2013年2月17日日曜日


仏教経典には幸せへの方法が説かれている(20130217

 このところ寒い日が続いている。ロシアでは隕石が落下し大きな被害がでた。その隕石の威力は広島に落とされた原子爆弾の30倍という。災害は何時起きるかわからない。天のみぞ知るである。運の良い人は災害に遇わず死ぬこともないということだろうか?運命とは何なのか?宝くじを買っていたある老人はその宝くじの抽選前に死んだ。死ぬ間際縁に無意識の条状態で「1千万円当たった」と言ったそうである。枕元にいた子供たちはその言葉をまともに受けとめていなかった。ところが実際に1億円が当たっていた。それはその老人から子供たちへのプレゼントとなった。多くの患者の死を看取ってきたある医師は余命幾ばくもないと判断されていた患者が命を長らえ、一方で必ず快癒すると判断されていた患者が病状を悪化させ死亡したという事例を他沢山経験し、臨死体験をした患者が光を見たという話を何度も聞いているという。

 人間は「真」なるもの・「善」なるもの・「美」なるものを追及してやまない。その追及の結果科学が発達する。道徳が高められ法律が整備される。芸術が盛んになる。結果として人々の生活や文化が向上する。再生医療技術やロボット技術はサイボーグ人間を誕生させている。科学者たちは巨費を投じて人間の頭脳と同じような人工頭脳を作ろうとしている。人間そっくりの表情や動作をするロボットは既に完成している。しかし人間は神を超えることは決してできないだろう。

 人間は結局は神を超えるとことはできないのだということを確信しながら「真」「善」「美」を求め続けることが重要である。物事が起きる原因は必ずある。地獄も極楽もこの世にある。生まれたばかりの赤ちゃんは生まれる前からその親の人生とは無縁ではない。生まれた後も同様である。悪事がばれないと思って悪事を働けば必ずその報いを受ける。

 求めることばかり多く与えることが少ない人はその後必ずその報いを受ける。与えることが多く求めることが少ない人はその後必ず報いを受ける。前者は地獄に落ちその縁者も地獄に落ちるが後者は極楽に生きその縁者も極楽に生きる。そういう事例は沢山あるがそれを知ろうとしない人は多い。良寛は「欲無(ければ一切)足り、求むる有)れば万事窮す」と詠った。幸せはそういう心掛けの人に訪れるものである。

 「あんな良い人が」とその人に訪れた突然の不幸に絶句する。しかしそれは人々に何かを気づかせるものである。それが判るとその人の不幸は決して無駄ではない。自分に訪れるかもしれない不運を嘆く必要はない。従容としてその運命を受け入れる心構えが出来ている人は幸福である。「ブッダは方便をもって人々を教化する」とお経には書かれている。
 

2013年2月16日土曜日


認識を求める心理と行動(20130215

 人も団体も企業も地方自治体も自らの認識を求める動きをするものである。どの国でも他国々に対して自国のことについて認識を求める動きをするものである。北朝鮮は何としてでもアメリカと直接交渉したくて核兵器を開発するという危ない橋を渡っている。シナ(中国)は自らが文明圏の中心の国であり周辺は自分たちよりも劣った人々が住んでいるという意味の「中華」の思想をもっている。そういう思想があるから平気で国際法を無視した行動をしている。北朝鮮もシナ(中国)も「王朝」が人民を支配している国である。

人は他者から自分自身を認めてもらうと嬉しいと思うものである。人は自分自身を他者から認めて貰おうとして意識的又は無意識的に言葉を発し行動する。言葉や行動はその人の心理状態を示す。国家も同様である。国家の場合は統治者がその国家の集団的心理状態を代表的に示す。

ある妻はその夫を愛しているということだけではなく、夫に自分のことをもっと知ってもらいという気持ちもあって夫に真心を尽くしている。夫は妻のそのような心の中を察知し妻をいたわり、折に触れある形をもって自分がその妻を大切に思っているということを示す。妻は夫のそのような行為によって自分が夫に認められていることを嬉しく思い、夫に深く愛されていると感じる。このようなことは親子の間でも同じである。その他の人間関係も同じである。他者に「認められたい」という気持ちを汲んでその人のことに関心をもってやる。そのような心遣いで世の中は明るくなる。

しかし他者に認められたいという気持ちを表すとき脅しや暴力を用いる行為は人間以下のものである。それは野獣の行為である。そういう人間は公権力によって抑え込まれる。もしある国家がそういう行動をとるとき国際社会が団結してその国家の行動を抑制する。そのとき必要なものは国内においては警察力であり対外的には武力である。

国民が飢えてやせ細っているのに莫大な資金を注ぎ込んで核兵器を開発している国や自らが「中華」の大国であることを世界に認めて貰いたくて国際法を無視した行動をとっている国に対しては圧倒的な武力によってそのような行動を起こさせないようにすることが重要である。勿論それらの国々の理性に訴えそれらの国々が紳士らしく振舞ってくれるようにあらゆる努力行うことは必要である。しかしそれだけではそれらの国々を完全にコントロールすることはできない。長い間平和に慣れきった日本人は「軍」という言葉を忌み嫌っている。自衛隊が実質「軍隊」であることを内心認めていてもそれが「国防軍」という名称に変えることに不安を覚える人が多い。そういうことでは野獣のような行動をする国々を抑え込むことはできない。日本人の意識改革が是非必要である。

2013年2月15日金曜日


グアム島での日本人旅行者殺傷事件に思う(20130215

 大東亜解放戦争中日本軍がグアム島を占領したのは昭和16年(1941年)129日朝のことであった。日本軍の戦死者数は1名、アメリカ軍は36名(一説では50名)であった。日本軍はその後グアム島に日本本土防衛のため2万名の守備隊を配置していた。昭和19年(1944年)721日朝アメリカ軍はグアム島奪還の作戦を行った。その結果日本軍守備隊の18千名が戦死した。アメリカ軍も3000名が戦死した。

