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2012年1月16日月曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(終り)(20)(20120116)

 これまで20回にわたり易学講座を読みながら人生・社会・政治などのことを考えてきた。『安岡正篤 易経講座』ではこれから易学の本題に入って行くようになっている。
 この講座では八卦(はっか)のことが詳しく述べられている。そして「易とは人間科学・人生科学である」として、いろいろな卦について説明されている。

易断とは何か。私は易断とは本来物事を判断しようとするときどうしても決められないときに、まずお寺の堂内のようなしーんと静まりかえった静寂な場所で座禅し、無心状態になる。その上で自ら静かに筮竹をさばき、それで出てきた卦を読んで自ら決める。それで右か左か決めかねている自分の心が解放され、道が開ける。易断とはそのようなものであろうと思う。易者に占ってもらうようなことはあまり意味がないことだと思う。
基本的な八卦について、WORDIMEパッドにあるだけの卦の記号を引用すると以下のとおりである。

☰ この卦はあくまで活動的・行動的なものの代表、「天」を意味する。
☷ この卦はあくまで統一的・含蓄的・静止的なものの代表、「地」を意味する。
☴ この卦は「風」を意味する。
☵ この卦は「水」を意味する。
☶ この卦は「山」を意味する。

八卦の任意の二つを組み合わせると全部で64卦になる。この64卦で人生百般の問題を大別する。卦の一本一本を爻(こう)といい、全部で384爻ある。人生百般一切の問題は、64卦、384爻に照らして立派に解釈がつくという。

中国四千年の歴史の中で、いろいろな事例事象をこの卦と爻に当てはめ、64卦、つまり8卦の2乗のそれぞれに解釈の言葉(漢字の組み合わせ)を当てている。我々はその集大成を易経という学問を通じて学び取ることができるのである。

中国は1970年代に東シナ海の中国大陸棚に石油などの資源があることに目を付け、その大陸棚の先端にある奄美・沖縄・八重山そして尖閣各列島を核心的利益の対象とし、これらを時間をかけてわがものにしようとしている。

日中関係は古来国家レベルでは、日本は中国に対して尊敬と対等の意識があった。それが険悪になったのは明の時代以降である。もともと中華思想があり、今でもその意識がある中国に対して、日本は決して気を許してはならない。

そういう中国であるが、中国を支配している共産党政権(ある意味で「王朝」)は煮ても焼いても食えぬが、民間レベルでは友好的・親密的である。つまり国境を気にしない「商道」では友好的・親密的である。しかし、「政道」では敵対的である。

日本は古来中国に多くを学んで来ており、易経もその一つである。日中間は「政道」において敵対関係にあるから、日本としてはそこはしっかり「政道」を歩み、「政道」を外さぬようにしなければならない。一方で民間レベルの交流・友好親善は大いにやらなければならない。「商道」と「政道」は「陽」と「陰」の関係のようなものである。「中」こそ大事なのである。このシリーズはこれをもって終りにする。       (終り)

2012年1月15日日曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(19)(20120115)

 “日本人は、女に惚れたことを「参った」という。参ったということは相手の女性の偉大さを認識し、敬意をいだくことである。つまり恋愛というものを対等の感情関係に置かないということであります。

 ところで闘争に於いて、日本人は負けたら「参った」という。これは負けながら相手を尊敬することで、日本民族の精神的優秀性を表している。特に武士道においてこれが発達した。

 参るというと自己を忘れる。空しうする。これと一つになって生きようとする。それを「さぶろう、はべる、侍(じ)する」という。

 だから東洋人は自分の感激する偉大な人に少しでも近づこうとする。本当に好くと、その人を夫に側近く仕えたくなる。自己のすべてを捧げたくなる。この気持ちを「祭る」という。

 これが一歩誤ると「わが仏尊し」となる。それすがって生きようと依頼心になる。自我の自覚、権利主義の自覚が薄くなる。日本人がどうも依頼心の強いのはこれであります。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

 日本人は古来、中国人に対して「参った」とは言わなかった。聖徳太子の昔から、当時中国の隋王朝の皇帝・煬帝に対して大使小野妹子を通じて推古天皇から煬帝に送る国書を届けた。その国書には「日出る処の天子、日没する処の天子に書を致す恙無きや」と書いてあった。

これに対し煬帝は「蛮夷の書礼無し」と甚だ喜ばなかったが、裴世清らを答使として日本によこしている。これは中華思想の東の獣の国・夷(日本のこと)を他の獣の国々同様慰撫することが目的であった。

