2016年11月27日日曜日

20161127年寄りは引き込んで阿弥陀仏のことを語った方が良さそうである。


三橋貴明氏の話を聞いてなるほどと思った。

ドイツは物を作りEU域内の国々はそれを買う。ドイツの貿易収支は黒字、一方のEU域内のある国々は赤字となる。

その国々は貿易赤字を解消するため努力する。つまりドイツの物がEU域内で売れ行きが悪くなる。するとドイツはロシアとか中国とかEU域外の国に物を売り、EU通貨の対ドル為替差(ユーロ安)で利益を上げる。EU域内は日本の国内とは違い、EU域内個々の国々の経済格差をEU全体で調整することは出来ない。EUはかつて幕藩体制の日の本の国のようである。

ドイツはEU域内での貿易収支を黒字にするだけではなく、EU域外の区の間でもEU通貨安(ユーロ安)で利益を得て国の富を益々蓄積している、EU域内で富を蓄積している国と、益々疲弊しつある国とが出て来る、その代表はギリシャやスペインというわけである。

三橋氏は大阪のテレビでグローバル化推進派の竹中平蔵氏と議論したとき、竹中氏は「TPPは自由貿易である」とか言った由。海外に進出した企業の中では、そのあおりを食う日本国内の労働者や技術者(下請けの中小・零細企業のひとたち)が出る一方で、ますます所得を増やす人たちも出るであろう。

企業活動は資本の論理で動く。将来、一握りの資本家が農協や「ゆうちょ」とかの金融を牛耳ることにならないか、組織内に入り込んだ外国人・元外国籍の幹部がNHKやその他のテレビ報道機関を牛耳ることにならないか、外国資本が特定の地域の土地を買い占めることにならないか。現実に様々な状況が懸念されている。

「問題が起きてしまってからでは遅い」と年寄りがいろいろ心配しても、若い世代の人たちが問題意識を持って行動を起こしてくれないと状況は変わらない。政府・与党は労働移民を認める決定を下したが、このことにより将来起きるかもしれない問題について十分予防措置を取っておくべきであるが、彼らにそのような問題意識は無さそうである。

正論を語る人たちはメディアを敵視し、メディアもその人たちを敵視する。左翼・リベラル派と言われる人たちは「国家よりも自由が大事」という固定観念に陥っている。勿論国家も自由も共に大事である。「国家よりも自由」と「自由」だけに重きを置くことに問題があるのである。

80の声を聞く年寄りは自ら体験し・実感している「阿弥陀仏」の有難さを説くことに精を出した方が精神衛生上良さそうである。


2016年11月21日月曜日

20161121プロパガンダ


 プロパガンダには次の三つのタイプがあることを知った。
 ① 恐怖プロパガンダ
 ② ルサンチマンプロパガンダ
 ③ 木を見せ、森を見せないプロパガンダ

 これは三橋貴明氏が提供している講座を受講して学び得た知識である。「一市井の無学な老人」としてふと思ったことは、わが日本の運営に関わっている政治家や官僚たちと雖も、プロパガンダについて確実な知識を持たずに物を言い、或いは行動している人たちが結構多いのではないだろうか、と言う事である。

 我々はテレビや新聞などによる報道で、「国の借金は一人当たり何百万円」とか、「国の財政破綻」という文言を散々聞かされてきた。ところが三橋氏によれば、「国の借金は‘政府の借金’」であり、「発行した国債は日本銀行が買い取る」ので、「円」を通貨としている我が日本においては「財政破綻はあり得ない」と言うのである。「国の借金」「国民一人当たり826万円の借金」「財政破綻」など、と言う文言は「恐怖プロパガンダ」である。これは明らかに国民の購買意欲を減じさせ、公共投資を鈍らせている。「デフレ」からの脱却は困難である。その責任は安倍総理と日本銀行の黒田総裁にある。

 一方「ルサンチマンプロパガンダ」とは三橋氏によれば、弱者が強者に対して抱く 憤りや怨恨、憎悪といった感情のことである。「ルサンチマンプロパガンダ」は国の財政を自分の家計に連想させ、「国にそんなに借金があるのであれば、お金を節約しなければならない」とか、「政治家を減らせ、歳費を減らせ、その分を低所得者の救済に回せ」などという心理を国民に起こさせる。「コンクリートから人へ」という旧民主党のプロパガンダ、「大企業・高所得者に重く課税し低所得者には減税せよ」「一票の格差は憲法違反である、比例代表制にせよ」など主張する日本共産党や社民党のプロパガンダなどはポピュリズムを煽り、結果的に国を破滅に導く。彼らは自分たちの勢力拡大のため、嘘を真実のように平気で吹聴する。

 三橋氏によれば「木を見せ、森を見せないプロパガンダ」とは、日本政府が発行した国債を「政府の子会社であるような」日本銀行が購入している状況は実は「国債の貨幣化」という状況であるのにも拘わらず、財務省は「財政ファイナンス」という言葉を使ってそのことを国民に知られないようにしているようなプロパガンダである。

かつて国土交通省が握っていた「道路特定財源」を財務省の管轄下に置くため、「国土交通省の職員が税金でマッ サージチェアを買っていた」という話を持ち出して「道路特定財源はけしからん」という結論に結び付けた事例が「木を見せ、森を見せないプロパガンダ」であるという。

