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2016年7月26日火曜日

20160726アメリカ次期大統領と日本アメリカ同盟関係


 都知事選挙では立候補者鳥越氏が民進党・共産党などの支援を受け、反安倍政権の演説を行っている。その安倍晋三首相はアメリカ議会で演説し、先の大戦で敵味方としてお互いに血みどろな戦いをした日本とアメリカの完全な和解を印象付けた。左翼の人たちは日本が再び戦火に巻き込まれるのではないかと不安に思い、また日本共産党のように科学的社会主義思想のもと反アメリカ・反天皇・反自衛隊という目的を達成するため、先ずは安倍政権を打倒しようと闘争している。

 そのアメリカの次期大統領にクリントン氏がなってもトランプ氏がなっても、TPPに関し両者の考え方は同じである。TPPを主導したアメリカはTPPの輪から抜け出そうとしている。両者は共に日本とアメリカの間の軍事同盟の強化が必要であると考えているが、その費用に関しトランプ氏は明確に日本の負担増を求めている。

 先の大戦では日本はアメリカに比べ何倍も何十倍も人々が死んだ。原子爆弾2個と都市への無差別絨毯爆撃で無辜の民が何十万人も死んだ。アメリカはかつて領土拡大の過程でスローガンにしてきた“Remember the Alamo”、“Remember the Main”と同様な手法で“Remember the Pearl Harbor”と言い、アメリカ国民が祖国愛を失うことがないようにしている。

 一方、日本では祖国愛について教えるような目的を持つ記念的な施設はない。靖国神社は戦死した兵士たちの魂を祀るところであり、広島の平和記念資料館は核兵器を廃絶させるためのシンボルとなる施設である。日本にはアメリカのように祖国愛を植え付けるための施設は何処にもない。仮にそういう施設があったとして、其処で内閣総理大臣が国家的行事を行うならば、左翼の人たちは「軍国主義の復活だ」と騒ぐことだろう。

 国家は極めて利己的な、まるで生き物・野獣のような存在である。日本もかつては同様な存在であった。豊臣秀吉は明(当時の中国)を支配下に入れるため朝鮮半島を侵略し、当時の日本軍は非常に多くの無辜の民を殺し、傷つけた。先の大戦でも日本軍は中国大陸で爆撃機による無差別爆撃を行った。南京事件は大いに誇張されているが、日本軍は民間人か民間人を装った軍人かの見分けがつかずに人々を殺した。左翼の人たちは自虐的に日本の過去のみを取り上げるが、アメリカもヨーロッパ諸国も国家として、まるで生き物・獰猛な野獣のように虐殺行為を行った。それが国家の本質である。

 国家は利己的な生き物であり、生存の欲望・利己的な欲望を完全に抑えることが出来ない「人間」と呼ばれる動物の集合的組織体である。ちなみにISも同様であり、特定の思想を持つ人々の集合的組織体も同様である。自由と民主主義を理念とする人々の集合的組織体は平素温和であり寛容であり友愛的である。そうでない人々の集合的組織体は、その思想を固めている理論に縛られるから、場合によってはその思想のため社会を強制的に改造する行動(社会改革)に出るだろう。その根底には人々の集合的組織体の指導者たちの自己保存の欲求がある。その根底にはそういう人たちの自己実現の欲求もある。

 人も組織も国家もそれぞれ自己保存の欲求のため行動している。この地球上のすべての生物も皆自己保存をしようとしてそれぞれ進化している。人も組織も国家も同様に進化の過程にある。日本には民族統合の象徴である天皇がいるから、日本人は日本列島にしか存在していなかった縄文人を基層とする多人種の混血種でありながら単一民族国家を形成し、縄文人を基層とする多人種の混血種であるがゆえに創造性と進取の気性に富んでいるから、日本は非常に良い状態で進化している。

 しかし、日本人が先の大戦の悲惨な経験から、高徳な人間同様に国家も道徳性の高い存在であると思いこみ、日本という国家が軍備を怠るならば、日本の領土・領空・領海は日本に非友好的な国家の軍によって侵犯され、排他的水域も荒らされることだろう。現にその兆候は度々起きている。国家というものは利己的であり、時に猛獣のように振る舞うものであることを、我々はよく認識すべきである。

 日本はアメリカの緊密な同盟国である。しかしアメリカは自分の利益にならないことに対して、血を流してまでして日本を守ろうとはしないであろう。日本人が自らの国は自らの力で守る気概を持たないと、日本はアメリカの言いなりにならざるを得ないことが起きるだろう。日本とアメリカの間で“Give and Take”の関係が重要である。