 そのグアムで結婚式に出席する為グアムに旅行していた日本人女性2名が暴漢による無差別殺傷事件に巻き込まれ死亡した。犯人は警察の調べに対し「できるだけ大勢傷つけたかった」と語ったという。犯人デソト容疑者は精神に異常を来していたようである。彼の精神は戦死者たちの御霊に支配されていたのかもしれない。グアム島で戦死した兵士たちの怨みの気持ちがデソト容疑者の心に乗り移ってその事件を起こしたのではないだろうか?その島で命を落とした日本とアメリカの兵士の霊たちはその島で戦死した自分たちのことに思いを致さずただ観光を楽しむだけの日本人を快く思っていないのかもしれない。

 今の平和と繁栄は兵士として戦場で戦い命を落とした人々のお蔭である。そのことを特に日本人は忘れているのではないだろうか?このブログで昨日書いたように沖縄西方海域に特別攻撃で突入するため帰還を期さない旅立ちをした戦艦「大和」の甲板上で整列していた乗組員たちは「本作戦は特別攻撃作戦である」と告げられた。乗組員たちはしばらく沈黙していた。そして「よしやってやろう」「戦艦武蔵の仇を取ろう」と気持ちを高揚させ国歌「君が代」を斉唱し、万歳三唱をした。その後それぞれ故郷に向かってかぶっていた帽子を振り、愛する人たちや故郷に別れを告げた。日本が今日あるのはそういう方々の尊い自己犠牲のお蔭である。日本人は戦後の間違った教育のためそういう方々が「アジア諸国を侵略した」などと教え込まれた結果、そういう方々に対して敬意を表していない。

 地上の生物の中でただ人間だけが「意識」を持っている。「意識」は遠い過去から遠い未来まで「延伸」させることができる。
 仏教は前世や来世の存在について証明しようとすることを禁じているがその存在を否定はしていない。すべての日本人が仏教の智慧を学び、先祖・先人たちを敬い、日々を敬虔な気持ちで送るようになれば、日本人は平和な島グアムであのような事件に巻き込まれずにすんだかもしれない。よく「罰(ばち)が当たる」と言うことがあるがその「罰(ばち)」は本人だけに当たるのではない。その本人の身近な人が犠牲になったりするものである。人間はそれをブッダが人々を救うための方便としてお示しになったことであると受け止めなければならない。今を生きる日本人は国の為に力を尽くした先人たちを敬う気持ちを決して失ってはならないのである。

2013年2月14日木曜日


戦艦「大和」と宇宙戦艦「ヤマト」・究極の日本防衛用兵器(20130214

 天気が良いので散歩する。お昼前良く訪れるバーミヤンというレストランに入る。まだ客はまばらである。混んでいるときは二人で座らせられるテーブルに付いたらウエイトレスが「そこでいいのですか?こちらの広い方にどうぞ」と言う。そこで女房と二人で隣の広いテーブルの方に移る。ウエイトレスがランチメニューを示し「今日のランチメニューはこちらの4番とこちらのD番です」と言う。4番の方は魚のフライとか鳥の空揚げで油の使用量が多い。D番の方はそういった揚げ物ではないが半ラーメンと半餃子がついている。二人とも過食は避けたい。D番に付く半ラーメンを減らす場合100円引きとなっている。そこで半ラーメン抜きのD番のランチを申し込んだ。ライス・ザーサイ・半餃子・豚肉の生姜焼きで750円である。ウエイトレスが「スープバーはどうですか?」と言う。二人とも無料の水だけで十分であるのでそれは断る。続いて「ライスの盛りは普通でよろしいのですか?」と言う。ライスは大盛りにしようとしまいと同じ値段である。二人とも即座に「普通で結構です」と答える。
 ややしばらくして料理が運ばれてきた。料理の味はなかなか良い。ライスもお米はもしかしてシナ(中国)からの輸入品かもしれないがコシヒカリに相当する美味しさである。一般に中華料理屋は他の低級な店で行われているような食用油のたらいまわし使用はないと考えられる。この店は「医食同源」をモットーにしているだけのことはある。

 そのレストランで男は女房が食べているのを見ながらあることを考えていた。それはアニメーション映画『宙戦艦ヤマト』のような兵器のことである。先の大東亜解放戦争末期、戦艦大和は3332名の乗員を乗せ沖縄海域でアメリカ軍を迎え撃つため出撃した。乗組員たちにはこの作戦が生還を期さない特別攻撃であることが知らされていた。昭和2045日少尉候補生と傷病兵は退艦させられた。自分の最期を覚悟し甲板に整列していた乗組員たちは姉妹艦である「武蔵」の仇を取ろうと意気高揚し、国歌「君が代」斉唱と万歳三唱を行いそれぞれ故郷に向かって別れの帽子を振った。大和護衛の零式艦上戦闘機が大和と別れて帰還した後これと入れ替わるようにアメリカの戦闘機が来襲した。47日午後229分大和はアメリカ軍機から左舷に集中的に10本の魚雷を受け、艦上に中型爆弾3発を受けて長崎県男女群島女島南方176km水深345mの地点に沈没した。有賀艦長以下2740名が大和とともにこの世を去った。
 究極の兵器は「宇宙戦艦ヤマト」のように宇宙に配置される兵器である。日本は機密を厳格にしてそのような兵器を独自で開発し宇宙に配置させるのである。宇宙探査機「はやぶさ」を地球の定点に帰還させ、またLEDによる通信技術を開発した日本人ならばそのような兵器を開発することが出来る筈である。日本はアメリカの軍事力に頼らずとも独力で自分の国を防衛するだけの能力を持つことができる筈である。それによって日本はアメリカと対等になりアメリカと更に強固な同盟関係を築くことができるだろう。

