2012年1月26日木曜日


幸せは何処にあるのか (20120126)

 今日は久しぶり朝から雲一つなく穏やかな温和な日和である。わが家は女房と二人だけの落ち着いた平和な暮らしが続いている。子たちはそれぞれ良い会社に勤め、良い仕事をし、それぞれの家庭でも何一つ問題を抱えておらず、それぞれ落ち着いた平和な暮らしをしている。男の一族は「絵に描いた」のように幸せだと、7、8年前他界してしまった近所の女房の友だちがよく言っていたという。

 しかしそれは決して努力なしには得られている幸せではない。勿論幸運もあったがその幸運さえも努力なしに得られたものではない。一族の「中心」は女房である。男は「外心」のようなものである。「外心」は太陽のようなものである。自転する太陽を「中心」に太陽の周りを自転しながら公転している地球のようなものである。女房が「陰」なれば、わ男は「陽」である。同様に息子たち各夫婦においてもそれぞれ嫁が「中心」にあって「陰」であり、わしの血統の息子たちはそれぞれ「外心」にあって「陽」である。それぞれ陰陽相響き合って「中」を為す。かくして一族全体が暖かい光に包まれている。

 万物は永遠に同じ形をとどめるものではない。ある日突然何らかの原因で異変が生じ、わが一族の中に緊張が生じることもあろう。そのとき男はそれは「天」による「命」であると謙虚に受け止め、決して動じないつもりである。しかし男はそのようなことが起きないようには常々「天」に祈りの気持ちを捧げ、己の振る舞いは慎しみ深くしなければならぬと自戒している。小心で損得勘定をし、ケチを張り、見栄を張ったところで何の得ることがあるだろうか?それよりも一族の中で折り目節目に贈答をしあい、それを通じて暖かい心を通い合わせることの方がはるかに大事である。わが女房は自然にそれができている。嫁たちも姑を見習っていつの間にか良い習慣が身に付いてきている。

何故、それが自然にできるのだろうか?それは根本的には女房の性格にある。男の女房には天然のおおらかさが備わっている。嫁たちもそれぞれにいわゆる「悪気(わるげ)」は一切ない。かといっていわゆる頭の悪いお人好しでもないから、相手が善い人か邪気・陰気のある人かどうかは直感的に識別できる。例えば戸別訪問者に対しても電話による売り込みに対しても、その売り込みする人を傷つけないように丁寧にお断りしている。一般に子供の頃から大学時代の交友関係において、何かと自己主張し、相手より優位に立とうとする者は、交際上手かもしれないが本当の意味での親友はいないものである。淋しいから猶一層仲間との交歓を求め、一時の歓談の中に幸せを感じるだけに終わってしまうものである。男の女房や嫁たちにはそのようなところが全くない。

家庭の幸せ、一族の幸せは、一に母にある。母は「中心」にいて軸は一定でぶれずに周りを回し、父は外にあって全体を回す。そして「中」する。これが易経で説かれる理想の形であるとわしは理解しておる。そのハーモニーが男の家・一族において自然に出来上がっているのは、一に「天(てん)の命(めい)により自分たちが生かされているからである。生かされるのも死するのもすべて天の命によるものである」、と男は理解している。

2012年1月25日水曜日


東條英機閣下のご遺言 (20120125)

 男はフェイスブックで刑死された東条英機閣下の遺書を初めて読んだ。東条閣下の手書きの写しは読んだことがあり、それをコピーして保管しているが、閣下の遺書なるものはこれまで一度も目にしたことはなかった。その原因は男が積極的にそれを見つけようとしてこなかったからである。男が購入して読んだ本、『「東京裁判」を裁判する』にも『東条英機 天皇を守り通した男』にも閣下の遺言は出ていなかった。

 男が感動した部分を太字・アンダーラインで示す。これは男はこれを子らや孫たちに是非読ませたいと思うている。

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【遺言】

開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。

今回の刑死は、個人的には慰められておるが、国内的の自らの責任は、死をもって贖(あがな)えるものではない。
しかし国際的の犯罪としては、無罪を主張した。いまも同感である。

ただ力の前に屈服した。

自分としては国民に対する責任を負って、満足して刑場に行く。
ただこれにつき、同僚に責任を及ぼしたこと、また下級者にまでも刑が及んだことは実に残念である。
天皇陛下に対し、また国民に対しても申し訳ないことで、深く謝罪する。

元来、日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志により行動すべきものであったが、一部過ち犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。

このたびの戦争に従軍して斃れた人、およびこれらの人々の遺家族に対しては、実に相済まぬと思っている。心から陳謝する。
 
今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判に待つ。
もしこれが永久平和のためということであったら、も少し大きな態度で事に臨まなければならぬのではないか。
この裁判は、結局は政治裁判に終わった。
勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。
 
天皇陛下の御地位および陛下の御存在は、動かすべからざるものである。
天皇存在の形式については、あえて言わぬ。
存在そのものが絶対に必要なのである。

それは私だけでなく多くの者は同感と思う。
空間や地面のごとき大きな恩は、忘れられぬものである。

東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来相協力すべきものである。
東亜民族もまた他の民族と同様、この天地に生きる権利を有つべきものであって、その有色たることを、むしろ神の恵みとしている。