日本とアメリカの間でお互い利益に満足するような、非常に高度な、かつ密接な意思疎通が必要である。それが日本とアメリカの間の真の共生関係を築き上げ、維持することになるのである。先日アメリカ大統領が広島平和記念資料館を訪問されたように、日本の総理大臣もパールハーバーのアリゾナ記念館を訪問すると良い。一方で政府は、日本とアメリカの間の強固な同盟関係が如何に重要であるか、日本国民に対して積極的に啓発活動を行うべきである。左翼の人たちが何と言おうと、安倍首相が日本国家のためしなければならないことはまだ沢山残っている。


2016年6月23日木曜日

20160623安全保障関連法に対する各政党の主張の違い


 日本の国籍を持っている人ならば、多分99.999%以上の人は、その気持ちの濃淡があるにせよ日本に対する愛国心を持っているに違いない。ただ、その愛国心の表現の仕方が左翼と右翼とでは極端に違うだけである。国家観は愛国心の表現の仕方の相違で左右に極端な開きがある。

 東條英機元首相は遺言書の中で「国家から欲心を除くということは、不可能のことである。

されば世界より今後も戦争を除くということは不可能のことである。これでは結局は人類の自滅に陥るのであるかも判らぬが、事実はこの通りである。」と述べている。これは永遠の真理であろう。

 「国家観」を考えるとき最も重要な事は「国家はある種の‘生物’である」という観方である。すべての生物は種を残し、生き延び、生き残ろうとしている。国家も全く同様である。そのため、国家と国家の間で紛争が起きる。東條元首相は、それを「国家の欲心」によるものであると言った。

しかし、私は、それは単に「欲心」ではなく、全て生物に自ずと備わっている「自己保存力」によるものであると考える。「欲心」だけと見るならば、国が違っても其処に住む人間同士、お互い解りあうように努力すれば平和は確保できる、と考えるだろう。国が違っても人間同士解り合えるようにする方法を巡って、その極端なグループが右翼にもなり左翼にもなるのである。「国家を一つの生物である」と把握することによって、自国の周辺の国家とどう向き合うべきかという国家観を持つことができるに違いない。

中国による我が国への領空侵犯も領海侵犯も、韓国による竹島不法占拠も、それぞれの「‘生き物’国家」の自己保存行動である。それぞれの「‘生き物’国家」の脳の中枢がその行動をコントロールしつつも、脳の一部がその「‘生き物’国家」の手足を動かしている。わが国も「‘生き物’国家」としての脳の中枢で共存共栄のため自制しながらも、その手足は周辺の「‘生き物’国家」の手足の動きに敏感に反応して行動している。

参議院選挙で各政党はポピュリズムに動きやすい一般大衆を自分の味方に引き入れようと必死である。その中できちんと見極めるべきことは、安全保障関連法に関する各政党の見解である。この関連法を廃止しようとか、この関連法が「戦争法」であるとか、声を大きくして叫ぶ政党は、現実に目を向けないか、現実を無視して、自分たちの理想の国家を造ろうと考えている連中が屯している政党である。彼らも勿論旺盛な愛国心を持っているに違いないが、その表現の仕方において、根本的なところがすっかり抜け落ちているのである。

関連:

東條英機閣下のご遺言


占領憲法下の日本



2016年6月22日水曜日

20160622沖縄のアメリカ軍基地に関する記事


 msnニュースのdotに、下に括弧(【】)でくくる記事が載っていた。この記事の筆者は米海兵隊員へのオリエンテーションで使われているという資料を引用しているが、沖縄で何代にも亘って生まれ・住み続けてきた人々のルーツは、沖縄の人々やアイヌの人々を含め、皆、我々日本人が平均的に20%持っているとされる縄文人であることを知らないのだろう。

縄文人はこの日本列島にしか住んでいなかった特殊な人々であった(下記関連記事参照)。遺伝子のハプログループでは、北海道から沖縄まで日本人は皆同じ縄文人の要素を持っている。下の記事にある「琉球の住民は日本人ではなく、本土の日本人と同化したことがない。日本人は彼らを軽蔑している」という部分は、極めて突出している感がある。

米海兵隊員へのオリエンテーションで使われているという資料に、本当にそう書かれているのか?以下に引用する朱色部分を含め、確認が必要である。もし、本当にそう書かれているのなら、日本政府は在日アメリカ軍に是正を要求すべきである。

6カ月ごとのローテーションで沖縄に配属される米海兵隊員へのオリエンテーションで使う資料「沖縄の歴史と政治状況」。英国人ジャーナリスト、ジョン・ミッチェル氏が米情報公開制度で入手した。そこには、沖縄への米軍駐留をめぐる日本政府の「ウソ」がはっきりと書かれていた。