今、経済関係だけに目をやり、日本・中国・韓国の三ヵ国の貿易自由化FTAを推進したいと考える政治家・識者ら、いや中国包囲網のTPP域内の貿易自由化を推進したいと考える政治家・識者ら、いや日本と韓国が連帯して中国との貿易自由化を推進する一方でアメリカと連帯して中国と一定の距離を置きながらグローバルな貿易自由化を推進したいと考える政治家・識者ら、いや日本は何処とも連帯せず一国で各国と二国間貿易自由化を推進したと考える政治家・識者らが口角泡を飛ばし合っている。

貿易自由化で利益を得ようという考え方だけに偏れば、そこに「政道」の影は薄くなる。今、日本にとって「参る」相手はいないと思う。日本人はもっと自信を持つべきである。

政治家・識者らは「商道」ばかりに意を向けるのではなく、しっかり「政道」をわきまえ、中国、そして古来中国の影響から脱し得ていない韓国の動き、それも謀略をもった水面下の動きを十分警戒し、日本国を正しい方向に導いて欲しいと願うばかりである。(続く)

2012年1月14日土曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(18)(20120114)

“陰陽は「相対」であり「相待」である。

 ”易はこの宇宙・人生を先ず全体的に捉えて、それが陰陽相対性の理法によって存立し、活動している。もちろん陰陽というものは後になって用いられた言葉で、戦国時代以前には剛・柔といった。それが戦国以後になってだんだん陰陽五行の説を生じ、これと合致して陰陽という言葉で専ら説かれるようになった。

 そこでもう少し陰陽の相対的関係を、相対は相対であると同時に相待であるということをお話しておきます。対が待であるということが、マルクス等の唯物弁証法・唯物史観と違うところであります。即ち階級闘争理論ではなくして、階級闘争と同時に階級協調で、すすんでは中(ちゅう)の理論である。矛盾的なるものを包含し、これを超越・発展せしめる働きを中という。易論は換言すれば中論であります。

 然(しか)らば、陰陽の性質・働きとはいかなるものか。非常に含蓄的・潜在的である極、あるいは中に即して活動し、分化し、発展していくものが陽である。これに即して、統一し含蓄する働きが陰である。陰なくして陽はない、陽なくして陰はない。陰と陽とはまったく相対的なものであって、その相対に即して対立している。

 もしこれが陽に過ぎれば、活動であるから疲労がある。発現であるから浮薄(ふはく)である。分化であるから分裂する。ますなす生命から遊離して、生命力が稀薄(きはく)になる。稀薄になって分散・破滅する。そしてまた、元の含蓄状態に帰入してしまう。それを統一することによって全体性というものが成り立ち、同時に永続性が維持される。この陰の働きによって、陽が相待って、初めて創造・進化が行われる。

 これがもし陰に偏すると統一性・含蓄性であるから、どうしても委縮(いしゅく)し、固定する。その結果は死滅することになる。

 陰でも陽でも偏すれば結論は同じこと。そこで陰陽の調和が大事なんで、本当に調和すれば中の力が強くなる。本当の意味の作用が健康に営まれる。

 我々の健康は生理における陰陽の調和である。人格の円満というのは、知性と感情の陰陽、あるいは才と徳の陰陽の調和である。立派な人間社会、幸福な家庭社会は、男女の陰陽の関係の調和である。”

 “唯物史観 マルクス主義の歴史観で経済活動や科学技術の発展と変化が人間の歴史を発展・前進させる原動力になるとする考え方。史的唯物論ともいう。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

 日本という国は、まさに陰陽調和した中(ちゅう)の国である。その中心に万世一系の天皇がいる。聖徳太子の十七条憲法の第一条の「和をもって貴しと為す」は、これを象徴している。

 国内にこの中をもたらすため戦国時代があった。東洋に中をもたらすため大東亜解放戦争があった。

 中をもたらす「折衷」のため、いま為さなければならぬことが起きつつある。第一列島線・奄美沖縄八重山に核心的利益をおいて行動する中国にどう対処するか、女系天皇を推進しようとする動きにどう対処するのか、いま「陽」の働きをもって「折衷」を目指し行動を起こさなければならぬ時が近づきつつある。  (続く)

2012年1月13日金曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(17)(20120113)

 “易は万物の変化を捉える

 人生の真理・法則を探求する易学

 前回は、易というものは非常に誤解が多い、あるいは全然無理解さえ少なくない。しかもこれほど日中両国に亘(わた)って民族的普遍的学問・思想もまた他に例をみない、ということを申しておきました。