様々なプロパガンダを創り出す人たちは「頭の良い高学歴な人たち」である。彼らは自分たちが主張したことが崩れると、「自分たちは間違っていなかった」ということを人々に印象付けるためにあらゆる論理を編み出す。メディアに携わる人たちは彼等、即ち世に自分が書いた書物を出している「先生」たちの言う事を有難がり、「先生」たちの間違った「見識」でも自分たちもその「先生」たちと同じレベルにあると思いたくて、メディアを通じて無知・無学(本当は決して無知・無学ではない)の市井の人たちに「上から目線」で吹聴する。

 今日わが日本における情報伝達の仕組みは非常に高度に進化しつつある。若い人たちの間ではSNSやフェイスブックなどによる情報交換が一層盛んになってきている。「上から目線」では一般国民の「空気」の重さに気付かないだろう。クリントンがトランプに敗れたのは、トランプが「上から目線」のマスメディアの人たちに「反トランプ」的言動を取らせ、一般国民の間に漂っている「重い空気」を自分に引きき寄せた戦略が功を奏した結果である。

 意識的・無意識的に様々なプロパガンダを拡散し続けるマスメディアに対抗するSNSやフェイスブックなどの仕組みは自然に進化してゆくに違いない。それは今後我が日本を更に強靭な国家として進化させるに違いない。但し政府はSNSやフェイスブックなどに最も正しい情報が流れるように、また一般国民の間でSNSやフェイスブックなどがさらに進化してゆくように導いて行くことが重要である。

それは「国家」が前面に出ることではなく、国民の「自由」が前面に出ることでなければならない。首相官邸・内閣府が今後どういう方向に情報を発信してゆくのか監視しなければならない。「国家」よりも「自由」を最重視しているのがリベラル派の人たちである。彼らは意識的にせよ無意識的にせよ「ルサンチマンプロパガンダ」を行う人たちである。例えば「戦争に巻き込まれる」という感情は共有されやすいが、「武力攻撃を抑え、武力攻撃から身を守るのは武力しかない」という現実を観たくないという感情がある。「国家」によって自分たちの「自由」は侵されたくない。そういう状況の中で国民を正しい方向に導いてゆくのは首相官邸・内閣府の役目である。


 

2016年10月30日日曜日

20161030国民に「夢と希望」を持たせよ!


 28年度自衛隊観閲式・観艦式の動画を左欄にリンク引用した。この度の観閲式には在日アメリカ陸軍と海兵隊が参加した。また観艦式には韓国海軍が参加した。

さて、小池百合子東京都知事が「希望の塾」と命名した政治家養成のための塾を開いた。受講の応募者は4000名を超え、その中から2900人が塾生になったとのことである。

私が見たところではNHKを含む大手メディアでは取り上げたところは無かったようであるが、彼女はその塾の基調講演で次のように言っていた。「東京都や日本には何でもある。しかし希望が欠けている」と。塾生たちはその言葉をどう受け止めたことだろうか?

先日行われた東京10区と熊本県の衆議院議員補欠選挙では、いずれも彼女が応援した候補が当選した。これは自由民主党という政党が勝利したものではない。自由民主党は国民の空気を読み間違えている。国民の空気は地縁・血縁・街頭アンケートだけがすべてではない。インターネットを通じた無数・無名の人々の直感のようなものもその空気の大きな部分を占めている。そのことに自由民主党と言う政党は気付くべきである。さもないと次の国政選挙では失敗することだろう。

私はフェイスブックやツイッターやブログで、私が関心を持っている方々や組織の発言をモニターしている。山本一太衆議院議員はインターネットやメディアに精通していると言われている。自由民主党の議員諸侯は国民の間に漂う「空気」について、インターネット上に現れている「空気」に大いに関心を持つようすべきである。

さて「希望」についてである。今、日本国民は未来に「夢と希望」を持っているだろうか?私は「NO」であると思っている。国民の購買意欲を削いでいるのは政府が喧伝する「財政赤字」「赤字国債」「増税」「年金支給率」といった言葉である。どれも暗いイメージの言葉ばかりである。メディアは政府の尻馬に乗って国民を暗い気持ちにさせている。

国の財政について担当する官署では、税収と財政支出のバランスをとることに最も注力するのは当然である。税収を増やさなければ年々増え続ける医療・福祉のため予算を確保できない。そこで当該官署はあらゆる方法を考え出して税収を増やすことに腐心する。

 日本の通過は「円」であり、政府が発行した国債は日本銀行が買い取っている。EUでは自国の通貨はなくなり「ユーロ」が通貨となっている国々が多い。そういう国々では自国で国債を発行することはできない。一方、日本の通貨は「円」である。政府が発行した国債は、政府と一体的な日本銀行が買い取っている。これは「円」で発行した国債を、「円」という「貨幣」にしているようなもので、国債発行残高がある程度まで増えたとしても、財政破綻というようなことは起きないらしい。

財務省のホームページでは「財政赤字の問題点」として「財政赤字の拡大(公債発行の増加・債務残高の増大)」とあり、これが「財政赤字の拡大 (公債発行の増加・債務残高の増大)」「世代間の不公平」「民間部門の経済活力の低下」「財政への信認低下による金利上昇」を生じるとしている。

上記「財政への信認低下による金利上昇」に関しては、「政府財政への信認低下がさらに進めば、金利上昇に留まらず、政府の資金調達が困難となる」、と説明している。

果たしてそうなのだろうか? 財務省の別のページでは「金利の推移」と題するグラフが示されている。これには「公債残高」と・「利払費」・「金利」の推移が示されている。「公債残高」増え続けているが、「金利」は下がり続け、極めて低い水準にあってなお低下傾向にある。

市井の無学の一老人が直感的に思うことであるが、政府・自由民主党は国民に「夢と希望」を与えるため、国債残高をあまり気にせず次のことに注力して投資と構造改革に取り組むべきではないのだろうか? 