 中身を詳しく見ると、ほかにも沖縄への「蔑視」と受け取れる表現があちこちにある。いくつか抜き出してみよう。
「沖縄県や自治体は基地問題をテコに、中央政府から補助金や振興策を引き出している」
「沖縄の新聞は偏向している」
「沖縄の人は一般的に情報に疎く、彼らは限られた視界で物事を見ている」

●「単純でお人よし」
 こうした特性が、根強い住民の反対運動の裏側にある、とこの資料は分析する。これらの書き方は終戦直後、沖縄を軍事占領すべきだと主張したGHQ(連合国軍総司令部)のダグラス・マッカーサー最高司令官の物言いを思い出させる。
「琉球の住民は日本人ではなく、本土の日本人と同化したことがない。日本人は彼らを軽蔑している。彼らは単純でお人よしで、米国の基地開発でかなりの金額を得て比較的幸せな生活を送ることになる」
 情報公開で明らかになった資料は、スライドで全36枚。沖縄の歴史、文化も紹介している。米軍の沖縄駐留については、「沖縄と本土の関係」の中で触れられているところが注目点だ。
「沖縄県民は日本人である前に沖縄人であることを意識する」と独自性=異質性を指摘し、「1879年に強制的に日本帝国に引き入れられて以来、劣った民族として本土からの差別を経験してきた」と述べた上で、こう続ける。

「過去20年以上にわたり、(日本)政府と沖縄県は立場が異なり、多くの場合、対立しあっている。日本政府は部隊と基地が(沖縄に)とどまることを希望している(なぜなら、本土で代替地を探せないからだ)」

 翁長知事は「沖縄から米軍基地を無くす」という民意を受けて知事になったという立場で、政府と対立している。沖縄を自分の領土にしたい中国が喜ぶようなことを堂々と主張して、沖縄から米軍基地を無くそうと自ら先頭に立って活動している。

 本土の人たちも、沖縄の人たちの気持ちにもっと寄り添う心を持つべきである。米海兵隊の拠点が沖縄に置かれることは中国に対する圧力として必要であるが、海兵隊の部隊訓練の拠点の一つや二つは本土に在る方が良いのではないのか?沖縄だけに一方的に基地負担をさせている現状は是非改められるべきである。

 民進党などは安全保障関連法を廃止すると主張している。彼らは一般大衆が飛びつきやすいようなキャッチフレーズを掲げ参議院選挙を戦っている。ポピュリズムは日本の安全を脅かし、結局日本国民を不幸にする。政治家はしっかりとした国家観を持つべきである。

 マスメディアが偏向した姿勢で語らないのならば、政府はSNSを通じて広く世論を喚起するように動くべきではないのか?

関連:
中国が用意している「沖縄占領憲法」(続き)(20120403)
http://hibikorejitaku.blogspot.jp/2012/04/20120403-httphomepage2.html

沖縄・尖閣・八重山各列島の防衛(20120803)
http://hibikorejitaku.blogspot.jp/2012/08/blog-post_9400.html




2015年9月28日月曜日

20150928政府が積極的に説明しない日本の安全保障環境


政府は外交上の配慮からか、尖閣諸島における日中の軍事的緊張関係について、日本国民に対して具体的に積極的に説明していない。

航空自衛隊ではロシア空軍や中国空軍の偵察機・爆撃機に対する緊急迎撃発進(スクランブル)の回数が非常に増加して来ている。北朝鮮は核兵器搭載も辞さない姿勢で中距離弾道ミサイルの発射を行う姿勢を見せている。東アジアにおける緊張は近年非常に高まってきている。自衛隊と在日アメリカ軍はこのような状況に対処するため必要な措置を講じているようである。その一つが軍事的同盟関係にある多国籍軍の間の様々な共同訓練である。

今回成立した安全保障関連法は「日本が戦争に巻き込まれないようにするための法律」である。共産党や社会民主党がこれを「戦争法案」だとレッテルを貼って国民を扇動している。民主党や維新の党などもこれらの法律が「憲法違反」だとして、共産党との間で選挙協力をしようとしている。日本の存亡にかかわるような状況が起きようとしているのに、彼らは日本国民を守ることよりも党利党略にエネルギーを費やしている。

そもそも国家の存続・平和・安全のためとる行動は憲法にその定めがなくても自然法的に認められる国家固有の自衛の権利である。国民は誰から言われなくても自ずと「平和で繁栄していて安全な国家」の中で心の安らぎを得たいと願っている。それが「民の心(=民心)」である。ところがこれらの政党に所属している愚かな政治家たちは、自分たちを支持して議会に送ってくれたのは、その「民の心」によるものであると思いこんでいる。