 実際、儒教をやっても、仏教をやっても、道教をやっても、神道をやっても、東洋の教学を少し本格的にやろうと思えば、そうしても易をやらなければ奥へ入れない。そしてまた少し東洋的精神の人が人生の体験を積んで、物を考えられるようになると必ず易を学びたくなる。

 しかも通俗的には誤解や無理解があって、甚(はなは)だ入り難く達しがたい。そこで易・算木・筮竹(ぜいちく)をいじって人の運命等を軽々しく判断する大道場・売ト易等の考えがとれない。易を学ぼうと思うものは先(ま)ずこの無理解を綺麗(きれい)に払拭(ふっしょく)せねばならない。

 易というものは、宇宙・人生の真髄・本質を把握したものであって、即ち万物は変わるのであります。これは宇宙・人生の本質であるが、その変わる中に自ずから変わらざる法則がある。その法則を把握して、これに従って耐えていく。このゆえに易というのであります。

 その意味においては、精神的な学問よりもむしろ物質的な学問、自然科学のほうが一歩先んじて易の妙旨(みょうし)をだんだん闡明にしている。・・(中略)・・易でいうならば太極であります。ミクロコスミック、即ち極微の世界において太極が発見されようとしている。マクロコスミック、即ち天文学的研究では未だ太極までには至らないようであります。・・(中略)・・易学は有史以来の大発達をしているといえる。

 しかし、精神の世界は遅々として進んではいない。易学はそういう量(はか)るべからざる理法を含んでいる。非常に意味の深い学問である。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

 今の時代は、学問が非常に多くの専門に分かれており、しかもそれぞれにおいて余りも奥が深い。今の時代の学問はそのようであるから、一般常識程度の学問を身につけようと思えば、広く浅く学ぶしかない。しかも広く浅く学んでも日常の会話に役立つ程度である。

 一日24時間はだれにも同じであるから、平均的人間が一日で学びとるものはほんの僅かでしかない。書店にはいろいろな本が並んでおり、情報が氾濫している。そういう状況の中で自分に必要な情報を一定の時間内に得るには相当の知恵と工夫が必要である。それも経験を重ね、よく訓練されないと他人よりも多く学びとることはできない。

 易はあらゆる学問の中で最も本質的な学問ではないかと思う。その学問はある程度年を重ね、経験を積んでいないと興味も湧かない学問であると思う。

しかし江戸時代の儒者・詩人・歴史家だった頼山陽は13歳の時『述懐』と題して「十有三春秋 逝く者は已(すで)に水の如し 天地始終無く 人生生死有り 安(いずくん)ぞ古人に類して 千載青史に列するを得ん」と詠っている。13歳の少年の時に人生を達観しているようである。

易学は政治・経済・防衛全般に関わる根本の学問ではないかと思う。教育環境が良ければ少年時代に易学に取り組むことができるのではないだろうか。       (続く)

2012年1月12日木曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(16)(20120112)

 “陰陽で見る男女の区別

 男女なんかは誰にも分かる陰陽のよい例であります。体格堂々、筋骨隆々、活動力があり、頭が良くて理知的で、才能があり、アンビションもある。これは陽性で誠に男らしい感じを与える。・・(中略)・・

 女は筋骨やさしく、内面的、静止的で理知的よりは理性的、情緒的、才能的よりは道徳的、徳性的である。これがいわゆる女らしいというのであります。・・(中略)・・

 ところが陰陽というものは相互転換性を持っていることは近頃の科学でも分かっていまして、亭主がニギリヤだと女は苦労して遣わねばならぬ。これは陰陽倒錯現象で、双方が不幸であります。やはり男はよく散じ、女はよく貯蓄する

 異性に対しても男は本能的に浮気であるが、それを反省してその精力を他に使う。反対に女は本能的に貞節であるが、反省して浮気をする。・・(中略)・・

 昔の人が女に教育は要らないと言ったのは、下手に教育すれば理性的批判が出て来て、馬鹿亭主を蔑(ないが)しろにしていかん。教育のない方が男は愚劣(ぐれつ)に安んじることができるというわけであります。

 だから男女というものは決して一律に論ずることは出来ぬので、陰陽の法則がよく現れております。・・(中略)・・

 太極・天・易・中・陰陽相対性の理法というものはだいたいこういう内容をもっているもので、理論的にも具体的にもよくこれを把握理解することが先決問題で、天・命・数・運とか陰陽とかが分からんようでは、易をやってもなんにもならないわけであります。”
(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

