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2011年12月26日月曜日

福島原発で働いているある技術者の肉声(20111226)

これは、福島原発で働いているある技術者の肉声である。でいるだけ多くの方々に福島原発事故発生以来、現場で人知れず奮闘している方々の苦悩を是非分かち合って欲しいと思うから、ご本人のご了解を得て、名前を伏せてここに載せさせて頂くものである。

 “彼処には毎日二千〜三千名の方々が作業をしています。私なんか数日間のその中の一人に過ぎません。長期間連続には居られないのです。”

 “敷地内で最も線量が低いと思われる、ヘパフィルター換気された免震棟内でも20μSv/h程度は有ると思います。1時間の値ですから9ヶ月で129600μSv/h130mSv/h

吉田)所長さんがそこだけに居たとは考えられませんので、その数倍以上の被ばくをされておられるかと思います。明らかに白血球減少等が現れる数値です。内部被ばくも考慮すればどの位の値か想像するしかないです。半減期45億年のウラン138などが飛び散ってる状況では簡単に処理できる訳が無く、工程表の30年が実現するかは不明です。そんな方々のエンドレスな努力が続いている事を知っていただきたいと思います。

“放射線で飯食って30年以上、あの日の夕方、メルトダウンは避けられないと確信しました。600km離れて住んでいますが、家族をどう逃がそうか真剣に考えた。核分裂現象を少し勉強した者なら、どんな方法でも冷やす以外に方法が無い事くらいは解ります。

海水注入を躊躇したのは再使用の欲が東電にも政府にもあったからです。来月に再度、福島第一へ支援に行きます。数百mSv/h超の世界。何十Bqで心配されてる方々には理解不能な場所です。多分生きてる限り何十年かは毎年何回か行く事になると思います。

日本にはそう沢山は放射線作業従事者は居ませんから我々で何とかするしかない。致命的な事故が起き収束には程遠い現状で責任逃れなどしている暇は無いです。日本を終わらせる訳にはいきませんから。

 “国民が被災地や被災されて喰うに困ってる状況を想像し続けてくれるだけでも大きな力になると思います。今日もようやく復興した石巻の逸品「白謙蒲鉾」で一杯飲んでとっても幸せです。インフラは回復しています。温泉へ行くも良し、美味い物食って来るも良し、物見遊山で結構。行けば支援になりますよ。

自衛隊はじめ自治体の努力でかなり瓦礫は片付けましたが、その目で被災地の状況を一目見に行く事が最重要だと思います。テレビで見てもけして本質は判らない。4月に行った時はご遺体の検死作業を支援しました。爺ちゃん、婆ちゃんと乳飲み子ばかり。自衛隊の皆さんが大事に助け出した後の処理。警察もボランティアの我々も誰かがやらなければならない事を淡々とやったのみです。これが日本人の凄さだと実感いたしました。日本人しか出来ないと思います。また日本人なら必ず出来るとも思いました。

 “あくまで私如きの宣伝ではありません。今も日本の明日を背負って、損得抜き、私事を捨て頑張っている皆さんを忘れずに応援していただきたいと願うばかりです。宜しくお願いいたします。私達の業界は年寄り総動員です。他の職種の方々も同じ思いです。

 上記原子力発電関係技術者の肉声を聞いて男は涙が出た。感動した。だからご本人に断ってここにその一部を掲載するものである。

2011年12月24日土曜日

福島原発事故の検証 (20111224)

 日本テレビで『1000年後に残したい映像2011 原発が吹っ飛んだ! 怒号と絶望の総理官邸「撤退はあり得ない」 誰も知らない決断の裏 総理が語る緊迫の真実 実録ドラマ再現』という長いタイトルの放送があった。

 先ず、この映像は何を狙っているか? 男は「これは官邸の機密費が使われたな、日本テレビのある誰か官邸の息のかかった者に仲介させてこのような映像が作られたのだな」と思った。タイトルから明らかなのは、福島原発の燃料棒メルトダウン後のことが語られているということである。これを見た国民の多くは、「菅さん以下閣僚は一生懸命に精一杯努力したのだな、大変だったな」と、当時の政府の対処について理解を示すに違いない。それがこの番組制作の意図だろうと男は思った。

 問題は爆発事故発生以前の菅首相以下政府の対応である。この映像では福島原発の水素爆発に至る直前から後のことが語られているが、それ以前までのことが最も重要ではないのか?つまり初動対処である。初動対処が上手く行けば事故は未然に防げたはずである。この映像を見た国民は、日本人の国民性にもよるのだろうが、「菅さんは大変だったね」という同情はするだろうが、事故を未然に防ぐための冷徹な分析には深い関心を示さない。そこがこの番組の狙いであったと男は思う。

