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2012年3月25日日曜日


身の程を知る(20120325)

 多くの日本国民は、この日本の国土が日米安保により、また日本の総合的国力により、また不足ではあるが自衛隊の戦力により守られていると思っているであろう。だが本当にそれで大丈夫なのか?

 多くの日本国民は、アメリカが強大な軍事力を持っていることは分かっている。軍事力において日本はアメリカに太刀打ちできないと思っている。しかしもし日本が核兵器を保有していたらどうだろうか?それも長距離核ミサイルを保有していたらどうだろうか?その場合、日本はTPP問題などでアメリカに対する発言力が増大するだろうか?

 多くの日本国民は、日本がここまで豊かになり高度な技術力を保有することができたのは日米安保のお蔭だと思っている。一方でTPP問題のように、かつてはオレンジや牛肉などのように、また自動車のようにアメリカからいろいろ押し付けられるのを嫌がっている。日本はそのつどその押し付けを受けてもそれを乗り越えてきた。今、最後の押し付けがTPPである。

TPPは日本にっては最も困難な問題であることは間違いない。だから日本の政治家は中国に接近したりしてアメリカを牽制しようとしている。ただ、この接近はしっかりとした国家観を持った上でないと危険である。今、中国に接近しようとしている与野党の政治家たちにはしっかりとした国家観があるとは思えない。売国的な軽薄な政治家たちばかりであると思う。それは戦後教育のせいである。彼らはそのことに気付いていない。

一方でTPP反対を唱える人たちの中には日本が世界の中で生き残ってゆく力について過信している人たちがいないだろうか?TPPに関連して反米感情をむき出しにしている人たちは居ないだろうか?

ルーズベルト大統領が日本を戦争に引き込んだのは事実だろう。またアメリカが広島や長崎に原爆を落とし、東京初め各都市に焼夷弾の雨を降らせ、無差別に何十万人という日本の市民を殺戮したことは紛れもない事実である。そこに人種的偏見が無かったとは決して言えないだろう。だが、それらのことをもって日本国民に対し反米感情を煽っている人は皆無だろうか?

身の程を知れば、日本はアメリカの軍事力なしにはこの世界で生き残って行くことはできない。決してそのようなことは起きないだろうが仮定として、もし、アメリカが本気で日本潰しにかかれば、日本は生き残ってゆくために非常な困難を強いられるだろう。オバマ大統領が日本を素通りして韓国に行き、また現在の国連事務総長もそうであるが、今度は世界銀行総裁に韓国系アメリカ人を指名した。アメリカは日本国民が身の程を知らずものを言い、行動していると思って日本を牽制するような動きに出ているように見える。

身の程を知れば、日本は軍事面でアメリカとしっかり連携し、世界警察を自認するアメリカ軍が日本の周辺で行動する場合、アメリカ軍を軍事面で支援する、つまり「アメリカ軍兵士が日本のため血を流すような事態が起きた場合、日本軍(自衛隊)の兵士(自衛官)もアメリカのために血を流す」制度と日本人の覚悟が無ければならぬと思う。その考え方は間違っているだろうか?

 そのような覚悟と制度が日本国と日本国民にあれば、少なくともその方向性がはっきり示されれば、アメリカもTPPで日本に対して大幅の譲歩をせざるをえないだろう。それはTPPに参加する諸国の期待するところでもあると思う。そういう譲歩があればTPPは日本に多大の利益をもたらすであろう。

2011年12月21日水曜日

国家観における原則(2011221)

 昨日に打って変わって難しい題名をつけた。昨日は多少羽目を外したが今日は大まじめで天下国家のことを論じようと思う。

 論じると言っても別に論文を書こうというのではない。折しも北朝鮮の金正日総書記が死んでテレビや新聞で識者があれこれ意見を述べている。老人は天下国家を動かす立場にある人間は識者の言うことにいちいち振り合わされない方が良いと思っている。彼のアメリカ初代大統領エイブラハム・リンカーンは聖書しか読んでいなかったというではないか。天下国家を動かすには余計な情報は要らぬと老人は思っている。

 老人はこれまで何年間かにわたりいろいろ思索してきた結果、天下国家を動かすには次の幾つかの原則をしっかりとわきまえておればよいと思っている。但しこれから思いつくままに書きならべることは、絵画でいえばまだデッサンの段階のものである。今後これをより完全なものへと仕上げて行かなければならないものである。なお、天下国家といってもあくまで日本国のことだけについて考えるものである。

国家の遺伝子には二つの種類がある。一つは国民の大勢が持っているDNAの集合体、もう一つは歴史・伝統・文化など独特な要素である。前者は生物学的な要素の集合の概念、後者は社会学的な要素の集合の概念である。前者を「国体内遺伝子」、後者を「国体外遺伝子」と、とりあえず仮称しておく。人間もDNA以外に生後の環境で身につける情報をもち、後者を「体外遺伝子」と名付けている学者もいる。人間の集合である国家も同様に考えるのである。

国体内遺伝子は外国からの流入者が増えると、日本人が本来持っている特殊な遺伝子が混血により薄められる。古代、天皇や貴族が近親婚も含めて血を大事にしていたが、それは良い子孫を残すための手段であっと言える。もし日本に大量の外国人の血が入ると本来日本人が持っている良い血は薄められてしまうだろう。日本人にはシナ人や朝鮮人にはない特殊なDNAがかなり大きなパーセンテージを占めている。

国体外遺伝子は常に補強しないと壊れてしまう。皇国史観の教育とか、教育勅語の復活は戦後壊れてしまっている国体外遺伝子の再生に非常に有効である。

万世一系の男系天皇の血統の維持は日本にとって非常に価値が高く、非常に重要なことである。女系天皇はもってのほかである。けっしてこれを許してはならない。

天皇と国旗と国歌は日本人にとって「自分たち日本人とは何者であるか」という自問に明快に答える「セルフ(自己)」そのものである。このセルフを失えば日本人は最早日本人ではなくなり、何処かの国の属州にすむ流浪の民のようになってしまうだろう。

人に性格があるように、国家にも性格というものがある。人の性格は変わらないが人の行動は快感が得られる方向、利益が得られる方向に動く。同様に国家の性格も変わることはないが、その行動は国際的利害関係で一時的に変わる。