 同じ一生を送るのによい配偶者に恵まれ、基本的には夫が「陽」、妻が「陰」であるが、時に物の考え方・見かた・感じ方など精神面で互いに陰陽入れ替わり、その夫婦を取巻く外部の状況に対処する。そのようにして互いに相手を尊重しあい、理解しあい、助けあう。そのようにすれば夫婦円満、家庭が平和で万福の幸せがもたらされるであろう。

 しかしそのような理想・願望のような、生涯波風一つ立たず、安寧に幸せに過ごす夫婦もあれば、伴侶を病死・事故死等で失うという夫婦(であった)人もある。3.11大災害では夫や妻や親や子供を津波で失った家族もある。今このとき生きていても明日は白骨となるかもしれない。この世は誠に不条理である。物事を一面的、一方向だけから見ない人は「なぜ自分だけが」と悲嘆にくれ、心も折れてしまうだろう。

 もし、ものごとを多面的にあらゆる方向から見るならば、そしてさらに過去から未来へという時間の流れも一緒に見るならば、また別の、それまで気づかなかったことが見えてくるに違いない。易経は、天・命・数・運・陰陽で物事を見よと教えているのだと思う。
                                  (続く)

2012年1月11日水曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(15)(20120111)

“才と徳

学校を優等で出ても、社会ではさっぱり振るわない人がよくあります。人生の成功者には案外学校の成績が悪いのが多いようです。才も必要ですが、徳がなければ成功しない。
才徳は実に東洋的思考律であります。才は陽性で徳は陰性であります。我々の人格は才と徳とで出来ているということは確かに言えることで、才が徳より勝れているとこれを小人型、徳が才より勝れていると君子型という。

明治維新の西郷南洲は、徳が才に勝った君子型の人物、勝海舟はどっちかというと、小人型の英雄であります。

もちろん小人といっても文字が悪いんで、偉大な小人もあればつまらない君子もある。しかし東洋道徳学からいうと、偉大と貧弱とにかかわらず大体君子型の人間が、人間としての本筋だということになっている。

しかし政治は種々の知識や、技術を要するから、大いに小人も要するのであります。
しかし東洋の政治学の書物には「小人は物や人を育てる包容力がないから、利己的、私欲的になりやすい。ゆえに賞を与えても、支配的地位につけるのは宜(よろ)しくない。偉大であるほど悪い」としている。これは陰陽の良い例であります。

一切はこの陰陽相対の理法によって解決されるのであるが、それを見分けることが非常に難しいのであります。”

“小人は物や人を~

『西郷南洲遺訓」第一条には、尚書に「徳盛んなるは官を盛んにし、功盛んなるには賞を盛んにする」とあることを記している。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

フェイスブックで投稿されているが、古川貞二郎前官房副長官は羽毛田宮内庁長官とは厚生省時代上司と部下の関係にあり、羽毛下氏を宮内庁長官に据えたのは古川氏であったという。 

さて女性宮家創設について口火を切ったのは羽毛田宮内庁長官自身であったことは新聞等で報道されている。その女性宮家推進派の中心は古川座長と園部逸夫氏であるという。その園部氏は外国人参政権に関する最高裁判決で傍論を書いた人物であるという。彼は共産党系のオンブズマン運動や住民訴訟を拡大合法化する法制度づくりで原告適格性の拡大に努め、自衛隊・米軍基地反対闘争等に尽力し、変更教科書を象徴する家永教科書裁判では家永三郎氏に与刷る発言をしていたこともあるという。

その園部氏こそは女系天皇・女性天皇の実現を画策している人物であるという。彼は女性宮家創設案が今秋皇室典範の改正をもって実現しようとするとき、野田内閣官房参与にすると報じられている。

正に小人どもが日本の国体を危うくする行動に出ている。一般国民が知らないところで、日本弱体化の工作が密かに進行しているようである。

SNSを通じて(偉大なる?)小人どもが、正に「才」走ってこの日本国を危険にさらす行動をしている状況を監視し、その行動を絶対阻止しなければならないと思う。(続く)

2012年1月10日火曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(14)(20120110)

“とにかく人生の現実は限りなき矛盾の統一である。それに辟易(へきえき)するようでは中道がない。本当の中はこの矛盾性を真理に随って闡明(せんめい)し、悪を打破救済してはじめて進歩がある。左様(さよう)に人間に与えられている価値判断によって、物の是非善悪を正し、一見矛盾するが如きものを解消して中へもっていく。これを折衷というのであります。