 国会に原発事故調査委員会が設置され、調査が行われているようであるが、調査に携わる方々は、「初動はどうあるべきだったか」という視点で、当事者のみならず原子力関係者は勿論のこと、識見のある自衛官や自衛官OB、アメリカやヨーロッパの原子力専門家などにも意見を求めるべきである。特に軍関係者や欧米人は普通の日本人とは別の見方・考え方ができると思う。彼らの知恵を借りるべきである。「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法」という法律が去る107日に法律第112号として制定されているが、これには上記のような視点での調査について何も触れていない。

この法律には事故の防止について提言をさせると書かれている。男は思考パターンが違う人たちの意見も聞いて立派な提言をまとめて欲しいと思う。原子力発電を所掌する行政組織のあり方や万一事故発生後の被害局限についての提言は勿論重要であるが、この法律の文言に「初動対処」の言葉が見えないのは気になる。これも日本人の国民性によるものかもしれない。困ったものである、これも今の日本が軍隊というものを保有していないため軍関係者の考え方が政府の意識に反映されないからだろう、と男は嘆いている。


2011年8月16日火曜日

福島第一原発事故を考える(続き) (20110816)

  731日の日曜討論を聞いていて思った。福島第一原発の放射能汚染事故発生の原因は幾層にもある。その最下層の一つ上に勿論未曾有の大津波による電源の喪失、給電配線・原子炉等燃料冷却システムの破損等がある。最下層は、この未曾有の事態も想定した原発設計思想の欠落がある。このことは事故調査・検証委員会で当然考えているだろう。

  最下層から三段上の層に、原発と言うモンスターのようなシステムを制御する上での関係者の気の緩みがある。定期点検を怠ったり、不具合を放置したり、「ま、大丈夫だろう」という慢心があったり、過去の世界原発事故の対処から真摯に学ぶという態度の欠如があったり、菅首相自ら原子炉事故対処訓練を軽視していたりで、総じて「危機管理」に対する国を挙げた取り組みに欠けていたことがある。故に、この事故は人災である。

   その上の層に、特に戦後初期生まれの世代に属する菅首相はじめ日本の多くの指導層の国家意識の欠如がある。年寄りたちは「戦前の日本は悪いことをした」「日本は侵略国家であった」という間違った観念を植え付けられていて、無意識的にその観念に基づき物事を判断していることに自ら気づいていない。そのためたとえば菅首相は「市民活動団体」を名乗る反日的団体に6250万円もの寄付をしたり、在日外国人から寄付を受けたりし、国旗国歌法案に反対し、国会で「国歌はもっと別なものが良い」と堂々発言したりする。

   私自身直接耳にするが、そのような世代の人たちの中には、今回の大震災で意識を変えたかもしれないが、「自衛隊が嫌いだった」と言う人が多いようである。そういう感覚であるから、「百年兵を養うはただ一日の戦に備えるため」という考えはないし、「軍事は外交の手段」ということを理解できないし、まして「軍は国の背骨である」という認識はない。甚だしいことは、「軍は常に有事に備え、平素から与えられた資源を使い可能な限りの準備をしているものだ」ということを全く理解していない。スリーマイル島原発事故のとき、時の大統領ジミー・カーターが執ったような措置を、菅首相は執ることができなかった。

   菅首相は原発事故対処について在日米軍が核爆発に備えた能力を持っていたことを知らなかったから、福島原発原子炉メルトダウンやガス爆発が起きる危険が迫っていた時、在日米軍の能力を利用する発想をもつことが全くできなかった。しかし、これは菅首相だけを責めるべきことではない。彼のリーダーとしての資質のことは別にして、国民多くの意識が「武」を忌み嫌うものであった(または‘ある’)から仕方がないことである。

  そういう状況である中、東日本を中心に日本の大部分に放射能汚染の危険が迫ろうとしたとき、自衛隊はその現場に居た。原子炉冷却のため真っ先に行動したのは自衛隊であった。しかも全国各地から駆けつけた各飛行基地の消防小隊の隊員たちが身の危険も顧みず放射線量が非常に高く危険な現場で放水活動をした。14日午前11時路、3号機爆発より原子炉への給水活動をしようとしていた自衛隊員と東電社員が負傷した。現場で作業していた自衛隊員たちは主に下士官・兵たちで、自ら志願し駆けつけた人たちであった。前掲『東京電力の大罪』に作家・麻生 氏が寄せている感動的な記事中に、この部分がある。

2011年8月15日月曜日

福島第一原発事故を考える(続き) (20110815)