彼らは「民意」と「民心」の区別をしていない。彼らを議会に送り込んだのは民が彼らに議会で彼らが掲げる政策を実現してもらいたいという「民の意識(=民意)」である。民は彼らに自分たちの平和と安全と繁栄が脅かされるようなことをして欲しいとは決して思っていない。そのことを彼らは認識していず、自分たちが民よりも偉い者であると己惚れている。これは無意識にそうなったのであろうが、実際、今回成立した法案の審議の過程で彼らはカメラに向かってそのような態度を示した場面があった。テレビで見ていて非常に不愉快であった。かれらに我々の税金で高い報酬を支払う必要は全くない!

中国は尖閣諸島を囲む防空識別圏を勝手に設定し、その圏内を飛行する民間航空機に対して、中国当局に事前に飛行計画を提出するよう要求した。

中国は太平洋上に第一列島線・第二列島線を引き、アメリカに太平洋の管理を中国・アメリカの二国間だけで共同で行おうと提案した。太平洋には日本の権益も勿論のこと、オーストラリア・ニュージーランド等大洋州諸国の権益も東南アジア諸国・台湾の権益も非常に大きい。

中東から日本に石油を運ぶシーレーンはインド大陸の西岸→スリランカ南岸→アンダマン海→マレーシア・スマトラ間のマラッカ海峡→南シナ海→台湾海峡を経由している。そのシーレーンを脅かすように中国は南シナ海の南沙諸島に軍事基地を建設しようとしている。海上自衛隊は日本のシーレーンを守るための能力を高めつつあるようである。

国家間の緊張はそれぞれ国家が自存を目指す行動によって生じる。日本に対して非礼かつ非友好的な国家が軍事力を高めれば日本はこれに対抗せざるを得ない。さもないと日本はそのような国家の思いのままになってしまい、日本国民の平和・繁栄・安全は保たれなくなってしまう。その結果日本国民の安心も得られなくなってしまう。

中国は沖縄諸島が古来中国領であったとしている。中国が用意している『琉球復國運動基本綱領』という文書、及び『琉球臨時憲法九条』には、一部の沖縄の人たちが求めている「琉球独立運動」と呼応するようなことが書かれている。その『琉球臨時憲法九条』の第四条には「琉球共和國由三個主要的州:奄米州, 沖繩州, 八重山州組成,各州包括了三個列島群在的琉球群島的所有島嶼.(琉球共和国は三つの主要な州、つまり奄美州、沖縄州、八重山州から構成され、各州は三個の列島群を内包する琉球群島所有の島嶼)」(2012年『月間WILL5月号より引用』と書かれている。かたくなに沖縄からアメリカ軍の基地の撤廃を求める翁長沖縄知事の本心はいったい何なのか?

中国は「抗日70周年記念」軍事パレードで“「空母キラー」と呼ばれる対艦弾道ミサイル「東風21D」、日本やグアムの米軍基地を射程に入れる中距離弾道ミサイル「東風26」、戦略爆撃機「轟6K」。”を展示した。「抗日」といっても日本と戦ったのは蒋介石の国民党軍であって毛沢東の共産党軍ではない。

以上及び以下に、読売新聞今年922日号「変わる安保2」から括弧(“”)で引用している。政府が外交的配慮からか日本国民に対して積極的に知らせなくても、また一部の報道機関が敢えて報道しようとしなくても、日本国民は自分の身に迫る危険を察知し、身を守るため団結するだろう。皮肉にも「戦争法案」「憲法違反」というレッテル貼りは日本国民にそういう行動をとらせるための非常に良い薬となっているのである。

“中国政府は。公船などを繰り返し尖閣周辺の領海に侵入させるとともに、尖閣の北方約100キロメートルの公海上に海軍の艦艇2隻を常時派遣、日本側に圧力をかけている。海自は同じ数の護衛艦で。「マンツーマン(11)デフェンス」に当たっている。

中国海軍は徐々に尖閣への接近姿勢を強めている。日本政府関係者によると、昨年後半から今年初めにかけては複数回、尖閣の沿岸から約70キロ・メートルにまで迫ったという。


親米マルコス政権打倒のナショナリズムに押され、比上院が米軍駐留の条約批准を否決したのは91年。アジア最大だったスーピック海軍基地とクラーク基地は、翌年まで返還され、米軍は全面撤退した。突然生まれた「力の空白」を突き、中国はフィリッピンの支配下にあったスプラトリー(南沙)諸島・ミスチーフ礁を95年に占拠。以降、大規模な岩礁埋め立てによって人工島を次々造成し、港湾や滑走路を整備していった。”