 折とはサダメルという字である。是非善悪を分別して、悪を折り、不正を折って、はじめて定まり進歩する。だから折衷という。単に歩み寄りなんていうものは居中であって折衷ではない。

 易は中庸である。中庸は複雑な現実に処して勇敢に折衷していくことである。これくらい難しいことはないので、孔子も中庸の中で「爵禄(しゃくりく)を辞するよりも、白刃(はくじん)を履(ふ)むよりも、天下国家を均(ひとし)しうするよりも中庸は難しい」と説いている。

 安価な穏健中正等は一番下らない誤魔化(ごまか)しである。ダンテの『神曲』に「道徳的危機にあたってどっちつかずの態度をとるもの」を地獄の一番熱い処へ当嵌(あては)めている。両極端も悪いが謬れる中はさら卑劣である。

 これで陰陽というものの根本的理法がお分かりになったはずであります。”

 “闡明 はっきりしていなかった道理や意義を明らかにすること。”

 “ダンテ(Dante Alighieri) イタリア・フィレンツェ生まれ(一二六五~一三二一)。詩人・哲学者・政治家。叙事詩『神曲』、詩文集『新生』の著者として知られる。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

 この講座で、「折衷」の意味は、「矛盾性を真理に随って闡明(せんめい)し、悪を打破する」「人間に与えられている価値判断によって、物の是非善悪を正し、一見矛盾するが如きものを解消する」「是非善悪を分別して、悪を折り、不正を折って、はじめて定まり進歩する」「易は中庸である。中庸は複雑な現実に処して勇敢に折衷していくことである」「単に歩み寄りなんていうものは居中であって折衷ではない」と説明されている。

 私は「折衷」は「政道」にあり、「居中」は「商道」にあると考える。かつて日本はアジア人が白人国家の支配下に置かれている状況を変え、アジア人を解放するため大東亜戦争を戦った。これは正しく「折衷」を求めた戦争であった。

 中国は「居中」を求めて尖閣・沖縄を第一列島線内核心的利益の対象とし、行動している。日本はこれに対して「折衷」を求めて行動を起こさなければならぬ。これは「政道」である。政治家・中央官庁官僚が「政道」を踏み外し、目先の損得勘定で「商道」を突き進むならば、それこそ中国の思うつぼである。    (続く)
 

2012年1月9日月曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(13)(20120109)

 “陰の特徴と弱点

 そこでこれに相俟(あいま)って、分化するを統一し、顕現するを含蓄し、全体性と永続性を保つハタラキがある。それが陰のハタラキであります。

 統一・含蓄・全体性・永続性の持続これが陰の特徴であります。

 しかし陰にも弱点があります。統一・結合・含蓄というハタラキは謬(あやま)ると委縮(いしゅく)し、固定し、しまいには死滅して、結果は同じになってしまう。

 易とは無限の「中(ちゅう)

 それを何方(どちら)にも片寄らさんように、これは相待である。陰陽が相互転換性を持っているのであります。これが陰陽の理法であり、かくしてドンドン発展し、さらに進化していくのであります。この延びていくことを中(ちゅう)というのであります。弁証法でいうアウフヘーベンは「中す」と訳すれば一番よいわけであります。

 前にも申しましたように、この意味で心中という言葉はよく出来た言葉である。この世で結ばれて、新しい価値を創造することの出来ない一組の男女が、あの世へ行って結ばれ、一段と進歩するというので心で中する、誠に学問的であります。

 このように中すということは、相対的なものを相和して一段と延ばすことで、その意味では易は中の学問であります。宇宙は太極の無限の発展であり、考え方により無限の統一・含蓄、見方により無限の統一発展であるが、換言すれば、限りなき中である。天は無限の中、造化は無限の中、したがって易は無限の中であります。

 だから天・道を説く東洋の教学は、全部中庸に含まれるのである。そしてそれは永久不変のみちであるから中庸(ちゅうよう)という。庸とはツネという字で普遍性を表す。それによって初めて種々の行為が営まれ、種々の効果がある。庸はツネという字であり、モチイル、イサホシという字である。”

 “弁証法 世界や事物の変化や発展の過程を本質的に理解するための方法・法則。一般にヘーゲルやマルクスの弁証法を指す。ヘーゲルの弁証法は正(テーゼ)・反(アンチテーゼ)・合(ジンテーゼ)の三段階で説明される。すべてのものは自己のうちに矛盾を含むため、必然的に己と対立するものを生みだすが、その二つは最後にアウフヘーベン(aufheben=止揚)されるという考え方をする。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