インドの判事には、尊敬の念を禁じ得ない。
これをもって東亜民族の誇りと感じた。
今回の戦争によりて東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら、幸である。
列国も排他的の感情を忘れて、共栄の心持をもって進むべきである。

現在の日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本の米人に対する心持ちを離れしめざるように願いたい。
また、日本人が赤化しないように頼む。

東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされなければならぬ。

実は東亜の多民族の協力を得ることができなかったことが、今回の敗戦の原因であると考えている。
今後、日本は米国の保護の下に生活していくのであらうが、極東の大勢はどうであらうか。

終戦後わずか3年にして、亜細亜大陸赤化の形勢は斯くの如くである。
今後のことを考えれば、実に憂慮にたえぬ。
もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上ないではないか。

今、日本は米国よりの食糧の供給その他の援助につき感謝している。
しかし一般が、もし自己に直接なる生活の困難やインフレや、食糧の不足等が、米軍が日本に在るがためなりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。

実際は、かかる宣伝をなしつつある者があるのである。
よって米軍が、日本人の心を失わぬよう希望する。

今次戦争の指導者たる米英側の指導者は、大きな失敗を犯した。

第一は、日本といふ赤化の防壁を破壊し去ったことである。
第二は、満州を赤化の根拠地たらしめた。
第三は、朝鮮を二分して東亜紛糾の因たらしめた。

米英の指導者は、これを救済する責任を負うて居る。
従ってトルーマン大統領が再選せられたことは、この点に関して有り難いと思ふ。

日本は米国の指導に基づき、武力を全面的に抛棄(ほうき)した。これは賢明であったと思う。
しかし、世界全国家が、全面的に武装を排除するならばよい。
然(しか)らざれば、盗人がばっこする形となる。泥棒がまだいるのに警察をやめるやうなものである。

私は、戦争を根絶するには欲心を取り払わねばならぬと思う。
現に世界各国は、いずれも自国の存在や自衛権の確保を主としている。これはお互いに欲心を抛棄(ほうき)して居らぬ証拠である。

国家から欲心を除くということは、不可能のことである。
されば世界より今後も戦争を除くということは不可能のことである。

これでは結局は人類の自滅に陥るのであるかも判らぬが、事実はこの通りである。それゆえ第3次世界大戦は避けることができない。

第3次世界大戦に於いて主なる立場に立つものは、米国およびソ連である。
日本とドイツというものが取り去られてしまった。

それがため米国とソ連というものが直接に接触することとなった。
米・ソ2国の思想上の相違はやむを得ぬ。
この見地からみても、第3次世界大戦は避けることはできぬ。

第3次世界大戦において極東、日本と支那と朝鮮が、その戦場となる。
この時にあって、米国は武力なき日本を守の策を立てなければならぬ。
これは当然米国の責任である。

日本を属領と考えるのであったならば、また何をかいわんや。
そうでなしとすれば、米国は何等かの考えがなければならぬ。

米国は、日本人8千万国民の生きて行ける道を考えてくれねばならない。
およそ生物として、自ら生きる生命は、神の恵みである。
産児制限の如きは神意に反するもので、行うべきでない。

なお言いたきことは、公・教職追放や戦犯容疑者の逮捕の件である。
いまは既に、戦後3年を経過しているのではないか。
従ってこれは速やかに止めてほしい。
日本国民が正業に安心して就くよう、米国は寛容な気持ちをもってもらいたい。

我々の処刑をもって一段落として、戦死病者、戦災死者、ソ連抑留者の遺家族を慰安すること。
戦死者、戦災死者の霊は、遺族の申出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし。
出征地に在る戦死者の墓には保護を与えられたし。
従って遺族の希望申出あらば、これを内地へ返還されたし。
戦犯者の家族には保護を与えられたし。

青少年男女の教育は注意を要する。将来大事なことである。
近時、いかがわしき風潮あるは、占領軍の影響からきているものが少なくない。
この点については、我国の古来の美風を保つことが大切である。

今回の処刑を機として、敵・味方・中立国の国民罹災者の一大追悼慰安会を行われたし。
世界平和の精神的礎石としたいのである。

もちろん、日本軍人の一部の間に間違いを犯した者はあらう。
これらについては衷心謝罪する。

これと同時に無差別爆撃の投下による悲惨な結果については、米軍側も大いに同情し憐憫して悔悟あるべきである。

最後に、最後に軍事的問題について一言する。

我国従来の統帥権独立の思想は確かに間違っている。
あれでは陸海軍一本の行動は採れない。

兵役制については徴兵制によるか、傭兵制によるかは考えなければならない。
我が国民性に鑑みて、再建軍の際に考慮すべし。

再建軍隊の教育は、精神教育を採らなければならぬ。
忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任観念のないことは淋しさを感じた。
この点については、大いに米国に学ぶべきである。

学校教育は従前の質朴剛健のみでは足らぬ。
人として完成を図る教育が大切だ。
いいかえれば宗教教育である。
欧米の風俗を知らすことも必要である。

俘虜のことについては、研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。

 辞 世

我ゆくも  またこの土地に かへり来ん
国に酬ゆることの足らねば

さらばなり 苔の下にて われ待たん
大和島根に 花薫るとき

散る花も  落つる木の実も 心なき
さそうはただに 嵐のみかは

今ははや  心にかかる 雲もなし 
心豊かに 西へぞ急ぐ

この度さるお方がフェイスブク上でそれを公開し、転載も可ということであったので、ここに転載させて頂くことにした。そのお方曰く、この遺書は一部改ざんされたものが出回っている、これはオリジナルである由。改ざんは戦後の自虐的風潮の中で大衆迎合して改ざんされたようである。

