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2011年12月19日月曜日

詩吟のテキスト(20111219)

 詩吟サークルで使う来年の詩吟テキストを作っている。原稿はほぼ完成した。詩吟のサークルは10年ほど前からやっていてメンバーは男性1名、他は女性ばかりで常連は6、7名である。月2回、第2、第4土曜日の夜6時からが定例となっている。会場は東京の目黒区のある住区センターで、このサークルは目黒区の地域活動団体である。

 文字通り、詩吟の流派に無関係の「詩吟を楽しむ会」である。流派に無関係といても折角詩吟を勉強し、どの程度腕が上がったかを示す尺度とするため、23年前ある詩吟の流派の先生を招へいして吟詠の審査会を行い、認定証を発行したことがあった。詩吟の流派の会では「許証」と言って、一定のお金をとって免状を授与するが、この会ではそのような重々しい手続きはなしのしがらみがない会である。認定証もパソコンで手作りのものである。皆の吟詠のレベルが上がったので、審査会の開催と認定証発行をまた再開しようかと考えているところである。
 
 来年のテキストの内容は皆の希望で吟題を決定することにした。皆がそれぞれ自分が詠いたい吟題を報告してきた。皆がそれぞれ希望した吟題を含め、来年は以下の吟題で詩吟を楽しむことにした。これまでもそうであったが、月々の吟題の吟詠はブログに投稿して公開している。会員以外誰がその吟詠を聴いてくれているのか分からないが公開している吟詠に対するアクセスは毎日結構多い。アクセスが多いから余り下手な吟詠は出せない。
 
 さて、皆が希望している吟題を含め来年は次の吟題を勉強することにした。吟題の詩には短歌や今様も入るものもあり、詩文解釈のみならずその詩の作者や詩にまつわる歴史的なことなども合わせて勉強するので勉強する中身は結構濃い。詩吟を教えながら自分自身も勉強し、この齢になっても自分自身の成長の喜びがある。会員たちが毎回集うことを楽しみにしてくれているので一層張り切って準備し、教えている。

(新体詩)   春まだ浅く ・・・・・・・・・・・石川啄木
(新体詩)   雨ニモ負ケズ・ ・・・・・・・・・宮沢賢治
(七言絶句)  桜詩に遊ぶ(短歌入り)・・・・・・広瀬淡窓
(五言七言絶句)易水送別 ・・・・・・・・・・・・駱 賓王
(律詩)    静御前(短歌入り)・・・・・・・・頼 山陽
(新体詩)   野の仏 ・・・・・・・・・・・・・福田蓼汀
(和歌)    箱根路を ・・・・・・・・・・・・源 実朝
(俳句)    古池や ・・・・・・・・・・・・・芭 蕉
(七言絶句)  九月十日(短歌入り) ・・・・・・菅原道真
(短歌)    ゆく秋の ・・・・・・・・・・・・佐々木信綱
(新体詩)   旧都の月(短歌と今様入り) ・・・角光嘯堂
(短歌)    天の原 ・・・・・・・・・・・・・阿部仲麻呂
(七言絶句)  山 行 ・・・・・・・・・・・・・杜 牧
(七言絶句)  山中問答 ・・・・・・・・・・・・李 白
(七言絶句)  半 夜 ・・・・・・・・・・・・・良 寛

2010年7月19日月曜日

ブッダ『感興のことば』を学ぶ(121) (20100719)

身に‘光るもの’を飾ることができるほど豊かでないから身には‘光るもの’を飾らない。その代わり質素で清潔で見た感じが爽やかなものを身にまとい、体も清潔にし、爽やかな笑顔で人に接する。発する言葉も穏やかで人を傷つけない。

たとえ名門大学を出ていなくても、資産家や社会的地位の高い人の家に生まれていなくても、常に学び知性を高めることを怠らず、常に謙虚で出しゃばらず、しかし学んで得た知識を生かして常に自らを律して衣・食・住・暮らし全般にわたって正しい日常生活を送る。心に飢えが無く、心は渇いていないから、他に何かを求めようとはしない。行為の結果がよく見えているので敢えて煩わしいことになる元を造らない。