以下①〜⑦はそのアイデアである。これは官僚ではなく、政治家が前面に立って行うべきことである。政治家に、国民に「夢と希望」を与える能力・見識が無ければ、国民は不幸である。

①日本の労働人口は年々減少する。自由民主党はこれに対処するため労働移民の受け入れを画策しているが、それは将来必ず禍根を残すに違いない。そのような短絡的・愚かなことをするよりも、あらゆる業種・生業について生産性を上げるため積極的に投資すること。
②今のところ発電コストが高すぎて実用に程遠いが、核融合発電の実用化に向けて巨額な投資をしてこれに取り組むこと。
③バイオ・小規模水力・樹木廃材・風力・波力・太陽光など非核分裂反応エネルギー(再生可能エネルギー)の開発に巨額な投資をすること。
④例えばカルデラ大噴火などを含め、想定外の災害時に甚大な被害を受ける確率が大きい核分裂反応エネルギー(原子力発電)の安全運転に注力する一方で、この原子力発電の利用は時期を明示して将来ゼロにすること。
④全国にくまなく新幹線網・鉄道網・広帯域電気通信網を建設し、人・物・金・情報の行き来を更に活発化する公共投資を積極的に行うこと。
⑤将来人類が地球外惑星(当面、火星)に移住・生存できるような宇宙開発を含め、宇宙の利用のために巨額な投資を行うこと。
⑥目的・目標を示して海底資源の開発のために巨額な投資を行うこと。
⑦保育園から大学卒業までの教育費は、国公立の施設における費用と同等額全額を国家が負担すること。


2016年10月10日月曜日

20161010 日本人とは何者か・何処から来たのか・何処へ行くのか


 最近「ああそうなんだ!」と目覚めたことがあった。それは80歳に近いというこの齢になって、初めて三橋貴明氏の講座やブログに接することになったためである。私は元来取捨選択しながらも好奇心が強く新しいものが好きな性格であるから、「あの世」にかなり近い齢にもかかわらず、またこれまで何度も隠居・隠棲に憧れていたにも関わらず、「終わり良ければすべて良し」として、「日本の国を思う」志を貫徹して最後の線香花火のように燃え尽きたいと思うようになった。享年33歳の若さで、「起こしておくれ、仏壇から線香を取って来ておくれ、東を向けておくれ、お父さんを呼んできておくれ」と言って、私が父を呼びに行っている間に、皇居がある方角に向かって手を合わせて逝った母の言葉が、いつも私の脳裏にある。母は朝鮮で8年間、朝鮮の人たちの教育に携わっていた父を支えていた。

 さて、安倍政権は労働移民政策を考えているらしい。わが国のいわゆる「限界集落」は農業の担い手となる労働移民の受け入れにより、将来日本の中の外国のようになってしまうだろう。今のところ日本国内の企業が限界集落の解消のため役立つことをしているが、そのうちに外国の資本が食指を動かし、日本国内の様々な問題の解決のため自分たちが何かをすれば儲かることが分れば、大量の投資をし、利益の吸い上げにとりかかることだろう。

グローバリズムは人・物・金が国境の壁を取り払って自由自在に行き交うことを善とする経済的思想である。言うなれば、政道よりも経済優先の商道を優先させる思想である。外国資本といっても、その背後に莫大な資産を保有しているほんの一握りの超大金持ちがいることだろう。彼らには国家観はなく、世界中何処へでも暮らしやすいところに行って住み、働かずに利益を吸い取る。一般庶民の暮らしは彼等の動きに影響を受けることになる。

科学的社会主義を信奉する日本共産党はその点を突き、人々に自分たちの主張が正しいと訴えるだろうが、自由主義・民主主義の思想の観点からは、彼らの主張を絶対受け容れることはできない。勿論天皇への崇敬・男系皇統維持・自衛隊の国防軍化の観点からも。

日本人は今一度「自分たちは何者であり、何処から来て何処へ行くのか」自問する必要がある。社会に影響力のある学識者・言論者・ジャーナリスト・青少年の教育に携わる教師・政治家・官僚たちは、「そのことは分っている」と反発するかもしれないが、今一度謙虚になって自問して貰いたいものである。

日本人は基本的に縄文人を基層とする多人種の混血の人種である。しかもその縄文人は7万年前±1万3000年にヨーロッパ人と分岐した人種であり、日本列島に辿りついて北海道から沖縄までの日本列島だけに住みついた人種である。

 今から約1万年前(国際標準模式層断面及び地点(Global Boundary Stratotype Section and Point 略称GSSPによれば1万1,784年前)以降、8200年、5200、4200各B.P(年前)に気候変動が起きていた。これは文明の発祥・発展・衰退と深い関係がある。