 易においてこの部分が最も重要であると思う。人生を生きる上で陽も陰も必要である。男女二人が同じ屋根の下で、お互い陰陽を交互に、その役割を演じるならば、その家庭は幸せであると思う。国家においても国際関係においても同様である。

 国際関係で言えば、「陽」のみ前面に出す中国や韓国や北朝鮮は、「陰」「陽」「中庸」をわきまえている我が国とはどうしても折り合うことはできない。政治家も官僚もこのことを十分理解した上で、「それなりに」良好な外交関係を結ぶように考えて欲しい。国家としての性格が異なる国同士が政治・経済・防衛の統合を目指す東アジア共同体構想は非常に馬鹿げた構想である。

 わが国に不法入国してくる中国人らがテレビの討論会で「日本も中国もEUのようになるべきだ」と叫んだり、鳩山元首相が「この国は日本人だけのものではない」と発言したりして、日中韓を主軸とする東アジア共同体という考え方に同調する自民党の谷垣総裁や加藤氏らの思想は、この日本国の存続を危うくする非常に危険な思想である。 (続く)

2012年1月8日日曜日

『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(12)(20120108)  

  “そこで本来の生命力と表現された肉体的生命力はだいぶ違うのであります。外見は堂々として頑強に見えるのに弱いという人は、潜在的生命力を余り持っていないということになる。反対に、弱そうに見えて強いというのは、潜在的生命力が旺盛だということになります。

  我々は絶えず潜在的生命力を養成しなければならない。これは普段の養生と陰得であります。その意味で体重が二十何貫(かん)もあるというのは決してめでたい現象ではないので、駿馬のように引き締まっていなければならない。

  その意味から社会的活動等というものも同じことであります。前にも申し上げましたように持っているエネルギーのごく一部分が社会活動になる。そして、その残りの全部が、我々の内面生活に向けられて、はじめてめでたい人格であります。不相応に出世するよりは、それより少し低めに運が悪いという位が本当の生活で、かくして子孫に出世をする者が出てくるわけであります。

  表現とは氷山の如きもので、隠された偉大な部分を持っている。潜在力を持っているほどよいのであります。そして表現は分化になります。分化するほど先鋭化、末梢化するんで、分かれる果(はて)は行き詰まり、分からなくなってしまう。そして簡単に破滅する。没落する。そしてまた、元の潜在にかえる。斯様にして循環していくわけであります。 

 知性のハタラキ等も分化のハタラキですから陽性であります。あまり理屈っぽくなると真実を失って分からなくなってしまう。  表現・分化、・発展は陽の特徴であるが、それだけに披露し易く、失い易く、分裂し易く、破滅しやすい。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

  ここでは「生命」の永遠の流れ・循環というものについて説明されている。ここでは易経のエッセンスが説明されている。人生を生きる上で誰にも悩みがあるが、自らを易経で説く天(てん)に委ねればその悩みは解消するのではないだろうか?その「天」に委ねるにあたり、「求めよさらば与えられん」ではないが、求める人に対しては最新の素粒子理論など最新の科学がそのように自らを「天」に委ねる手助けをしてくれると思う。

  「『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(5)(20120101)」に“そしてこの命(めい)とは絶対的のハタラキであるが、人間に与えられたところの知性という機能を以てこれを研究すると、その中の種々の素質や種々の関係、原因、結果というような関係、そういう複雑なものが含まれている。天の中、命(めい)の中に含まれているその内容、その内容の関係、成立関係、こういうものを数(すう)と申します。”とある。

  この数(すう)の中において次の循環があるということが説明されている。 ① 「絶えず潜在的生命力を養成」→「持っているエネルギーのごく一部分が社会活動」→「不相応に出世するよりは、それより少し低めに運が悪いという位が本当の生活」→「かくして子孫に出世をする者が出てくるわけ」 ② 「分化するほど先鋭化、末梢化」→「簡単に破滅する。没落する。」→「元の潜在にかえる。」→「斯様にして循環」        (続く)

2012年1月7日土曜日

『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(11)(20120107)

  “易の考え方は陰陽相対性理論

  その間種々の思考律が出来、範疇(はんちゅう)を生んでさらに普遍的な陰陽五行思想が発達し易の体裁をなすようになりました。だからその関係からは、易の考え方は陰陽相対(待)性理論ということが出来るのであります。

  最初に申しましたように、創造的概念というか極限的概念ということか、物質的理論からいえば、丁度(ちょうど)ハイゼンンベルグが考えているウルマテリーというようなもの、即ち太極というものを考える。これはつまり無限の創造的変化であり、天・造化というものを全体として把握したものであります。  この太極は陰陽という二つのハタラキの相互転換性を持った性質・機能から出来ている。

