、国の大事よりも党利党略・私利私欲に重きを置く連中だと映っている。

 テレビで見たが、放射能汚染された福島発電所のがれき撤去に従事したある企業の社員は、「日本を救うため自分の技術を生かしたい。求めがあればまた現地に入る。」と言った。中国のあるメディアは、放射能汚染事故発生時現場に踏みとどまり作業を続けた東京電力の50人の社員を讃えて「現代の武士」と言ったが、この未曾有の大災害を契機に、愛国心と使命感に燃える人びとが増えた。新渡戸稲造が説いた「武士道」は見事蘇った。

 そして、日本とアメリカの同盟の絆は、自衛隊とアメリカ軍の災害救助協同作戦により一層深まった。日本国民は平和ボケの眠りから目覚めた。後は、政治がこの絆をどう扱うかにかかっている。

識見のお粗末な、志のない、私利私欲に走る政治家、政治家を職業としている代議士は、正に‘国賊’である。新渡戸稲造が言うように、道徳の力は大きい。今、日本中で武士道の徳目が発揮されている。上記政治家どもは、いずれ淘汰される運命にある。

2011年3月22日火曜日

9日ぶりの救出(20110322)

 80歳の老女とその16歳の孫息子が9日ぶりに救出された。大津波に遭ったとき2階の台所で祖母と食事中だったという。二人は冷蔵庫の中に牛乳2本とかヨーグルトとか菓子とか水があったので生き延びることができた。救出されたとき、この少年は「おばあちゃんを助けて下さい」と言ったという。

 二人は隙間から薄明かりが入ってくるが立つ事も出来ない狭い空間内で、助け出されるのを待っていた。少年は閉じ込められた部屋の中からなんとかがれきの山を取り除き、屋根の上に登り屋根に這いつくばっていた。閉じ込められた中から、外で捜索活動が行われていることが話し声などで判っていたが、どうすることもできなかったらしい。

 このような例がまだ他にあるのではないだろうか?大津波に流され、元あった場所から遠く離れた場所のがれきの山積みの下で、まだ生きていて助け出されることを待っている人がいるのではないだろうか?

 テレビや新聞で、外国の捜索救助隊の活動について全く報道されていない。どうなっているのだろうか?外国の救助隊による生存者の捜索救助活動について、どのような調整が事前に行われ、組織的な捜索救助活動が行われたのだろうか?

 人間の体で言えば、大脳が障害を受け、外国の捜索救助隊の活動に対する調整ができない状態だったのだろう。被害があまりにも大きすぎて、手の着けようがなかったのだろう。しかし、コンピュータシステムのように、障害を受けた大脳の一部を、別の頭脳との連携で肩代わりさせるという発想は、全く出来なかったのだろうか?いや、そのような発想があったのだろうか?そもそも政府の危機管理室には、大規模災害発生時の対処について行動手順書があったのだろうか?

 NASAJAXSAなど、また民間の衛星通信事業者などには、エマージェンシー(緊急事態)対応の手順書がその他の運用手順書とともに常に準備されていて、常に見直しのミーティングが行われて、訓練されていて、緊急事態が発生すれば手順書に基づき直ちに実行されるような仕組みができているはずである。

 政府の危機管理室にも、そのような緊急対処の手順書があってしかるべきである。日本では、それをマニュアルと言っているのだろうが、プロシージャ(手順書)は、そのような、どちらかと言えば個人から個人への申し送り書のようなイメージのものではない。

 プロシージャは、「システム」あるいは「組織」を動かすための手順を、一定のレベルがある者であれば誰でも、訓練を受けて理解でき、緊急時に実施できるものである。日本は、この度の大規模災害を教訓として、早速、そのようなものを作成すべきである。自衛隊や民間のしかるべき企業には、そのようなセンスをもった人材が沢山いる筈である。

2011年3月21日月曜日

問題を見つけ出す能力に欠けている(20110321a)

 今回の被災した福島第一原子力発電所から飛散した放能性物質による農作物・海産物・飲料水の汚染について、各都道府県におけるサンプル調査が行われその結果が発表された。厚生労働省は、その調査結果に基づき、農作物や海産物の出荷停止・出荷された物の回収を指示した。この度の処置は、正しかったか? 次の疑問がある。

    調査結果は食品衛生法に基づく暫定基準値を基にしたものである。その基準値は、今回の事故に遭遇し、国際的な基準値を慌てて採用したものである。

    その暫定基準値はあくまで暫定的な基準値である。それは日本人の日常の生活を勘案した摂取量を基に定められた実用的な‘安心の目安’ではない。

    調査の仕方について、具体的な、標準的な手順が事前に示されていたわけではない。検査結果のデータについては当然、大きなばらつきがある筈である。

    新聞やテレビに登場する学者たちの識見には、統一されたものがない。

    上記②の‘安心の目安’について、官房長官や一部の学者たちが説明しているが、全く不十分である。

 検査に従事した検査官たちは、「汚染されているか、いないか」という‘問題を解く’能力には非常にすぐれている。
 しかし、「測定の手順に問題があるのか、ないのか」という‘問題を見つけ出す’能力には欠けたところがある。
 厚生労働省の官僚も「基準に照らし、集荷を停止し、既に出荷した物を回収するという指示を出す」という、‘問題を解く’能力には非常にすぐれている。

 しかし、「その結果、どういうことが起きるのか。中央官庁としてそのような指示を直ちに出すことが、どういう基準によって正しいのか、他に踏むべき手順があるのではないのか」という問題を見つけ出す’能力に欠けたところがある。

 これは、これまでの学校教育、大学における教育の在り方に問題があったのだと思う。

 「問題を解く能力」ことも勿論重要であるが、「問題を見つけ出す能力」は更に重要である。問題は我々の周りにいくらでも転がっているのである。

 公務に従事する方々は、皆、一生懸命にやってくれているが、今一つ冷静になって頂いて、この未曾有の国難に対処して欲しいと願うばかりである。
東京都の消防官(20110321)

 福島第一原発からの放射能汚染の拡大を局限化するため、自衛隊や消防が極限状態の中で必死に作業を行っている。

 昨日は、東京都のハイパーレスキュー隊が、原発施設傍の海から水を引き、何キロもの長さのホースを伸ばして第3号機燃料保管プール内に連続的に海水を注入できるようにし、連続注水に成功した。隊員たちは放射線レベルが極めて高い状況の中、手作業でホースをつなぐ作業を行った。日ごろの訓練の成果、実経験の成果が現れた。

 消防官の宣誓書には「人命及び財産を火災より擁護するためには危険をも省みず全体の奉仕者として」という文言がある。自衛官の場合は「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる」である。また警察官の場合は、「何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に」という文言になっている。

 今回、「危険をも省みず」危険な濃度の放射線を浴びながら働いた消防官たちにも家族がある。彼らは妻たちから励まされながら頑張った。現場指揮官の妻からは「国の危機を救うため頑張って下さい」というメールが送られていた。

 もともと、国の為、自分の命を投げ出すことを要求されている自衛官たちにもそれぞれ家族がいる。皆、士気が高く、国の危機を救うため頑張っている。

 東京電力の社員たちも同じである。原発の最初の爆発のとき、現場に踏みとどまった50人の社員たちに、日本のマスメヂアは関心を示さなかったが、さすがアメリカのメディアは彼らを最大限に称賛した。

 被災地の現場では、医療・福祉施設で働いている人たち、行政の職員、地域の消防団のメンバーなど、それぞれの部署で、自らは被災し、愛する家族を失い、住む家を失った方々も、悲しみに堪え、使命感に燃え、それぞれの職務を遂行している。

 日本人は、皆、同胞(同じ腹から生まれた人)である。天皇家は、古来、全日本人の家々の宗家である。日本中が被災者を支援し、各地で避難者を受け入れている。世界中から、日本への同情と支援が送られている。日本は一家、世界は一家である。

皆、日本人の高い徳性を示している。苦難の状況下、互いに助け合い、励まし合い、高い倫理観と使命感をもって危機を乗り越えようとしている。武士道の徳目は蘇った!