 “中国文明の源流は黄河文明だと思われてきたが、じつはその1000年以上前に長江流域で文明が華開いていたのである。・・・(中略)・・・中国の雲南省から長江流域、そして西日本には多くの文明的共通点がある・・・(中略)・・・6300年前に誕生した長江文明は、4200年前に起こった機構の寒冷化によって大きな変節を迎える。北方で畑作牧畜を行っていた漢民族のルーツにつながる畑作牧畜民が南下し、長江中・下流域で長江文明を発展させた稲作漁労民は、雲南省や貴州省の山岳地へと追われることになった。・・・(中略)・・・畑作牧畜民に追われた長江流域の人々の一部は、ポートピープルとなって海に逃れ、台湾や日本へ到達した。・・・(中略)・・・とくに約3000年前の寒冷・乾燥化は厳しいもので、北方の民は大挙して長江流域に押し寄せた・・・(中略)・・・長江文明をつくりあげた稲作漁労民は、畑作牧畜民のように争いを好まなかった。・・・(中略)・・・多くの人々は、北方からやって来た人々と一緒に暮らしただろう。しかし、そうでない人々もいた。そうした人々が、しだいに雲南省や貴州省の山奥に移り住むことになった・・・(中略)・・・長江流域の民が向かったのは、中国の山奥ばかりではない。すでに指摘したように、海を渡り、台湾にも行っている。さらには日本列島にも渡り、日本の弥生式文化の成立に大きな影響を与えたと考えられる。・・・(中略)・・・倭人は苗族や台湾の生番族とも同じ文化を共有している。”

 上記括弧(“”)内は『古代日本のルーツ 長江文明の謎』(安田喜憲著、青春出版社)より引用したものである。この本には温帯ジャポニカ稲作文明が長江河口から直接鹿児島県さつま市笠沙町黒瀬海岸と朝鮮半島南部経由で九州へ伝搬した図(佐藤洋一郎『稲の日本史』角川書店による)が描かれている。

 縄文人はヨーロッパ系の人の祖先と近いが、北は北海道から南は沖縄までの日本列島だけにしか生き残っていなかったという世界で特異な人種である。縄文人と共通のミトコンドリアDNAハプロタイプでは、南方由来のM7aは沖縄と北海道のアイヌで多く分布し、朝鮮半島においてもこのタイプが少し見られる。縄文人のY染色体DNAハプロタイプD1b、C1a1は日本列島だけにしか存在していない。長江中・下流域に起源があると考えられるO1b2は日本人の間に多く分布しているが朝鮮人には少ししか分布していない。DNAから見れば日本人には中国人や韓国北朝鮮人には見られない特殊な部分がある人種である。

倭人は縄文人と長江流域から渡ってきた弥生人が混血した人種である。倭人は朝鮮南部に進出していた。倭人とは古墳時代人のことである。朝鮮南部には日本の古墳と同じ形の前方後円墳が存在している。中国吉林省に建っている広開土王碑には倭人が高句麗まで攻め上ったことが書かれている。神功皇后が新羅を攻めてこれを支配下に置くことができたのも、朝鮮南部に居た倭人たちの働きによるものであったに違いない。

日本語と似ている朝鮮語は、倭人たちがもたらしたものかもしれない。福沢諭吉は朝鮮の一般の人たちが読めるようにするため、諭吉が発行を推進した新聞の漢文の文字にはハングル語の‘ふりがな’を付けた。上述の古墳や広開土王碑に書かれていることやハングル語の‘ふりがな’のことは今の韓国内ではすべて否定されている。しかし史実は事実である。

 稲作は韓国からもたらされたものではなく、長江中・下流域⇒山東半島⇒朝鮮南部⇒九州のルートと長江河口から九州南部への直接ルートでポートピープルとして渡ってきた稲作漁労民がもたらしたものである。彼等渡来系弥生人たちは争いを好まなかった。一方“狩猟・漁労・採集生活で豊かな暮らしを行ってきた縄文人は、森を大切にし、循環再生を基本とする穏やかな社会”(引用は上掲)を作っていた。従い渡来系弥生人と縄文人はお互いに殺戮し合うことは無く、混血して古墳時代人となった。縄文人たちはいろいろなものづくりに長けていた。これらのことが今の日本人の物づくりや創造性発揮の原動力となっている。

 中国唐王朝初期にできた『隋書倭國傳』に「新羅・百済皆以倭爲大國多珍物、並敬仰之、恆通使往來(新羅・百済、皆倭を以て大國にして珍物多しと爲し、並びに之を敬仰し、恆に通使・往来す)」と書かれている。当時、朝鮮の新羅の国も百済の国も倭国(=日本)が大国であり、珍しい物が多い国として新羅・百済両国とも倭国(日本国)を敬い尊んでいたのである。

 後漢滅亡後も、白村江の敗戦後も非常に多数の漢族・韓族の人たちが日本にやって来た。そして混血し、日本の伝統や文化を継承する純粋の日本人になった。戦後は在日中国・韓国北朝鮮籍の人たちのみならず、ヨーロッパ系・東南アジア系・アフリカ系の人々との混血も増えている。その中からスポーツや芸能やなどで活躍する人たちが出現している。

日本人はDNA的には世界に類を見ない多人種の雑種である。戦後日本国籍を取得した韓国朝鮮系日本人は約35万人いる。一方日本に永住している中国人は約23万人いる。これは増加傾向にある。日本人になった韓国朝鮮系人も中国人も今後数世紀もしないうちに混血が進み、体の一部に縄文人のDNAを持つようになり、皆完全な日本人になることだろう。しかし労働移民など、将来に禍根を残すようなことは避けるべきであり、日本への帰化には一定の条件を付し、日本国民としての宣誓を行わせるべきである。グローバリズムの落し穴に十分気を付けるべきである。