  陽の特徴と弱点  しからば陽のハタラキはいかなるものであるか。これは無限の含蓄的・潜在的なるもの、そういうものの活動発展性を表す活動であり、顕現(けんげん)であります。内に含蓄潜在しているものが活動し、表現し顕現する。表現とともにそれは分化である。分化することにより発展する。

  顕現・分化・発展、要約すれば分化・発展のハタラキであります。これらによって宇宙に万物が表現、繁栄していく。草木を例にとれば根から幹、幹から大枝、大枝から小枝が分かれ鬱然(うつぜん)たる樹木になる。これは陽のハタラキであります。

  だから活動・表現・分化・発展は陽の特徴であるが、そこにまた弱点があります。それは活動すれば疲労というものがある。表現されるとそれだけ潜在的、含蓄的全(まった)き実体から遊離することになる。多少自己を限定することになる。表現なるものは無限なるものの自己限定である。

  我々の肉体を例にとれば、我々の親はたった二人、二代遡(さかのぼ)ってもたった四人、三代遡っても八人に過ぎないが、二十代遡るとその数は百万を超える。斯様に無数の生命が潜在含蓄し、そのごく一部が我々の肉体となり、精神活動となっている。我々の肉体を形成するということは、つまりこの潜在的生命の中から自己をこれだけに限定することである。” (以上、『安岡正篤 易経講義』より引用。) 

 この陰陽相対性理論は素粒子理論に相通じるものがある。万物は有機的構造物である。人間も有機的構造物、人間の集団も有機的構造物、同盟的国家群も有機的構造物、世界も有機的構造物、太陽系も有機的構造物、銀河も有機的構造物、宇宙も有機的構造物である。有機的構造物を構成する個々の物には無機的なものもあり無機的な物もある。

  一個の人間は宇宙の一要素に過ぎない。人間の集団も同じ、国家も同じ、この地球も同じである。すべて宇宙という無限の創造的変化の中の一要素に過ぎない。  宇宙という無限の創造的変化の中で人は生れ、生き、そして死ぬ。人生は過去から未来に続く途切れない流れの中の一事象に過ぎない。人生を目的的に生きる活動は易経で言うところの「陽」の働きであろう。まだ勉強中でよく理解できていないが、その「陽」の働きを把握する方法として陰陽五行というものがあるのだと思う。 (続く)

2012年1月6日金曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(10)(20120106)

“易の由来

易はその昔、夏・殷から周の初め頃迄は非常に直感的なもので、当時の識者賢者が自分の理知をもっては容易に解決することの出来ない現象を超知性的に探求した。
最初は亀甲(きっこう)を焼き、それに現れる色・罅(ひび)・線等種々なるものによって種々の複雑な体験から次第にこれに解釈を与え、これを亀卜(きぼく)と申しました。

その亀卜の体験から直観を積んでいくうちに次第に思索が発達し、その例を集めていって卜経(ぼくきょう)というものが出来上がりました。

そして周代以降段々に進歩いたし、周代末期、春秋・戦国時代になって今日伝わるような周易になり、戦国末、秦・漢の初め頃に今日の易経が次第に出来上がりました。”
“夏 中国最古の王朝。紀元前二〇七〇年頃から紀元前一六〇〇年頃まで続いたとされるが、実在を示す証拠はまだ見つかっていない。”

“殷 夏のあとに建てられた王朝。紀元前一六〇〇年頃から紀元前一〇四六年まで続き、周によって滅ぼされた。河南省安陽で発見された殷墟からは多数の甲骨が見つかっている。

“秦 紀元前二二一年に中国を統一するが、紀元前二〇六年に滅亡した。始皇帝による万里の長城の建設や焚書坑儒で知られる。”

“漢 秦を滅ぼした劉邦の打ち建てた統一王朝。紀元前二〇六年から八年までの前漢と二五年から二二〇年までの後漢に分かれる。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

 易の判断について考える。例えばある90歳の老婆は自ら望んで、永年住み慣れた土地で介護サービスを受けながら独り暮らしをしているとする。その老婆の認知症の状態が急に進み、真夜中に家を出て普段運動のため散歩で歩く歩道に面したある警察署を訪れ、「泥棒が入ったので怖い、淋しい」と訴えたとする。