2012年1月24日火曜日


「あの世」の研究 (20120124)

 ナノテクノロジーによって再生医療分野は画期的な発達をみせているようである。近未来には人間の寿命を画期的に伸ばす医療技術が開発されるかもしれない。そのうち寿命がなかなか来ず不老不死のような人間が現れるかもしれない。男は哲学研究で「あの世」が存在を科学的に証明されるに違いないと考え、あれこれ資料を集めたり、考えたりしているが、もし人間が体の細胞や機関をナノ技術の人工品に置き換えて不老不死になった場合、その人の「あの世」はどうなるのかと馬鹿と思われるようなことを本気で考えている。

男は自分の手甲を見て「わしも人並み老いたな」とつくづく思う。左足の大腿四頭筋に何か異常があるらしく、整形外科の先生に診てもらいMRIも撮ったが異常がない。かといって坐骨神経痛でもない。運動を控えて休ませていると回復し、ある時はまったく異常がないことがある。異常がないからとエスカレータに乗らず、長い階段を駆け上がったりすると、後で筋肉に疲労がたまりまた元の状態になる。低い階段を上がるため左足を持ち上げるとき「痛みが来ないか」とつい緊張してしまう。入浴して体が温まるとそのような症状はほとんど感じなくなる。わしの体も以前のように頑健ではなくなってきた。

近ごろは放送大学の単位認定試験を受けるため勉強している女房が毎晩12時前後まで起きているので、男も自分の部屋でコンピュータに向かってブログを書いたりフェイスブックに目を通し「いいね!」をしたりコメントを書いたりしている。これは健康管理上褒められることではない。年寄りは早寝早起きし、朝空気が清浄なうちに外を歩き、体調を整えるようにするべきである。大腿四頭筋が痛むのは自業自得である。

女房は放送大学のそれぞれ別の専攻で2回卒業している。今度の専攻は「社会と産業」で、『国際経営』『社会と銀行』などあと少しの専門科目で単位をとれば卒業できると頑張っている。勉強が楽しいから頑張れるのだという。これまで知らなかったことを知り、世の中のいろいろな動きが分かるようになったから放送大学の勉強が一層楽しいのだという。男はわが女房ながら感心であると思っている。しかし男はどうもそんな気にはなれない。「あの世」の研究には市販の本や新聞の科学記事など耳学問で十分である。もともと分子生物学や量子論や素粒子論などある程度知っている。それ以上細かいことに踏み込んで勉強してもわしの「あの世」の研究には役立たないと直感的にそう感じている。だから女房のように勉強が楽しいとは思えないのである。

スイスにある欧州原子核研究機構(CERN)では日本の研究者も多数加わって、宇宙の本質をとらまえようと研究が行われている。日本にも同様の加速器が二つあり世界最強であるという。欧米からの依頼があって日本は更に大型の加速器を設置しようとしている。福岡の背振山山麓などには堅い岩盤層があって加速設置には有利だという。

CERNでは粒子を高速でぶっつけて5次元の世界の存在を確認しようとしているが、地元では危険を恐れて反対があると聞く。限度を超えたナノ技術による再生医療や5次元の証明の実験などは、神を恐れぬ人間が神を超えるようなことをする試みかもしれぬ。

2012年1月23日月曜日


日本に今、リーダーはいない (20120123)

 NHKで『危機の時代のリーダーを生み出す決定打は何か?』と題して幾人かの学識者らを集めて討論を行うような番組があった。男はその学識者らの顔ぶれをみて「これじゃあめだ」と思い、その番組は見ずじまいであった。何故駄目なのか、誰が駄目なのかここでは言わぬが花である。直感でそう思っただけである。

 さて、昨日男は「易経のことが少し分かってきた」と題して書いた。男の心の中には革命待望がある。今の日本では三島由紀夫が隊長であるような決起武装集団が突然出現し、日本の国家制度を一挙に変えてくれればよいと心の奥底では願望している。しかし、今の時代はそんなことは絶対できないであろう。

 安岡正篤先生の『易経講座』を読みながら男は一番興味がある箇所に差しかかっている。それは「革命」の易断のことである。

 先生は云う。「沢火革(たくかかく)」の卦、すなわち上が☱(011)、下が☲(101)の卦について、二爻から五爻まで取り出し、三爻を上下に共有してできる卦、それは「互卦(ごか)」あるいは「互体」というのだそうであるが、上が☰(111)、下が☴(110)の卦は、「天風姤(てんぷうこう)」と言って革命に関係がある卦ということである。

 先生は“世を思い、自己を空しうしてこそ本当の革命である。しかし腹黒い陰険な悪心の人間によっても革命はなされることがある。しかし良かれ悪しかれ革命には姤が必要であります。おおよそ在来のいき方に変革をなさんとする時には、大衆を集めるだけでは駄目なんで、その中心となるべき母体が必要である。それにはこの姤の初爻が大事であります。”と説いておられる。そして、“初爻が九で上爻が六であれば、せっかくの革命も決潰する”として、「互卦(ごか)」の上が☱(011)で下が☰(111)の場合を夬(かい)の卦、沢天夬(たくてんかい)の卦というと説明しておられる。