 利己心は「自存」力から生じる。特攻など自己犠牲が美徳とされた時代から、戦後は自分を大切にすることを美徳とする時代に変わった。自己犠牲を名誉に思う「武士道」精神は否定され、人々は私利私欲の行動に対して一応非難はするが、我身を顧みてそのような行動に対して寛容になったように思う。

  “「米国が考えている対処法はただ一つ。軍隊による原発の封鎖です」”これは前掲唐川伸幸氏(FEMA外郭団体IAEM『国際危機管理者協会危機管理官』)の言葉にある。

  “DARTは三沢だけでなく、横田基地にも配備されている。米政府は日本の首相官邸に「要請があれば、いつでも支援する」と伝えている。ところが首相官邸からは一向に具体的な要請がなかったのだ。唐川氏が続ける。「DARTの七十人は原子力災害に対応する訓練と教育を受けています。万が一のために家族への手厚い補償も約束されている。彼らは要請がなかったため出動できず、水素爆発を防ぐことができなかった。

  次にできることは、現場に突入して、内部の被害状況を調査し、米国で待機している第二陣とともに作業を立てることです。

  放射性物質流出を防ぐ手法はいろいろあります。ヘリコプターを使って、上から天井付きのフレームを降ろし、コンクリートで外壁をつくる。あるいはコンクリートや鉛を投下する。温室のようにコンクリートのシールドで原発をすっぽり包み、その後にトンネルを掘って内部処理をする。外部電力、クーリング装置をはじめ、そうした設備が一式あり、作業もすぐにできます」”

  “菅首相は、その電話で(佐賀大学元学長で五号機の腹水器の設計者)上原氏に次から次へと疑問を投げかけたのだという。菅首相は『きちっとしたことがわからないと判断できない』と言い訳したようですが、この切迫した状況下、総理は大局的な判断をすることが大事で、技術的な細かい点は、専門家に任せればいい。一体何をやっているんだ、と周囲も首を傾げていました」(別の首相官邸関係者)”

  『きちっとしたことがわからないと判断できない』という気持ちは、菅首相の「自存」力から出た言葉である。「自分が最も大切」なのであって、国家や国民のことを考えてはいないように、外からは感じられる。「最後に俺が責任を負う、あらんかぎりの智慧を集め、精一杯のことをやってくれ、人材・資金等精一杯応援はする、細かいことはいいから適宜要点や俺への要求を話してくれ、頼んだぞ」と言われれば、部下は命を懸けて頑張るだろう。それを、「俺が原子力の専門家だ、俺が理解できないことはやってもらっては困る」と言われれば、誰も自分の「自存」のため自ら命を懸けてまで働こうとは思わないだろう。

  昔人民は「宰相」を選挙で選ぶことは出来なかった。今の日本は「宰相」になった人を「官邸」から追い出す制度はない。「不信任決議」が為されても本人が居座る気であれば、国がどんなに不利益をこうむっても「解任」できない。それは国の「自存」を危うくする。

2011年8月14日日曜日

福島第一原発事故を考える(続き) (20110814)
 野生動物でも自分の身に危険が迫っていることを察知すると、より安全な方向に逃げる。これは野生動物に自ずと備わっている「自存」力によるものである。人間でも同じように自分の身を守るための行動をする。行動の方向は「情報」によって選択される。
 生物なのか非生物なのかはっきりしないウイルスでさえ、「自存」のため一定の行動をしていると思われる。ウイルスは増殖できる環境に入り込むと途端に増殖を始める。それまではじっとしている。何がそうさせるのか?それは生物化学の分野の研究対象であろう。人も動物も「情報」を察知したら、自分が「快感」を得られる方向に行動する。逆に「不快」になる方向からは逃げる。何が「快」で何が「不快」なのかの選択は究極的に細胞の分子レベルで行われる。これは化学の世界で行われていることである。
 危険な作業を外国人労働者を雇って行ったり、必要な点検作業を会社の利潤追求、ひいては役員の報酬・従業員の処遇等のためおろそかにしたり、人命を最優先するため必要な原子炉の冷却よりも、廃炉による損失を重要視した東電役員の姿勢も、みな、それぞれの「自存」の行動であった。しかしそこに間違った「自存」力が働いている。それは、「他人のことはどうでもよい、自分さえよければそれでよい」という利己心である。
 そのような利己心に気付こうとしないから、原発周辺の住民に対する「情報」の提供が全く不十分であった。動物なら自ら察知する「情報」が、住民に対してはコントロールされたものになっていた。そればかりではない。政府は「住民の混乱を避けるため」であったとされるが、間違った「情報」を住民に提供した。そこに菅首相はじめ枝野官房長官ら政府高官の利己的な「自存」力が働いていなかったか?つまり「政権を守る」とか「この際政権浮揚に利用しよう」とかいった思惑は全く無かったか?原発事故調査・検証委員会は、そういった人間の心理状況まで踏み込んだ調査を行い、全国民の前に明らかにし、将来の教訓として考査結果を活かすようにして貰いたいと思う。前述の本に;
 “福島県の楢葉町役場では十二日の朝から「南に向かって下さい」と防災無線でアナウンスし続けたが、七十代の女性はこう言う。「南に向かってくれと言われても、何のことか、わからんのさ。じいちゃんは足が悪くて、脳梗塞を患っているし、私ら年寄りにはよくわからん。・・(後略)・・」”
 “原発より北側では、「北に避難して下さい」との指示が流れた地域もある。避難所の住民に話を聞くと「役場に聞いても『全然分からないんです』というばかり」という。”
 “「米政府は軍事衛星の角度を福島原発に向けて、リモートセンシング(観測)し始め、また無人偵察機で上空高硬度から撮影も始めました。その結果、原発内は予想以上に悲惨案状態だと認識したのです」(米FEMA「連邦緊急事態管理庁」外郭団体管理官唐川氏)”
 “「一号機の水素爆発が起こる前、米政府は青森県三沢基地にDARTと呼ばれる七十人の部隊の配備を命じています。・(中略)・二十人の科学者と五十人の実働部隊で構成され、・(中略)・急速冷却装置などを使って水素爆発を止める用意をしていました。・(後略)・」”