2013年2月13日水曜日


「日本維新の会代表」石原慎太郎氏が衆議院予算委員会で質問(20130213

 連日NHKテレビで衆議院予算委員会における質疑の状況が放送されている。12日は「日本維新の会」代表石原慎太郎氏が質問に立った。「遺言である」と前置きして石原氏の思いのすべてが語られた。石原氏は日本国憲法制定のいきさつから説き日本国憲法は廃棄するべきであると主張した。幾つか印象に残ったことがある。その第一は天皇についての質問であった。安倍首相に対して天皇が憲法上「象徴」とされているがその意味をどう考えるかと質問した。そして天皇は神道を奉じる日本国の大祭司であると位置づけた。その上で天皇は政治的権力を持たないのであるから日本国の為命を捧げた英霊たちが祀られている靖国神社に是非天皇に行って頂くように働きかけて欲しいと言った。政治を司る安倍首相は今の状況下靖国神社に参拝する必要はないと言った。これは非常に良い考えである。しかし今上陛下に靖国神社に行って頂くにあたり解決しなければならない問題が一つある。それは東条英機元首相以下殉国の七烈士が靖国神社に祀られていることについてシナ(中国)と韓国が文句を言っていることである。日本は彼らに文句を言われる理由はない。東京裁判の結果日本は侵略国扱いをされたが、マッカーサーが後にアメリカ議会で証言したとおり日本は自衛のため戦ったのであり侵略戦争を行ったわけではない。しかしいわゆる従軍慰安婦問題と同様日本が侵略戦争をしたということが史実のように一人歩きしてしまっている。この問題を先ずは優れた知恵で解決しなければならない。

 石原氏の質問で他に印象に残ったのは在日アメリカ軍横田基地の飛行場の共同利用と横田が管理している空域の管制権の一部を日本に移管すべきであるということである。横田基地は有事におけるアメリカ軍の兵站基地として機能するようになっている。もし仮に有事の時に直ちに兵站基地としての機能に戻すという前提で平時は日本の国際空港としても共同使用できるようにしておくという考え方が出るかもしれないが、その考え方は集団的自衛権の問題がある現状では実現困難であろう。

 石原氏は三宅島をアメリカの艦載機の夜間飛行訓練に利用できるようにするべきであると言った。これは非常によいアイデアである。また小惑星イトカワに到達してイトカワで塵を採集し地球に帰還した宇宙探査機はやぶさのことを引合いに出して宇宙空間に兵器を滞在させ、いざというときは敵の目標をピンポイントで攻撃する手段を持つべきであると言った。日本の安全保障にかかわる問題については固定観念にとらわれず柔軟に考えるべきである。日本は核兵器を持たなくても優れた技術力で核兵器以上の脅威を敵に与えることができる。宇宙と地上間のLED通信技術が確立されれば無線周波数を利用するとき懸念される電波妨害の心配もない。石原氏は日本がいつでもサムライが腰の刀の鯉口を切ることができるような実力をもつべきであると言った。日本がこのような実力を持てばシナ(中国)も韓国も日本に対する内政干渉をしなくなるだろう。

2013年2月12日火曜日


何時でも何処でもテレビ電話(20130212

 休みを利用して同僚と一緒に5歳の息子を連れてスキーに出かける。そのスキー場からiPadを使ってその様子を300キロメートル以上離れたところに住む両親のもとにリアルタイムで知らせてくる。勿論先方から着信の呼び出し音があったからその母親の方もiPad,を開く。パーソナルコンピュータとい違ってiPadは直ぐ起動し直ちに応答できる。これが素晴らしい。iPadは操作性が非常に良くコンピューターに慣れていない人でも簡単に扱うことができる。息子の両親の方は居間で昼食をとっていた。その様子が遠く離れたスキー場の息子とその息子(両親の孫息子)はiPadでみることが出来るし、両親の方も息子や孫息子の楽しそうな様子をiPadで見ることが出来る。

 スマートフォンのテザリング機能はパーソナルコンピューターやiPadの無線LANの機能を果たす。テザリング機能を備えているスマートフォンとiPadを持っていれば、携帯電話の届くところであれば世界中どこでもテレビ電話をすることができる。勿論メールアドレスを登録した外国人との間でテレビ電話をすることができる。これはここ数年の間に発達した新しい機能である。通信網は人間の身体の神経網のようなものである。これが発達したので世界は非常に狭くなった。

 この通信網は電波を使う。ところが電波を使わない通信系が開発された。それも日本で開発された。それはLEDの光を使う通信系である。昼の明るい空間中でもLEDの光による通信ができるようになった。プールの中や海の中にいる人から陸上にいる人にLEDの光を使っては話ができるようになった。沖縄のベンチャー企業が世界の最先端の技術を開発している。今試みようとしているのは何百キロメートルも離れた宇宙空間と地上との間でLEDの光による通信を行おうとするものである。これが可能になれば人間の能力は爆発的に拡大される。

 今電波を使う機器でテレビ電話などを行っている人たちは将来はLEDの光を使うテレビ電話を行うことができるようになるであろう。「猫に小判」というが、市販の機器でテレビ電話をすることが出来ないような人には、この素晴らしさが判らないであろう。同じ人生であるがそういう人たちとそうでない人たちとの間では大きな開きがある。

2013年2月11日月曜日


潮時を知る(20130211

 役所から後期高齢者医療保険料の未納の期があったということで督促状が来た。そんなはずがないと調べてみると第3期が未納になっていた。国民健康保険のときは銀行引落しにしていたのでこういうことはなかったが昨年後期高齢者の仲間入りをしてから銀行引落しを再手続しなければならなくなり、初めの2期分を納入した後その手続をして安心していた。役所からは1年分の納入額を証明する通知が来て安心しきっていた。昨年分の納入額は1期分少ないのでその分税金の控除が少なくなり、余分に税金を納めなければならなくなる。未納分を来年分の納入額に含まれればその分は還元される形になるがそうは行くまい。未納はこちら側のペナルティと考えなければならぬ。おまけに生命保険料などの控除額も従来5万円だったところが4万円になった。高齢者を支える側の世代からみれば、高齢者はもっと負担すべきでるということであろう。その気持ちは判る。これからは余分な支出をできるだけ抑えるようにしなければならぬ。

 誰にでも平等に与えられている24時間という時間を如何に有効に能率的に費やすかということが重要である。そうでなくても加齢とともに知力も衰えてくる。「納入したつもり」が実際は未納入であったことが起きた。もともと国民健康保険のときは何も問題が起きなかったのに高齢者医療保険に代わって問題が起きた。物事は連続性が保たれているときは問題が起きにくい。何事も連続性が途切れたときに問題が起きやすい。これは組織でも同じである。組織のトップが変わったとき、制度が変わったとき、システムがかわったときなどに問題が起きやすい。大事故もそういうときに於きやすい。連続性が途切れるときは余程の注意が必要である。年をとると不連続になる事態が起きやすい。