 そして、“政府でも国家でも、改革をやろうと思えば、この初爻が大事である。そしてこれに五爻が応じなければならん。他を包容し自己を空しうするような人間に家を国をまかさなければならん。”と強調しておられる。

 日本は東日本大震災に遭い、アメリカからTPP開国を迫られ、韓国ではものすごい反日の風が吹き荒れ、中国では沖縄の占領を本気で考えているという危機の最中にある。また国内では財政赤字が緊迫化し、民主党政権下日本の国体を危うくしかねない女性宮家創設・外国人参政権、・夫婦別姓制・人権侵害救済などの法案が出されようとしている。

いま、大阪では橋下市長が大阪から日本を変えようと意気込んでいる。人々の中には彼に危険を感じている人もいる。男も多少そんな危惧を抱いている。しかし、橋下市長がもし易断で「天風姤(てんぷうこう)」の卦を得るならば、彼によって日本が変わる可能性があると思う。その卦を得るかどうかは、一に彼の行動にかかっている。命も金も名誉も要らぬという全くの無心、純粋さ、そして人々を惹きつける人格が見えてくるならば、彼によって日本は変わるかもしれない。男は密かにそう願っている。

2012年1月22日日曜日


易経のことが少し分かってきた (20120122)

 昨日、男は「愚痴をこぼし、評論家的なことを言っていても時は過ぎてゆく。男には、自分の人生の終末に向けてやっておかなければならないことがある」と書いた。このことを肝に銘じておこう。年甲斐もなく色気を出すとろくなことはない。

 安岡先生は『易経講座』で人は年をとると易に興味を持つようになる、とおっしゃった。男も自分の事に照らしてそう思う。安岡先生は“(64卦の)一卦が六爻から成り立っているから三百八十四爻、これ以上延ばす必要はないんで、六十四卦で必要にして十分である。この八卦のことを小成の卦、六十四卦のことを大成の卦という。これによって人生百般の問題を大別して六十四の原型に、小分けして三百八十四の範疇(はんちゅう)に属せしめることが出来る。如何なる問題、いかなる現象も、六十四卦、三百八十四爻の枠内に入らぬものはない。これによって悉(ことごと)く皆解釈し、行動に移して行くことができる。易は解釈ばかりでなく行動の学問である。”と易経講座の中で語っておられる。

 「易は解釈ばかりでなく行動の学問である」から、男は自分の人生を振り返り易経のとおり解釈し、その後のことについて行動してゆこうと思う。

 天地のことを易で「乾坤」という。ここでは二つの記号を上下に重ねて書けないが、記号では上側に☰(2進法的に111)、下側に☷(同じく2進法的に000)を上下に重ねる。上から111000となる。この一番下の0のことを初爻、一番上が六爻といい、下から000111となる。陽爻を九(きゅう)、陰爻を六(りく)と呼ぶので、乾坤の卦は下から初六、六二(りくじ)、六三、九四、九五、上九となる。」

 安岡先生は一番大事なのは二爻と五爻であるという。すると乾坤の場合、六二と九五が一番大事となる。つまり2進法的に下から2番目の0と下から5番目の1が一番大事だということになる。乾坤を例にとったが、安岡先生は「沢火革(たくかかく)」を例にあげ、☱(011)が上で、☲(101)が下に二つが重なった記号で表すことを示している。すると二爻の六二と五爻の九五が一番大事だと云うことになる。この二爻と五爻について、先生は、例えば会社でいえば六二が課長、九五が社長、国でいえば六二が中央官庁の課長、九二が内閣総理大臣だという。

 国に例えて出た卦の五爻が九(陽)であるか六(陰)であるのか、二爻が九(陽)であるか六(陰)であるのかによって、国政がどうなるのか解釈され、それに応じてとるべき行動はどうあるべきか判断するのだろう。

 ここまで理解できて、男は易経の意味が少し分かりかけた。安岡先生の講座ではこの上が☱(011)、下が☲(101)の並びの二爻・三爻・四爻と三爻・四爻・五爻の組み合わせで、上が☰(111)、下が☴(110)の卦について、革命の成就の有無について語っておられる。☰(111)は「天」、☴(110)は「風」であるので、「沢火革(たくかかく)」の卦は、「天風姤(てんぷうこう)」の卦を含んでいる。安岡先生は、「姤」は「遇」の義で「一緒に遇(あ)う」ことであるから、革命は陰徳を持った者でないと出来ない、革命のためには是非とも「姤」が必要であると説いておられる。

2012年1月21日土曜日


今日は寒いから家の中で (20120121)

 男も年をとったものである。女房から「この家を買ったのはいつだったかねえ」と聞かれた。「1986年3月だよ。今から26年前」と答える。あの頃はまだ若かった。女房はここに引っ越してきたばかりのとき、買い物などのためバイクに乗っていた。勿論、男も女房も車を運転してどこまでも出かけていた。