日本と中国や韓国・北朝鮮のそれぞれの「国としての性格」は違っている。その違いには国同士仲良くなれない致命的なものがある。東アジア共同体のような同じ屋根の下では決して上手く行かず、日本は大きな不利益を被ること必定である。

国を動かすに「政道」と「商道」がある。両者は車の両輪のようなものである。但し、車の進行方向を決めるのは「政道」の輪の回転と「商道」の輪の停止で決まる。

「政道」の上述のような特性は「武」を背景にしないと発揮できない。「武」とは「武力」と「武士道」を総合した概念である。

「武士道」の構成要素に神道と仏教と江戸時代発達した日本独自の漢学の精神がある。

「政道」は歴史がその行く先を照らす。特に近現代史は大き灯である。

「商道」は経済・文化交流、相互理解の道である。

武力は抑止力でなければならぬ。日米同盟強化と核武装或いは核ボタンの日米共同管理によりその抑止力を強化しなければならない。

その他古今言われ、諺にもなっている次の事項を行う。

ア 遠交近攻・・アメリカ、台湾、東南アジア諸国、インドなどと交わりを深める。

イ 攻撃は最大の防御・・一朝有事の際は先制攻撃、その打撃力を保持する。

2011年12月17日土曜日

K-POP被災地慰問の一方で韓国日本大使館前に慰安婦像(2011217)

  K-POP歌手たちが先の巨大地震・津波で甚大な被害を受けている東北被災地を訪問した。会場に招待された人たちは被災した人々のごく一部にすぎないが宣伝効果はある。これはおそらく韓国日本大使館前に設置された慰安婦像に対する日本人の非常に強い不快感を和らげる狙いがあるのだろう。テレビ報道を見ていて不愉快になりすぐスイッチを切った。

 韓国の国会議員のグループが日本の国旗を踏みつけている様子をフェイスブックで知った。日本の自民党議員3名が竹島問題で韓国を訪問しようとしたとき入国を断られたことは数ヶ月前のことであった。そのとき一部の韓国人が三つの棺にその議員たち一人ひとりの顔を大写しにした写真をそれぞれ貼りつけ、数人の男たちがそれぞれその棺を抱きかかえ、韓国の入国管理当局の職員たちに非常に激しく抗議している様子もフェイスブックで知った。また、「竹島は韓国領である」と大きな横看板をロスアンジェルスのフリーウエイの脇に掲げてあったり、禅や剣道や茶道などは韓国に起源があると宣伝したり、幼稚園児達に「竹島は韓国領」という趣旨の唱歌を合唱させたりしている様子も知った。

 これらのニュースはテレビや新聞では報道されていない。政府による報道規制が行われているのではないかと疑う。旧日本が買い取って保管していた韓国の古文書を政府はわざわざ「返還」という形で韓国に渡した。その一方で政府は対馬の宗家の古文書(対馬宗家文書)を日本に返還するよう韓国に要求していない。韓国側もそれを返すつもりはない。

 フジテレビは毎日午後韓流ドラマや音楽などを放送し続け、これに対して抗議する大きなデモが何度か行われたがこのことを日本のどのメディアも取り上げなかった。背後に韓国資本が入っている大手広告会社電通があり、フジテレビ自体にも韓国資本が3割近く入っているということで、実際の状況から放送法違反であるという。デモ参加者は皆日の丸の国旗を掲げ粛々と抗議行動を行っていた。この様子は新聞やテレビでは報道されていないので多くの国民はこの事実を知らずにいる。

 数多くの地方自治体の議会では在日韓国・北朝鮮人が地方自治に参加できるようにする議決をしている(人権擁護法案関連)。メディアや地方自治では韓国による日本侵略がじわじわと行われている状況である。フェイスブックなどでその実態を知った。

 野田首相は自らを「右翼」というが、民主党員の中には帰化人も含め親韓・親中派が多く、労組や日教組の支援を受けている議員も多い。最大勢力である小沢グループにはそういった連中が多いのではないかと思う。

 小沢氏や鳩山氏や菅氏らが国賊に見えてくる。元反日活動家やマルチ商売の人間をこともあろうに国家公安委員長に据えなければならないような党内事情があるのだろう。戦前ならば軍が立ち上がりクーデターを起こしかねないような状況である。

 野田首相は党内に左右両派や複雑な勢力を抱え「安全運転」に徹するしかないのだろう。日本の国の為には彼が行使できる「解散権」を行使して、がらがらぽんと政界再編の起爆材として自らの身を捨てたほうが、彼にとって後世に名誉ある名を残すことになるに違いないと思うが、それは彼の信念次第である。「右翼」と自称する彼に期待するしかない。

2011年12月16日金曜日

中国4000年の歴史で変わらないもの(20111216)

 中国4000年の歴史で変わらないものは「周辺国を支配することは当然」という中華思想であろうと思う。元寇のとき沈んだ元の船が見つかった。NHKはそのことについて特別に番組を組み放送した。そのときNHKは「元」とは言わず「モンゴル帝国」と何度もいい、元寇は当時の中国によるものでなくモンゴル帝国による日本侵略であったとして、中国に配慮を示していた。これはまったくふざけたことである。

12世紀初め、漢族は北方(華北)において女真族(ツングース系)の国である金の侵入を防げなかった。その金は蒙古(モンゴル)に滅ぼされた。モンゴルは南宋も滅ぼした。かくして当時のシナはモンゴルの支配下に置かれ、元という国になった。元の支配者・貴族らはモンゴル人であったが、実務官僚は漢人であった。当時のシナの支配者は異民族であったが国の総括的名称は中国であったことには変わりはない。

その中華思想のもと冊封体制下で保護されていた朝鮮(現在の韓国・北朝鮮)は、その思想において中華的であった。シナの「中華思想」、朝鮮の「小中華思想」はそれぞれの国の「性格」形成の元になっている。その「性格」は今後1000年経っても変わることないだろう。日本の政治家は与野党問わずこのことをしっかり認識したうえで外交をやってもらはなければ困る。さもなければ日本はいずれ亡国への道を歩むことになること必至である。