2015年9月2日水曜日

20150901安全保障関連法案に対する反対者たち(2)


 東京オリンピックのエンブレムについて大問題となった。その背景にはアート製作過程における「無意識的な何か」が作用しているのではなかろうか?アートを作るとき芸術家は心の中に何かイメージを持っているだろう。そのイメージの元は自分がかつて何かを見て強い印象を受けていて、普段は表に現れないが自分の無意識の中にあるものとか、或は自分自身が全く意識していなくても、自分がこの世に生まれる前から定められているかのように自分の心の中に在るものであるとか、何か普通の人にはないようなものであろうと思う。

芸術家はそのイメージの元を自分の心の中で一つの形に作り上げ、何かを表現しようとするのだと思う。そしてそのように表現されて一つの形として表現されたものが、「盗作」「パクリ」とされてしまうことは起こり得るだろう。ただ、著作権が非常に尊重される社会、そしてインターネット上でその作品がその作家自身のオリジナルなものであるかどうかについて全世界的な点検が行われるようになっている現代では、自分が折角創作した作品がそのような「盗作」「パクリ」という汚名を受けないように細心の注意と点検が必要である。

 国立競技場と同様にエンブレムも作り直すことになった。問題が起きたときは先ず原点に立ち戻ることが重要である。そのときその問題にかかわった人を悪者に仕立て、その人を社会から抹殺するようなことをしてはならない。それは決して正しいことではない。物事を判断するときはそれを四方八方から眺めて判断するべきである。そういう意味で安全保障関連法案について思うことがある。
 
 安全保障関連法案を推進したいと考える側も、これに反対し法案の成立を阻止したいと考える側も、それぞれ自分の心の中にある「無意識的な何か」に動かされているに違いない。私は「国家は一つの生物種」であり、「生物は自己保存のため行動する」という考え方をし、東アジアの中で日本を含む諸国がそれぞれ自己保存のため行動している状況を自分なりに観察しているので、日本が生き残るためには安全保障関連法案の成立は是非必要であると思っている。

 産経ニュースに以下括弧(“”)で示す記事が出ている。安全保障関連法案の反対者たちもそれぞれ自分の心の中にある「無意識的な何か」に突き動かされて過激な言動をしていると思われる。ただ、石平氏が言っているように“言葉の暴力を容認するような「リベラル」はリベラリズムと言えるのか”という言葉には、大いに賛同するものである。

国会周辺で行われた安全保障法案反対集会に維新の党の党首は参加していなかったが、民主・共産・社民・生活の各党の党首が参加していた。各党首は石平氏の言葉をどのように受け止めているのだろうか?

 “東京・永田町の国会議事堂周辺などで行われた安全保障関連法案に反対する集会をめぐり、評論家の石平氏が「平和を語る資格」について産経新聞に寄稿した。石平氏は安倍晋三首相をののしる言葉の暴力に「日本のリベラルは死んだ」と嘆いた。寄稿の全文は次の通り。”

“8月30日、国会議事堂前での安保法案抗議集会で、山口二郎法政大教授は安倍晋三首相に対し「お前は人間じゃない」との暴言を吐いた。時代劇の決めぜりふからの借用らしいが、現代の人権感覚からすれば、それは明らかに、安倍晋三という一個人に対する言葉の暴力である。”

 “反安保法案運動が始まって以来、映画監督の宮崎駿氏は安倍首相のことを「愚劣」と罵倒し、日本学術会議前会長で専修大教授の広渡清吾氏は7月末に安倍首相のことについて「バカか嘘つきか」と二者択一の手法でののしった。そして学生団体「SEALDs(シールズ)」の中核メンバーの奥田愛基氏に至っては、8月の連合主催の国会前での安保集会で「バカか、お前は」と罵声を安倍首相に堂々と浴びせた。”

“こうした中で反安保法案運動はそのしかるべき趣旨から逸脱して理性と節度を失い、単なる安倍首相に対する「怨念の個人攻撃」へと変質した。このような「平和運動」はもはやその名に値しない。言葉の暴力を平気で振るうような人間たちに、「平和」を語る資格はどこにあるのか。”


 “さらに問題なのは、前述のような発言に対し、反安保法案運動の陣営から内部批判も自己反省もいっさい聞こえてこないことだ。日本の「保守」とは対極の「リベラル」を代表するような新聞などもそれをいっさい問題視していない。このような異様な事態はむしろ、日本のリベラル全体において基本的な人権感覚がまひしていることを示している。”

