2017年3月1日水曜日

20170301『仏説阿弥陀経』について(11)


「五濁悪世」は現に生きている人間が創っている。一人の人間でも、夫婦でも、複数の人間の群れでも、団体でも、武装組織でもマフィア・暴力団でも、独裁者の国家でも、一党支配の国家でも、自由と民主主義の国家でも、皆「五濁悪世」を創る。人間は「人間」の仮面をかぶった動物以外の何者でもない。人間は自分が「動物」ではなく「人間」であると思いたがっているから、自分自身が「五濁悪世」を創っていることをなかなか自覚したがらない。

 理想主義者・博愛主義者が夢見ることは、国境が無く、世界の人々が自由に行き来して自分が住みたい土地に自由に移り住むことができるような世界の実現であろう。一方、動物たちは食べること・交配して種を残すこと・生存することだけを欲求して「自存の行動」をしている。人間は自分が「動物」ではなく「人間」であると思いたがっているが、人間も「動物」の一種であることに間違いはない。そういう「人間」が作っている国家は「動物」と同じように「自存の行動」をする。わが国の近隣にそういう国家が存在している。一部の理想主義者・博愛主義者たちはそのことからできるだけ目を背けようとする。なぜなら彼らは「自分は人間であって動物ではない」と思いたがっているからである。

 「五濁悪世」は「人間」の面をした「動物」が創っている。この世から「五濁悪世」は絶対無くならない。しかし、真理に触れる機会が多い人・②善良な人・③美しい物事に感動する機会が多い人や、そのような「人間」の集団は「五濁悪世」をなるべく減らすようにすることできる。仏教やキリスト教など普遍宗教を信仰している人や「人間」の集団は「五濁悪世」をなるべく減らすようにすることでき、現に「五濁悪世」からなるべく離れた世界に住んでいる。しかし一方で、人々に自分の霊感を信じ込ませ、現世や来世での幸せを信じ込ませる宗教が蔓延っている。わが日本ではそういう宗教も公益的な宗教法人として扱われている。それは憲法で「信教の自由」が保障されているからである。

 一部のリベラリスト・グローバリスト・これらに同感するジャーナリストやメディア・政治家・官僚が着目したがらないことは、次の七つのキーワードの中にある。
 ①国家は一つの生物である。
 ②最大多数の人々の最大幸福を目指すことが最善である。
 ③自由は規律と裏腹であり、両者は同等の重さがある。
 ④権利は義務と裏腹であり、両者は同等の重さがある。
 ⑤軍隊は国家の背骨である。
 ⑥人々の最大の関心事は自分及び自分の家族の安全・安心・繁栄である。
 ⑦最大多数の人々の最大幸福は上記⑥の関心事が確保されることである。

 移民の増加・永住権を得た特定の外国人の増加は社会に活力を生むと同時に、社会の不安定を招くだろう。カジノ・ホテル・商業施設などの統合型リゾート(IR)を造ることは社会に富をもたらすとともに、犯罪も増えるだろう。海外からの投資を自由にさせれば、経済が発展するが、一方で国家の防衛上重要な施設や機能が危険に晒されることになるだろう。そういうことが起きないようにするため、必然的に厳しい取り締まりが必要になる。しかし日本人は往々にして重大な事件が起きるまで呑気に構えている傾向がある。潜んでいる問題を発掘し、事前に対策を講じることは危機管理の要諦であるが、そのことについて声を大にして言う人は少ない。家庭・学校・社会・企業・行政機関等で問題解決のための教育・訓練は熱心に行われるが、潜んでいる問題を発掘し、事前に対策を講じるための訓練については無関心に近いのではないだろうか?

感情・知識・文化の三つは「問題の存在」に気付かない原因となり、問題の発見が遅れる原因ともなる。自虐史観に囚われている人・軍隊に対するアレルギーがある人・国家観が欠如している人・自由だけを希う人・権利だけを主張する人・自分だけが良ければよいと思っている人などは、「問題の存在」に気付かないか、「問題の存在」に気付こうとしない人たちである。テレビや新聞に出る一部のリベラリスト・グローバリスト・これらに同感するジャーナリストやメディア・政治家・官僚の中に、そういう人たちが居ないかどうか?

南京事件・竹島問題・日本海の呼称などについて、公立学校で子供たちに嘘を教え込んでいる国々がある。日本政府はそのことについて事を荒立てないようにしている。しかしそれらの国々が公立学校で反日教育のため嘘を教えていることについて、ある私立幼稚園の経営者が園児たちに「嘘を教えないで下さい。お願いします。」と言わせていることや、五か条の御誓文・教育勅語を教えていることについて、それは「行き過ぎだ」と非難する人たちがいる。これも、御誓文の内容や教育勅語の内容について知らない人、或いは感情的にこれらに反発している人たちが「問題の存在」に気付いていない現象である。これも「五濁悪世」の現象の一つである。

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  20170202『仏説阿弥陀経』について(9)