すでに中国は「地域支配戦略」を打ち出した。国際ルール無視は平気。沖縄・南西諸島・尖閣で「紛争」を起こし、「奇襲」作戦で占領を意図している。「洋才」のみに走り「富国」のみに走り、「和魂」を忘れ「強兵」を忌み嫌ってきた日本人は、今こそ目覚めるべきときである。「大和心」「大和魂」「武」なくして、日本は亡国の道を歩むこと必至である。

 過去にアメリカは中国と手を組んで日本を戦前のような国にさせない意図があるというようなことを言った論者がいたようである。もし日本が「和魂洋才」「富国強兵」をもってアメリカに対等にものを言うような国になれば、その論者の言うような危惧はないと思う。

問題は日本人の意識である。神話からはじまる歴史観をしっかりもち、隣国の中国・朝鮮(韓国・北朝鮮)の国としての「性格」をしっかり認識し、その外交の手段として国力相応の「武力」をもち、国防上必要な場所・海域・空域にその「武力」を顕示するようになれば、アメリカも日本との諸交渉において高飛車なもの言い方はしない筈である。

中国・朝鮮の国としての「性格」は日本とは相いれない異質の「性格」である。個々の民は良い人たちでも、「集団」となると変わる。国際ルールを無視しても平気・当たり前という「性格」は日本人には到底理解できない「性格」である。

国の「性格」はこれから1000年経っても変わらないだろう。人の「性格」が生涯変わらないのと似ている。「国の性格」という面では、日本は「欧米」と相性が合うことは確かであるが、中国や朝鮮(韓国・北朝鮮あ)とは決して折り合わない。ただ、人間同様「性格」は変わらなくてもその「行動」は変わる。「行動」は自分にとって利益がある方向、快い方向に変わる。その利益や快感が無くなるとその「行動」は元に戻るものである。

中国の国際ルール無視は彼らの国家意思に基づくものある。「地域支配戦略」「奇襲攻撃」により他国領土支配の意図、これを公然と言うところに彼らの「性格」が現れている。

中国共産党綱領には占領後の憲法・「奄美州・沖縄州・八重山州」といった行政区も書かれているという。中国は、尖閣は中国領と公然と言っている。

日本はアメリカに押しつけられた憲法前文にあるとおりの、他国の「公正と信義」に期待していてはならないのである。現実の世界は弱肉強食がまかり通っているのである。

2011年12月15日木曜日

「武」というものに目を背けるな!(20111215)

日本人が戦後敢えて考えようとしてこなかった「武」というものに視点をおいて考える。

もう一点は、「生き残る」という言葉が単刀直入すぎるかもしれないが、どの国も生き残ることを目指している。現実の世界ではどの国も自立した国として他国との間で生存競争を行っている。そういう現実の世界で日本が生き残る道は何だろうか?

①今直ちに国家総動員してアメリカを凌ぐ軍事力を保有し、自ら一国だけの力で我が国の国体を維持し、領土領空領海・排他的経済水域を保全し、繁栄と平和を実現するのか?

②アメリカと軍事同盟してお互いに防衛するのか?(現状では集団的自衛権は行使できないため、攻撃されているアメリカ軍を助けることはできない。憲法改正は絶対必要。)

③中国の主張を受け入れ、奄美・沖縄・八重山・尖閣を中国の支配に委ねるのか?

「商道」は交易を盛んにし、お互い富を得る道である。この道なしでは日本の繁栄はないだろう。お互いの国民同士の文化的交流も限られ相互理解も進まないだろう。しかしそれだけでは国は守れない。軍事力を行使する「政道」と上記「商道」とは車の両輪である。

もし中国が国家意思として掲げる(共産党綱領に書いている)「奄美州・沖縄州・八重山州」などを削除し、尖閣は日本の領土であることを認め、東シナ海油田で合意を実行し、不法な海洋調査をやめるならば、日本は中国と仲良くなれるだろう。日中間の貿易量は日本から中国への輸出が1090億ドルに対して中国から日本への輸入は960億ドル(2009年財務省貿易統計)であり、輸出入量はほぼ均衡している。日本と中国の間の「商道」における一衣帯水の関係は今後ますます深まるだろう。しかしだからと言って「政道」までもそうなると考えるのは大いに間違っている。なお、アメリカとの貿易量は日本からの輸出が1300億ドルに対し輸入が540億ドルとかなり不均衡である。

竹島も然りで、もし韓国が竹島の実効支配を放棄するなら日韓はもっと友好的になれると思う。しかしこれも「政道」において日韓両国の間には根強い不信感がある。中国も韓国も「政道」において日本を敵視し、幼児の段階から反日思想教育を行っている。

明治の軍人たちは日本の生き残りのため戦い、血を流した。平成の軍人(制度的に存在しないので、ここでは仮に自衛官)は、国家観のない政治家たちの下で歯ぎしりしていると思う。それでも自衛隊はアメリカ軍との連携の必要性を認識し、日米協同軍事訓練に励んでいる。先の3.11大災害発生時、アメリカ軍は直ちに「トモダチ」作戦を展開した。

私は日本の安全と独立を維持するためには、強固な日米軍事同盟しかないと考えている。その一方で、日中・日韓軍人(日本は自衛官)同志の交流を行い、相互理解と不測の事態の防止を行うようにすることが賢明なやり方であると考えている。

日本人は現実をよく見つめるべきである。国が亡ぶことを先人たちは決して望んでいない筈である。現実の中で最善の選択はなにか、この点で日本人の間で意見が分かれている。

その根本原因は、戦後日本人が「武」というものを忌み嫌い、遠ざけていたためである。「武」なくして日本は世界の中で生き残って行けない。「武」なくして日本は奄美・沖縄・八重山・尖閣各列島を中国の侵略から守ることはできない。また日本単独の「武」力ではおぼつかない。強固な日米軍事同盟は絶対必要である。中国はそれを嫌っている。

2011年12月14日水曜日

TPP反対論者にもの申す(20111214)

いかなる国と雖も自国の事しか考えない。それは至極当然なことである。現実の世界は日本国憲法前文の理想とはあまりにもかけ離れている。野生動物のような弱肉強食が国際社会で現に行われている。