 何か変化があったときそれを「潮時」と感じ取ることが重要である。総合的に判断すればコンピューターの画面を見てキーボードをたたいている時間は減らさなければならない時期に来ている。与えられている時間は別のことに振り向けなければならない。そういうわけで今後このブログの書き方・内容が変わることになる。ある意味で日記のようなものになる。フェイスブックを見ると毎日何度も投稿している人がいる。投稿した記事は自分のページに残るから、それはある意味で日記のようなものである。このブログはそれと同じような感覚のものにする。このブログのため費やす時間は非常に少なくなる。

2013年2月10日日曜日


やっかいな隣国の人々の特質を理解するため学ぶ(20130210

 東シナ海に展開するシナ(中国)海軍のフリゲートが彼らの動きを警戒し情報を収集している我が国防海軍(海上自衛隊)の護衛艦(デストロイヤー:駆逐艦)やこれに搭載の作戦中の航空機に対して火器管制レーダーを照射した事件が起きた。シナ(中国)側はそういう行為はしていないと言い張っている。ネット上でシナ(中国)は深刻な大気汚染の元凶がシナ(中国)に展開している日本の企業から出ているものであるとまくし立てている。「東京大爆発」と銘打った花火はシナ(中国)の正月に使うため爆発的に売れたらしいがさすがに当局はこれの販売を禁止したという。韓国では某名誉教授が関東大震災のとき犠牲になった吉原の女郎たちの遺体を関東大震災で虐殺された朝鮮人女性であると主張して話題になった。韓国政府はシナ(中国)人記者に日本の島根県の竹島を韓国領「独島」であると説明する地図を使っている手帳を配布した。ロシア空軍の戦闘機2機は北海道の利尻島付近の領空を我が国防空軍(航空自衛隊)の要撃戦闘機による警告を無視して侵犯した。北朝鮮は核弾頭搭載用のロケットの開発に成功し、その核弾頭を開発するための実験を近日中に行なうつもりである。我が国の国々は本当に厄介な政府がそれぞれの国の民を統治している。それぞれの国の民も政府に従順である。それぞれの国の民の大多数は我々日本人と心を通わせ合うことができても、国家となると極めて利己的になっている。

 集団でも組織でもその構成員個々の人柄は良くても集団となり組織となると別の性格を帯びる。そしてその構成員である個々の人たちはその集団や組織の規律に従って行動する。そこには‘個’は無くなる。そして敵対する集団や組織の構成員である個々の人々に対して暴力を振るい、殺戮も行う。この問題を心理学的に研究し、集団や組織の行動を規制し問題を解決するための何かよい方法を見つけ出すことは出来そうな気がする。しかし人類はまだその方法を見つけ出していない。今のところせいぜいコミュニケーションのチャネルを構成し、お互い疑心暗鬼にならぬように意思疎通を良くすることぐらいしか道はない。

 そういう悲観的な状況下、日本人としてできることがある。それは厄介な相手の国のことをよく理解することである。勿論その前に日本人は自分自身のことをよく知っておく必要がある。海外に出た若者たちが旅行先の外国で日本の文化や歴史のことを聞かれて答えられず赤恥をかいて帰ってきている。政府は日本の若者たちにそういう恥をかかせなくてもすむようなことをしなければならない。その上で厄介な隣国の人たちの根本的なことを知ることが重要である。本当はお互いに人的交流を活発に行って相互理解を深めることが重要であるが、それは人数的にも限られている。そこで書物を利用することが重要である。孔子直系の75代後の子孫であるという孔健という人が20年前に書いた『中国人と中国系人』という本がある。この本がシナ(中国)のことを少しでも理解する助けになるかどうかわからないが、日本人は隣国の人々を少しでも理解するようにしなければならない。

2013年2月9日土曜日


「地方分権」と「地域主権」(20130209

 テレビで国会討論を見ていて思い出したことがある。かつて民主党はマニフェストにも書いているとおり「地域主権」という言葉を使っていた。野田政権で衆議院選挙を戦うとき新しいマニフェストが発表されたがそれには「地域主権」という言葉は使われず「国民主権」という言葉が使われていた。今度海江田代表の民主党では相変わらず日教組や労組出身国会議員の声が強いようで、党の「綱領」に相当する部分、すなわち党の理念をどうするかという部分で揉めているようである。

 そもそも日本国家の「主権」に対抗するような日本国内の「主権」などあり得ない。4年前の民主党は「主権」という用語を正確に知っていて「地域主権」を主張していたのか、或いは民主党員の中に「日本国家」のイメージを薄めてシナ(中国)や韓国と同じ屋根の下で経済的繁栄を目指そうとする人たちが多くてそういう表現をしたのか、おそらく両方であろう。だから民主党内では未だに党の理念に相当する部分で揉めているのである。自民党内にも「政道」より「商道」を優先させることが正しいと思っているような政治家たちがいて日中韓FTAを推進しようとしているようである。EUに見習うような「東アジア共同体」は性格が異り価値観も異なる国家同士がお互い「経済的利益」を得ようする打算だけで同じ屋根の下で暮らすようなもので、結局は破綻すること必至である。

 「主権」とは憲法や国際法の中で国家として最高の独立性を表現する概念である。それを誰とは言わないが民主党の幹部など主だった人たちが平然と「地方主権」とか「地方主権」という言葉を使っていた。民主党政権下では「外国人参政権」・「夫婦別称」・「女性宮家」など日本国家の「主権」を揺るがす種を蒔くような法案が準備されていた。しかもそういうことを批判する一個人を「人権侵害」という用語の中に丸め込んで発言を封殺するような法案まで用意されていた。「あなたたちは日本人か?」と言いたい気持であった。