日本民族は単一特殊な民族であるに違いない。日本人が普段使っている文字も漢字・ひらがな・カタカナ・ローマ字・英語と多様であり、同じ町の中に古い文化と共に新しい文化が併存し、暮らし方も多様である。それが日本の総合力を高め、また日本の進化の原動力にもなっている。日本人はこのことを先ず自覚し、それを自分の心の深奥に据えるならば、いかなる状況においても慌てず穏やかに対処し、もし身に危険が降りかかれば日本民族として団結してそれに対処してゆくことだろう。日本民族は過去にそのようにしてきたし、これからもそのようにして行くに違いない。

そういう民族性を恐れたのがアメリカであった。しかし空母機動艦隊を創設し運用した国は世界でアメリカと日本の二国だけである。今アメリカの力は弱まっているものの依然として超強大な軍事力を維持している。日本がアメリカをはじめ、ASEAN諸国やインドなどと軍事的な連携をすれば、環太平洋地域における平和と安全を維持できることは確かである。「軍事は外交の手段である」。志ある人たちには是非このことを念頭に置いていてもらいたいものである。


日本が独自のステルス戦闘機を開発し、試験飛行させたことについて今のところアメリカは文句を言ってきていないようである。TPPにおいても日本はアメリカと対等に利益を分け合う構図をつくることに成功する前までは、日本国内ではTPPに反対し、日本がアメリカから離れることを主張する論調も盛んであった。「真に強い侍同士はお互い相手を尊敬し合う」ものである。日本が強ければ強いアメリカも日本を尊敬するだろう。集団安全保障関連法を、「日本がアメリカのために戦争に巻き込まれる法律である」、と非論理的に情緒的に思う人たちが心配している。しかし自らの心の深奥に前述のことがしっかり据えられて居れば、そのような心配は全く無用である。

2016年9月19日月曜日

20160919最大多数の最大幸福を脅かすグローバリズム


 今日の三橋経済新聞(三橋貴明氏主宰)に『グローバリズムとの戦い』と題する記事が載っている。三橋氏は「英語を流ちょうに話し、国籍や国境を意識せず、金儲けが狙える国の企業に投資し、安全な日本国に居住し、日本国で居住することが危険になれば、より安全な国に逃避するような連中が一番恐れるのは民主主義である。彼らは国民を分断しようとしている」、というような趣旨のことを述べている。

私は彼の意見に賛成である。日本国内には上記のような国家観が欠如した利己主義の輩がごまんといるだろう。彼らの中には自由民主党の政治家もいることだろう。その政治家は表向き天皇を崇敬し愛国心に満ちたことを口にし、身体・精神・知的各種障害者への思いやりを口にし、母子家庭なで生活保護・奨学金などで細々と暮らしている経済的弱者への思いやりを口にしていることだろう。

 そのような偽善者を左翼の人たちは非難し、自分たちこそそういう弱者の味方である、と常にアッピールしている。日本では細かく幾つもの政党があるが、各政党はいろいろな考えの人たちの受け皿になっている。しかし最も危険な政治家は、表向き慈愛にみちていて実行力があるが、その裏で金儲けに励む連中である。そういう政治家たちが日本を危うくする。

 私はかつて仕えた陸軍士官学校54期出身の方から「日本軍がマレー半島からイギリス軍を追い出した後、商社の連中が進出し、良からぬことをした」というような話を聞いたことがある。そのように言われた商社も実は日本国家の財政を支えていたに違いない。

 物事には善い面も悪い面も一緒に存在している。それで物事が成り立っている。ただ、悪い面は善い面を暗くしない程度に抑制されなければならない。その抑制が効かなくなると必ず問題が起きる。例えば自由主義は衰退し、全体主義が台頭することになるだろう。

 世界一の情報通信技術を持っている日本は、その利活用を活発にする必要がある。スマートフォンやパーソナルコンピューターなどにより人々の間の意思疎通がより活発になれば、上述の危険な政治家も、金儲けに走る国家観のない利己主義の人たちも自ずと制御されるようになることだろう。

 ただ其処にも危険が潜んでいる。フェイスブックなどで自分の顔をはっきり見せず、自分のプロフィールもできるだけ隠すのはそういう危険から身を護る行動の顕れである。ツイッターなどで匿名で激しい言葉を使い、何かを攻撃し、自己満足している連中も、表に出て群れを成せば非常に危険な集団になることだろう。群れを成すのは全ての生物が自ら持っている力・自存力の顕れである。集団暴行・テロ行為・新興宗教団体や特定思想団体の集団的な行動・暴力団の行動などはすべて単独ではできないことを群れになって行っていることである。公安当局は彼等をしっかり把握し、暴発しないように制御している筈である。

 政府はそういう危険をできるだけ排除し、理想的な社会を創るため努力している。ここで重要なことは、マスメディアがもっと情報通信に関心をもち、中央政府・地方政府と国民との間のコミュニケーションがもっと活発になるような役割を担うことである。個人或は志を同じくする人々の集団だけでそのような役割を担おうとしても糠に釘のような結果しか得られないが、マスメディアが動けば情報通信に対する人々の関心が深まり、中央政府・地方政府と国民との間のコミュニケーションが活発になるに違いない。