日本人は戦後教育で「武」というものを教えられなかった。私などはたまたま制服で当時国鉄四谷駅出札窓口の男からあからさまに何度も「税金ドロボー」とののしられたことがあった。その一方で八王子近くのバス停である梅雨の日制服雨着姿でバスを待っているとき、ある中年の女性からそっと傘を差し出されて感激したこともあった。

戦後間もなく出生した世代の人々がこの日本国を富ませるためがむしゃらに働いた。しかしその一方でそれらの人々は旧日本が東アジア・東南アジア諸国を侵略し、女性を慰安婦に駆り立て、住民を虐殺し、沖縄住民に集団自決を強制したという嘘の史実を教えこまれ、幕末以降日本が生き残るため白人国家と必死に戦ってきたことが悪い事であったと思い込まされてきた。

鳩山元首相は戦後レジームからの脱却という切り口で「アジア共同体」構想を提唱し、日本・中国・韓国を中枢とした政治・経済・安全保障の統合をめざした。小沢元代表は配下の国会議員140名を引き連れ中国胡錦濤国家主席に拝謁させ、宮内庁をどやして天皇陛下に慣例を破って習近平次期国家主席候補との会見を要求し実現させた。この二人の国家観には日本の精神の片りんさえもない。私はブログで実名をあげこの御二方や菅総理を何度か非難した。

中曽根大勲位(閣下)も天皇陛下と習近平次期国家主席候補との会見を勧めたというから彼の国家観・歴史観には疑問がある。主計中尉だというから秀才であっても間違った思想をいだいているのではないかと思わざるを得ない。

TPPに関して言えば、アメリカはアジア・太平洋における自国の権益を守り、自国への富を集めるためだけに行動していると思った方が良いであろう。中国の海軍力・空軍力の不透明な増強を警戒し、「攻撃は最大の防御」として日本・韓国・東南アジア・大洋州諸国を巻き込み中国包囲網を形成しようとしていることは間違いないだろう。

「武」の精神をどこかに押しやり、アメリカの軍事力に依存し、「良いところ取り」をして要領よく生きてゆこうとしている日本を、アメリカは相当なめてかかっていることは間違いないだろう。

アメリカは現在でも未来でも軍事超大国であり続けるだろう。日本はアメリカの底力を見くびって、アメリカのワナに誘われてハワイ意奇襲攻撃をかけた。アメリカは「メイン号を忘れるな」「アラモ砦を忘れるな」といつも「少数の犠牲で多数の満足を得る」という、ある意味では合理主義のやり方で自国民をあえて犠牲にし、これまで富国強兵を進めてきた。「真珠湾を忘れるな」は今も続いている。「9.11」だって「イラク」だって、ひょっとすると同じ手口かもしれない。背後に「WASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)」とユダヤ商人が糸を操っているかもしれない。

長崎原爆投下の悲惨な結果を世界の目から逸らすためアメリカは何をしたか。長崎市長をアメリカに呼び歓待し、アメリカの原爆誤爆で多数キリスト教徒が死んだ事実を隠し通した。ベトナムのソンミ事件もうやむやに葬った。戦争をすれば国が富む、という冷酷な計算もしている筈である。事実そうだろう。

そういう弱肉強食の実態に日本人はしっかり目を向け、軍備を増強し核武装し、政府は国民に皇国史観歴史教育をしっかり行い、衆参両院で「教育勅語」と「旧宮家」の復活を再可決し、「東京裁判は誤っていた」とアメリカに声明文を出させることを決議し、日本はアメリカに対してしっかりものを申すことができるようにならねばならぬ。「大帝国もいつかは滅びる」という史実のとおり、強大なアメリカでもいつかは滅びる可能性はある。そのとき日本は友邦とタッグを組みアメリカにとって代わらねばならぬ。その準備は常に怠ってはなららない。ただその「友邦」には「性格」が悪い中国や多分韓国も含めるわけにはゆかない。

そうすれば日本はアメリカから一目も二目も置かれ、日米軍事同盟は一層強固なものになるだろう。

しかし現状ではTPPに反対しても日本再生のため行動しようとはしてない連中ばかりである。TPP反対論者がこぞって「憲法改正」「核武装」「駆逐艦・空母・爆撃機・戦闘機・ミサイル装備」「尖閣・石垣に自衛隊配置」「集団的自衛(日米双務)」「教育勅語復活」「女系天皇絶対反対」「旧宮家復活」などと叫ぶなら話は分かる。

アメリカから野田総理の訪米が「尊厳と名誉をもって迎えられる」とわざわざ言われるような現状は日本人としてあまりにも情けない。

現状の日本はあまりにも悲しい。そういう状態に目を向けず、ただ「TPP反対」と国民を扇動する識者・評論家に私は腹が立っている。

2011年12月13日火曜日

政道と商道(20111213)

 政治の道(政道)と商いの道(商道)とは、国家観の有無・国境の意識によって異なる。政道は、国家の精神の維持・国家の存続と防衛・国家の発展と繁栄・国民の安寧などを目指す道である。其処に自ずと隣国との緊張関係が存在する。

 今、世界は昔の日本の戦国時代のような様相を呈している。アメリカはアジアにおいて自国の権益が存在する線を日本列島から台湾・フィリッピン・東南アジア・豪州・ニュージーランドに至る円弧としている。そのうち、奄美・沖縄・八重山・尖閣列島から台湾・フィリッピンに至る線は中国が権益の確保を目指しているものである。中国は相も変らぬ「中華思想」により公然と奄美・沖縄・八重山・尖閣列島の領有を目指すことを宣言している。

 さて、日本が生き残る道は何か?政道か商道か?