 今日は朝小雪が舞っていた。午後3時の今では冷たい小雨である。こういう時は温かい家の中で好きなことをやっているのが一番である。そう思いながらふと思った。この寒空の下、仕事もなく、ホームレスをしている40代、50代の人たちがいる。政府は社会保障と税の一体改革を掲げて消費税を上げようとしている。福島第一原発事故で電気代も値上げされる。購買力が落ち、景気は悪くなって行くことだろう。働き盛りの世代のホームレスが増えるかもしれない。人生を悲観して鉄道自殺をする人が増えるかもしれない。

 毎年社会保障費は1兆円づつ増え続けている。税金を上げないと国の借金は増え続け、遂には国家の財政は破たんしてしまうだろう。それは誰にも理解できることである。税金を上げるため、先ず国が身を削ると言って、公務員給与削減・定員削減、国会議員定数削減などを打ち出している。それは掛け声だけで実質進まず、消費税を値上げすることだけが先行している。国民をごまかしているとしか思えない。

 まず先にやることは、国会議員の定数削減と、納税義務・社会保険料支払い義務を確実に行わせるため国民宋背番号制度を決めることである。それと同時に働き盛りの世代の雇用を増やすことである。それらのことが実現し、国民の顔が明るくなったならば、消費税を上げることにすればよい。順序が全く逆なのだ。

 政府もそれなりに一生懸命にやっているのだろう。ニワトリが先か卵が先かという議論もあるが、国会議員たちは建前として議員定数削減には賛成だが、本心としては議員バッジを失いたくないと思っているに違いない。だからこのことはどうしても後回しになってしまう。官僚たちも行政改革で自分たちの第二の人生の道が狭められてしまうことに抵抗するだろう。一方で国会議員たちは官僚いじめのようなことをして一般大衆の喝采を得ようとしている。だから国会議員と官僚の両者が反対しない「社会保障と税の一体改革」というスローガンは彼らのとって心地よいものであるに違いない。

 男がもし20代に逆戻りできるならば、このような政治の現状を変えるため相当過激な行動を起こすかもしれない。しかし、今の若者たちは本当に大人しい。大人しいだけならばまだ増しだが、「自分たちは年金ももらえなくなるだろう」と将来に対して悲観的でさえある。そのように諦めているのか、将来に日本を自分たちのもものと意識できないのか、わしは、今の若者たちは覇気がないように思う。

 このように愚痴をこぼし、評論家的なことを言っていても時は過ぎてゆく。男には、自分の人生の終末に向けてやっておかなければならないことがある。今後はその方面にもエネルギーを割かねばならぬ。早速、そのことに手を付けることにしよう。

2012年1月20日金曜日


若い時から易経を学んだ方がよい (20120120)

 福岡に住む友人から福砂屋のカステラを頂いた。彼は男より5歳ほど年長だ。男が現役のころ知り合って以来親しく付き合っている。その彼、仮にKさんとしておこう、そのKさんは去年の4月、奥様を急に失ってしまった。奥様はがんを患っていたが医者から見は放されていて余命幾許もない状態だったが、Kさんは当の奥様にそのことを隠しとおしていた。奥様は自分ががんを患っていることさえ知らずじまいだったという。Kさんは未だ奥様を亡くしたショックから立ち直れないでいる。男はそんなKさんに時々電話を入れKさんの話を聞いてやり、Kさんをなんとか立ち直らせてあげたいと自分なりに努力しているつもりである。

 Kさんからカステラを頂いたのでお礼の電話を入れた。Kさんに易経の話をしたらKさんは興味を持ってくれて話が弾んだ。特に易はゼロと一のデジタル記号で宇宙・人生百般のことを自分で判断するものだと言ったら、学校を出て以来定年までずっと電気通信情報関係の仕事をしてきたKさんの心に響いたのだ。そんな中でKさんと男の二人の頭に浮かんだアイデアは、合計たった64卦・384爻の数で宇宙・人生百般のことを自分で理解し判断するためソフトウエアがあれば面白いなということになった。

 男は易占いを全く信用しない。あれは他人が幾ら雑念を払って筮竹を裁いて卦を出すといっても雑念が全く無い状態になれるわけではないし、出た卦をそのまま信用して安心なり、何か行動するなりするのは「他人任せ」で全く無意味である。Kさんは男以上に天の邪鬼だから、易占いに対する男の批判に全く同感であった。

 男のこのパソコンのIMEパッドには易の卦の記号は8種類しか出ていない。そこで男は外字エディタで残りの必要な記号を全部作ることにした。ところが、以前XPにはあった外字エディタがVistaやWindows7にはない。そこでインターネットで検索して調べたら、外字エディタを出す方法が見つかった。以下はその作った記号を使って書いている。但し、外字エディタで作ったものは、投稿したらなってしまうから、☰を2進法の111とし、☷を同様に000としたときの1と0の数字に替えて表現しておく。

 『安岡正篤 易経講座』という本によると、宇宙・人生百般のことに関する大本には、先ず「太極」というものがある。それは1で表す。これは「陽」の記号でもある。そして「陰」の方は0である。そして「陰」と「陽」から「老陰」「少陰」「少陽」「老陽」という四つのタイプを生じる。宇宙・人生百般はこの四つのタイプ、「四象(ししょう)」ですべて表すことができるという。