そのような人は真の‘貴族’である。友は類を以って集まる。心が渇いて淋しい人は、同じような人と交わり自らの心の飢えを癒そうとするが、真の‘貴族’は独りであることを楽しむ。時に遠方より友が来て、傍から見れば簡素な自宅で酒を酌み交わし、天下国家や花鳥風月のことなどを談じあい、時の流れのなかのひとときを過ごす。

国家により年金という多少の‘祿’を受け、それ以上のものは求めず、その‘祿’の範囲内で無駄を省き、質素堅実に暮らす。己を人に見せびらかすための物は買わず、人に自慢するための旅行もしない。偕老同穴夫婦二人だけで行けるところまで行く。その先はまた国家により管理された終の棲家で最期のときまでを過ごす。なんという幸せか!

この日本國で「格差拡大」「弱者の目線」とかマスコミを通じて言葉だけが先行している。本当にそうか?人それぞれの境遇には自己責任が全くないのか?その自己責任もその人の‘前世’に起因するものが全くないと言えるのか?親は、先祖はどうだったのか?

明治初期わが国で作られた新漢語の言葉が、わが国への留学生などを通じて中国・朝鮮・東南アジアの国々に広まった。「哲学」という用語もその一つである。中国人が知らずに使っている言葉の中にわが国で作られた新漢語が沢山使われている。そのことも知らず自虐的な日本人が多い。戦後の価値観が急変した世代に育てられた世代が今この国の指導者層に集中している。それより若い世代の人たちは彼らの考え方に疑問を感じている。

日本人は文化的先進国の隋や唐や宋に学びわが国独自の文化を作り上げてきた。その一つの表れが次の漢詩にある。戦国時代から江戸時代にかけて生きた冷泉家の出の儒学者・藤原惺窩の作である。題は『山居』という。昨年8月の吟詠のブログで公開している。

        青山高く聳(そび)ゆ白雲の辺   

        仄かに樵歌(しょうか)を聴いて世縁(せいえん)を忘る

   意足りて求めず糸竹の楽しみ 

   幽禽(ゆうきん)睡(ねむ)りは熟す碧巌(へきがん)の前

ブッダの次のことばにも「前世」いう言葉が出てくる。

47 前世の生涯を知り、また天上と地獄とを見、生存を滅ぼしつくすに至って、直観智を確立した聖者、苦しみの終末を明らかに知った人、かれをわれは(バラモン)と呼ぶ。

2010年6月13日日曜日

ブッダ『感興のことば』を学ぶ(85) (20100613)

男は来月末の吉日に行われる親戚の結婚式に女房とともに招かれている。その親戚と言うのは女房が子供の頃から思春期のころまで実の子のように育てられた家である。女房は大家族の家で叔父さんや叔母さんたちの末っ子の妹のようにして子供時代を過ごした。男はその家の叔父さんのご長男の、そのまたご長男の結婚披露宴での祝辞と祝吟を依頼された。

そこで男はかつて所属していた詩吟の団体の宗家が吟譜をつけた桧垣賀陽の『結婚式』を吟じることにした。これには「君が晴着の御(み)姿に あやかり遊ぶ鶴と亀 尾上(おのえ)の松の深みどり 幾千代かけて 祝わなむ」という今様が付いている。男はこの今様を列席の皆さまに一緒に唱和してもらおうと思っている。祝辞は至極簡単に「苦しいときも楽しいときも夫婦あいたすけて末ながく幸せに」程度にし、吟に力を入れる。

男はプロではないがこの種の吟ならば自信をもって披露することができ、喜んでもらえると確信している。そこで毎日練習をしている。お腹から声を出し、頭蓋骨からつま先までの骨の全体を意識してこれを振動させるように心がけている。これがまた健康法につながる。実はこの骨を意識する発声法は先日テレビで狂言の野村萬斎氏が出演していて、彼が発声する音の質と拡がりが科学的に分析されているのを見てヒントを得たものである。