 金と政治の問題で、自分の側近が逮捕されても「知らぬ存ぜぬ」と詭弁を弄し、日本をめちゃめちゃにしても未だにその責任を自覚しない恥知らずの政治家たち、及びその一派に、今後この日本の政治に干渉をさせてはならぬ。

2011年3月20日日曜日

重大緊急事態対処体制(20110320)

 今回の大災害への対処について考えれば、人間の体に例えれば、全身にけが・やけど・一部のまひなどを含む大小のダメージを受け、大手術をして当面の対処をしたという状態である。これからは、生命の維持をはかりつつ、回復の障害になっているものを取り除き、身体自身が持っている自然治癒力を最大限に引き出し、頭脳の活動を活発化させることが重要である。血管や神経を修復させ、重大な傷を負った部分への血流も徐々にではあるが改善された。神経系も徐々に回復されつつある。

問題は頭脳の活動である。血流が滞りなく流れるように、大脳の全域が回復されなければならない。そのためには、酸素や糖分の補給が不足して疲労困憊している脳を休息させながら、活性化させることである。

具体的には、地方行政組織の機能を回復させることである。脳は最も重要な部分である。
国民の耳に聞こえてくるのは、「未曾有の大災害を、何としてでも乗り越えなければならない」という精神的なアピールだけである。具体策が見えてこない。国土交通省は道路網や港湾など輸送ルートの回復に全力を挙げているだろう。厚生労働省は、被災地の医療・衛生確保のため全力を挙げていることだろう。総務省は電気通信網の回復に全力を挙げていることだろう。しかし、これも総務省の担当だろうと思うが、被災地の行政組織の回復について、どういう手が打たれているのだろうか?

災害対策基本法・原子力災害対策特別措置法などに基づき、経済産業省は、今回の福島第一原子力発電所の事故について懸命に対処したと思うが、後手後手であった。

事態は、非常に深刻である。同盟国アメリカが自国民の日本国外への避難や、当該原子力発電所から半径80キロメートル以内からの退避を勧告している。政府は、国民に対して「過剰反応である」と説明している。しかし、どうも納得できない。

事は、国家安全保障に関わる事項ではないのか? 安全保障会議設置法に基づく大緊急事態、すなわち、我が国に対する武力攻撃が行われた事態以外の緊急事態で、日本の安全に重大な影響を及ぼすおそれがある事態であると深刻に受け止め、国内におけるこれ以上の異常な事態が起きることを防ぐ準備をしておく必要はないのか?

そもそも「‘最小不幸社会’の実現」という、市民活動よりの精神論は、一般大衆受けのスローガン、国家社会主義的スローガンであって、国民は、それに騙されて民主党政権を選んだのである。最早、そのスローガンの空虚なことを国民は知った。

今、この国で必要なスローガンは、「‘最大多数の最大幸福’を実現する」という国家的・大局的スローガンである。最大多数が最も幸せになるようにお互いに頑張る。国民のそのような姿勢が重要である。この際、子ども手当は廃止すべきである。高速道路の無料化も廃止すべきである。「最大多数の最大幸福」の実現のため、国を挙げて努力しなければならない。菅総理には、「心を無」にして、国の為わが身を棄てる覚悟で頑張ってほしい。

2011年3月19日土曜日

重大な放射能汚染・被爆事故が起きなければよいが・・ (20110319)

 今回の福島原子力発電所の事故は、巨大地震被害による不可避なものであったと、一言で片づけてはならない。素人でも若干の知識があれば判断ができることであるが、核燃料がある原子炉内や使用済みで保管中の核燃料の冷却ができなくなると核分裂反応が起きる可能性があり、スリーマイル島原子力発電所事故の比ではない重大事故が生じる可能性がある。冷却の方策の実施が遅れたことについては弁解の余地はない。

 福島原子力発電所の原子炉冷却系統の設計が万全であったとは思えない。原子力保安院は経済産業省の特別な機関である。東京電力も経済産業省の管轄下にある。NHKの番組において今回の事故について解説している専門家も、原子力保安院や東京電力の関係者との間でネットワークがあって、ある意味では関係者の保身に加担しているのではないかと疑いたくなる。国民には事の重大さを知らせず、事故対策も後手後手となり、今回の事故が起きた当初、技術的支援を申し出たアメリカの技術的支援を断り、アメリカに不信感を抱かせた。

 アメリカ政府が、アメリカ国民の保護のため日本国外脱出を促したり、福島原子力発電所から80キロ以上に避難させる勧告をしたことを、政府も、NHKの番組に出た専門家も一様に「過剰反応」だと言う。皆、国民をだましていないか?

 18日夜8時過ぎにテレビに出て国民に呼びかけた菅首相の言葉は、虚しく聞こえる。自衛隊による必死の作業が功を奏すればよいが、それは無駄な徒労に終わる可能性がある。核物質が風に乗り拡散し、中性子線が当該原子力発電所から半径何10キロのところまで飛び、遮蔽物がない一般市民に襲いかかるかもしれない。

 そうならねばよいが、と祈るばかりである。

 

2011年3月18日金曜日

原子力保安院の態度に疑問 (20110318a)

 昨日の、陸上自衛隊ヘリコプター団と航空自衛隊基地消防隊による破損原子力発電施設3号機に対する、「身の危険を顧みず」遂行された注水作業の結果について、施設周辺の放射線レベルが低下していることについて、原子力保安院は、「放射線レベルの低下の現象が昨日の注水結果に直ちに結びつくものではなく、もう少し経過を見たい」と言った。

 その一方で、2号機に対する送電線敷設工事を先行させ、自衛隊による注水作業は、それ以降、午後2時過ぎから行う」と言った。おそらく、その注水作業の開始は、もっと遅くなるだろう。同時並行して行うという智恵はないのか?!

 原子力保安院の態度は、「保身的」と言わざるを得ない。多くの市民を退避させた責任を逃れようとしている官僚的な態度と言わざるを得ない。なぜ、率直に「自衛隊による危険を冒した注水作業結果だろうと思うが、放射線レベルが低下傾向にある。ただし、かくかくしかじかの理由により、そうと断定できない部分がある」と言わなかったのか!