2015年8月31日月曜日

20150831安全保障関連法案に対する反対者たち


 産経ニュースから括弧(“”)で引用。
 “国会前集会発言集(1)「安倍は人間じゃない。たたき斬ってやる」”
 “安全保障関連法案に反対する市民団体が主催した8月30日の国会周辺の集会には、民主党の岡田克也代表ら野党幹部のほか、法政大の山口二郎教授や音楽家の坂本龍一氏、学生団体「SEALDs(シールズ)」のメンバーらが参加し、安倍晋三首相を「安倍」と呼び捨てにしながら、「戦争法案反対」「安倍政権打倒」などと訴えた。主な発言は次の通り。”

 “山口二郎法政大教授
 「安倍首相は安保法制、国民の生命と安全のためと言っているが、こんなものは本当に嘘っぱち。まさに生来の詐欺師が誠実をかたどったものだ。安倍政権は国民の生命、安全なんて、これっぽっちも考えていない。その証拠に先週、(東京電力)福島(第1)原発事故の被災者に対する支援を縮小する閣議決定した。線量が下がったから、もう帰れ。本当に人でなしの所業だ。・・・(中略)・・・安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!”

 ほほう。山口先生はそう叫んで、そこに集まった人々から喝采を浴びて溜飲を下げたことであろう。物事には概して陰陽・正負・表裏等の二面性あり、一方だけ見ようとしていると他方が見えず、自分の「こうあるべき」という基準に合わない言動に立腹するものである。

 民主党の岡田代表は当該「法案が憲法に違反」していると言う。同党の枝野幹事長は「安倍政権の暴走を阻止」すると叫ぶ。共産党は当該法案が「戦争法案」であるというレッテルを貼り、国民の感情をその方向に導こうと懸命である。

 国家が何年・何十年という時間的経過の中で、今どのような危機にさらされているかということを国民大多数に理解してもらうことは極めて難しいことである。政権を担ったことがある政党の幹部であれば、その理解度が一般国民よりも少しは高い筈である。しかし彼らはその危険性を理解していながら、ではどのようにして国家・国民を危機から回避させるかという考え方も示さず、ただ当該法案にただ反対している。彼らは国家のことよりも自分たちの利益を優先しているようにしか見えない。

 国民は馬鹿ではない。人は私心のない人を信頼する。人々は自国の危機について理論整然と理解していなくても、直感的に危機を感じている。安倍総理のアメリカ議会における演説によって日本はかつての敵国アメリカと完全に和解し、アメリカと軍事・経済・外交の面でがっちりと同盟関係を固めた。そのことによって日本は軍事的にも経済的にも外交的にも、最も効率よく最も経済的に自国の防衛力を高めることが出来るようになった。このことによって敵は日本を簡単には攻め落とすことができなくなっているのである。

 大多数の日本国民は敵のあらゆる戦略・戦術について、自由に飛び交う情報によって多くの知識を得ている。このように進化した日本国の国民は、敵の宣伝・プロパガンダを「またやっているぞ」という程度に軽く受け止めている。私心のある政治家たち、或は物事を一方からだけしか見ようとしない政治家たち、或は名声がある学者・識者たちの個人的な意見を信奉する政治家たちに顔を向けながら、腹の底ではその人たちを信用していないのである。そのような政治家たちに面従腹背するのは日本人の特質によるものである。日本人は「枠の中で互いに従順」(文化人類学者・船曳武夫氏の読売新聞投稿記事より)なのである。もしかして、安全保障関連法案に対する反対者たちもそうなのかもしれない。

2015年5月6日水曜日

農耕集団の子孫と二丁拳銃のカウボーイの子孫の握手


 司馬遼太郎の『街道をゆく3 陸奥のみち 肥薩の道』を読んで感じたことがある。我々日本人は彼が言うように弥生式農耕を身につけた農耕集団の子孫である。農耕集団の子孫である日本人は昔から環境に対する適応性に非常に富んでいた。その適応性は人間関係においても国際関係においても発揮されている。

 放送大学で『植物の科学』という科目を学んでいる。そこで知ったことは、「植物は簡単な化合物から複雑な化合物を合成することができるが、ヒト(人間)を含むすべての動物は、植物が行っているそのようなことはできない。従って動物は植物を食べることによって、或は他の動物を食べることによって必要な化合物を得て生きて行くことができる。

