2017年7月18日火曜日

20170718死生学


 男は80を過ぎて子孫に伝えておくべき事を整理している。You Tubeで公開されている『NHKスペシャル「日本人はるかな旅」』に若い女性の声で「私たちは 何処から来たのだろう?」という言葉が背景の効果音・映像とともに映し出されている。NHKの『サイエンスZERO(縄文人のルーツ)』では縄文人の“核DNA解析”の結果明らかにされたことが紹介されている。男は日本人のルーツから自分の「家」の系図に至るまで過程を示す一枚のExcelチャート「(我が家の)ルーツ図」を作った。

男は曾祖父が書き写して遺していた系図をもとにして自分の「家」の系図を整理し、新たにWordによる「家系図」を作っていた。さらに男は耳学問的に学んだ最新の量子科学や宇宙論をもとに仏教と科学との連関を思惟しながら、散文で書き記す作業を続けている。

この度作った「ルーツ」図はその家系図につなぐものである。男の子孫はこの「ルーツ図」・「家系図」・「散文」に触れることよって、「自分は何処から来て何処に行くのか」ということを自覚することができるだろう。

福岡に住んでいる友人Kさんから八女茶と八女茶を練り込んだ菓子が送られて来た。Kさんは男より10歳年長であるがまだ軽トラックを運転していて大変元気なお方である。彼は現役時代イランに18年間、フィリッピンに3年間、奥様と二人で異国の地で暮らしていた。七、八年前その奥様は他界された。それ以来彼は独り暮らしを続けている。

男は30年前の現役時代Kさんと仕事を通じて知り合い、以来ずっと交流し、女房とともに彼の知己を得ている。彼から頂いた贈物に添えられている手紙には「○○ご夫妻様」と書かれている。男はKさんに電話を入れお礼を申し述べた。いつもながら非常に長電話になる。その会話の中でKさんは「自殺する年寄りがいるが、私は人間は最期までしっかり生きるべきであると思っている」と言った。男はKさんの話に頷きながらKさんの話を傾聴した。

長電話が終わって居間に行くと女房が放送大学の『死生学』の講義をインターネットで聴いている。教授は「自殺者の背後には孤立感がある」と話していた。男は先ほどのKさんの話が気になって来た。男は今後Kさんに頻繁に電話を入れようと思った。

Kさんは電気・電子関係の物づくりや修理が趣味である。何年か前、Kさんは亡き奥様の実家の農場が猪の被害に遭っているというのでわざわざ秋葉原まで行って部品を調達し、太陽光発電による電源装置付きの高電圧パルスジェネレーターを製作してその農場に取り付けた。その装置は市販の物よりも高性能で、猪撃退の効果は抜群だそうである。またある時近くの消防署から頼まれ、故障した消防無線装置の修理をしてあげたことがあったそうである。以来その消防署からはKさんに何かと連絡があるそうである。

 男は先月放送大学同窓会設立当時の役員仲間が主宰しているある親睦の団体の旅行会に20年ぶりに顔を出した。参加者は男を含め22名だった。この中には男より年長の男女が何人か含まれている。当日江戸時代からの伝統の「お茶講」を体験した。そして四万温泉のあるホテルに一泊し、翌日建設中の八ッ場ダムを見学した。男はこれを動画に撮り、宿の大広間での宴会風景の写真と一緒にGoogle Photoを利用し、このシステムを使うことが出来ない人には録画したDVDを郵送する方法で参加者全員に配布して上げた。

男は同大学で一つのコースを卒業した後別のコースに再入学したがろくに勉強せず留年し、たまに興味がある科目があったとき面接授業を受けるだけである。ところが女房は「知らなかったことを知るのはとても楽しい」と言い、同大学を三度も卒業してそれぞれ学位を貰い、さらに別のコースを専攻して勉強している。先ほどの『死生学』も今度単位を取るため試験を受ける科目の一つである。男は女房のことを「大した者だ」と感心している。

放送大学では自宅の居間がキャンパスになる。放送大学の講義内容はテレビとラジオの特定のチャンネルやインターネットで配信されている。男は女房が学んでいる様子を傍で見ていて学ぶことが多い。

人は「自分が何処から来て。何処に行くのか」について確たる情報を持っていないと不安である。人はその不安を解消させるため悩み、もがき、苦しみ、時には攻撃的なって他人に危害を加えたりする。学問に親しむ人は心が安定している。そういう人は自分を大きく見せようとして見栄を張ることもしないし、謙虚で質素な暮らしに満ち足りている。

Kさんには子供はなく、親戚は亡くなった奥様の実家だけである。300年続いたKさんの実家は没落してKさんには身寄りはない。Kさんは築地の本願寺で永代供養をあげ、90になる今、寿命のある限り独りで生き続ける覚悟でいる。男がKさんに「お元気ですか?」と話すと、Kさんは元気な声で「仕事が一杯あって・・」と言う。男が「私は毎朝4時半に起きて川の周りを歩いていますよ」と言うと、Kさんは「私も朝早くから‘半田ごて’を握って格闘していますよ。11時には暑いので作業をやめて・・・」と笑いながら返答した。

Kさんは男に「話しておきたいことがある」と言い、電話を終えるとき「今度お会いしたときは肉を500グラム食べましょう」と言った。女房にそのことを話したら「肉だけでは健康に決して良くない」と心配する。これまで女房は「Kさんは奥様を亡くされているから」と気遣って、夫婦二人でKさんに会うことは遠慮していた。

しかし男は今度Kさんに会うときはKさんを我が家に招きたいと女房に話した。20数年前男と女房はKさんの家に招かれてKさんと亡き奥様手作りの料理を頂いたことがあった。男はそのお返しをしたいと思っている。我が家には煙が出ない遠赤外電熱式の卓上焼肉器がある。これを使って普段は男と女房の二人だけで焼肉を食べているが、今度はKさんと三人で焼肉パーティをしたいと思っている。それがKさんと一緒の三人の最初で最後のイベントとなるかもしれない。