 中国・韓国がそれぞれの国の「政道」として、日本の弱体化を目指すのは至極当然なことである。いずれの国家も生き残るため最善の選択を目指す。日本が憲法前文にあるような「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」安全と生存を保持しようとすることは理想である。しかし現実は相も変らぬ弱肉強食の世界が続いている。

 政道を行うには「武力」は必須の要件である。日本の戦国時代は「武力」で終わりようやく平和で豊かな時代になった。日本が「武力」以外にいろいろな強い力があると言っても「武力」には絶対かなわない。

 日本がアメリカ以上の「武力」を保有することは不可能である。日本はアメリカとの軍事同盟を維持することしか生き残る道はない。アメリカとて日本との軍事同盟なくしては生き残れない。同様に中国も韓国も日本を敵に回しては生き残れない。

 しかし日本がどの国と組むかという場合、考慮すべきことは「国家の性格」である。性格が合わない国同士が組んでも決して長続きしない。日本は漢字文化圏にあると言っても性格的に欧米とは、たとえ一時的に大喧嘩しても後は必ず上手くゆくことは間違いない。

 政道と商道の両道は車の両輪である。それぞれの国同士交易を活発にし文化の交流を盛んにし、それぞれの国民同士お互いに理解し合い、信頼関係を深め、政道において無益な武力衝突をしないようにしながら政道・商道の同じ道、世界の平和と諸国繁栄の方向に進まなければならない。17世紀の日本が戦国時代を経て平和で豊かな江戸時代になったように。

2011年11月19日土曜日

「十年以内に日本を核攻撃」と中国軍トップが発言




“これが中華思想の本質を現している。中国4000年の歴史の中で「他国を支配下に置く」という皇帝・朝廷(今はまさに「中国共産党王朝」)の「意思」は、今後1000年経っても変わらないだろう。これは「世界が中国をどう見ようと、どう言おうと一向に構わない」という頑固な「意思」である。
封建制を経験したことがない中国の人民は「王朝」の「意思」のままに動く。日本が経済・文化交流を盛んにして中国を「大人の国」に成長させようなんていうことは、全く馬鹿げた考え方である。そのようなことを言う政治家・政党はこの国を危うくする。
中国は「生き残るため」非常に多くの中国人を海外に移住させた。明治政府が日本人の海外移住を進めるよりもずっと早い時期から中国人は世界中に移住してきた。今、日本に住む中国人は韓国・北朝鮮人よりも多くなり(約70万人)、その増加率は急速である。中国(共産党王朝)は13億人の民を養うため必死である。
日本は中国のこの「国としての性格」を軽く見てはならない。人に「性格」があるように、国にも「性格」がある。「性格」は生涯変わらない。「性格」は「行動」に現れる。その「行動」は周囲の状況で多少変動するが、本質的に変わらない。
日本は欧米諸国とは「性格」的に反発が少ない。時に喧嘩があっても本質的に欧米諸国とは「仲が良い」。しかし中国とは「性格」的にそりが合わない。表向き仲良くできても、「心底仲良くなれない」。これは聖徳太子の時代以前からそうであったと考えられる。文字を持っていなかったから記録が残っていないだけである。
中国人は同じアジア人で、日本は古来中国からいろいろな文化を取り入れてきた。個々の人間同士は非常に仲が良い。中国で官吏になった阿倍仲麻呂は李白や王維ら中国の詩人・官僚と親友であった。鑑真和上は日本人の尊敬の的である。個々の人たちとは仲が良いが「国」のレベルでは仲がしっくりゆかない。

2011年11月13日日曜日

20111113国旗の重み 六十年の時を経て届いた手紙

この動画は、最後まで見た。最後の部分では私は胸が迫り、涙が出た。

私の叔母も夫も男児二人女児二人の4人の子供を遺してビルマ戦線で戦死している。
叔母は96歳で他界している。終戦後まだ若かった叔母は夫の帰還を待っていた。祖母(名前はこの動画に出てくる同じシズエ)は叔母に「堪(こら)えよや」と自分の娘を慰め励ましていたことを子供心に覚えている。
叔母の初盆で大分に帰ったとき、叔母の家の仏間に靖国神社の写真と凛々しい軍服姿の夫の写真が掲げられていた。靖国神社の写真の中には夫の写真が小さく埋め込まれていた。

この動画は11分弱の長さであるが、忙しい人はあまりよく見ないだろうと思う。そこで初めの手紙の部分だけ以下のとおり抜粋し引用させて頂いた。

昭和19615日米軍、上陸開始。

サイパンでの戦況を克明に日記に綴り続けた一人の海軍将校がいた。長田和美海軍中尉はこの翌日の七月五日最後の日記を残している。しかしそれはこれまでのいうに戦況を綴ったものではなかった。

七月四日

命令に従い、私は艦隊司令部に出頭した。いまや司令部は前線と化し、空襲の真っただ中にある。生きて帰れるかわからなかったが、任務終了後無事戻ることができた。

とうとう最後の抵抗をする判断がくだされた。ひと月にわたる激しい戦艦の砲撃と絶え間ない空襲に対抗し、前線のわが軍人、兵士たちは立派に戦った。

このように絶望的な状況下で戦えるのは日本人だけであろう。しかし、敵の圧倒的な車力を目の当たりにして、さすがの大和魂も歯が立たない。サイパン島は小さすぎる。身長百五十センチと小柄な私でさえ隠れることが困難だ。

 あと一日か二日で最期を迎える。何も思い残すことはない。できる限りのことは行った。私の心はおだやかで満ち足りている。これが運命だ。こうなることが決まっていたのであろう。どのように名誉ある最期が迎えられるかのみを考えている。これは私だけではなく、非戦闘員達にも日本人としての名誉ある最期を迎えさせてやりたい。

七月五日

わが妻、シズエへ。

何も言い残すことはない。君と結婚して十七年がたった。

幸せな思い出に満ちた十七年だった。来世への想い出でこれ以上のものはないだろう。

君になんとか恩返しをしたかった。感謝の気持ちでいっぱいだ。私のぶんも子どもたちを可愛がってほしい。私が至らぬために、子ども迷惑をかけるかと危惧している。

今後、日本は本当に困難な時期を迎えるだろう。日本は、あらゆる勇気を奮い起こして

困難を紀来なければならない。

君は優しすぎる。父親を亡くした息子たちのよい相談相手になってやり、彼らを強く、廉直な日本人に育ててくれ。

日本がある限り、暮らしに困ることはないだろう。万一の時が来たら、日本人として名誉ある最期を迎えてほしい。高宮の父、兄、姉、そして板付の義母、義兄、それから「てつお」にくれぐれもよろしく伝えてくれ。