今自分が張りのある声を出しているかと言えば全くそうではないが、男はいくら齢をとっても最期まで張りのある声を出し続けるように努力したいと思っている。そのためあれやこれは発声法の工夫をしている。毎日10分程度でも吟の声を出し、録音してみて少しでも改善しようと努力している。

それが続いているのは男が別のブログで公開している毎月予め決めた吟題で詠うおかげである。自分の下手な吟詠を公開するのはいささか勇気が要る。しかし昨年の3月以来続けてきてある程度開き直ってやっている。

このブログでは毎日のアクセス状況が分かる。人気度は「サークル/部活/学校」の分類で4300余りのブログ中330位のところを上下している。嬉しいのは男が力を入れて詠った『百済を復す』や『青の洞門』にアクセスがあるということである。特に『百済を復す』は江戸時代の歴史学者・詩人の頼山陽が作った詩で、男が日本書紀などの歴史書を調べて自ら講釈したものである。これは戦後65年経って平和ボケしている日本人が自覚を新らたにするあめ是非多くの方々に読んでもらい、聴いてもらいたいと願っているものである。

男はこの講釈をするにあたって歴史書のほか渡部昇一の『古代史入門』(PHP研究所刊)を参考にした。古代、わが国は中国から多くのことを学んできた。その一方で日本は大陸の脅威に怯えてきた。地政学的に大陸側を中心に日本列島を見れば、大陸側の人々は日本をひと飲みできそうな感覚になるだろう。大陸の国々との平和友好関係を保ちながらも、日米同盟の深化、わが国自身の専守防衛力の維持・状況に応じた増強は是非必要である。

5 この世の中は暗黒である。ここではっきりと(ことわり)を見分ける人は稀である。網から脱れた鳥のように、天に至って楽しむ人は少ない。

2010年5月28日金曜日

ブッダ『感興のことば』を学ぶ(69) (20100528)


来月の詩吟の吟題は盛唐の詩人・王維の『雑詩』である。その詩文は次のとおりである。

 客(かく)故郷より来(きた)る 
 応(まさ)に故郷の事を知るべし
 来(きた)るの日 綺窓の前 
 寒梅花を著(つ)けしや未(いま)だしや

詩の意味は「一人の知人が私の故郷からやってきた。彼はきっと私の故郷の様子を知っているに違いない。私は彼に聞いてみた。‘そなたが故郷を発つとき私の家の妻の部屋の窓の傍にある寒梅は花をつけていましたか?それとも花は未だでしたか?’」というものである。

私は10日ほど前から体調を崩し、ようやく回復してきたところであるが、まだ本調子ではない。それでももうそろそろ吟詠をブログで公開しなければならない。「・・ねばならない」というのは別に公に約束しているわけではないので、調子が悪ければ6月に入っていても調子が良くなった時にやればよいのであるが、やはり頑張らなければならぬと思う。

そこでこのところ毎日レコーダーに録音しながら吟じ、再生してみては吟の改善を続けている。初めのうち、まだ体が十分温まっていない状態の時の吟は良くない。何度かやっているうちに段々調子が上がってくる。エンジンの自動車のエンジンの暖気運転のようなものである。立った状態で詠っていると疲れが出てお腹に力が入らない。そこで椅子に座った状態で詠う。そうするとお腹にぐんと力が入って良い吟になる。

加齢とともに衰えは足腰にくるようである。まだ本調子でないせいもあるが、6000歩ほど歩いただけで脚に疲れを感じる。10数年前前立腺がんで手術したとき腹の周囲のリンパ節を取ってしまっている。リンパ液の流れが良くないのかもしれない。完全な回復まであまり無理をしないことだと自重している。

