2011年12月16日金曜日

中国4000年の歴史で変わらないもの(20111216)

 中国4000年の歴史で変わらないものは「周辺国を支配することは当然」という中華思想であろうと思う。元寇のとき沈んだ元の船が見つかった。NHKはそのことについて特別に番組を組み放送した。そのときNHKは「元」とは言わず「モンゴル帝国」と何度もいい、元寇は当時の中国によるものでなくモンゴル帝国による日本侵略であったとして、中国に配慮を示していた。これはまったくふざけたことである。

12世紀初め、漢族は北方(華北)において女真族(ツングース系)の国である金の侵入を防げなかった。その金は蒙古(モンゴル)に滅ぼされた。モンゴルは南宋も滅ぼした。かくして当時のシナはモンゴルの支配下に置かれ、元という国になった。元の支配者・貴族らはモンゴル人であったが、実務官僚は漢人であった。当時のシナの支配者は異民族であったが国の総括的名称は中国であったことには変わりはない。

その中華思想のもと冊封体制下で保護されていた朝鮮(現在の韓国・北朝鮮)は、その思想において中華的であった。シナの「中華思想」、朝鮮の「小中華思想」はそれぞれの国の「性格」形成の元になっている。その「性格」は今後1000年経っても変わることないだろう。日本の政治家は与野党問わずこのことをしっかり認識したうえで外交をやってもらはなければ困る。さもなければ日本はいずれ亡国への道を歩むことになること必至である。

すでに中国は「地域支配戦略」を打ち出した。国際ルール無視は平気。沖縄・南西諸島・尖閣で「紛争」を起こし、「奇襲」作戦で占領を意図している。「洋才」のみに走り「富国」のみに走り、「和魂」を忘れ「強兵」を忌み嫌ってきた日本人は、今こそ目覚めるべきときである。「大和心」「大和魂」「武」なくして、日本は亡国の道を歩むこと必至である。

 過去にアメリカは中国と手を組んで日本を戦前のような国にさせない意図があるというようなことを言った論者がいたようである。もし日本が「和魂洋才」「富国強兵」をもってアメリカに対等にものを言うような国になれば、その論者の言うような危惧はないと思う。

問題は日本人の意識である。神話からはじまる歴史観をしっかりもち、隣国の中国・朝鮮(韓国・北朝鮮)の国としての「性格」をしっかり認識し、その外交の手段として国力相応の「武力」をもち、国防上必要な場所・海域・空域にその「武力」を顕示するようになれば、アメリカも日本との諸交渉において高飛車なもの言い方はしない筈である。

中国・朝鮮の国としての「性格」は日本とは相いれない異質の「性格」である。個々の民は良い人たちでも、「集団」となると変わる。国際ルールを無視しても平気・当たり前という「性格」は日本人には到底理解できない「性格」である。

国の「性格」はこれから1000年経っても変わらないだろう。人の「性格」が生涯変わらないのと似ている。「国の性格」という面では、日本は「欧米」と相性が合うことは確かであるが、中国や朝鮮(韓国・北朝鮮あ)とは決して折り合わない。ただ、人間同様「性格」は変わらなくてもその「行動」は変わる。「行動」は自分にとって利益がある方向、快い方向に変わる。その利益や快感が無くなるとその「行動」は元に戻るものである。

中国の国際ルール無視は彼らの国家意思に基づくものある。「地域支配戦略」「奇襲攻撃」により他国領土支配の意図、これを公然と言うところに彼らの「性格」が現れている。

中国共産党綱領には占領後の憲法・「奄美州・沖縄州・八重山州」といった行政区も書かれているという。中国は、尖閣は中国領と公然と言っている。

日本はアメリカに押しつけられた憲法前文にあるとおりの、他国の「公正と信義」に期待していてはならないのである。現実の世界は弱肉強食がまかり通っているのである。