 国会討論で日本維新の会はさすがに「地方主権」という言葉を使わなかった。「地方分権」と言う言葉を使っていた。ただ「国と地方の対等」を求めていた。それは日本国内における自治体の権利が国家によって抑圧されている現状に対する反発から出た言葉であろう。日本維新の会には地方自治体の首長をした人が4人居る。夏の参議院選挙では地方自治体の首長であった人たちが多数立候補し参議院議員のバッジを付けることになるだろう。民主党内で保守的な議員たちは日教組や労組の影響を強く受けている議員たちと袂を分かって日本維新の会や自由民主党に加わった方が当人たちはもとより大多数の日本国民のためにもよいことである。過去3年間、日本国民は大変良い経験をして学習した。明治維新以来日本はいろいろなことを経験したが、それは日本が世界一成熟した理想的な国家になるため必要なことであった。物事は複眼的・多角的・超長期的に観なければならない。

2013年2月8日金曜日


湯たんぽと紙フィルター式加湿器とマスク(20130208

 大寒を過ぎ節分を過ぎて徐々に春が近づいてきているがここ数日はこの辺でも最低気温は摂氏2、3度になると予報されている。このようなときに湯たんぽはなかなかよい暖房器である。お湯を沸かし湯たんぽに詰めるという手間がかかるがこれを足元に置いておくと朝までぽかぽか暖かい。布団を被せておけばその湯たんぽのお湯は一日中暖かい。特に金属製の湯たんぽは保温効果が高い。翌日その湯たんぽのお湯は浴槽のお湯に加えるようにして使えば無断にはならない。暖房に電気を使わないので光熱費は湯たんぽに入れるお湯を沸かすためのガス代だけですむ。

 冬期は空気が乾燥している。就寝時枕元に加湿器があると健康に良い。そのとき電気を使わない加湿器を使う。これは東急ハンズで売られている。これは毛細管現象で水を吸い上げる紙を使う加湿器である。この加湿器は紙を折り重ねて水蒸気の放散面積が広くなるように工夫されているフィルターが水をためる容器に浸されていて、水を吸い上げて空気中に放散する仕組みになっているものである。これを使ってみると実際に効果があることを知る。これを使うと翌朝のどの具合がよいが使わなかったときは痰が詰まる。痰はのどを枯らさないように体が反応した結果生じるのである。

 花粉が飛ぶ時期になった。スギ花粉などで毎年悩まされる人たちは今年特にシナ(中国)から飛来する大気汚染物質や黄砂に一層悩まされることになる。偏西風の流れが太平洋側に蛇行しているため、シナ(中国)からのそれらの迷惑な物質は九州や四国や本州の太平洋側にも落下して多くの日本人に健康上の被害を与える。これらの有害な物資をできるだけ吸い込まないようにしなければならない。マスクは高価なものを使う必要はない。普通のマスクでも隙間が出来るだけ少なくなるように上手に装着すれば、有害物資をかなり良く防ぐことができる。一度使ったマスクは捨てる。マスクに吸着した有害物質が再び飛散しないようにマスクの取り扱いには十分注意が必要である。

ある一級河川に面したところに一棟の鉄筋コンクリート造り・住戸数28の小さな集合住宅が建っている。その7階は風通しが良く日当たりも良い。特に北・東・南に面した角部屋は視界を遮るものがなく室内には一日中陽が差し込む。晴れた朝南に面したベランダから西側を見ると遠くに雪を被った富士山が見える。北に面した通路からはすぐ下に川が見える。堤防とこの建物の間には塀を挟んで駐車場がある。其処は秋に住民たちが集まって芋煮会などを催す場所としても使われる。庭木の下の空き地に種々雑多な花が植えられている。この花の手入れは花が好きな住人が自発的に行っている。住民の殆どは27年前から同じ顔ぶれの老人である。住民たちは毎年3人づつ輪番で役員を引き受け、皆それぞれ健康維持のために川の周りをウォーキングをするなど工夫しながら日々を過ごしている。

2013年2月7日木曜日


急に英語を学ぶ意欲が湧いて来た(20130207

 男は放送大学に再入学し自然系のコースに籍を置いてもう3年以上経っているが何一つとして単位を取っていない。このままだとあと2年もしないうちに学籍が無くなってしまう。入学金も収め初めのうちは何科目か取ってその分の学費も納めていたのでこのままだと無駄金を払って無為に年月を過ごしてしまったことになる。勿論その間このブログや詩吟など他のことにエネルギーを費やしていたので必ずしもすべてが無為無駄ということではないが・・。

 今年初め男は自分のメタボの腹を凹ますことと英語の能力をつけるという二つの目標を立てた。その方についてもあまり真剣ではなかったがある程度努力はしてきている。しかしあまり成果が上がらぬまま1ヶ月を過ぎてしまった。これでは日々を真剣に一生懸命に生きているということにはならない。男は独りそう反省している。一方で自分にストレスを与えてまで一生懸命に生きるようなことはしようなどとちっとも思っていない。いい加減と言えばいい加減である。そもそも男はこれまで万事物事は100点満点の60点でOKという主義でやってきた。それで万事うまく事が運んできた。それは殆どストレスがないような生き方だから男の手に長生きの相が現れている。

 ある日男は自分の胃の内視鏡による定期検査を受けるためある消化器・内科医院を訪れたとき、そこに置いてあった手相のことが良くわかる本に興味があったので診療の順番待ちの間それを見ながら自分の手相を調べたことがあった。それには男が怠惰な性格であるが頭が良いため何でも上手く処理してゆくというようなことが書かれていた。確かに男は怠惰である。余分な神経は使っていない。勿論これまで男は何事にも集中しなかったかと問われれば否である。集中するときは寝食も忘れるほどに集中していた。創造的な自分が好きな事にはものすごく集中していた。ただ男にはこれまで山中教授のように人生をかけて集中するようなことにめぐり会わなかった。だからこれまで才能がありながらのほほんと生きてきた。しかし自分の人生の大事業は仏の加護があったお蔭で無明のうちに成し遂げることができている。それは男の女房のお蔭である。男はやがて時が訪れて棺桶に片足を突っ込む時はニコッと笑って突っ込むことだろう。そのことは間違いない。