 彼らは高等教育を受け、問題を解く頭は良いのかもしれないが、「問題を見つけ、事前に問題に対処する」智恵が足りない。マスコミは、そのことを批判しない。政府も「専門家に任せる」と言って、彼らをリードしようとする意志がみられない。

 自衛隊は、常に有事即応の研究を重ね、演習を重ね、準備を続けてきている。何故、官僚はこのような国難のとき、彼らの能力をフルに活用しようとしないのか?無能なシビリアンコントロールは百害あって一利なしである。
‘軍’へのアレルギー (20110318)

 この度の大震災で国民は気づいたかもしれない。それは、これまで自衛隊というものに対し、国民はあまり敬意を払ってこなかったということである。自衛隊を‘軍’と認めず、自衛隊は災害派遣や国際救助活動には使い勝手が良いというような感じで使ってきた。

国民がそういう状態であったことは一にも二にも政治の責任である。政治家たちは国のことは二の次で、‘職業政治家’に成り下がり、「国民のため」と口にしながら自分たちが属する党派のため行動してきた。それを「政治」と勘違いしてきた。

 自衛官は、外国では‘軍人’とみなされている。自衛官宣誓には、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる」という一文がある。この度の福島原子力発電所における放射能汚染の拡大を防止するため、破損した原子炉の上空や地上からその原子炉への注水作業に従事した隊員たちはこの宣誓のとおり行動した。

 表には出てこないが、福島原子力発電所の職員や契約企業の社員たちは、放射線レベルが異常に高い現場で、放射線被害の拡散を防ぐため懸命な努力を続けている。彼らは高い倫理観・使命観をもっている。一部の政治家たちとは高潔さにおいて雲泥の差である。

 天皇陛下は、今朝(17日)、国民に対しメッセージを発せられた。聞いていて真に有難いと思った。陛下のお言葉に対して政府は何も語らなかった。これが今の日本の状況を象徴している。外国では陛下のお言葉に深い関心を示した。インターネット版“Washington Post”や“USA TODAY”に陛下のお言葉が音声で流されていた。

 この国は、自虐史観からなかなか脱皮できない世代の人たちが政治の表舞台から去って行かない限り、まともな国にはならないだろう。自虐史観は、幕末に徳川幕府体制を維持しようとした人たちが、なかなかその保守的体質を変えられなかった歴史観と、ある意味では対比されるところがある。

 自衛隊は国の背骨である。元航空幕僚長・田母神俊雄氏は、自らの身をもってこの国を変えようとした。ある意味で、田母神俊雄氏は吉田松陰と対比されるところがある。自衛隊は明日も要請があれば、注水作業を行うという。是非頑張って、放射能汚染の危険を取り除いて欲しい。そう遠くない将来、自衛隊は“日陰者” から、名誉ある地位、“国防軍”となるだろう。自衛官も“軍人”と尊敬された呼ばれ方をするようになるだろう。名誉を得るため、克己・勉励することは武士の道である。
 

2011年3月17日木曜日

You are never alone. (20110317)

 インテルの長友が最終場面で勝利を託されて出場し、逆転されていたインテルを勝利に導き、満員の観衆を興奮の渦に巻き込んだ。長友は、日の丸の国旗を肩に背負い、フィールドを一周し、最後に日本のカメラマンに向け、その国旗を広げて見せた。その国旗には“You are never alone.”と書かれていた。観衆は、その歌を合唱した。

 長友は「最後まで頑張る姿を日本の皆さんに見せたかった。勝つことは念頭になかった」と語った。小柄な彼は、正にサムライであった。感動した。

 福島原子力発電所の被災事故の危機的な状況を打開するため、昨夜は自衛隊のヘリコプターが4号炉の上空から水を投下することを試みたが、上空の放射線量が非常に高いため、その試みは中断された。

次は、警視庁の放水車を使って、地上から4号炉の破損された外壁の穴から水をかけることを未明に行うという。放水車は50m先まで放水することができる能力を持っているという。その放水車で作業を行う警察官は自衛隊から防護服を借りて着こみ、放水作業を行うという。是非成功させ、放射能汚染を食い止めて欲しい。自衛隊のヘリコプターも被爆事故が起きないぎりぎりのところで上空から水を投下し、被災しているすべての原子炉の温度を下げることを成功させて欲しい。

Never give up! 世界中が日本を応援してくれている。米軍は、大津波で被災し使用不能になっている仙台空港をヘリコプター4機が使えるようにしてくれた。被災した各地で各国の救助隊が活動してくれている。

主要な物資輸送ルートも鉄道以外は復旧し、陸と海から大量の救援物資を運搬することができるようになった。避難所などで、もう5日間も我慢し続けている45万人の人びとにも、ようやく明るい希望の光が見えてくることだろう。

日本は、必ず復興する! そして再び「東方の光」を放つようになる!

2011年3月16日水曜日

松陰と高須未亡人(20110316)

 NHK出版『女たちの明治維新』(鈴木由紀子著)という本がある。ここに、吉田松陰と交流があった高須久子の話が出ている。

 高須久子は、300石あまりを食む長州藩士・高洲(須)五郎左衛門の娘で、31歳の時寡婦になった女性である。父も夫も亡くなった後、娘と二人暮らしをしながら三味線などの芸事を好み、被差別部落からやってくる芸人・弥八や勇吉に流行歌を弾かせたり、人形芝居などをさせ、近所の人たちにも見せてやっていたという。弥八は美男であったらしい。

被差別部落の者と親しくなったことが当時の身分社会のなかで厳しく咎められ、野山獄という独房の牢獄に入れられた。軽輩の者は岩倉獄という雑居牢に入れられたが、身分の高い者(士分)は独房に入れられた。松陰も密航の罪で同じ牢獄の東角部屋に入れられた。

当時の牢獄内では出入り自由であったが、脱獄すれば当然厳しく処断されるからそれはできない。しかし、牢獄内で俳諧の会の開催や著述や講義などを行い、囚人同士交流したり、牢番・司獄(当時の刑務官)が俳諧の会や講義に参加することは自由であった。教材は松陰の家族が差し入れた。松陰は当時のずば抜けた知識人であったから、松陰のもとに囚人が集まり、時には時局の論談もしたという。

高須久子は松陰より一回り上の年長であったが、松陰と深く知的な交流をし、松陰との間で交わした俳句が残されている。以下、上記の本に出ている句を幾つかここに記す。

獄中俳諧を編んだ『賞月雅草』にある俳句と短歌;
  名月に   香は珍しき 木の子かな     松陰
  宇治の茶の 絆なりけり けふの月      久子
  武士(もののふ)の 心勇ます 轡虫(くつわむし)
              いづくを見ても 秋の淋しさ    松陰
酒と茶に 徒然(つれづれ)しのぶ 草の庵         松陰
              谷の流れの 水の清らか      久子

当時の社会秩序は、「役割」で分けられた身分の差を維持することで守られていた。そういう中、松陰や松陰の母・滝や久子のように、身分差を超えて、一個の人間として低い身分の者にも暖かい眼差しを向けた人びとが多数いた。それが、封建社会から民主主義社会に、ある意味では「無血」で変革させる原動力となったと言えるだろう。

今の時代、この日本では一切の身分差はなく、職業上の差別はなく、誰でも勉学に励み、努力すれば、それなりの社会的地位につくことができる。人びとに求められているのは、「自助」「自己責任」「役割の自覚」などの徳目である。

今回の東北関東大災害において、日本人はそれらの徳目をもって行動していると思う。世界中の人びとが、日本人の「秩序」に感嘆している。昔の「士分」階級が残した武士道は、決して廃れていなかった!