年末に介護帰省しているその老婆の家族が休んでいる部屋に警察官二人が入ってきた。事情を聞くとその老婆は「私の許可なく男女二人が勝手に部屋に入り込んで寝ている」と警察官に訴えたと言う。翌朝その話を老婆に話すと、老婆は真夜中に警察暑に行ったことは覚えているが警察で話した内容は全く覚えていない。

老婆は「ひと月前にくらべ物忘れが多くなった」と不安になり、介護施設に入ることを自ら希望した。つい5日前は、訪問してきたもう10年ほども顔見知りのヘルパーに「自分の家があるのだからそんなところには入らない」と言っていたばかりであった。

家族はその老婆の申し出を喜んだ。老婆の弟妹たち親戚の手前、老婆を介護施設に入れると言えないでいた家族は、老婆が自分から介護老人施設に入りたいと申し出てきたのをきっかけに親戚に老婆が深夜徘徊し警察に訴えた事件を説明し、老婆を施設に入れることについて親戚の了解を得ることができた。

このような事が偶然に起きたのだろうか?もしくはその老婆の30年ほど前に他界した老婆の夫や実父母らがあの世から老婆を引導したのだろうか?起きた事象は偶然なのか必然なのだろうか?

これは哲学的課題である。易についてまだ理解ができていないので何とも言えないが、易はこのような事象に対して何千年も蓄積された情報・資料に基づきある判断を下すものなのだと思う。出た卦による判断はその判断を仰ぐ人に新たな行動の指標となるものだと思う。こうして人生に創造と変化をもたらすことを易経は示しているのだと思う。要は偶然だと思われる事象をどう解釈するかにかかっている。天命ととるか運命ととるかである。運命ととれば起きた事象は悲劇となるし、天命ととればそれは恩恵となるだろう。(続く)

2012年1月5日木曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(9)(20120105)

 “道を学ぶということは

 そしてこの無限の創造文化を、我々の感覚するところの天というものをもって象徴したように、造化の行動性、実践性を象徴して道というのであります。

 何人も道によらずんば進むことはできない。そこで天の造化は即ち道であります。天は天命、天道であります。我々が道を学ぶということは、天に随って実践するということであります。

 天はその数というものを含んでいて、人間が、人間の知性がこの数を研究することによって発展するのが理(ことわり)であります。種々の因果の関係、その法則である。

 だから天は数であるから、その内に理を含んでいる。即ち天は天の理であると同時に、それは行動性実践性のものであるから天道であります。実践することのできる真理、これを道理というのであります。数からいえば数理であります。

 易学の目的

 このように展開していくのが易であるから、世間一般のいわゆる宿命なんかを研究するものでは決してないので、無限の造化の理法に棹(さお)さして無限に自己を創造変化してゆく。これを深く我々の理知を以て諦観(ていかん)し、これを勇敢に我々の実践行動にうつして伯玉のように幾歳になってもその非を知ってそれだけ化していく。これが易の本体、易学・易理の本体で、そのために易を学ぶのであります。

 易を学ばんとするものは先ずこれだけのことはよく知っておかなければならない。知るというのは自分の頭だけで知るのではなくて、自分の生命で、自分の身体で、覚悟しなければ易を学んでも一片の知的興味、知的遊戯にすぎない。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

 日本には剣道、柔道、合気道、居合道、弓道、茶道、華道、香道、書道等「道」が付く修行の道がある。そこでは礼節や形や心や立ち振る舞いや言葉遣いなどに注意が払われている。修行する場として道場がある。そこには師匠がいて弟子がいる。師匠が弟子に教えるための教本や参考本がある。

弟子が師匠になるまでの過程には幾つかの関門がある。弟子は修行を積み重ね、初めは通過することが比較的容易な関門から入る。関門は徐々に通過が難しい状況に変わる。
弟子は人間的にも技術的にもより高い完成を目指して修行を積み重ねなければ、関門を通過することができない。そのようにして関門を通過した弟子に対して、師匠から「免状」または「許証」というもの与えられる。そのような仕組みで日本の精神文化・伝統文化が維持されて来ている。

人もまた加齢とともに齢相応に「化」してゆかなければならない。「知るというのは自分の頭だけで知るのではなくて、自分の生命で、自分の身体で、覚悟しなければ易を学んでも一片の知的興味、知的遊戯にすぎない」のだ。 人生にも「道」がある。は人生道が天から指示されているのだ。西郷南洲翁が説いているように、人は自ら進んで天の意(こころ)を識(し)り実践行動をすることが求められているのだ。その実践行動は豈(あに)敢(あ)えて自ら安きを謀るものであってはならないのだ。      (続く)