人の「行動」は「環境」と「刺激」の関数である。男はインターネット環境の中である強い刺激を受けた。今の時代何も金をかけなくても最も能率的な勉強ができるようになっている。家の中でも外でもノートパソコンやスマートフォンを持ち歩いてどこでも英語の勉強ができるようになっている。放送大学生であればインターネットで往年のアメリカの俳優や女優が主演の古い映画を題材にした『実践英語』を勉強することができる。NHKもインターネットで能率的な英語学習の番組を提供している。専攻は違うがその科目を取れば男は何年かの間、放送大学から除籍されずにすむことだろう。

2013年2月6日水曜日


安岡正篤『易経講座』を振り返る(20130206)

 民主党政権がこの国を危うくしていた時期にこのブログで「渡部昇一『日本史』を読んで日本人はどうあるべきか考える」「安岡正篤『易経講座』に学ぶ」などを投稿していた。このブログで最近後者の方に関心が集まっていた。そこでもう一度「安岡正篤『易経講座』」を振り返ってみることにした。これは一昨年(2011年)の暮れ1227日から昨年114日まで毎日連続で投稿していたものである。

「知は力」である。知らなかったことを知るため「学ぶ」ということは実に素晴らしいことである。しかし一度学んだからとて決して自分のものになるものではない。「学ぶ」ということはただ単に「会得」したに過ぎない。「会得」したものは絶えず「会得」する努力を続けないと忘れてしまう。時間が経てば全く元の「会得」していなかった状態に戻ってしまうものである。「会得」は同じことを繰り返し「会得」し続けることによって、初めて「体得」することができるものである。これは例えば一度自転車に乗ることができるようになれば自転車の乗り方を体で覚えているから忘れないようになるのと同じである。「体得」しなければいくら「会得」したからとて何の役にも立たない。しかし「会得」しないよりは増しである。ゆえに絶えず学び続けることは重要である。

 そこで久しぶり自分が書いて投稿した「安岡正篤『易経講座』に学ぶ」を読み返すことにした。読みながら「そうだ、そのとおり!」と肯く。その中の一つに“人間に与えられている価値判断によって、物の是非善悪を正し、一見矛盾するが如きものを解消して中へもっていく。これを折衷というのであります。折とはサダメルという字である。是非善悪を分別して、悪を折り、不正を折って、はじめて定まり進歩する。だから折衷という。単に歩み寄りなんていうものは居中であって折衷ではない。易は中庸である。中庸は複雑な現実に処して勇敢に折衷していくことである。”という言葉がある。

「是非や善悪を分別し、悪を折り不正を折る。一見矛盾するようものを解消する」ということは中々難しい。自分の頭で理解していることでも生まれつきの性格が邪魔をする。頭で分かっている通りには中々実行できない。特に気性の激しい者はあるきっかけで普段の穏やかさが信じられないような行動をしてしまうものである。そして気持ちが落ち着くとその行動を恥じる。これには生まれつきの遺伝子が大いに関係している。友は類をもって集まるというが、人の集合である組織の行動もその組織にどういう性格の人たちが多く集まっているかによってその組織がどういう判断をするかが決まると考えられる。

 民主党政権のとき尖閣諸島に対しシナ(中国)の航空機が領空侵犯をするとき我が国防空軍(航空自衛隊)が曳光弾発射をもって警告することについて、「そういうことをすればシナ(中国)を刺激する」という主張が通って曳光弾発射を封印してしまった。民主党の政権はシナ(中国)に歩み寄って「居中」しようとしたのである。その結果はどうであったか。シナ(中国)はさらなる歩み寄りを求めて公然と公船を尖閣諸島周辺に派遣し、度々領海侵犯させるようになった。これは例えて言えば獲物を狙う狼の群れが遠巻きに獲物の様子を窺っていたときに獲物の側に隙を見つけた途端に行動を起こしたようなものである。竹島問題についても北方領土問題についても同様である。国際関係においても「折衷」に努めるべきであって決して「居中」してはならない。「折衷」において重要なことは「是非」と「善悪」の判断である。人道に反することは「悪」であって「善」ではない。相手方と「善」と「悪」について徹底的に議論し、何を「是」とし何を「非」とするかルール作りから始めなければならない。そのルール作りは国際社会が公正公平に「是非善悪」の判断ができるようにしなければならない。国際社会が認める判断の結果やむを得ず武力衝突になる場合、正義は必ず日本に味方するであろう。それこそが「折衷」である。

易経は「居中」を戒めている。商売で甲と乙とが互いに主張しあい何処かで折り合いをつけて妥協して値段を決める。「居中」とは商売の上での妥協のようなものである。日本人は元来人を騙すことを嫌う性格がある。だから日本人は騙されやすい。そして「騙される方が悪い」と公然と言われてしまう。心の何処かに武士道精神を持っている日本人は他国との間の物事は先ず「政道」で処するべきである。「政道」が主であり「商道」は従である。もし他国との間の物事を「商道」を主にして対処しようとすれば必ず失敗することだろう。

2013年2月5日火曜日


iPadを利用すする‘テレビ電話’(20130205

 iPadにはfacetimeという‘テレビ電話’の機能が付属している。Apple社のiphoneには元々これが付属しているが、Google社のスマートフォンにはその機能は搭載されていない。その代わり欧州で開発されたSkypeを搭載し、Skype同士で‘テレビ電話’のようなことはできる。これらのシステムを開発したアメリカはこれらの機器を購入して毎月所定の利用料を払っている顧客から得る収入で莫大な利潤を得ている。このような知的なものを生み出した国は世界中から富を集めることができる。日本も自由民主党政権に代わってからそういう知的財産を生み出すための施策を講じるようになっている。一つの例がips細胞の再生医療の実用化に向けた投資である。またがん治療のため次世代の薬を企業・政府・大学が連携して開発・生産するための拠点を日本国内に新設する計画も発表された。TPPの圧力がある中、特に農業分野で大きな影響を受ける日本はその圧力を跳ね返し日本の利益を損なわないような対策も講じつつある。日本人は昔から外圧があれば団結し国益を守ってきた。大東亜解放戦争ではアメリカの力に屈し‘降参’はしたが、決して負けてはいなかった。大和男児の国・侍の国・大和なでしこの国日本はそういう国である。そういう国日本だからこそ日本はアメリカと強力なタッグを組むことができる。民主党政権によって揺らいだ日本とアメリカの同盟関係は自由民主党政権に代わって再び引き締められた。