夕食は女房が得意とするハンバーガーである。女房が作るハンバーガーは格別美味い。私が作った多目的のペアの皿に大それぞれ大きなハンバーガーとポテトとニンジンが盛られている。ノンアルコールのビールを飲みながらこれを食べる。

このような日々があと何年か続くことだろう。今日、私も女房もそれぞれ放送大学の通信指導のレポートを完成させて一緒に投函した。

ブッダ「感興のことば」第23章は26番で終わるが、ブッダの教えは「自分自身が自分の主である。自分だけを拠りどころとし、決して他者を拠りどころにしてはならない。」というものである。‘天上天下唯我独尊’の心境になれということである。

第24章は「広く説く」である。

1 無益な語句よりなる詩を百もとなえるよりも、聞いて心の静まる有益なことばを一つ聞く方がすぐれている。

2010年5月8日土曜日

ブッダ『感興のことば』を学ぶ(49) (20100508)

公開中のブログ「吟詠」の5月の吟題『短歌 斎藤茂吉 作「あかあかと」』の吟詠を入れ替えた。私の誕生日を祝ってくれているメッセージカードに3歳の男児の孫の写真が添えられていたが、その孫の写真を見ながら感情をこめて吟じてみたら、ようやく自分で満足できる吟になった。
短歌「あかあかと」は、次のとおりである。

 あかあかと 一本の道 とおりたり
      たまきはる わが命なりけり

ブログに書いてあるが、私はこの歌を次のように解釈した。

(これまで生きてきた)自分の人生は、きわめて明るい一本の道のようなものである。
(この道は自分の魂の修行の道であり、自分の肉体の最期に向かう道でもある。
その道は自分の肉体が最期を迎えた後、自分の魂は新たな肉体にやどり、その世、「この世」から見れば「あの世」につづく明るく輝いている真っすぐな道である。)

私は人の一生はその生きている間だけにすべてがあるのではないと思っている。人は「縁」によってこの世に生を受けるが、その「縁」というものはその人の「前世」とは無関係ではないと思う。そして、今生きている「現世」の生き方次第で、次の世である「来世」の有り様が決定されるのだと思う。
孫には私のY遺伝子が確実に伝わっている。その遺伝子には私の先祖の遺伝子が含まれている。知能も性格も顔つきも体つきもその孫には私の先祖の特質が伝わっている。勿論、孫の遺伝子の半分は母方のものである。両方の家系の特質が孫には確実に伝えられている。
無意識に願っていたことが実現したという経験はよくある。たまたま偶然だった事象は、実はわれわれが認識できないことによって‘必然’的に起きた事象である、ということを現代の科学は100%確実に反証できるであろうか?私自身「これは不思議なことである」と思うことを度々経験して来ている。
親から子へ、子から孫へと伝えられる遺伝情報だけではなく、伝えられた遺伝情報以外に何か目には見えず、人が認識できない何かの力で刻み込まれる遺伝情報が必ずあるように思う。その‘何か’は素直な人間ではないと感じ取れないものではないかと思う。
ブッダ「感興のことば」第13章は18番まである。第14章「憎しみ」と飛ばし、第15章「念(おもい)をおちつけて」に移る。
1 ブッダの説かれたとおりに、呼吸を整える思念をよく修行して、完成し、順次に(諸の煩悩を)克服してきた人は、雲を脱れた月のようにこの世を照らす。

2009年12月13日日曜日

詩吟昇伝審査会(20091213)

 男が東京都のある区のセンターで毎月第2、第4土曜日の夜、主宰・指導している「詩吟を楽しむ会」では、今日(12日)、ある詩吟の流統の高段者に来て頂いて昇伝審査を行った。会のメンバーは審査のことを‘試験’と言っているが、昨年は8名、今年は5名の方が審査を受けて、それぞれ中伝とか中伝準師範に認可された。