 「陽1」から「老陽11」と「少陽01」が生じ、「陰0」から「少陰10」と「老陰00」の四象が生じるという。そして「老陽11」からは「乾(けん)」・「天☰(111)」と「兌(だ)」・「沢☱(011)」、「少陽01」からは「離(り)」・「火☲(101)」と「震(しん)」・「雷☳(001)」、「少陰10」からは「巽(そん)」・「風☴(110)」と「坎(かん)」・「水☵(010)」、「老陰00」からは「艮(ごん)」・「山☶(100)」と「坤(こん)」・「地☷(000)」がそれぞれ生じるのだという。

そして形象の上から名前を付けた「天☰」・「沢☱」・「火☲」・「雷☳」・「風☴」・「水☵」・「山☶」・「地☷」の八つ、作用の上から名前を付けた「乾(けん)」・「兌(だ)」・「離(り)」・「震(しん)」・「巽(そん)」・「坎(かん)」・「艮(ごん)」・「坤(こん)」の八つを八卦(はっか)というのだそうである。 

 安岡正篤先生は、易の本領は宇宙の創造変化に則して普遍の法則をたずね、その法則に基づいて自己・環境を如何に変えていくかということであるとその本で強調しておられる。そして“易は宿命をたずねるものでははく、運命を打ち立てるものであります。動いて止まざる絶対的活動、したがって、その命の中に含まれている関係、因果の法則、数というものをたずねて、命を知り、命を立つる。即ち変える。これが易学である。ということが一番大事なことであります。”と言っておられる。

 男の5歳ほど年長の友人Kさんは奥様をなくされ悲しんでおられるが、東日本大震災では非常に多くの方々が親や子や兄弟姉妹など身近な家族を亡くし、その上福島原発事故に遭い、避難生活を余儀なくされている人々が非常に多い。

 男は、易は運命に打ちひしがれそうになっている人を救うものだと思う。男は人は若い時から生涯にわたり易を学び続ければ、その人はきっと良い人生を歩むに違いないと思っている。

2012年1月19日木曜日


民主党のやっていることは順序が逆だ (20120119)

 民主党は「税と社会保障の一体改革」といい野田総理は不退転の決意でこれを実行しようとしている。男は政治のことはようわからん。しかし物事には「目的」と「手段」があり、その「目的」自体が「天」に問うて最も正しいものであるかどうか、ということが最も重要であると思っている。男は民主党が掲げる「目的」は「天」に問うて最も正しいとは決して言えないと思っている。

 その理由はこの「目的」の裏には大衆に迎合し、人気を得て与党国会議員を多数確保し、もともとやりたい「外国人参政権」や「夫婦別称」や「人権侵害救済法案」など反国家的な法律を通し、この日本国の国体すらも変えてしまおうという意図があるからである。

その「目的」の達成をなんとしてでも実現させようと裏で動いているのが自らが代表である陸山会の政治資金問題で起訴され裁判を受けている小沢一郎という男である。男は小沢一郎という人物が大嫌いである。何故彼に従う民主党国会議員が結構大人数いうのか不思議である。やはり金の力だろうか?彼に金を貰っている輩が多いのだ。新聞報道によれば彼は最近何処か不動産の一部を売却したらしい。金が必要になったのだろう。

小沢配下の国会議員たちは天下国家のためではなく、自分個人の人生のために国家議員になっている連中だ。今度選挙があれば、そういう輩は大勢落選するだろう。

 菅元首相はマスコミを黙らせるため、非常に多くの鑑定機密費を使ったと思う。例えばフジテレビ問題など外国のメディアが取り上げていることを、日本のメディアは取り上げていない。ジャーナリズムも地に堕ちたものである。ひとり産経新聞だけがまともな報道をしている。読売新聞は官邸の顔色を窺いながら、少しだけまともなことを書いている。日本は社会主義の国とあまり変わらないと男は思う。

 民主党は子ども手当や個別所得補償や高校授業無償化などの公約を掲げ。衆議院で多数政党になった。民主党が政権をとって鳩山氏が「革命だ」と意気軒高であったが普天間の問題で失敗し、後を継いだ菅氏も昨年3月11日起きた未曾有の大災害で適切な処置をやれず「早く辞めろ」コールで退陣を余儀なくされた。

 民主党は「税と社会保障の一体改革」という如何にも聞こえの良いスローガンを掲げ、なんとしてでも消費税を上げようとしている。消費税を上げても社会保障に回る金は1%だという。消費税を上げる目的は民主党が掲げたマニフェストの実現にあることは明らかだ。

 男は「税と社会保障の一体改革」がこの日本国において喫緊の課題だとは決して思っていない。日本国の喫緊の課題は「雇用の創出」である。

 勿論、日本国の領土・領空・領海・排他的経済水域を外国の侵略・侵入から守ること、国民の生命・財産を守ることは最も重要なことであるから論外である。国防・治安・安全に関わる組織を強化し維持するため税金を使うことを躊躇してはならぬ。その上で「雇用の創出」のため金を最も有効に使うよう創意工夫すべきである。「税と社会保障の一体改革」はその後考えるべきことである。順序が逆なのだ。

2012年1月18日水曜日


小沢・鳩山・谷垣・山口氏ら古い政治家はもう要らぬ、若者よ立て!(20120118)

 男は散歩がてらトレッサ横浜店内の本屋に立ち寄った。そこで目についたのは『日本に自衛隊がいて良かった』という本である。桜林美佐という名前からして美人らしいが、本に出ている著者の写真をみると本当に美人である。肩書は“ジャーナリスト。防衛省主催「防衛生産・技術基礎研究会」の委員”とある。この本の発行は産経新聞出版社となっている。