2011年3月15日火曜日

艱難を知らぬほど不幸はなし(20110315)

 表題の言葉は、ある本に出ているマケドニア王の言葉だそうである。マケドニアは紀元前7世紀にギリシャにあった王国である。紀元前808年から紀元前168年まで続いた国である。有名なアレキサンダー大王は紀元前336 - 紀元前323年在位しており、エジプトのファラオも兼ねた人物で、アレクサンドロス三世と言われる。彼の演説の中に「艱難」という言葉が出てくるが、表題のような表現はない。多分、後世の人が彼の言葉を修飾して表題のようにしたのかもしれない。

 武士道の「武勇」は洋の東西を問わず、歴史の古新は問わず、武器をもって戦う役目を負っている人たちに必要な徳目である。今の時代、その徳目が求められる人びとは、軍や警察などの組織にいる人たちである。日本では自衛官、警察官、海上保安官などがそれに相当する。自衛官の宣誓には、「強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる」という一文がある。警察官、海上保安官などにも「宣誓」はあるが、自衛官のような「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め」という文言はない。

 いま、自衛隊は東日本巨大地震被害者救援のため、日夜労苦を惜しまず活動している一方で、全国のレーダー基地や迎撃ミサイル基地や戦闘航空団基地や護衛艦・潜水艦・対潜哨戒機基地などでは、24時間体制で我が国の防衛に従事している隊員もいる。災害救助・救援活動は勿論非常に重要なことであるが、国の防衛も決しておろそかにしてはならない。

2011年3月14日月曜日

今の時代の「武士」(20110314)

 一昨日午後起きた東日巨大地震は、未曾有の大災害を引き起こした。福島原子力発電所も大きな被害を受け、放射能被曝者も出ている。大槌町では、町長、役場職員以下、地震対応策会議中大津波に飲み込まれ、行方不明になっている。南三陸町では、1万人以上と連絡が取れない状態である。日本は、史上かつてない国難に直面している。

 これまで「武士道」について勉強しながらこのブログに投稿してきたが、この危機に臨み、今の時代の「武士」たちが、本当によくやってくれていると思う。うれしくなった。
 「日本人は、皆、家族である。天皇は、日本中の家々の宗家である。」と思う。未曾有の国難に直面しても乱れず、冷静に、統制のとれた行動をし、お互い助けあい、励まし合う。このような国は、世界中どこを探してもないだろうと思う。

 新渡戸稲造が言うように、「(武士道)の武勇や文徳の教訓は解体」されたが、「その光と栄誉」は、未だに失われていず、武士道は日本人の間に「象徴たる桜の花のように、四方の風に吹かれた後、人生を豊かにする芳香を運んで」きていると思う。

2011年3月13日日曜日

武士道(終わり)(20110313)

東日本大地震で亡くなられた方々が1万人を超えそうである。被災者の数も数10万人を超えそうである。未曾有の大災害が起きた。その哀しみ・苦しみを分かち合いたい。
  「武士道」というタイトルで、今年126日以来今日(2011311日)まで毎日、新渡戸稲造著、奈良本辰也訳・解説、三笠書房「知的生き方文庫」の『武士道』を読みながら、このブログの記事を書いてきた。これは、自分自身の勉強であった。そして、辿りついた結論は、著者自身が言うように、“(武士道)の武勇や文徳の教訓は解体”されたが、“その光と栄誉”は、未だに失われていず、サッカーのザッケローニ監督が武士道に関心を持っているように、日本人の間に、“(武士道は)象徴たる桜の花のように、四方の風に吹かれた後、人生を豊かにする芳香を運んで”きている、ということである。

 問題は、今の時代、昔の「武士」の「役割」を担っている人びとの中には、そのことに気づかず、過ちを犯しているということである。その最たるものは、次世代の日本人の教育を担う教師たちの一部に、彼らが所属する日教組の幹部の思想の影響を受けて、教育の現場で日本の国旗や国歌に敬意を表さず、純粋無垢の子供たちに間違った思想を植え付けようとしていることである。これは絶対に許されることではない!

 この教師たちが教育委員会から処罰されたことを不服として裁判に訴え、昨日、東京高等裁判所が1審の東京地裁の判決を変更し、「(国歌斉唱の際の不起立は)正しい教育を行いたいなどとする信念に基づくもので、式典の進行が阻害されたとは言えない」という判断で、原告の一人を除いて処分を取り消した。但し、賠償請求は棄却した。

 教師らには、何を基準に「正しい教育を行いたい」という信念があったのか?子供たちに国旗に対して敬意を表さないということが、正しい教育なのか?国旗は、日本国の象徴ではないのか?彼らは、独善的な考え方で、国旗の由来は日本国民の意にそぐわないものが勝手に決められたとでも言いたいのか?東京高裁の判断は誠に遺憾である。

 小中高校教師も裁判官も、昔の「武士」と同じ「役割」を担っているのである。彼らが昔の「武士」と同じ徳目を重要視していないから、そのような結果になったのである。都はただちに上告し、最高裁の判断を仰ぐべきである。

 新渡戸稲造は、『武士道』解題によれば、1898年(明治31年)、彼が37歳の時、アメリカに滞在中に英文で書いたものであるという。原題は“Bushido The Soul of Japan”というものである。新渡戸稲造自身、武家の出身で、南部藩士・新渡戸十次郎の三男であった。一方、訳・解説者の奈良本辰也氏は“私の生家は、武士と名のつく家ではない。しかし、それでも外国で私の受けた道徳教育などについて語れ、と言われたら、武士道の教えのようなものを話しだすかもしれない。”とその本の中で語っている。ちなみに、奈良本辰也氏は、1913年山口県生まれで、京都大学文学部国史専攻卒業された方である。言うなれば、氏は、今の時代の「武士」である。

 今の時代、それぞれの人びとの出自は一切関係ない。先祖がどうであろうと、また、かつて外国籍であろうと全く関係ない。誰でも、今の時代の「武士」になることができる。「武士道」に代わる、例えば「人士道」のようなものが是非確立されなければならないと思う。

2011年3月12日土曜日

武士道(続)(20110312)

 新渡戸稲造は英語で書いた著書(訳・解説:奈良本辰也、三笠書房)『武士道』を、最後は、一片の詩、クエーカー教徒・Whittier, John Greenleaf の作“Snow-Bound”の最後の四節を引用して締めくくっている。その前に、幾つかの重要なことを言っている。それは次の言葉である。

“武士道の余命はあといくばくもないかのようである。その予兆となる、かんばしくない兆候が大気中に瀰漫(びまん)しはじめている。いや、徴候のみならず、あなどりがたい諸勢力が武士道をおびやかすべく動きはじめている。”

 “めざましいデモクラシーの滔々(とうとう)たる流れは、それだけで武士道の残滓(ざんし)をのみこんでしまうに十分な勢いをもっている。民主主義はいかなる形式、いかなる形態の特権集団をも認めない。だが武士道はじつのところ知性と文化を十分貯えた権力を独占しした人びとによって組織された特権集団の精神であった。”

 “武士道は一つの独立した道徳の掟として消滅するかもしれない。しかしその力はこの地上から消え去ることはない。”

 “その武勇と文徳の教訓は解体されるかもしれない。しかしその光と栄誉はその廃墟(はいきょ)を超えて蘇生するにちがいない。”

 今の時代、「武士道」という言葉で、上記「その光と栄誉」を蘇らせることはできない。しかし、今の時代にふさわしい言葉を探さねばならない。「人士」という言葉は、教育や地位のある人を意味する。ならば「人士道」はどうであろうか?