 植物は炭素・水素・酸素・窒素など16種類の必須の元素がないと生きて行けない。それらの元素のうち植物が沢山必要とするが土壌の中では不足しやすいものが窒素・リン・カリウムの三つの元素である。リンはリン鉱石から作られるが、経済的に採掘可能なリン鉱石は遠くない将来この地球上では枯渇するであろうと予測されている」ということである。

 植物内に寄生する微生物を利用して植物の生育に必要な窒素肥料やリン肥料の使用量を減らす技術、同様に植物内に寄生する微生物を利用して、害虫にとっては毒素となるものを作らせて農薬の使用量を減らす技術、遺伝子技術を用いて乾燥に強い作物を作る技術など、農業に関する技術の研究開発が活発に行われている。そのような研究開発は自国のみならず後進国の発展のためも役立っている。

 先進国ではそのような技術の研究開発に関する情報ネットワークが発達し、なおもそのネットワークの進化が進んでいる。それは脳の神経回路が発達を続けているような状況に似ている。ある環境の状況に適応するため情報ネットワークが発達する。脳の神経回路も環境に適応するため発達する。環境への適応は日本人・日本国が最も得意としていることである。

 他人の言動に一喜一憂し、感情的になって他人を非難し他人を見下げることを言ったり行ったりして溜飲を下げ、自己満足することに自分のエネルギーを費やす人がいる。しかし理性的になって物事の真実を知る努力、生きるために必要な能力を高める努力をして世の中のためになる物を新たに創り出すことにエネルギーを費やすことのほうが、その人を幸せにする。そのような人は尊敬される。他人のことが気になって仕様がない人は自己満足を得るため多くのエネルギーを消費している。そのような人は尊敬されない。

 国家も同じである。日本は他国の言動に振り回されてはならない。ただし日本は理性的に、論理的に、静かに、穏やかに、あらゆる機会を通じ、あらゆる方法を用いて日本の正しさを示し続ける必要がある。方法の一つに「武士が腰に差している日本刀」がある。それは滅多に抜くことはないが、抜けば相手を切り倒すことができる武力のことである。従来、日本人には謙譲の美徳があり、相手は自分のことを分かってくれていると思いがちである。しかし現代の社会ではそのような美徳は通用しない。国際社会でも同様である。

 日本国憲法の前文に「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われわれの安全と生存を保持しようと決意した」とある。しかし、日本をとりまく環境に「諸国民の公正と信義に信頼」することができない国々が存在していることは事実である。この前文は理念として残されてもよいが、憲法改正の際には日本が存続してゆくための理念となるような文言が憲法前文に書き加えられるべきである。


 日本は血みどろな戦いをした相手であるアメリカと和解し、日本とアメリカはお互い最も信頼し合える関係となった。これも国のため死んだ吉田松陰が生きていた江戸幕府末期のころからの日本とアメリカの関係があったことが非常に大きく影響している。『武士道 Bushido—Soul of Japan』を著した新渡戸稲造、同志社英学校(現在の同志社大学)を創設した新島襄、女性の教育のため女子英学校(現在の津田塾大学)を創設した津田梅子らは、幕末から明治の初期にかけてアメリカで学んでいる。農耕民族の子孫は2丁拳銃のカウボーイの子孫としっかりと手を組んだのである。映画『THE  LAST  SAMURAI の最後のシーンのように・・。

2015年4月30日木曜日

20150430安倍首相のアメリカ上下院合同会議における演説に思う。


アメリカ議会の上下両院合同会議における安倍首相の45分間の英語による演説は実に素晴らしかった。演説中standing ovation 13回に及んだ。

この安倍首相の演説に対し、日本国内誌では朝日と日経の二社が見出しに「謝罪」や「お詫び」の言葉が無かったとことを掲げた。一方、中国や韓国はいつものように反発した。

歴史認識に関し、日本は中国や韓国と同じ立場に立つ必要は全くない。日本は彼らに対し100回謝罪し、100回お詫びの言葉を述べても、彼らは日本に対する批判の手を緩めることは絶対ないだろう。一方、このたびの演説によって、アメリカと日本の間では歴史認識の問題は完全に解消したと思われる。

日本はアメリカと非常に強固な同盟関係を築いている。政道において日本はアメリカに対し折中を行ってきて、この度アメリカ上下院合同会議における安倍首相の演説をもってその折中を完了させる目途をつけた。安岡正篤先生の『易経講座』には、“単に歩み寄りなんていうものは居中であって折中ではない。易は中庸である。中庸は複雑な現実に処して勇敢に折中していくことである。これくらい難しいことはないので、孔子も中庸の中で「爵録(しゃくろく)を辞するよりも白刃(はくじん)(ふ)むよりも、天下国家を均(ひとし)うするよりも中庸は難しい」と説いている。”と書かれている。日本は中国・韓国両国に対して安倍首相の演説にあるように“Later on, from the 1980’s we saw the rise of the Republic Korea, Taiwan, the ASEAN countries and before long China as well. This time, Japan too devotedly poured in capital and technologies to support their growths. (下って1980年以降、韓国が、台湾が、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国が、やがて中国が勃興します。今度は日本も資本と、技術を献身的に注ぎ、彼らの成長を支えました。)”