2011年8月13日土曜日

福島第一原発事故を考える (20110813)

 書店に立ち寄ったら目に止まったのが週刊文春臨時増刊号「東京電力の大罪」である。表紙の下部に“週刊文春」取材スタッフが総力で暴いた”“「黒い独占企業」東京電力の正体”とサブタイトルが書かれており、「完全保存版」という赤字の表示がある。

 私はしばらくこの本を立ち読みしていたが、後世のためにやはり買っておくことにした。今この本を私の哲学的思索のテーマである「自存」の観点で読みながら、目に止まった幾つかの記事をここに引用メモしておく。私はこの本を斜め読みするうちに、この本で明らかにされていることは、今後事故調査委員会でもチェックポイントになると思った。

  “「三号機か四号機のどちらかでプールから水が外に出たと聞きました。プールの水は、原発の中でも特に線量が強くて危険なのです。だから、『ダイバー』と呼ばれるプール内での点検作業員は、みな外国人・・(以下略)」(Aさん)”

  “小誌は、事故当日に福島第一原発で作業していた男性から、重要な証言を得ている。「あの日、俺は四号機の仕事をしていた。地震で逃げ出すとき、歩きながら一号機を見たら、原子炉建屋の壁にヒビが入っていた。見上げてよく見ると、天井に近い側面の壁が崩れ落ちていたんだ。四十年も使って寿命だったんだよ。水素爆発ではなく、地震で既に壊れていたんだ。」”

   “今年、実は東電は保守点検を実施していないとして、経済産業省の原子力安全・保安院より行政処分を受けていたのだ。まず、今回爆発した福島原発の一号機は、三十三の機器が点検を怠っていた。最長で十一年も点検をしていない機器もあったという。”

  “一方、東京・内幸町の東電本社には役員たちが集まり、ある議論が始まっていた。一刻も早い冷却のために当然考えなければならない海水の注入。しかし、「純水、淡水の注入で何とかならないか」という声が湧きあがったのだ。”
  “前出の東電関係者が話す。「正直、海水を注入するなど頭にはなかった。水素爆発も予想していませんでした。・・(後略)・・」”

  “当初、東電と保安院は、首相官邸に「問題はありません」と報告、しかし、「官邸で斑目春樹・原子力安全委員長が『水素爆発の可能性はあるけれど、問題はありません』と説明したのです。菅首相は『爆発があったら、まずいじゃないか』と怒り出した。”

  “案の定、翌日、一号機が爆発するのですが、その前に東電として逡巡があった。「原子炉格納容器の圧力弁を開けて圧力を下げること(ベント)を考えましたが、弁を開けると放射性物質が漏れる可能性がある。」(同前)”

  “迷っている間に、放射性物質漏れも爆発も起きて、作業が一層困難になった。すべてが裏目に出たのだ。”

  “爆発したのは、正確には午後三時三十六分。ところが――。(経産省の役人から渡された)メモを見た後に、菅首相は『放射能漏れはない』と断言している。・・(中略)・・(枝野長官が)爆発の内容を発表したのも、一報から二時間後。これは情報コントロール・・”