 政治家、官僚、公務員、裁判官、大学教授、小中高校教師、自衛官などそれぞれの法律に基づき「官」が付く職にある人びとなどは「人士」である。民主主義が発達した今の時代、これらの人びとは、昔の「武士」の役割を担っている。これらの人びとは、バッジとか階級章とか肩書などで、それぞれ相応の身分があり、人びとの間で一定の尊敬を受けている。そのように考えれば、武士のため武士道があったように、「人士」のため「人士道」があってもよい。いや、それがあるべきである。

 武士道には、一つの独立した道徳の掟があった。同様に、これら「人士」のため、世間とは少し違う道徳の掟があってしかるべきである。それが無いからおかしなことが起きる。たとえば、東京都の公務員である一部の教師が、卒業式などのとき国歌斉唱をしなかったり、国旗掲揚時に起立しなかったりしたことは、「信教の自由」というだけで処罰されないという東京高裁の判決が出た。東京高裁の裁判官は、それら教師たちは自らの思想信条を守るため行動したから、都教委の処罰は不当であったと判決した。それは正しいのか?

 民主党の土肥隆一衆議院議員が韓国で「竹島は日本の領土との認識は変わりはないが、日韓双方の主張があり、韓国の主張にも納得できる部分がある」ので、「竹島は日本の領土であると主張しない」という日韓両国国会議員共同宣言の文書に署名したという。当然のことながら彼は非難され、責任をとって政倫審会長などの職を辞した。これなども「人士道」がないため起きた事件である。「人士道」は今後築いてゆくべきことである。

2011年3月11日金曜日

武士道(続)(20110311)

 武士道は、士農工商の身分の最上位にある士族の精神を形成していた非常に強力な道徳の体系であった。それは、士族の家庭で受け継がれ、士族の社会の中で維持され、士族の子弟が藩校や私塾で教えられていた精神的な徳目によって形作られていたものであった。

武士道の衰退について、新渡戸稲造は次のように言っている。“功利主義や唯物論者の損得勘定の哲学は、魂を半分しかない屁理屈屋が好むところである。功利主義や唯物論に対抗できる他の唯一の道徳体系は、キリスト教である。キリスト教とくらべるならば、今、武士道は「わずかに燃えている灯芯」のようなものである、と正直にいわざるをえない。”(新渡戸稲造『武士道』、奈良本辰也訳・解説、三笠書房「知的生き方文庫」)――と。

その「わずかに燃えている灯芯」のような武士道は、昭和20年(1945年)8月、日本が戦争に敗れた時点でほぼ完全に廃れてしまった。それまでは、小学生の時から覚えさせられた『教育勅語』が、キリスト教の『聖書』やイスラム教の『コーラン』のような働きをして、武士道の徳目が日本人の精神の中に維持されていた。

武士道は宗教ではない。宗教ではないから聖書やコーランなどの教典はない。宗教が国体の維持に利用されている国々では、宗派間の争いが絶えないが、我が国ではそのような争いはない。聖徳太子の昔から「和を以って尊しと為す」であった我が国では、武士道がキリスト教圏やイスラム教圏の国々の宗教の代わりをしたと言える。

『教育勅語』を読むと、「忠」「孝」「億兆心を一(いつ)に」「美」「国体の精華」「父母に孝に」「兄弟(けいてい)に友(ゆう)に」「夫婦相和し」「朋友相信じ」「恭倹己を持(じ)し」「博愛衆に及ぼし」「学を修め」「業を習い」「智能を啓発」「徳器を成就(じょうじゅ)し」「進んで公益を広め」「国憲を重んじ」「国法に遵(したが)い」「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」「爾(なんじ)祖先の遺風を顕彰」など、武士道の徳目を表す語が並んでいる。

明治維新後、士農工商の身分差は完全に撤廃された。士農工商の下に置かれた身分の人たちの中からも国会議員になり、要職に就いた方も多数出るようになった。戦前までは、『教育勅語』が、昔の「士」分の役割を担っている人びとの精神を一定の水準に保つ役割を果たしていたが、今の時代、そのようなものはない。あるのは常識的な倫理観だけである。

今の時代、昔の「武士」の役割を担っている人びとは、どのような人びとであろうか?それは、国会議員や、官僚や、地方議会議員や、地方自治体の職員や、末尾に「官」が付く職業の人びとなどでないのか?これらの人びとは昔の「武士」の役割を担っているが、そのような人びとの倫理観は「常識的なもの」で良いとして、個々人の資質に委ねるだけで良いのだろうか?昔の「武士道」のようなものは全く不要であろうか?『教育勅語』の復活は必要なのではないだろうか?

思想や信教の自由が保障されているわが国で、『教育勅語』の復活は議論の俎上にも上がらないであろう。それならば、心ある人たちが、それら昔の「武士」の役割を担っている人びとに、武士道に対する関心を持ってもらうように行動を起こすしかないだろう。

2011年3月10日木曜日

武士道(続)(20110310)

 NHKの「アインシュタインの眼」という番組で、3匹の飼い犬の行動を観察した映像が紹介されていた。3匹の犬は、母親犬とその息子犬、及びその妹犬である。飼い主が彼らの傍にいるときは、飼い主が文句なしに彼らのリーダーである。ところが、飼い主が外出し、家にはその3匹の犬以外誰もいない状況になると、3匹のうちどれかがリーダーになることが動物の掟である。カメラで観察していると、血のつながったその3匹が争っている。しかし実際は争っているのではなく、じゃれあっているのでもなく、噛みつくにしても深く噛むことはない。彼らは順位を決めるための行動をしていたのである。

 人間の世界ではどうであろうか?人間の社会でもリーダーを決めるが、その決め方にはいろいろある。血を流し合って決める場合もあるし、世襲で決める場合もあるし、民主的な手続きで決める場合もある。

 人間の集団、それも国家の単位ではどうであろうか?例えば中国、ロシア、北朝鮮など国家の単位ではどうであろうか? かれらは、動物の本性のように、日本より上位に立ち、日本を下位に置きたがっている状況に似ていないだろうか?

 昨日、東シナ海で行動中の海上自衛隊の護衛艦に中国のヘリコプターが70mまで接近し、護衛艦の写真を撮ったという。大変危険な行為であるため、政府を通じて中国に抗議したという。もし、わが護衛艦が、「危険防止のためこれ以上接近するな」と警告して威嚇射撃をしたらどういうことになっただろうか?

 人民同士のレベルでは、日中両国ともお互い頬笑みを交わし合い、同じ人間同士として、心を通じあうことをごく自然に行っている。しかし、国家同士であると上述の3匹の犬の行動と大差ないようなことをする。わが方は謙虚な態度で、礼儀正しく対応しているが、中国側は無礼で、傲慢で、謙虚さは全く見受けられない。

 新渡戸稲造の『武士道』には、当然のことながらこのような国家同士のことについては全く触れていない。わが護衛艦は日本の為、法令に基づき行動している。中国のヘリコプターも中国の為、法令に基づき行動している。その行動において、わが護衛艦は「武士道」の精神をもって行動している。中国のヘリコプターは、一党独裁の中国共産党の綱領など、彼らの行動の基になる精神的なもので行動している。その行動は、『歴史通11月号20101』(ワック出版)に前衆議院議員西村眞梧氏が寄稿している以下の記事によれば、「琉球復国運動基本綱領」と「琉球臨時憲法」に準拠していると考えられる。

“中国は沖縄を「琉球」と呼び、中国共産党は2007年に「琉球復国運動基本綱領」というものをつくり、そこに「琉球人民は日本の琉球群島に対する植民地統治を認めない」などと書いている。さらに「琉球臨時憲法」というものまで掲げ、その第4条には「琉球共和国は、奄美州、沖縄州、八重山州の三つの主要な州からなる」と書いている。”