 英語を流ちょうに話し、金儲けに走る連中が既に引き起こしつつあるのかもしれない貧富の拡大は、中央政府・地方政府と国民との間のコミュニケーションが活発になることによって防ぐことが出来る筈である。国民の大多数が一部の政治家・識者・ジャーナリストたちの発言に惑わされることなく物事の善悪を判断し、最大多数の最大幸福を目指して自ら行動するならば、貧富の差も適度に保たれ、人々の安全が保たれ、国家の平和と繁栄が保たれるに違いない。

 

2016年9月18日日曜日

20160918中近東などで国際マイクロウエーヴ回線の建設に関わったKさん


 男より9歳年上のKさんは今88歳。Kさんは最愛の奥様を亡くして4,5年は経っているだろうか、福岡のある町に独り暮らしをしている。Kさんが奥様を亡くす前に長年住んでいた横浜のある町にはまだそのマンションの一戸が残っていて、Kさんは年に何度か福岡と横浜の間をフェリーを利用して往復している。

 そのKさんは旧電信電話公社(現NTT)の職員で、その技術を買われてN社に転職し、N社が国際協力機構JICAの依頼を受けて中近東・東パキスタン(現バングラディシュ)等に建設した国際マイクロウエーヴ回線の建設の現場責任者として携わった経歴の持主である。

 男はそのKさんと仕事を通じて知り合い、30年来の良い友人関係になっている。男はKさんが元気にしているかどうか確かめるため先ほど福岡のKさんに電話を入れた。その時二つのことが話題になり、長々と語り合った。話題の一つは戦艦大和を引き揚げ、欠けた部分は継ぎ足し、少なくとも往時の外観の形だけは復元して、横須賀かどこかに記念・追悼公園を作って、そこにモニュメントとして飾ったらどうか、ということである。

もう一つは、戦後日本が国際貢献の一環として、日本の高度な情報通信技術力を活かして世界の後進地域に情報通信網の基幹となる国際マイクロウエーヴ通信回線を建設した当時の建設現場の実話に関することある。男はKさんから当時の苦労話を聞き、それを何とか小説にして世に知らせる方法はないものかと思った。

何年か前、私男はKさんから百田尚樹の『永遠のゼロ』という本を突然贈られた。その後私はKさんを誘ってその映画を観に行ったことがあった。その時映画館の中で男の隣の席にいたKさんは、その映画の上映中声を押しころして泣いていた。映画の筋はその本に書かれているとおりであった。
(関連:『永遠のゼロ』
『天涯孤独になったある友人のことを思う』

男は「自分はKさんと共に生かされている。Kさんの年齢になるまで自分がこの世に在るかどうかは分らない。しかしお互い何か因縁がある二人とも、この世での役割を終えない限りあの世には行けないのだろう。その役割とは戦艦大和と国際マイクロウエーヴ回線のことを日本人の魂の永遠の遺産として、後世に伝える仕事の一端のほんの僅かでも担うことである」と思った。

国際マイクロウエーヴ回線のことについては戦艦大和のような知名度が無い。識者・言論者・小説家の間にもその認識が無いに等しい。日本の情報通信技術は世界一のレヴェルであるが情報通信技術の利活用の面においては日本がシンガポールや韓国の後塵を拝する状況にある。

東京都の豊洲市場の建設にあたり、設計変更がごく一部の者、多分それには東京都議会の一部の議員も含まれているであろうが、その一部の者だけが知っていてそれ以外の大多数の者、勿論東京都民も全く知らないことであった。それは当時豊洲市場の建設計画に関わった石原元都知事すら知らないことであった。

小池新都知事は当時のいきさつについて調査し公表すると宣言している。彼女は都民の目線で情報公開を積極的に進めるつもりである。こういう事態になったのは、情報通信技術の最高レヴェルのインフラが整備されていることであろう東京都において、その情報通信技術の利活用の面において全くお粗末であったことを証明している。

男はそういう見解により、人生の殆どを陽が当らない地道な仕事をしてきた情報通信技術者の古老の話を是非小説化できないものかと思ったのである。通信回線は生物体の神経系のようなものである。は中近東やインド・東パキスタン(現バングラディシュ)・フィリピンなどでマイクロウエーヴ通信回線や衛星通信回線の建設に携わった方である。

しかし男は小説を書く能力はない。しかしKさんの人となりやKさんが行った仕事について小説を書くための取材源は沢山ある。男は山崎豊子の『大地の子』のような小説は全く書けないが、後世に記録を遺すという意味でKさんのことを小説にすることに挑戦する価値はある。但しそれは男のコンピュータ上に遺し、書いた内容を密かにKさんに見せるだけという極めて閉鎖的な作業である。それで充分である。いずれ男がこの世を去った後、それが何かの役立つことがあるかもしれない。

男が関わっているあるメーリングリストの友だちの小学校時代の恩師はビルマ戦線で共に戦ったある元陸軍伍長の上官で、元陸軍中尉であった。その元中尉は部下であった元伍長が戦線で経験したことを書き留めていた手記を預かっていた。その手記をそのメーリングリストの仲間が活字化し、製本化した。これにより公式の戦争記録とは異なる生々しい体験が本の形で後世に遺り、一つの歴史資料となる。