 シナ(中国)が尖閣を巡って高圧的になってきた原因の一つに民主党政権で領空侵犯機に対する曳光弾による警告を封印したことにあった。漁船衝突事件の時とった政府の弱腰の対応も原因の一つである。今もシナ(中国)政府の公船が領海侵犯を繰り返している。日本は冷静に対応している。しかしもしシナ(中国)軍用機による領空侵犯が起きた場合はただでは済まないだろう。シナ(中国)はその責任を取らなければならないことになる。

 それはさておいて上述の‘テレビ電話’は非常に便利なものである。携帯電話のように持ち歩いて、いつでもどこでも相手の顔を見ながら明瞭な通話ができる。特にiPadは携帯電話と違って画面が少し大きいので、何百キロメートルも遠く離れた者同士があたかもすぐそばに居るような感覚で会話ができる。これは実に素晴らしい道具である。眼鏡や補聴器などの器具が人間の機能を補うものであるのに対して、コンピューターなどの道具は人間の能力を拡大させる物である。これは今後爆発的に普及するであろう。アメリカには自らの知的財産の資源により稼いだ富がますます多く集められることだろう。

 日本はTPPにより被る損失を局限させることができるようにしてTPPに参加し、ルールやマナーを無視して行動する国々に圧力を加え、彼らがルールやマナーを無視できないようにしなければならない。相も変わらず物語を捏造して‘反日無罪’の行為をする一部の韓国人たちのため日本人がこれ以上嫌な思いをしなくてすむようにしなければならない。

2013年2月4日月曜日


政府による最も正しく最も分かりやすい情報の積極的提供が重要である(20130204

 フェイスブックで得た情報であるが、社民党の照屋寛徳氏がフェイスブックの自分のページに“「NO オスプレイ東京集会」に参加”と書いたら、ドドドッーと嵐のようにオスプレイ配備に賛成のコメントが書き込まれていた。そのページには集会参加者が赤い布に「オスプレイ配備反対」と印刷されたものを各自の胸に取り付けている写真が出ていて、照屋寛徳氏の“昨日は、オスプレイ配備に反対し、その撤回(撤去)などを求める沖縄からの「東京行動団」144名が上京し、日比谷野外音楽堂で「NO オスプレイ東京集会」とデモがおこなわれた。私も集会とデモに参加した。オスプレイを強行配備し、最近になって嘉手納基地にもCV22オスプレイ(空軍仕様)を配備せんとする日米両政府に対する怒りを共有することができた、と信じる。”というコメントが載せられている。

 先日鎌倉に遊んだとき列車の中で「原発ゼロ」と書いた白い看板を胸と背に掲げていた人を見かけた。これに注目する人は少なかったようである。世の中には政府の施策に対し様々な意見が公然と表明されている。これは民主主義国家として正常な状態である。もしどこかの国々のように政府が一方的に自分たちの主張のみを通し、他の意見を力で抑え込むようであれば、それは決して健全な状態とは言えない。

 オスプレイはこれまでの回転翼の輸送機に比べ安全率が高く、輸送能力が格段に高い輸送機であるようである。自衛隊もこれを導入する計画があると報道されている。政府の施策に対する様々な意見は、様々な情報に基づいて出される。政府は正しい情報をできるだけ分かりやす積極的に国民に知らせるように十分心がけるべきである。日本のように成熟した国では政府が正しい情報を正確に分かりやすく提供すれば、国民はどういう行動をすべきなのかということについて最も正しい判断をするに違いない。

 物事に毅然として対処するということは、感情に走り怒りの心をもって対処するということとは全く異なる。其処には私心は全く見当たらいものである。尖閣の問題にしても竹島の問題にしてもいわゆる‘従軍慰安婦’の問題にしても、歴史的事実・根拠を基にして毅然と対処するということである。私心がある政治家は、例えば「領土問題は存在しない」ものを「領土問題がある」とか「その島を共同管理すべきである」というようなことを口にする。政府によって最も正しい情報を正確に分かりやすく提供されている国民は政治家の私心を見ぬくことができる。政府は国民の中に様々な意見があることを前提に、国家の安全保障上のことについて国民を信頼し、国民に対して最も正しい情報を最も正確に分かりやすく提供するように十分心がけるべきである。成熟した日本では、ソーシャルネットワークは国民が正しい判断を行うための重要なツールになっている。恣意的なごまかしは通用しない。このことについて政府・官僚たちの意識改革が必要である。

2013年2月3日日曜日


「日々是(死)支度」と言うと穏やかに聞こえないが・・・(20130203

 シニアには映画館の入場料が1000円だというのでクレティセゾンカードを作って何度か映画館に通ったことがあった。カードは一、二回しか使ったことがなかった。最近は映画に興味がなくなってここ数年映画館には行っていない。映画というものは所詮創作された映像である。映画館に入って2時間ほどその創作された映像の世界に自分を置いて、感動したり、歴史ものだと「あの時代多分あのような光景であっただろう」と想像したりして結局は人生のある短い時間を楽しんでいるのである。その楽しみを必要としなくなったら映画に興味を失った。ただし、ドキュメンタリーとか記録映画には大いに興味がある。

 カード会社から新しいカードが送られてきた。約款をみるとそのカードを持っているだけで年会費を払わなければならない旨書かれている。多分1000円ぐらいだと思うが、自動的に銀行から引き落とされているだろう。今後使うことがないカードについてはたとえ新しいものが送られてきたとしてもその時点で解約しておく方がよい。一年以内に解約すればよいのでそれまで手続きをしないでおこうなどと欲心を起こすと忘れてしまっていて、また新しいカードが送られてきて無駄な出費をしなければならないことになる。「日々是(死)支度」とはそういう無駄な出費をしないための身辺整理を含む。一日一度、少しづつでも身辺整理をしておくと身の回りには余計なものが無く、したがって余計な物があるために生じる煩わしいこともなくて済む。