 一般に詩吟など稽古事の審査は厳粛な雰囲気を敢えて作りだし、昇段者に免状を与えるとき「許す、何々」と言って「許証」を与える。しかしこの会は地域コミュニティの活動の一つとして運営している会であるので、詩吟が上達したことを認めるという意味で「認可」とし「認可証」を与えている。審査も一応合格基準を定めてあり、「準師範」ともなれば人前で詩吟用楽器を弾きながら詠うことが要求される。中伝の合格の条件は予め指定している絶句1曲、短歌1曲を詩文を見ずに詠うことが条件である。

 そういう状況の中である女性の会員は昨年楽器を弾きながら詠う練習をはじめたのであるが、審査に来てくれた正規の流統の高段者もべた褒めするほど上達していた。正規の流統の会の会員で中伝の「許証」をもらっている人でも、もそれほど上手には出来ない人が多いのが実際であるので、男もその女性はよく勉強してきたと感心している。

 この会で出す「認可証」は全く権威のないものであるが、審査してくれたその高段者の方から一人一人に授与して貰った。それには男の名前と印も押してある。来年は6段とか7段の認可基準を作って皆に挑戦して貰おうと思う。

 この会は平成117月、その区内に住む男の友人たちが協力してくれて立ち上げたもので区の地域活動団体として登録されている。地域活動とは地域のコミュニティの形成に寄与する活動であるから、登録の条件はその地域に住む人が団体構成員の半数以上いること、及び構成員が5名以上いることが条件である。

 男はこの会について宣伝はしていなかったが、区のセンターに掲示されている会議室の利用状況をみて一人の女性が入会してきた。地域活動団体の条件を維持するためには宣伝も必要である。そこで今年は初めての試みとしてそのセンターが毎年行っている発表会に出ようと考えている。たとえ小さな発表会でもメンバーの皆さんにとって人前で吟じるということは刺激になり、詩吟がもっと上手になりたいという刺激にもなるだろう。

 審査が終わって皆で京樽の寿司弁当や果物や菓子などを頂きながら歓談しお開きとした。会の皆から審査のお礼を男とその高段者の方に贈られた。また男にはお歳暮を贈られた。皆の気持ちが嬉しい。男からは今日皆に来年のテキストなどを贈った。また次週は近くの店で忘年会を行うので、上等なワインなどを持て行き皆に味わってもらおうと思う。

 その店のママはあるレコード会社専属の吟詠家であり、ある詩吟の会の連盟の理事もしていた方であるが、今年が最後でその店を閉じることになったそうである。店の看板は「お惣菜の店」である。今回はカラオケも込で特別安い料金でサービスしてくれるという。男は流行歌に親しんでいないので流行りの歌を知らない。今年が最後というのであるから、せめて1曲ぐらい歌えるように練習しておこうと思う。

 光陰矢のごとし、歳月人を待たずである。10年前この会を始めたとき男は62歳だった。あのころは男も声にまだ張りがあった。艶もあった。良寛の『無心』をブログ「吟詠」に出しているが、自分の声が気に入らず何度も入れ替えている。

2009年12月10日木曜日

老楽は唯至善を行うにあり(20091210)

 題名の言葉は、西行(俗名:佐藤義清(さとう のりきよ、憲清、則清、範清とも書く。)1118 - 1190年、平安末期から鎌倉初期にかけての武士・僧侶・歌人。)が遺した詩の一節である。西行は生前;

  ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ (山家集)
という歌を作っており、その歌のとおり陰暦の2月である如月(きさらぎ)の満月に近い日(陰暦216日)、釈尊涅槃の日に73歳で没したといわれている。ちなみに陰暦で月齢14日を小望月(にもちづき)と言う。

 西行の『至善』という作詩は以下の訓読のとおりである。このブログの831日の記事「至善(20090831)」に書いているが再掲する。

 晴れに非ず 雨に非ず 睡蓮の天
  山に非ず 林に非ず 在家の仙
  一日を一生として 興究(きょうきわま)りなし
  老楽は唯至善を行うにあり

 この詩の意味を、男は以下のとおり解釈した。もともとこの詩には解釈が付されているわけではないので、男は自分の仏教に対する考え方に基づき解釈しているものである。従って今後解釈を改めるかもしれない。この詩は男が主宰している詩吟の会のテキストの来年月の吟題である。男は近いうちブログ『吟詠』にこの詩の吟詠をアップロードする。

