2018年7月27日金曜日

20180721「渡来氏族」について(6)


古代に皇室を護った大伴氏や佐伯氏は今居ないが、皇室は日本の伝統の中で護られている。男系皇統の維持は危険な状況にあるが、その問題は必ず解決されるだろう。リベラルな人たちは「女系天皇」に関心を示している様であるが、「女系天皇」はあり得ない。もしそうなったらこの日本は日本で無くなる。日本人皆が不幸になる。そう言う事は起こらない。私はそのように非常に強く思っている。

「渡来氏族」がその出自を古代中国の霊帝・献帝・秦の始皇帝に求め、或は朝鮮にルーツがある氏族がその出自を百済王・高麗王に求めたのは、古代においてその氏族集団が日本の社会の中で生き残るためであった。

これに似たようなことは個々の「家」でも見受けられる。かつて地域社会では「家柄」が重んじられていた。その時代に自分の「家柄」を良く見せかけるため他人の「家」の系図等を買い取った「家」があった。その「家」では毎年正月に「本家」に親族が集まって系図や宝物を囲んで「先祖祭り」を行っている。例えば自分の「家」は「藤原氏族」であるという「家」がある。しかしその「家」を「藤原氏族」とするには確かな根拠がない場合がある。

東漢氏・西漢氏・秦氏などがその出自を古代中国の皇帝にあるとされていることも、他家の由緒を買い取って自家の由緒にしていることも両者同じ動機に基づくものである。その動機はそれぞれ生き残りのためである。

国家も生き物のようである。利己心をむき出しした生き残りの行動をしている。固体内にDNAを備えているあらゆる物及びその集合組織体は利己的に行動するものである。17世紀の哲学者スピノザは万物には「自存力」が備わっていると言った。

 さて、「渡来」・「渡来人」という言葉は日本的である。日本列島に元々住んでいた人々の所に、朝鮮半島・中国大陸方面から新しい人々がやってきたことを我々日本人は「渡来」と呼び、その人々を「渡来人」と呼んでいる。これが共通的な観念になっている。それは今や固定観念になってしまっている。しかし其処に大きな誤りがあると私は考えている。

朝鮮半島には弥生時代から古墳時代にかけて「倭人」と称せられる人々が進出していた。このことは考古学的に確認されている。私は、古代において「渡来人」という語を用いる場合は、「渡来系弥生人」のほか古代中国の春秋・戦国時代戦乱から逃れて中国大陸方面から直接或は朝鮮半島経由で日本列島に移動してきた人々のことを言うべきであって、古墳時代に朝鮮半島から日本に移住してきた西漢氏・東漢人氏・秦氏たちの氏集団を「渡来人」と呼ぶことは正しいとは言えないと考えている。なお、後述するように現在における「渡来」は別の意味で定義されるべきである。(続く)



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