わが方が、「武士道」精神に則り、謙虚に、礼儀正しく行動していても相手には通じない。最後の手段としてわれわれは「腰の氷刀」を抜くしかないだろう。

2011年3月9日水曜日

武士道(続)(20110309)

新渡戸稲造『武士道』に、“ヘンリー・ノーマン氏は、極東事情を研究視察して、日本が他の東洋の専制国家と異なる唯一の点は「人類がかつて考えだしたことの中で、もっとも厳しく、高尚で、かつ厳密な名誉の掟が、国民の間に支配的な影響力をもつ」ことであると断言した。・・(中略)・・東洋の諸制度や人民を詳しく観察したタウンゼントは書いている。「私たちは日々、ヨーロッパがいかにして日本に影響を及ぼしたか、を教えられている。しかし、日本の島々の中での変化はまったく自発的なものであったことを忘れている。ヨーロッパ人が日本に教えたのではなく、日本みずからがヨーロッパの文事・武備の制度や方法を学んだのだ。”と書いている。

 古来、日本は中国に学んだとき、当時の中国の良い部分だけを学んできた。科挙の制度、宦官の制度、辮髪、辮髪 纏足などは取り入れなかった。その理由は、日本では、中国のように元はモンゴル、清は満州(女真)というように異民族が皇帝になるような支配層の総入れ替えはなかったし、異民族を征服して使役するというようなことも無かったし、宮廷や貴族の家では、女性が侍して重要な役割を果たしていたことなどから、それらの制度を必要としなかったからである。但し、明治になって、日本は中国の科挙の制度を参考にして、高等文官試験(現在の国家公務員一種試験の原型)制度を施行している。

武士道の精神には、神道や仏教に加えて、古代中国の賢人・孔子や孟子の教えである「仁」「義」「礼」「智」「誠」の五つの倫理の精神が深く反映されている。「義」は「正義の道理」である。天に誓って最も正しい道理である。

ちなみに、Wikipediaによれば、“赤穂浪士のひとり、武林隆重は孟子の子孫であると伝わる。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に明の従軍医であった孟二寛が日本に連行され、武林氏を名乗ったものである。隆重の祖父は、文禄・慶長の役で日本軍の捕虜になった明軍所属の孟二寛である。孟二寛は、古代中国の思想家孟子の後裔(六二世)として浙江省杭州武林に生まれ、医学を学んで育った。日本人の渡辺氏から室を迎えると、このときに妻の姓をとって「渡辺治庵」と改名する。その間に生まれた子が隆重の父の渡辺式重である。式重には男子が二人あり、兄の渡辺尹隆が渡辺家を継いだが、兄・尹隆は後に武林隆重の功績により、広島藩浅野本家に召抱えられ、「武林勘助尹隆」と改名し、武林の家名を広島藩に残した。”という。このことは、武士道にまつわる不思議な因縁である。

 また、鎌倉時代に中国の南宋王朝時代に朱熹によって再構築された新たな儒学体系を導入して、日本で藤原惺窩(ふじわらのせいか)(15611619)によって「朱子学」として体系化された学問体系における「君臣」「父子」「夫婦」「長幼」「朋友」という五倫、そして江戸時代、中国の明王朝時代に王陽明(王守仁とも呼ばれる)によって提唱された実践的な儒学体系を導入して、中江藤樹によって広められた「知行合一」の実践哲学・陽明学が、武士道精神の根幹を成している。

 武士道の精神には、上述のような背景があり、中国の思想が深く関わっていたのである。

2011年3月8日火曜日

武士道(続)(20110308)

 吉田松陰は、刑死前、次の歌をしたためた。

   かくすればかくなるもとと知りながら やむにやまれぬ大和魂
   身はたとひ武蔵の野辺に朽(くち)ぬとも 留(とどめ)置(おか)まし大和魂

 大和魂は、細長い島国、少ない平野、多い河川、そのような地形の中で発達した農耕・採集・漁業、春夏秋冬、万世一系の皇統、神道、仏教など大陸諸国とは異なる日本独自の諸状況の中で自然に生じた日本独自の精神である。この精神は、哲学的・論理的な体系を持っていない。それゆえに、この大和魂の本義は、「武士」が居なくなり、武士道が重んじられなくなると次第に色あせたものになってしまった。

 明治維新は、“武士道以外に道徳的教訓をまったく知ることのない”(新渡戸稲造著・奈良本辰也訳・三笠書房『武士道』172ページ)「武士」たちによって成し遂げられた。明治時代の日本人の精神には、「武士」やその子孫たちの影響が強く残っていた。しかし、大正になり昭和になり、戦争に敗れてこの国が異民族に征服されてしまった時点で、武士道は完全に過去のものとなってしまった。

 しかし、時代が変わり自由民主主義精神のもとで国家公務員や地方公務員になることができた人びと、選挙で選ばれて国会議員や地方議会議員になった人びと、公職の末尾に‘官’が付く職務に就いている人びと、公務員である教職員、法律に基づき承認された教育機関に雇用されている教職員などは、今の時代の「武士」である。これら今の時代の「武士」たちの道徳的規範となる、今の時代にふさわしい新しい精神、「(新)大和魂」が、哲学的・論理的な体系として作り上げられるべきである。(新)大和魂の復活が必要である。

 日本のように八百万の神々がましまし、仏教が日常の暮らしの中に根付いている国では、かつて「武士道」があったような、何か力強い道徳的な規範を蘇らせる必要がある。キリスト教やイスラム教などのように一神教の国では、それなりの道徳的な規範がその国の人びとの精神構造の基礎にある。

一神教は、他の宗教や宗派に対して寛容ではない。それが、世界の平和の障害になっている。逆に、いまの日本には「武士道」が完全に廃れ、それに代わるべき日本の精神は構築されていない。それが、将来、世界の秩序を乱す原因を作ることになるかもしれない。

 その一つの現象は既に起きている。それは、鳩山元首相が全く「武士」らしくない言動をしたために起きている日米・日露・日中の外交問題である。また小沢氏にまつわる「金と政治」の問題である。また、一部の地方自治体の首長たちが、国全体のことよりも地方のことばかりに目をむけ、己が勢力の拡大を図っていることなどである。いずれも「謙虚の欠如」「力への依存」など、人類共通の「他を差別したい」という本性に根ざしている。

 この国の精神の状況を憂い、いろいろ発言している方々は多い。しかし、それらの方々の発言は、それぞれの‘点’での発言でしかない。それらの発言が、この国を正しく導く精神、「(新)大和魂」を蘇らせるような、何かの仕掛けが必要ではないかと思う。

2011年3月7日月曜日

武士道(続)(20110307)

 “武士道の徳目は私たち日本人一般の道徳水準よりもはるかに抜きんでている。”

 “民主主義は、大成の指導者をはぐくみ、貴族制度は人民の中に君主制にふさわしい精神を注入する。”

 “どのような社会的身分や特権も、道徳の影響が広まる力には対抗できない。”

 “天のあらゆる恵み深い贈り物はサムライを通じてもたらされた。”

 “社会的存在としては、武士は一般庶民に対して超越的な地位にあった。けれども彼らは道徳の規範を定め、みずからその模範を示すことによって民衆を導いた。”

 “サムライは民族全体の「美しき理想」となった。「花は桜木、人は武士」と歌われた俗謡は津々浦々にいきわたった。”