上述の国際マイクウエーヴ回線網建設に従事した人の経験も同様に小説の形で後世に遺すことができれば、これも一つの歴史資料となるだろう。今79歳である男はそういうものを後世に遺す作業をするため、男より9歳年長のKさんと共に生かされているのだと思っている。男もあと10年位は生きているかもしれない。その時Kさんはこの世を去っているかもしれない。男はKさんに会ってKさんのけいけんについてせめてメモを書き残す程度の取材しなければならなにと思った。



2016年9月13日火曜日

20160913「自由と民主主義」を守る情報通信技術とジャーナリズムのあるべき姿


 ジャーナリストの国際団体「国境なき記者団」というのがあるそうである。これは各国でどれだけ自由な報道が認められているか分析した報告書であるという。その「国境なき記者団」が昨年度について発表したところによれば、日本は61位であるということである。

 日本のその自由度は年々下がって来ているということで、特に福島第一原子力発電所の事故に関する報道で下がり、また前年制定された特定秘密保護法のことでさらに下がったと言うことである。左翼系ジャーナリストはそのランキングが安倍政権でさらに下がると予測している。これは彼等の期待であろう。

 この投稿でジャーナリストを仮に記者・言論者・社会派作家・映像制作責任者など、メディアを通じて社会に何らかの影響を与える立場にある人たちを総称して仮に括弧付の‘ジャーナリスト’とし、さらに政府や地方自治体の行政組織を総称して仮に括弧付の‘政府’として、以下にジャーナリズムのあるべき姿勢について考えてみる。

上記のランキングについて、私は‘ジャーナリスト’たちの国家観に問題があるのではないかと思っている。国家権力は統治のため国民の自由を抑える側に作用しやすい。従い私は‘ジャーナリスト’が批判精神をもって国家権力に対決することは必要であると思っている。しかし私は一方で、‘ジャーナリスト’たちは‘政府’と一般市民の間の意思疎通を活発にさせることについては殆ど無関心であると思っており、それが今の日本の大きな問題であると思っている。

勿論一般市民側も‘政府’がやっていることに関する情報の入手を‘ジャーナリスト’に任せているように見えることにも問題がある。さらに言えば、一般市民側は‘政府’がやっていることを自分たちが選挙で選んだ議員に任せて安心しているようにも見える。これも大きな問題である。

私は、国家は一つの‘生物種’であると考えている。蟻などの昆虫たちや鰯などの魚たちやライオンなどの猛獣たちやインパラなどの草食動物たちや鴨などの渡り鳥たちは生存のため群れをつくる。人間も生存のため群れをつくる。それらの群れが生存のため組織的な動きをして群れとして一つの‘生物種’、すなわち生物の超個体のようになる。

‘生物種’・超個体としての国家は、野生動物のようなところがある。生存のため他の国家の生存を脅かそうとする。日本国民は日本国憲法前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」していても、日本の周辺諸国は隙あれば日本の領土をかすめ取ろうとしている。これが地政学上の現実である。

‘生物種’としての国家は、国際法や道徳や国際交流だけでは生存できない。国際社会では軍事力の後ろ盾がないと敬意を表されない。左翼系の‘ジャーナリスト’たちには過去の戦争のトラウマから抜け切れず、武力を忌み嫌っている人たちが多いのではないのか?

特に左翼系の‘ジャーナリスト’たちは反権力意識が過剰で、メディアを通じて一般市民に自分たちの主張を伝えることに腐心している。彼らは‘政府’と一般市民の間の意思疎通を活発にさせることに無関心であるように見える。上述国際ランキングは結果的に左翼系の‘ジャーナリスト’たちが作っているものではないのか?

ところで世界経済フォーラム(WEF)が毎年公表している情報通信技術(Information and Communication Technology、ICT)競争力ランキングでは、日本はシンガポール・台湾・韓国などよりずっと下位で2008年以降は20位付近を低迷している。

日本はICTの利活用の面で評価が低い。日本は光ファイバーサービルの契約割合や固定ブロードバンド料金の低さや安全性などで世界のトップである。日本のICTの基盤は世界のトップレベルにあるのに、ICTの利活用の面では非常に劣っている。これは何故なのか?‘ジャーナリスト’たちのもその責任はないのか?

小池百合子氏が東京知事になり、東京都の豊洲市場の土壌汚染の問題がクローズアップされた。従来その部分は一部の議員と一部の官僚しか知らない闇であった。情報公開を積極的に進めている小池都知事はその闇に誰がいつどのように関わっていたのか調査を始めた。

もし、日本においてICTの利活用がもっと積極的に行われれば、ICT を通じて‘政府’と一般市民の間の相互作用が活発になり、上記の問題は起きなかったかもしれない。もし‘ジャーナリスト’たちが、東京都と東京都民の間の意思疎通を活発にさせることに積極的であったなら、上記のような問題は起きなかったかもしれない。‘ジャーナリスト’たちは、‘政府’に対する批判ばかりしているが‘政府’と一般市民の間の意思疎通のことに積極的でなかった。‘ジャーナリスト’たちが自覚しないかぎり、似たような問題は今後も起きることだろう。


かつて民主党政権のとき、人権擁護と言う美名のもとに、ジャーナリストによる情報発信は歓迎するが右派や保守派の個人による情報発信は規制しようとする動きがあった。これは自由と民主主義に逆行する動きであった。ICTの利活用がもっと盛んになれば、今後そのような愚かな動きは起きなくなるに違いない。

2016年9月11日日曜日

20160911雑感 ―― 本来あるべき国の形を取り戻すために ――


 産経ニュースに“「築地市場(東京都中央区)の移転先となる豊洲市場(江東区)で、都が土壌汚染対策に実施したとしていた4.5メートルの盛り土が一部行われていなかった問題で、食品を扱う主要施設の地下空洞に地下水がしみ出している恐れがあることが10日、都幹部への取材で分かった”という記事が載っている。

 豊洲市場の土地造成・建物建設は、「責任ある関係者」の間でどのように意思決定され、実行されて来たのだろうか?其処に東京都民やその「責任ある関係者」以外の官僚たちが知らないブラックボックスのようなものが有ったのではないのか?そのブラックボックスは利権に蠢く人たちが寄り合っている「闇」のような非公式な組織では無かったのか?