  池の睡蓮は天候に関係なく時期がくれば咲いている。
自分は山中に住む仙人でもなく、林の中に庵を構えている僧でもなく、
在家の身でありながら不老不死の術を心得ている仙人のようである。
(明日白骨になるかもしれないわが身は生老病死の四苦から
        絶対に逃れる  ことはできず、怨みや憎みに会う苦、愛する人と
        別離する苦、求める  ことが
得られない苦、要するに生きている
        間中苦から逃れることはできず、逃れようとして求める一時的
        快楽も結局は苦を作る身である。)
そのように達観すれば、一日が一生のように今この時生きている自分の日々は、面白おかしいことばかりである。
  従って、老人の楽しみは、唯一つ、自分が最も善いと信じることを行うこと
    であり、自分はその楽しみの中にあるのである。

 男は久しぶり声を出してこの詩を吟じ、録音し、再生して自分の吟を聴いてみた。全身に精気が漲っていないせいか、年のせいか自分の声にかつてのような‘張り’‘艶’がない。しかし「至善を行う」ことに越したことはないと思う。声を出して詠うことは精気を漲らせるよい方法なので、男は日中の時間を決めて毎日詠うことにした。



2009年11月29日日曜日

詩吟サークル(20091129)

 男は10年前東京都内のある区のセンターで「詩吟を楽しむ会」という詩吟サークルを立ち上げ、現在もそのサークル活動を続けている。立ち上げのとき参加してくれた方々は今も辞めずにそのサークルで活動を続けてくれている。活動は毎月2回、第2、第4土曜日の夜行っていて、その地域の活動団体として区に登録されている。公共の施設を利用するのでサークルのメンバーは5人以上であること、さらにその区の住民が半数以上その中にいなければならないという制約がある。地域活動といっても対外的な活動を行っているわけではない。区の住民の相互交流による地域のコミュニティの形成に寄与する活動が求められている。しかし過去に数回、区内のあるデイサービス施設を訪問したことはある。

 この詩吟サークルについて5年前、区の広報で案内したことがある。その時その広報を見て参加してくれた年配の男性が今も一緒に活動を続けている。その後広報はしていなかったが一月前たまたま区のセンターにきた婦人が掲示板に書かれているこの詩吟サークルの存在を知り、メンバーに加わってくれた。このことがあって男は今後一層力を入れようと思うようになった。

 区のセンターでは登録されている諸団体の活動の状況を広報するため毎年10月に発表会を行っているが、男はその発表会に「詩吟を楽しむ会」として来年から参加することにし、メンバーの皆に諮った。菊池寛の『恩讐の彼方に』を題材とした漢詩『青の洞門』をテーマにして朗読と吟詠と、できれば踊りも入れた構成で10名以上のメンバー全員が参加する発表会にしようと考えている。皆この提案に乗り気である。

 男が主宰するこの「詩吟を楽しむ会」では、吟詠の実力を評価して「認定証」を発行することにしている。この認定証は流統・会派として運営されている一般の組織で発行されている「許証」のようなものである。この認定のための審査のため一定の基準を定め、審査会には男の友人に来て頂いて第三者として吟詠力を評価してもらうようにしている。去年は10名ほどのメンバー全員それぞれのレベルに挑戦して認定証が付与された。

 認定証には男とその友人がそれぞれ押印する。「許す」という大仰なものではなくA4判のちょっと厚めの紙切れ一枚に男がパソコンで作った「○○を認定します」と印刷したものに男と第三者として評価してくれる友人が自分の印を押すだけのものである。一般に稽古事で何某かの伝位を貰うとき儀式を行い、伝位に応じて予め決められているお金を払い、立派な証状を貰って一層有難味が増すようになっている。しかし「詩吟を楽しむ会」では自分の実力に応じて認定されるだけである。費用は用紙代など実費程度しかかからない。