コン、マサ、ヤスへ。

強い正直な日本人になってくれ。将来の日本を担ってほしい。兄弟どうし、互いに協力しあい、全力を尽くしてお母さんを助けてあげてくれ。

コンとマサ、君達は兄としてヤスの面倒をよく見てやってくれ。

この日記を託すモリ海軍中佐はセオの同級生である。機会が出来次第、セオに会いに行き何が起きたのか細かい事情を聴いてくほしい。

敵の戦闘機の砲撃や空襲が頭上を飛び交っている。

これまで過ごした年月に対し、君になんと礼を言えばいいのかわからない。

体を大切にして、末永く充実した人生を送ってほしい。  カズミより

ナガタシズエ様      (昭和十九年七月五日)

(以下経緯要旨)

しかしこのメッセージは家族に届かなかった。皆玉砕したため届けられる人がいなかったのである。

サイパン戦を検証するにあたりNHK渡辺ディレクターはワシントンの国立公文書館に保存されていた二十余りの文書、サイパンに従軍した日本軍将兵の日記や手紙を翻訳した文書を見つけ出した。それが上記の手紙である。

妻の静江さんは九十五歳になっていたが存命 渡辺氏はやっとのことで長田中尉の家族を見つけ出した。20111113国旗の重み 六十年の時を経て届いた手紙

この動画は、最後まで見た。最後の部分では私は胸が迫り、涙が出た。

私の叔母も夫も男児二人女児二人の4人の子供を遺してビルマ戦線で戦死している。
叔母は96歳で他界している。終戦後まだ若かった叔母は夫の帰還を待っていた。祖母(名前はこの動画に出てくる同じシズエ)は叔母に「堪(こら)えよや」と自分の娘を慰め励ましていたことを子供心に覚えている。
叔母の初盆で大分に帰ったとき、叔母の家の仏間に靖国神社の写真と凛々しい軍服姿の夫の写真が掲げられていた。靖国神社の写真の中には夫の写真が小さく埋め込まれていた。

この動画は11分弱の長さであるが、忙しい人はあまりよく見ないだろうと思う。そこで初めの手紙の部分だけ以下のとおり抜粋し引用させて頂いた。

昭和19615日米軍、上陸開始。

サイパンでの戦況を克明に日記に綴り続けた一人の海軍将校がいた。長田和美海軍中尉はこの翌日の七月五日最後の日記を残している。しかしそれはこれまでのいうに戦況を綴ったものではなかった。

七月四日

命令に従い、私は艦隊司令部に出頭した。いまや司令部は前線と化し、空襲の真っただ中にある。生きて帰れるかわからなかったが、任務終了後無事戻ることができた。

とうとう最後の抵抗をする判断がくだされた。ひと月にわたる激しい戦艦の砲撃と絶え間ない空襲に対抗し、前線のわが軍人、兵士たちは立派に戦った。

このように絶望的な状況下で戦えるのは日本人だけであろう。しかし、敵の圧倒的な車力を目の当たりにして、さすがの大和魂も歯が立たない。サイパン島は小さすぎる。身長百五十センチと小柄な私でさえ隠れることが困難だ。

 あと一日か二日で最期を迎える。何も思い残すことはない。できる限りのことは行った。私の心はおだやかで満ち足りている。これが運命だ。こうなることが決まっていたのであろう。どのように名誉ある最期が迎えられるかのみを考えている。これは私だけではなく、非戦闘員達にも日本人としての名誉ある最期を迎えさせてやりたい。

七月五日

わが妻、シズエへ。

何も言い残すことはない。君と結婚して十七年がたった。

幸せな思い出に満ちた十七年だった。来世への想い出でこれ以上のものはないだろう。

君になんとか恩返しをしたかった。感謝の気持ちでいっぱいだ。私のぶんも子どもたちを可愛がってほしい。私が至らぬために、子ども迷惑をかけるかと危惧している。

今後、日本は本当に困難な時期を迎えるだろう。日本は、あらゆる勇気を奮い起こして

困難を紀来なければならない。

君は優しすぎる。父親を亡くした息子たちのよい相談相手になってやり、彼らを強く、廉直な日本人に育ててくれ。

日本がある限り、暮らしに困ることはないだろう。万一の時が来たら、日本人として名誉ある最期を迎えてほしい。高宮の父、兄、姉、そして板付の義母、義兄、それから「てつお」にくれぐれもよろしく伝えてくれ。

コン、マサ、ヤスへ。

強い正直な日本人になってくれ。将来の日本を担ってほしい。兄弟どうし、互いに協力しあい、全力を尽くしてお母さんを助けてあげてくれ。

コンとマサ、君達は兄としてヤスの面倒をよく見てやってくれ。

この日記を託すモリ海軍中佐はセオの同級生である。機会が出来次第、セオに会いに行き何が起きたのか細かい事情を聴いてくほしい。

敵の戦闘機の砲撃や空襲が頭上を飛び交っている。

これまで過ごした年月に対し、君になんと礼を言えばいいのかわからない。

体を大切にして、末永く充実した人生を送ってほしい。  カズミより

ナガタシズエ様      (昭和十九年七月五日)

(以下経緯要旨)

しかしこのメッセージは家族に届かなかった。皆玉砕したため届けられる人がいなかったのである。

サイパン戦を検証するにあたりNHK渡辺ディレクターはワシントンの国立公文書館に保存されていた二十余りの文書、サイパンに従軍した日本軍将兵の日記や手紙を翻訳した文書を見つけ出した。それが上記の手紙である。

妻の静江さんは九十五歳になっていたが存命 渡辺氏はやっとのことで長田中尉の家族を見つけ出した。

2011年10月20日木曜日

昭和208月の終戦まで「建武の中興」での一時中断はあったものの「武士」の時代が続いていた。(20111020)