 “武士道は当初、「エリート」の栄光として登場した。だがやがて国民全体の憧れとなり、その精神となった。庶民は武士の道徳的高みにまで達することはできなかったが、「大和魂」、すなわち日本人の魂は、究めるところこの島国の民族精神を表すにいたった。”

“本居宣長は、
  しきしまの やまと心を 人とはば
        朝日ににほふ 山さくらばな
 と詠んで日本人の純粋無垢の心情を示す言葉として表した。”

新渡戸稲造は『武士道』第15章「大和魂」で、以上の言葉を述べている。桜が日本人の心を表す象徴であることを説明している。ワシントンD.C.のポトマック河畔の桜は、明治の終わりごろ、アメリカのタフト大統領夫人の希望により、当時の東京市長・尾崎行雄がプレゼントしたものである。送られた桜の苗木は東京の荒川の五色桜を穂木にして、台木は大阪の伊丹市の北部荻野小学校校区、植木の産地東野村で育てられたという。この桜は日本とアメリカ両国友好のシンボルとして、80年以上の歳月を経て今もなお多くの人々に親しまれているという。両国の人民同士の交流は親しく行われていたが、政府間の友好的な交流は失敗した。その原因は何だっただろうか?当時のアメリカの指導者層は、「大和魂」で代表される日本人の心情に対する理解ができていなかったのではないだろうか?世界に類を見ない「万世一系の天皇制」「武士」「武士道」など日本独自の文化や伝統や統治制度について、理解ができていなかったのではないだろうか?

昨日、「大和魂は決して攻撃精神と同じではない」と書いたのは、今の時代の日本人、特に若者に、大和魂が十分理解されず、誤解されているように思ったからである。「武士道」をキーワードにインターネットで検索してみても、新渡戸稲造の『武士道』について解釈し、考えを述べているようなサイトを見つけ出すことは出来なかった。

戦後、日本人の精神構造は、アングロサクソン、白人、プロテスタント派のキリスト教を信じるアメリカの指導者層によって、徹底的に破壊されようとし、事実、大部分を破壊されてしまった。今こそ、我々は我々の古い価値観を再評価すべき時である。

2011年3月6日日曜日

武士道(続)(20110306)

 新渡戸稲造『武士道』(奈良本辰也 訳・解説 三笠書房「知的生き方文庫」)第15章は、「大和魂」であり、「いかにして日本人の心となったか」という小題が付いている。

 そもそも武士道の精神は何か、ということについて新渡戸稲造は、武士道の源泉が仏教と神道、孔子や孟子の教え、陽明学などにあると言う。

私は、日本が今後何世紀、何十世紀にわたり輝き続けるためには、日本人は「武士道」の精神を大切にしなければならないと確信している。そのためには、昔の「武士」が担っていた「役割」を、今の時代、どういう人たちが担っているのかということを知ること、そしてそのような人たちにそれを「自覚」してもらうことが重要であると思っている。

日本の社会は、封建時代であっても支配層と被支配層との間の関係には断絶はなかった。支配層は被支配層に深く関わっていた。士農工商の身分差は、インドのカースト制と違い、社会的な「役割」の差であった。「農工商」の身分から「士」の身分に上がり、その士分の中で重要な地位についた人もいたし、逆に許可を得て「士」の身分から「農工商」の身分に移った人もいた。藩という行政単位の経営がうまくゆかず、民が貧乏にあえぐ状況のときは、領主も民の苦労を分かち合った。戦時中の天皇もそうであられた。

その精神は遠い昔、第16代仁徳天皇(313399)が民を思う御心に見られる。『古事記』によれば、“ここに高山に登りて、四方の國を見たまひて詔りたまひしく、「國の中に烟(けぶり)發(た)たず。國皆貧窮(まづ)し。故、今より三年(みとせ)に至るまで、悉に人民(たみ)の課(みつぎ)、役(えだち)を除(ゆる)せ。」とのりたまひき。ここをもちて大殿破(や)れ壊(こぼ)れて、悉に雨漏れども、都(かつ)て脩(をさ)め理(つく)ることなく、棫(うつわもの)をもちてその漏る雨を受けて、漏らざる處(ところ)に遷り避けましき。後に國の中を見たまへば、國に烟(けぶり)満てり。故、人民(たみ)富めりと爲(おも)ほして、馬はと課(みつぎ)、役(えだち)を科(おほ)せたまひき。ここをもちて、百姓(おほみたから)榮えて、役使(えだち)に苦しまざりき。”とある。

今の時代の「武士」の上位にある者は、人民が選んだ国会議員である。その中で、その国会議員によって選ばれた内閣総理大臣以下の閣僚など政権を担当する方々がそれに相当する。古代では、天皇を頂点に朝廷が当時の政権を担当していた。この国の困難な状況を克服し、人民を栄えさせる役目を今の政権が担当している。

何時の時代でも、この日本では「武士道」の精神があれば、栄え続けるであろう。その「武士道」の精神は、「義」「勇」「仁」「礼」「誠」の五つの倫理がその根幹にある。「義」は「正義の道理」である。天に誓って最も正しい道理である。

この五つの倫理と、仏教と神道、陽明学的思考が、古来我々日本人、とりわけ「武士」の精神を形作ってきた。それは、「大和魂」という語で表現される精神である。その精神には「名誉」「忠義」「克己」などの要素も含まれる。「大和魂=攻撃精神」では絶対ない

2011年3月5日土曜日

武士道(続)(20110305)

今の時代、女性が社会において活躍することは大いに望まれていることである。しかし、その一方で、女性の本来あるべき姿が軽んぜられ、相対的に男性がその気質、振る舞いにおいて中性化、あるいは女性化するとなるとこれまた大いに疑問である。

最も望ましいのは、社会で活躍したい女性のために十分にその願望を叶えてやれるような社会の構造や環境である。具体的には、有能な高学歴の女性を企業が採用するとき、本人の希望、あるいは心の深奥の願望に一切配慮することなく、ただ企業側の論理、男性の論理だけで、例えば「女性は‘秘書職’、男性は‘総合職’」と決めてかかるような風潮があるとすれば、それは改められなければならない。

さらに、社会として最も考慮するべきことは、社会で活躍したい女性が子供を産んでも、そのハンディがなく十分活躍することができるような環境を整備することである。例えば職場に隣接した場所に保育所があるとか、産児休暇をとっても昇進や基本給には影響がないとか、実際に子供を産んで育てている若い女性たちの希望・心の深奥の願望を引き出して、女性が満足するような環境を、国をあげて整備することである。

昔は、「男は男らしく、女は女らしく」ということが強調されていた。しかし、今の時代は多様性がより多く強調されている。それは非常に良いことである。しかし、我々は「多様性」と「無秩序」とをよく切り分けて考えなければならない。「多様性」の根底には、何時の時代でも変わらない普遍的な真理があるのである。

新渡戸稲造は、『武士道』(奈良本辰也 訳・解説、三笠書房)の中で、豊臣政権末期の武将・木村村重の妻が自害前書いた手紙の文を引用し、こう書いている。ちなみに、A級戦犯として処刑された元内閣総理大臣・外務大臣・広田弘毅の妻は、自分の存在が夫の裁判に影響を与えると考えて自害し、夫に先立ち他界している。