 もしそういう「闇」のようなものが存在していたとすれば、その「闇」に関わっていた一部の政治家や官僚は、公式的な組織をただ「機械」として動かしていただけである。そして彼らは自己防衛のため外部との間の意思疎通をなるべく少なくし、情報公開を恐れ、巧妙な言葉・慇懃無礼・恫喝・脅しによって近づく者を遠ざけようとしていたことであろう。

 今の時代の「大義」「公儀」((9月4日付投稿『「真正保守派」が目指すべきもの』参照。
http://hibikorejitaku.blogspot.jp/2016/09/20160904.html)という看板を背中に背負っている小池都知事は「都民第一」「情報公開」をキーワードに、もし上述の「闇」があったとすればそれに切り込もうとしている。情報通信技術は高度に発達し、進化しつつある。その「闇」の中で蠢く人たちはその状況を実感することができないような「年配の世代」の人たちであったのだろう。

 2011年12月付で総務省がネット上に公開している『2020年頃の将来社会の基盤となるネットワークの実現』と題する資料に「B. 価値を創造するネットワーク」という一項がある。其処では「誰もが膨大な情報を発信でき、一方、状況に応じて創生した有益な情報を安心して入手できるネットワーク環境技術」を確立することが目標とされている。「誰でも膨大な情報を発信でき、有益な情報を入手できる」ネットワークがすでに実現しつある。

 小池百合子氏が政党の支援を受けた他の候補者を百万票以上引き離して、東京都知事に当選することができ、かつ東京都知事として非常に多くの東京都民の支持を得ているのは、正に情報通信技術が小池知事側と東京都民のみならずマスメディアとの間でも非常によく利用されているからである。その鍵は、小池知事側が情報通信技術をフルに利用して積極的に情報発信しているところにある。

 上述の「闇」があったとすれば、その「闇」の組織側の人たちは、どちらかと言えば情報発信力が劣っている人たちであると思われる。新しい時代ではそういう人たちは今の時代の大義・公儀を見失っていてもそれに気づかず、旧来のように自分たちが強い権力を持っていると思っていたであろう。結局その「闇」の組織は、今の時代の大義・公儀には敵わないのであるが、そう言う人たちはそれに気づかないのである。

 ただ、情報通信技術は「自由と民主主義」の理念の下でないと威力を発揮することができない。人々が誰でも自由に情報を発信することができないと、人々は上述の「闇」の組織を牛耳るごく一部の人たちの支配下に置かれてしまうことになる。

 ジャーナリストは「自由と民主主義」の維持・増強のために戦う立場にある。そして、「自分たちがペンの力・映像の力で人々を導くのだ」というような「上からの目線」でものを言い、書くのではなく、情報通信技術を活用して国家の組織と一般国民の間の相互作用を促進させるような役割を担う立場にある。

 左翼系のジャーナリズムは、先ず「戦前の日本は間違ったことした」と言う観念のもと、地政学的な現実の不安定さ軽視し、軍事力を忌み嫌うところから思考を始めているように見える。もし北朝鮮が核兵器を用いたり、もしシナ(中国)が尖閣諸島を占領したりした時、左翼系のジャーナリズムは鳴りを潜めるだろうか?その時はもう取り返しのつかないことになっているだろう。一般国民に対し「上から目線」のジャーナリズムは国を危うくする。

 情報通信技術は諸刃の剣のようなとことろがある。ジャーナリズムは左翼系に対しても右翼系に対しても、それぞれの情報通信技術を用いた発言や行動によって国内が不安定になることを警戒すべきであって、一方の系のみを警戒するようであってはならない。ジャーナリズムが左右のどちらかに肩入れすれば、他方は必ず反発し、国の中に混乱が起きる。

 組織を防衛省と日本会議に限って一市井の無名の老人の見解を伝えるならば、それは、“①防衛省も日本会議も上述のことが起きないように、組織と人々との間で情報通信技術を用いた相互作用を活発にして、国のあるべき形に関する人々の理解を深めるように努めて欲しい、②また日本会議も防衛省も、人々が諸状況を理解するために情報通信技術をフルに活用した相互作用、双方向意思疎通、interactionに努めて欲しい”、ということである


そうすることによって、自衛隊の位置づけを日本国憲法上明確にするための憲法の改正が早々に行われるようになるであろう。また男系皇統の維持の方策の一つとして旧皇族の皇族復帰や教育勅語の復活も行われるようになり、日本が「茹でガエル」状態(9月4日付投稿『「真正保守派」が目指すべきもの』参照)から復帰して、日本は本来あるべき国の形に戻ることであろう。先人たちの「意識」が今この老人の「意識」と響き合っている。