代々北条家から嫁を取っていた足利尊氏は保身のため後醍醐天皇側に寝返り、その間親族の新田義貞が幕府を攻め北条幕府は第十四代執権北条高時で終わった。

かくして天皇親政は140年ぶりに復古し、建武の中興は成った。今から約700年前のことである。しかしそれは長く続かなかった。

楠木正成は自分の思いとは別に国のあるべき姿について強い信念を持ちつづけ、終始後醍醐天皇を支えつづけ、再び後醍醐天皇に敵対した足利尊氏の軍勢と戦って玉砕した。かくして足利幕府の武家による政治が再開した。

日本は明治維新があったとはいえ、白人優越の世界を変えようと戦い、敗れたとはいえ所期の目的を達成することができた大東亜解放戦争の終了まで、基本的には「武士」たちがこの国を動かしてきた。白人優越の意識が強かったアメリカはそのうような日本を恐れ、日本人の精神を徹底的に改造しようとした。

平安時代の昔から天皇は象徴的な存在であられた。皇統は神武天皇から今上天皇まで男子一系で続いている。このような国は世界に類例がない。日本人は皇国史観を是非とり戻さなければならない。

2011年10月13日木曜日



この記事は一定期間経過後削除します。

日本国国会議員として決して許されざる行為である。
民主党前原誠司議員も慰安婦問題で基金を創設すると言っている。
日本国国会議員は、慰安婦問題についてその事実関係を徹底的に学習してもらいたい。
日本国国会議員たる者は、韓国に対して、間違った歴史観や先入観で物を言い、行動して貰っては困る。
日本国国会議員がもし特定の思想でもって韓国に対しものを言い行動するのであれば、良識ある日本国民は彼らを決して許さないであろう。
最近戦後の自虐史観や先入観念から抜け出した日本国民は増え続けている。霞が関住人は市井の無名の声を上げていない多くの日本国民の存在を軽視してはならない。


【msm産経ニュース記事の内容】
元慰安婦を支援する団体が12日、ソウルの在韓日本大使館前で開いたデモに社民党の服部良一衆院議員(比例近畿)が参加した。服部氏は「野蛮な行いをしながら公式な謝罪をしていないのは、日本の国会議員として恥ずかしい。帰国したら慰安婦問題を広める」と発言。「闘うぞ」とのシュプレヒコールを上げた。

 服部氏は産経新聞の取材に「以前から関心があったので参加した」と話した。

 この集会には2003年、民主党の岡崎トミ子元国家公安委員長が参加し、問題視された。

2011年10月3日月曜日

国旗掲揚について思う (20111003)

 15日は「敬老の日」だった。私自身「敬老」対象年齢で女房も今年70を超え子や孫からお祝いを頂いた。一つは甘さ控えめのさっぱりとしたサクサク感のあるチョコレート菓子である。これは長男の娘が家族を代表して贈ってくれた。礼を言うため電話をいれたら嫁が出た。「ほんの気持ちだけのものですみません。今度もうすこし稼いだらもっと良い物を贈ります」という。嫁は子育ても終り自然食品を売る店で働き始めたばかりである。娘も今年大学生になりアルバイトも勉強のうちと自宅近くの塾で数学などを教えている。

 他の一つは二男夫婦が贈ってくれた。金沢の麩の詰め物である。これはお碗に入れ熱湯を注いで麩を柔らかくし、中に詰まっている具を汁の中に出して吸い物として頂くものである。いろいろな味があり、「今度はどれにしようかな」と思案する楽しみがある。

 フェイスブックに「国旗をかかげよう」というプロジェクトがあった。これはただ自分が国旗を揚げるという行為に参加するというだけのプロジェクトである。私と妻は小さなコミュニティのマンション住まいなので、バルコニー(通称ベランダ)に高々と日の丸の国旗を掲げるのは目立ちすぎてそこに高々と国旗を揚げるには気が進まない。そこで玄関ドアにマグネットで固定できるものを買ってきて「敬老の日」に飾ろうと思っていた。

 ところが毎日猛烈な蒸し暑さである。なかなか国旗を買うだけのために遠いところまで出かける気分になれない。その上今回2度目であるがクロス張替えと建具塗装工事がある。とうとう国旗を買いに行く時機を失してしまった。折角プロジェクトに参加していながら実行できなかったことについて後ろめたい気持ちになっている。

 今まさに隣の部屋ではクロス張替えの工事中である。ようやく今日(20日)から涼しい気候になったので、この工事が終了次第早速川崎か渋谷に国旗を買いに行こうと思う。

 日本人をして「日の丸の国旗を買いたい、日の丸の国旗を掲げたい、飾りたい」という気持ちにさせるのは、ごく自然な気持ちによるものが大きい。今この日本で日の丸の国旗を掲揚する家は極めて少なくなっている。その原因の一つは集合住宅が多くなり、戸建て住宅地で向こう三軒両隣のような、ある意味では皆親戚の様なオープンなコミュニティが無くなってきたことがある。今でも山間の小さな部落では、家の鍵をかけなくても盗みを働く者や侵入者を心配しなくてもすむようなコミュニティがある。しかしその他の地域でお互いプライバシーをあまり気にせず暮らせたのは遠い昔の記憶の中でしかなくなった。

 しかし私は日本人の心の深奥には「日の丸の国旗を掲げたい」という気持ちはあるはずだと思っている。多くの日本人はその無意識を無意識のままに置かれていのである。決して日の丸の国旗への敬意を失ったわけではないと思う。その無意識を意識へと呼び覚ますのが「刺激」である。そして周りの人が国民の祝日にごく自然に国旗を掲揚し、あるいは飾るようなると、それに刺激されて自分の家にも国旗を掲揚しあるいは飾る人も増えるだろう。マンション住まいでも玄関のドアにさりげなく国旗が飾られると美しいものである。こうして多くの家々で国旗が掲揚され飾られるようになると、この国は変わるだろう。

2011年10月2日日曜日

三菱重工などに対するサイバー攻撃 (20111002)

おそらく中国からであろうと推察するが、三菱重工のサーバーが何者かに侵入され同社の80台のコンピューターが「トロイの馬」などのウイルスに感染したという。三菱重工は最新鋭の潜水艦やミサイルなどを製造しているが、侵入者はその機密情報を手に入れようとしたとみられる。これは明らかなスパイ行為である。