“女性が夫、家、そして家族のために、わが生命を引き渡すようなことは、男が主君と国のために身を棄てることと同様に、みずからの意志にもとづくものであって、かつ名誉あることとされた。自己否定――これなくしては女性の人生の謎を解く鍵は見あたらない。それは、男性の忠義同様に女性が家を治めることの基調であった。女性が男性の奴隷でなかったことは、その夫が封建君主の奴隷ではなかったことと同じである。妻たちが果たした役目は「内助」の功として認められた。妻女たちは奉公の上り階段に立っている。彼女は夫のために自己を棄て、夫はそれによって主君のために自己を棄て、最後に主君は天に従うことができるというわけである。”

“武士道はそれ自体の基準をもっていた。それは二項方程式であった。つまり、女性の価値を戦場と家庭の、双方で測ろうとしたのだ。戦場においては、女性はまったく重んじられることがなかった。だが家庭においては完全であった。・・(中略)・・妻、あるいは母としては、女性は最高の尊敬と深い愛情を受けていた。

いつの時代でも、夫と妻、父と母、それぞれの「役割」の自覚は、非常に重要である。

2011年3月4日金曜日

武士道(続)(20110304)

NHKで津田塾大学の前身・女子英学塾を創設した津田梅子のことが紹介されていた。梅子(幼名・うめ)は、旧幕臣・東京府士族・津田仙・初子夫妻の次女である。うめの父・仙は明治政府の事業である北海道開拓使の嘱託となった縁で、黒田が企画した女子留学生に梅子を応募させた。その時、梅子は明治4(1871)、岩倉使節団に随行して渡米した。女子留学生5人のうち、梅子は最年少の満6歳であった。

 梅子は11年間の留学生活を終え、17歳のとき帰国している。そのとき、日本語を殆ど話せない状態であった。梅子は帰国後日本語を真剣に学び、女子教育のため自分自身の学校を創設することを志しアメリカに再留学している。そして帰国後、華族・平民の別がない女子教育を志向して、一般女子の教育を始めた。それが女子英学塾である。梅子が教育し、卒業させた女性たちは総数800人にも及ぶ。卒業生たちは全国各地に赴任し、日本の女子教育に多大な貢献をした。当時、教育は女性が社会に進出できる唯一の分野であった。

明治時代、満6歳の愛娘をたった一人にさせてアメリカ人の家庭に預け、教育した梅子の両親は大変立派である。サムライの家庭、その気風を受け継いだ梅子、この日本の近代化はそのような人びとによって成し遂げられたのである。

戦後、「武士道精神」は全く「失わされて」しまった。しかし、この日本の再生の為には、日本人はその「武士道精神」を改めて学ぶ必要がある。そして今の時代に合うように改めて、「新武士道精神」のようなものを確立させる必要がある。日本はアメリカに征服されて、日本人の精神構造が徹底的に破壊されるような状況が続いた。そのことを嘆いた人は、市ヶ谷で「武士」の役割を演じて自らを「切腹の刑」に処した三島由紀夫である。

昔の「武士」階級が担っていた「役割」を、今の時代、国会議員や地方議会議員、国家公務員や地方公務員、「官」の名がつく職にある人びと、軍人(今はまだこの呼称はない)、法律に基づき青少年の教育・訓練に従事している各機関の職員などが担っている。上述の「新武士道精神」は、このような人びとのバックグラウンドとなるような精神である。

石原慎太郎氏がこの国の総理大臣になってくれないかと思う。既成政党には期待が持てない。さりとて「減税」とか「地方分権」とか、そういった国政レベルからちょっと離れたことだけを訴える政党も、一般大衆の人気取りに走っているとしか思えない。この国は危うい状況にある。NHKで紹介されているが、地方には、その自治体の議員たちが少ない報酬で昔の「武士」らしい「役割」を担って、しっかり働いている小さな町や村がある。

読売新聞に、中国の戦闘機が尖閣諸島に接近し、航空自衛隊(「国防空軍」と呼ばれるべきである!)の戦闘機がスクランブルをかけたことが出ていた。その地域での中国空軍機に対するスクランブルは、昨年50回ほどあったようである。あまりにも多すぎる!

一般大衆が関心のないところで、今の時代の「武士」たちはしっかり働いている。スクランブルは実弾を装備して行われている。命がけである。お粗末なのは、一部の国会議員や地方自治体の議会議員、公務員たちである。一部の有識者と呼ばれる人たちである。

2011年3月3日木曜日

武士道(続)(20110303)

 武士道が求めた女性像は、今の時代と全くかけ離れたものであった。昔の男は「強かった」が、今の男は「男らしくない」。「草食系」とか「肉食系」という言葉がはやっている。そういう中で、今の時代の日本の女性たちは、「戦国武将」に憧れている。見たところ、政治の世界でも女性たちの方がしっかりしている。女性が社会に政治や経済や科学や技術の世界に進出し、大いに活躍することが、この国を発展させることは間違いない。

 「子ども手当」など集票目的のバラマキのアイデアに飛びつき、マニフェストに書かせた張本人は誰であったか?彼は、表向き「国の為」、その実は「‘私’の為」得策となることを推し進めることに執着した。今、必要なのは、「子どもを国全体で育てる」ということよりも、女性たちが社会で活躍しながら「自分で子供を育てる」ことができる環境を「国が整備する」ことである。「‘私’の為」「子ども手当」をマニフェストに書かせた張本人は、一般大衆を惑わせた。しかし、一般大衆は経験して学習した。もう彼には惑わされることはない。もう彼は過去の人である。彼に忠誠を尽くしている側近は哀れである。

 さて、新渡戸稲造は『武士道』第14章で「武士道が求めた女性の理想像」について書いている。今の時代の女性に、吉田松陰や坂本龍馬を産み育てた母親のような部分が求められている。「男らしくない男」「草食系の男」ばかり目立つ社会には、未来の明るい展望はない。そのことに気づいている女性たちもきっと多いに違いない。と、私は信じる。

 新渡戸稲造は「家庭的であれ、そして女傑であれ」という小題でこう書いている。

“人類の半数を占める女性は、ときには矛盾(パラドックス)の典型と呼ばれる。というのは、女性の心の直感的な働きは、男性の「算数的理解力」をはるかに超えているからである。「神秘的」あるいは「不可知」を意味する「妙」という漢字は、「若い」という意味の「少」と、「女」という二つの漢字が組み合わされている。というのは女性の身体の美しさと、繊細な発想は、男性の粗雑な心理的理解力では説明できないからである。しかしながら、武士道で説く女性の理想像には神秘性がきわめてとぼしく、外見的な矛盾があるにすぎない。”

“武士道は本来、男性のためにつくられた教えである。したがって武士道が女性について重んじた徳目も女性的なものからかけ離れていたのはむしろ当然であった。”

“武士道は、同じく「自己自身を女性の有する弱さから解き放ち、もっと強く、かつ勇敢である男性にもけっして負けない英雄的な武勇を示した」女性を讃えた。したがって若い娘たちは、感情を抑制し、神経を鍛え、武器、特に長い柄の「薙刀(なぎなた)」と呼ばれる武器を繰り、不慮の争いに対して自己の身体を守るように訓練された。”

“少女たちは成年に達すると「懐剣」と呼ばれる短刀を与えられた。その懐剣はときには彼女たちを襲う者の胸に、また場合によっては彼女自身の胸に突き付けられるものであった。実際には後者の場合が多かった。”

私は今の時代の「武士」の役割を担う女性たちには、そのような部分を求めたいと思う。