 一派に稽古事において流派ごと「許す」と言って与えられる「許証」に「皆伝師範」とか「準師範」とかいう伝位が記載されている立派な証状を貰うと、それ見る人をして「ほう!」と感心されるだろう。しかし柔道や剣道などの武術の証状と違って、詩吟において「師範」と書かれていても人に必ずしも教える実力があるわけではないのが実情である。その点男が主宰している会では実力がなければ「準師範」や「師範」の資格は与えられない。男が主宰している「詩吟を楽しむ会」では、デイサービスや老人会などで詩吟を披露するとき自ら楽器を奏でて詠うことが出来なければそれらの資格は与えられないのである。

 男は「詩吟を楽しむ会」として来年初めて参加する発表会に向けた練習、そしてその発表を行うことにより、メンバーの実力が一層向上することを期待している。

2009年8月11日火曜日

ハンディな録音機(20090811)

男はオーディオのファイル変換について苦労していた。というのは、男は吟詠のブログを出しているのでるがせっかく録音したものを聴いてみるとプルルというような余計な雑音が混じっていたからである。ファイル形式はMP3である。録音機はS社製の旧式のものであるが、AM/FMラジオ録音ができてパソコン接続対応の機械である。これは男が女房にプレゼントしたものである。女房が放送大学で勉強する時、145分の講義を15回まで、タイマー録音ができる優れものである。ただし録音操作は男が手伝ってやっていたが・・・。
男はこれを吟詠の録音に使いブログに載せていた。男はMP3という形式がどういうものか知らないまま録音したものをブログに載せるとプレイヤーのサムネイルが表示されて、そのサムネイルの再生ボタンをクリックすると音が流れる。雑音混入だけが問題であった。録音する時マイクの位置を変えてみたり、反射音がはいらないようにいろいろやってみたり、マイクを変えてみたりしたが、音質の悪さは改善できなかった。
別の録音機に変えてみようと思い新横浜駅ビルに入っている家電量販店のアーディコーナーに立ち寄って店員に「圧縮雑音が出ないものが欲しい。」などといろいろ技術的なことを聞いた。その店員は「SP社製のように知られていませんがこの録音機が一番良いですよ。私は小説を書いていますが、その作業の時これを使っています。」と言う。誠実そうな好感のもてる好青年である。男はその店員が勧めてくれたものを買うことにした。すると女房が「私が買ってあなたにプレゼントする」と言って代金を支払ってくれた。
家に帰って早速その録音機を試した。再選音も非常に明瞭でプルルというような雑音は入らない。録音機能も優れている。ところが出力形式がWMAというもので、録音したものをブログに載せると今まで入っていたサムネイルが表示されない。MP3という拡張子でないと駄目らしい。インターネットでいろいろ調べてみるとMP3に比べWMA形式には良いところがあまりないらしい。調べてみるとWMAからMP3に変換する方法がいろいろあり、インターネットで入手できるソフトを使うのが最も良いことが分かった。
店員のアドバイスで無料ソフトでできるらしいことが分かったので、インターネットで探してみた。オーディオコンバーターというソフトをダウンロードして使ってみたら店員の言う通り非常に簡単にWMAからMP3に変換することができた。ところが再生してみると一定間隔で女性のある言葉が入る。そのソフトは英国で作られたもので、使用権を得ないとその言葉が消えないようになっていた。結局、そのソフト会社のソフト全てを無料で使用することができる権利を得るため、インターネットで6000円近くの料金を支払った。これは安い買い物であったと思う。男は今後映像も含むマルチメディアを自由自在に使いこなす能力を身につけることができるようになったのだ。女房に「やっと出来たよ!」と言ったら、「そう? 良かったね。」と喜んでくれた。
これからは男のブログに変な雑音が混じらない奇麗な吟詠の音声を載せることができる。下手な吟詠ではあるが・・・。