日本は中国・韓国に対して折中の途次にあるが、その道はなかなか険しいものがある。国家観が乏しい政治家や商人たちは日本が中国・韓国と居中する、つまりお互い歩み寄ることを求めている。それは日本が中国・韓国の歴史認識を共有せよと言わんばかりである。

正しい商道とは歩み寄りのために絶対譲ってはならないものを譲り渡して行うことではない。正しい商道とは絶対譲ってはならないものは決して譲ることなく、お互い利益があることについて契約して共に利益を得ることである。その相手(中国・韓国)とは仲良く出来なくても共通の利益となることは沢山ある。日本は無理してまで中国・韓国と仲良くする必要は全くない。ただ、お互い国民同士の交流は大いにやる必要はある。正しい商道を突き進むうちに日本と中国・韓国との間でやがて中庸が得られるようになることだろう。

2013年3月2日土曜日


西側諸国の一員としてF35共同開発・製造に参加(20130302

 ちょっと長い間寒さが続いていた。そのため梅の開花が遅れている。春らしくなるのは3月に入ってからという予報であった。ところが昨日ようやく春めいてきた。昨年216日に女房が撮った秩父の蝋梅園の写真がある。秩父といても実は秩父鉄道長瀞駅から行く寶登山の蝋梅園の写真である。今日その蝋梅園の写真をNHKが放映していた。蝋梅の見頃は例年より10日も遅い。

 西武池袋から特急列車レッドアロー号に乗って終点御花畑まで行く。其処から約170メートルほど歩いて秩父鉄道の御花畑駅まで行く。其処から熊谷・羽生方面行きの列車に乗る。七つ目の駅が長瀞である。其処から登山ケーブルカーもあるが1時間余り歩いて寶登山神社の傍まで行く。其処に蝋梅園がある。その蝋梅園は東側と西側に広がっている。東側のほうに梅園もある。ところがこの東側の蝋梅はまだ蕾が多い。去年満開だった梅園も八重寒紅が少し花を付けているだけあった。その東側の蝋梅園から少し登ったところに西側の蝋梅園がある。其処は満開であった。ただし其処には梅園はない。天気は快晴であったのでその空をバックに蝋梅の良い写真が撮れた。これを女房と一緒にテレビで鑑賞した。

 日本語をよく話すヨーロッパ系の背の高い実年の男性がリュックを背負って一人で花の写真を撮りに来ていた。青梅に住んでいて自分の家の周りにも蝋梅があるのだという。数人のおばさんたちが散策道路の脇にたむろしておしゃべりしているところにその男性が近づいてきて蝋梅の花の咲き具合について会話を交わしている。彼はアメリカ人なのかな、奥さんは日本人なのかな、もしかして彼は既に日本に帰化している人かなと思う。

 日本はこういう心豊かな美しい国である。昨日安倍総理大臣が国会で施政方針演説を行った。この3年間民主党政権下で日本は弱体化した。国家のことよりも一般市民のこと、国家が自存してゆくことよりも国民(というよりは彼らの感覚で‘一般市民’)の生活が第一と考え、指導者たちは国のことよりも自分自身のことに重きをおいて党利党略に走った。其処をシナ・韓国・北朝鮮は衝いて来た。今、日本は3年間よく反省し新生した自由民主党政権のもと強い国づくりを目指して猛突進を始めた。シナも韓国も北朝鮮も一斉に日本が「右翼」に変わったと批判し始めた。日本人は大東亜解放戦争に敗れてアメリカに降参して以来長い平和の眠りを貪ってきたが、2年前に遭った大災害を契機に目覚めたのだ。 日本は西側の一員としてF35の共同開発・製造に日本も参加することになった。武器使用三原則に抵触し近隣諸国に警戒観を与えるという懸念を示す一部の‘文化人’・‘識者’らが居るが彼らの言うことに耳を傾けても彼らの言うことに従う必要はない。東アジアは「力の論理」が幅を利かしている地域である。力の弱い国は土足で踏み込まれる。日本は紳士である。武士である。日本に非礼な国に対しては毅然として対処する必要がある。