日本の政治・経済・防衛の中枢には既にスパイウイルスが侵入しており、わが国の安全が脅かされている。今私が使っているこのコンピューターにはノートン360を装備しており、安全が確保されていると思うが、ワード文書作成時にときどきおかしな動きがあり、なにかされているなと感じることがある。ブログで公開するため作成した記事でも、その記事作成時の段階からモニターされている可能性がないとは言えないと思う。以前、投稿したブログの記事が削除され、一日、二日ブログにアクセスできないことがあった。後で同じラベルで復元された。それは一市井の老人が投稿した記事の内容が気に入らぬ組織が何かをした結果に違いないと思っている。

個人の場合はともかく今回のように防衛機密に関わる情報を盗み出すため国や関連企業のコンピューターにウイルスを侵入させたりコンテンツを盗み取ったりする行為については我が国に対する武力攻撃と同等とみなし、ウイルスを送り込んだ大元のコンピューターが置かれている国に対して何らかの対応行動をとることができるようにすべきである。

それにしても何故サイバー攻撃が起きるのだろうか?私は「グローバル化」がその問題を考えるキーワードだと考え、放送大学で「グローバリゼーションの人類学」という講義を受けることにした。今日(19日)その印刷教材が送られてきた。編著者は本多俊和(ほんだしゅんわ)[スチュアートヘンリ]氏と大村敬一氏である。今後、この講義を受けながら、国家間の対立や争いについて考えて行こうと思う。

日本と中国・日本と韓国・日本と北朝鮮・日本とロシアの関係は摩擦や葛藤(争い)の関係にある。この状態はいつまで続くのだろうか?北朝鮮との間は論外として、日中・日韓・日露両国間の首脳同士が笑顔で会談しても、また両国の国民同士親善交流をしても、経済交流が盛んであっても、日本と欧米諸国との間のようなある意味で気を許せる関係にはなかなかなれない。何か根本的なところでお互い国同士としてどうしても親しくなれないわだかまりがある。それはお互い国益を追求するなかで、尖閣や竹島や北方領土の問題で日本が一方的に不利益をこうむっているからである。

日本人は尖閣や竹島や北方領土の現状に我慢できないし、現状を受忍することもできない。中国や韓国やロシアの行動に対して日本人は怒りを感じている。日本人がそのような状態にある中では両国民間の和解などあり得ない。韓国が竹島の実効支配を止めロシアが北方領土を返還すれば、日本人の韓国やロシアに対する意識は劇的に好転することは間違いない。しかしそのような状況には絶対なり得ないと思う。

結局、日本は自らを護る強い力を持ち、隣国とはそこそこのお付き合いをしながら欧米や台湾・東南アジア諸国・インドなどと親しく付き合うのが最良である。

2011年1月23日日曜日

日本とはどういう国か(20110123)

 マスコミは中国の胡錦濤国家主席のアメリカ訪問を大きく報じている。胡錦濤国家主席はアメリカで国賓並みの扱いを受け、赤い絨毯の上を歩きバイデン副大統領から出迎えを受けた。赤い絨毯、国賓並みの待遇は中国側が強く要求したことであった。

しかし、そしてそれはアメリカからボーイング社の航空機200機など総額450億ドル(約37000億円)の買い物の見返りであった。中国はノーベル平和賞受賞者・民主活動家・劉暁波氏の釈放を認めないなど、人権問題は中国国内の統治上の考え方によるものとし、台湾やチベット問題は中国の「革新的利益」であるとし、いずれも一歩も譲らない姿勢を貫いた。そればかりではなく、13億人の巨大市場をカードに外国企業に技術開示の圧力をかけている。「他国に脅威を与えない」と言いながら実際は不透明な軍事拡張を加速している。平気で他国民を騙し、騙される方が悪いと考えている。中国に信義や正義はない。

中国は、国内向けには不都合なことは一切報道させていない。中国の歴代皇帝は前皇帝を倒して皇帝になっている。倒した以上、前皇帝の事績を否定しなければならない。共産党中国の歴代指導者は自分が退任したあと不利な扱いを受けないように実績作りが必要である。そういう意味で今回の胡錦濤国家主席の訪米は成功した。オバマ大統領も「背に腹は代えられず」自国民を食べさせるため巨大な中国市場にすり寄った。しかしクリントン国務長官は「(アメリカと中国の)G2はありえない」と断言した。

日本人はマスコミの報道に左右されてはならない。自分たちの祖国日本がどういう国なのか、今一度省みる必要がある。日本の歴史を良く学びなおす必要がある。
中国では唐、北宋、南宋、元、明、清と、皇帝はその都度代わり、元の皇帝はモンゴル人、清の皇帝は満州人であった。一方、日本では神武天皇以来万世一系である。

794年から1192年まで400年近くも続いた平安時代、その後武家が政治の主導権を握り、政治の主導権を巡って争った時代を除き、1603年から幕末の1867年まで250年あまり平和だった江戸時代、そして日本列島から台湾、フィリッピンに至る列島線がアメリカの縄張りである戦後の平和な今の時代、そのような平和な日本は世界に類例がない。

平安時代に摂政関白による政治形態がとられたこともあって、天皇は日本国統治の象徴となり、「君臨すれども統治せず」という存在になった。武家が政治の実権を握ってからは、天皇は武家諸侯に叙位叙勲を与え、国の平安と万民の幸せを祈るお立場となられた。

日本は何百年間も平和が続いた国、象徴的な天皇を頂く国、天皇家が日本中の各家の宗家のような存在である国、戦前まで一度も外国に征服されたことが無かった国、侵略されたり、植民地になったりした経験が全くない国、そのような国は世界中どこを探しても見当たらない。日本は「東方の光」の国、「日出る」の国、瑞穂の国、八百万の神々のまします国、仏教の教えをよく研究し、自分のものにして、仏教がよく根付いている国である。

日本国歌『君が代』の「君」は天皇のことではなく、国民一人一人のことである。天皇は古来「大君(おおきみ)」と呼ばれてきた。日章旗には他国にない古い歴史的背景がある。

江戸時代には行政単位でなくなったが、名目上の国司が置かれた66の国が日本と言う国の中にあった。歴史的に見た統治形態としては、日本は中国よりも欧米に近い国である。