 立ち読みし、全部をさーと流し読みして感動したのでその本をそのままキャッシャー台まで持って行き買った。価格は1200円プラスタックスであった。タックスで思い出したのは、25年前カリフォニアで半年ばかり暮らしていたころセールスタックスは8%だったと思う。日本ではそれが最終的に10%になるというので、「そんな高い消費税はアメリカにはどの州にもない」という人がいたりして賛成反対の議論が盛り上がっている。

 男はまず国会議員を100人ほど減らせと言いたい。また公務員を減らせという意見には反対である。勿論、国旗掲揚時や国家斉唱時起立しない教育公務員や組合活動に熱心な公務員は要らない。しかし自衛官や警察・消防・海上保安庁の制服職員は増やすべきであると思っている。

 話がそれたが、今朝の読売新聞に“「中国で共産党政権が続く限り、軍備拡張は続く。」「軍拡はもはや一種の既得権益だ。党が国防費の伸びを毎年二ケタにしなければ困る人が大勢出る」と、2011年末、北京中心部のホテルで開かれた国有企業関係のパーティの席上で中国人民解放軍の装備品を調達する幹部が話した”ということが書かれてあった。

 この同じコラムの終りの方に“海を巡る中国の強硬姿勢の背後に、軍と企業の連携があることを示すかのように、共産党機関紙・人民日報系の国際問題専門紙は昨年9月、「今が南シナ海で武力行使する良い機会だ」と主張するエネルギー戦略研究者の論文を載せた”とある。「今が南シナ海」は、次に「今が東シナ海」となるだろう。

 上掲の本は、東日本大震災で活動した自衛隊のことを歯切れのよいサブタイトルと文章で書かれている。非常に読みやすく、分かりやすい。未曾有の天災は、日本国民に愛国心と自衛隊への尊敬の心を呼び起こした。男は物事にはマイナス面があるばかりではなく必ずプラス面があることを思っている。未曾有の大災害や救助活動等実際に起きたすべてのことは、易経でいうところの「天」による「命」であると思っている。

 中国による脅威は年々高まってゆくだろう。男はいずれあの世におさらばするが、これからこの世で生きなければならない若者たちに、自分たちが生れ育ってきたこの日本国がお隣の国々によって荒らされないように、心して準備万端を整えて欲しいと願っている。

 大物政治家として自他ともに認めているであろう民主党小沢氏、鳩山氏、菅氏らや自民党谷垣氏、加藤氏、公明党山口氏らについて、男は彼らは最早、中国の脅威がたかまりつつあるこの国際情勢下においては、あまり役立たぬ連中であると思っている。若者らよ、眼をしかり見開いて、彼ら大物政治家たちにずけずけもの言い、彼らを圧倒するぐらいの勢いを見せて欲しい。時代を変えるのは君らしかいないのだ!

2012年1月17日火曜日


こんな人権条例案の成立を絶対許してはならぬ!(20120117)

 北海道旭川市において、共産党初め左翼政党や一部自民・公明党の議員らが下記の権利を書きならべてある条例の成立を目論んでいるという。

 男は彼らは「権利」ばかり主張し、「義務」の観念を持っていない輩、反国家思想の持ち主、国賊と決めつけてもよいような反日本人であると思う。彼らも戦後日本人に植え付けられた自虐史観にどっぷり浸かって、そこから抜けきれない世代層の人間なのだろう。

 似たような条例が他の地方自治体でも問題になっていないだろうか?30代前後の若い人たちに「これはおかしい」と気づいてほしい。そして、そういうおかしなことを決めようとしているおっさんたちに文句を言い、おっさんたちの誤った観念を変えるように説得して欲しい。これはあの世にそう遠くない年になっている男からのたっての願いである。

 若い君たちに一言。「権利」というものには必ず「義務」の裏付けがなければ、社会の秩序は保たれないのだ。日本国民としての「権利」を主張するならば、日本国を外国の直接・間接の侵略から防衛し、日本国を秩序ある平和な繁栄した国にするため、日本国民として負わなければならない「責任」を果たさなければならないのだ。何も言わず、何も行動を起こさず、ただ静観しているだけというのは、何も「責任」を果たしてないということと同じだ。若者よ、行動せよ!
 
○自分の服装は自分で決める権利
○飲酒・喫煙を理由に処分を受けない権利
○学校行事を自分たちでつくり、自治を行う権利
○校則改正の権利
○つまらない授業を拒否する権利
○職員会議を傍聴する権利
○身体測定・健康診断を拒否する権利
○学校に行かない権利
○行事への参加を拒否する権利
○何かと不都合なことをした場合でも学校に連絡されない権利
○「日の丸」「君が代」「元号」を拒否する権利
○セックスするかしないかを自分で決める権利

2012年1月16日月曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(終り)(20)(20120116)

 これまで20回にわたり易学講座を読みながら人生・社会・政治などのことを考えてきた。『安岡正篤 易経講座』ではこれから易学の本題に入って行くようになっている。
 この講座では八卦(はっか)のことが詳しく述べられている。そして「易とは人間科学・人生科学である」として、いろいろな卦について説明されている。

易断とは何か。私は易断とは本来物事を判断しようとするときどうしても決められないときに、まずお寺の堂内のようなしーんと静まりかえった静寂な場所で座禅し、無心状態になる。その上で自ら静かに筮竹をさばき、それで出てきた卦を読んで自ら決める。それで右か左か決めかねている自分の心が解放され、道が開ける。易断とはそのようなものであろうと思う。易者に占ってもらうようなことはあまり意味がないことだと思う。
基本的な八卦について、WORDのIMEパッドにあるだけの卦の記号を引用すると以下のとおりである。

☰ この卦はあくまで活動的・行動的なものの代表、「天」を意味する。
☷ この卦はあくまで統一的・含蓄的・静止的なものの代表、「地」を意味する。
☴ この卦は「風」を意味する。
☵ この卦は「水」を意味する。
☶ この卦は「山」を意味する。

八卦の任意の二つを組み合わせると全部で64卦になる。この64卦で人生百般の問題を大別する。卦の一本一本を爻(こう)といい、全部で384爻ある。人生百般一切の問題は、64卦、384爻に照らして立派に解釈がつくという。

中国四千年の歴史の中で、いろいろな事例事象をこの卦と爻に当てはめ、64卦、つまり8卦の2乗のそれぞれに解釈の言葉(漢字の組み合わせ)を当てている。我々はその集大成を易経という学問を通じて学び取ることができるのである。

中国は1970年代に東シナ海の中国大陸棚に石油などの資源があることに目を付け、その大陸棚の先端にある奄美・沖縄・八重山そして尖閣各列島を核心的利益の対象とし、これらを時間をかけてわがものにしようとしている。

日中関係は古来国家レベルでは、日本は中国に対して尊敬と対等の意識があった。それが険悪になったのは明の時代以降である。もともと中華思想があり、今でもその意識がある中国に対して、日本は決して気を許してはならない。

そういう中国であるが、中国を支配している共産党政権(ある意味で「王朝」)は煮ても焼いても食えぬが、民間レベルでは友好的・親密的である。つまり国境を気にしない「商道」では友好的・親密的である。しかし、「政道」では敵対的である。

日本は古来中国に多くを学んで来ており、易経もその一つである。日中間は「政道」において敵対関係にあるから、日本としてはそこはしっかり「政道」を歩み、「政道」を外さぬようにしなければならない。一方で民間レベルの交流・友好親善は大いにやらなければならない。「商道」と「政道」は「陽」と「陰」の関係のようなものである。「中」こそ大事なのである。このシリーズはこれをもって終りにする。       (終り)

2012年1月15日日曜日


『安岡正篤 易経講座』に学ぶ(19)(20120115)

 “日本人は、女に惚れたことを「参った」という。参ったということは相手の女性の偉大さを認識し、敬意をいだくことである。つまり恋愛というものを対等の感情関係に置かないということであります。

 ところで闘争に於いて、日本人は負けたら「参った」という。これは負けながら相手を尊敬することで、日本民族の精神的優秀性を表している。特に武士道においてこれが発達した。

 参るというと自己を忘れる。空しうする。これと一つになって生きようとする。それを「さぶろう、はべる、侍(じ)する」という。

 だから東洋人は自分の感激する偉大な人に少しでも近づこうとする。本当に好くと、その人を夫に側近く仕えたくなる。自己のすべてを捧げたくなる。この気持ちを「祭る」という。

 これが一歩誤ると「わが仏尊し」となる。それすがって生きようと依頼心になる。自我の自覚、権利主義の自覚が薄くなる。日本人がどうも依頼心の強いのはこれであります。”(以上、『安岡正篤 易経講座』より引用。)

 日本人は古来、中国人に対して「参った」とは言わなかった。聖徳太子の昔から、当時中国の隋王朝の皇帝・煬帝に対して大使小野妹子を通じて推古天皇から煬帝に送る国書を届けた。その国書には「日出る処の天子、日没する処の天子に書を致す恙無きや」と書いてあった。

これに対し煬帝は「蛮夷の書礼無し」と甚だ喜ばなかったが、裴世清らを答使として日本によこしている。これは中華思想の東の獣の国・夷(日本のこと)を他の獣の国々同様慰撫することが目的であった。

今、経済関係だけに目をやり、日本・中国・韓国の三ヵ国の貿易自由化FTAを推進したいと考える政治家・識者ら、いや中国包囲網のTPP域内の貿易自由化を推進したいと考える政治家・識者ら、いや日本と韓国が連帯して中国との貿易自由化を推進する一方でアメリカと連帯して中国と一定の距離を置きながらグローバルな貿易自由化を推進したいと考える政治家・識者ら、いや日本は何処とも連帯せず一国で各国と二国間貿易自由化を推進したと考える政治家・識者らが口角泡を飛ばし合っている。

貿易自由化で利益を得ようという考え方だけに偏れば、そこに「政道」の影は薄くなる。今、日本にとって「参る」相手はいないと思う。日本人はもっと自信を持つべきである。

政治家・識者らは「商道」ばかりに意を向けるのではなく、しっかり「政道」をわきまえ、中国、そして古来中国の影響から脱し得ていない韓国の動き、それも謀略をもった水面下の動きを十分警戒し、日本国を正しい方向に導いて欲しいと願うばかりである。(続く)