 まだ捨てていないものがあった。それは古いコンピューターである。そのコンピューターを買ったときはまだその価格が高かった。コンピューターは年々性能が良い物が出る。コンピューターを良く使う者にとって性能が悪いコンピューターを使うと動作が遅く、操作性も悪いためいらいらする。そうなるとつい新しい物を欲しくなる。そのようにしてこれまで合計すると結構なお金をコンピューターに注ぎ込んでしまっている。古いコンピューターのハードディスクスクには外に出したくない情報が詰まっている。一方コンピューターには貴重な希少金属が使われている。そういうことがあって何台もの古いコンピューターが戸棚の奥に重ねられて保管されている。これは今年内に上手に処分しなければならない。おそらくそういう状況にある人たちがこの日本国内に非常に多く居ると思われる。

 「日々是(死)支度」と言うと人には穏やかには聞こえないだろう。早かれ遅かれ誰にでも自然に訪れる「自分の死」のことを余り考えたくないと思うのが一般の人々の心情である。しかし日々そのことを直視しながら時を過ごすことは非常に大切なことである。自分の手相を見ると生命線が非常に強く手の根本までくっきりと伸びている。この分だと事故にでも遭わない限り100歳以上まで生存している可能性がある。身辺整理とともに身体機能の低下に備えた補助具の使用の準備もしておかなければならない。

2013年2月2日土曜日


鎌倉に遊ぶ(20130202

 お天気が良い日に久しぶりに鎌倉に遊んだ。毎年この時期に鎌倉八幡宮の源氏池の辺で冬の牡丹を鑑賞することができる。冬の牡丹は地面からの冷気と上から降りる冷気を防ぎ牡丹を守るため牡丹の根本の地面の上に藁を敷きつめ、藁で作る菰を被せてある。菰の中に牡丹の花が3、4輪の身を寄せ合っているのが可愛い。冬牡丹の花にはがいろいろな色や形がある。持参したデジタルカメラで写真に収め、家に帰ってから先ずはそれをテレビに映し出して鑑賞し、コンピュータに保存するものを選んで他はゴミ箱に入れる。次に良い写真を2LサイズとA4サイズでそれぞれ何枚か印刷する。そして印刷したものの裏に撮影の場所と日付を書き入れる。その後それらを額に入れ家の中の各所に飾る。それまで額に入ってあったものは整理して保存しておく。家の中には高価な絵画は飾られていないが、居間や寝室や廊下などに自分で撮った四季折々の花や風景の写真が飾られている。

 今年はとても良い冬牡丹の写真が撮れた。壁に飾った冬牡丹の写真を見てその写真を撮ったときのことを思い出す。例えばこの度源氏池の中の島の水辺から少し離れたところに一羽のアオサギがじっと止まって水辺を見つめていたが、其処からちょっと離れた場所で一羽のコサギが舞っていた。するとそのアオサギはそのコサギを警戒したのか丘の茂みの方に移動して体を低くした。そのうちにコサギの数が増し、何羽かが松の木の上に止まった。アオサギはいつの間にか姿を消した。このことを来年思い出すことになる。

またその牡丹園の反対側の出口から出て八幡宮の前に出て若宮通りに向って歩いているとき中学生たちが騒いでいる。何かと思って近づいてみると中学生たちがリスに何か食べ物をやっている。リスは人見知りもせず近づいて来ている。良く見るとそれは台湾リスであった。鎌倉では台湾リスが増えて被害が出ているためネズミ取りで捕獲しているそうである。何処か他にリスが居ないかと木の茂みの上を見上げていると台湾リスの巣がある。台湾リスは木の枝の高い所に巣を作っている。こういったことも来年また鎌倉の冬牡丹の写真を撮ったとき「去年はリスが居たなァ」と思い出すことになる。

 小町通をぶらぶら歩いていると口ひげをはやし着物姿の旦那衆に出会った。牡丹園では和服姿の旦那と美しい着物を着ているヨーロッパ系の女性のカップルが牡丹の花を観ながら日本語で語り合っていた。大変良い風景であった。鎌倉には京都とは違う雰囲気がある。

 北条政子が源氏池と平家池を作り、頼朝が由比ヶ浜から天満宮に向かう両側に松の木を植えてあった、一直線の道幅が広い参道を作り鎌倉幕府の基礎を作って以来820年経った今、人々は往時の為政者たちと同じような立場になっている。当時身分の高い人たちだけしか入れなかったところに、今の人たちは所定の料金を払って入ることができる。経済的に多少豊かであり、日本固有の文化を大事に思いそれなりの教養を身につけている人たちは然るべき場所で茶の湯の席に招待されるなどして、かつて身分が高い人たちが共有していた精神文化の世界に自分を置くことができる。

外国の史跡の建物と言えば古くなって汚れているものがあるが、日本の史跡の建物は実に美しく優雅に保たれている。古い茶室では茶の湯の会が催されたりする。外国から見れば非常に等質な日本人は、誰でも誰から強制されることもなく、自然のうちに日本古来の文化や伝統を守る気持ちを抱いている。これは外国にはない非常にユニークなものである。アメリカの航空母艦の乗組員たちの一行ではないかと思われる一団が、引率者が掲げる旗のあとに付いて歩いていた。鎌倉は何度訪れても飽きることはない土地である。

2013年2月1日金曜日


人生を長い目で見る習慣が幸せを呼ぶ(20130201)

 男は若いころ、というより50代になっても未来のみに目を向け過去を振り返ることをなるべく避けていた。男は女房から「お父さんは自分が年老いていくことを忘れている」と批判されていたが、心の片隅ではずっと先のことを考えていたと思う。しかしそれは漠然とそう考えていただけであった。女房はただひたすら夫に仕え、子供の未来のことを考え、将来必要な資金のための準備をしてくれていたから、男はそういう女房に甘え、先のことは考えずにすんでいたのである。男の父親は明治末期生まれでもう45年も前に他界したが、その父親が「お前は○○子と一緒になれ」と言った。それが男の女房である。その父親が男と○○子のために親族だけを招待してある料亭で息子である男のために祝言を挙げてくれた。以来50年、男も女房を70の齢を超えた。今、男は自分が日々年老いて行っていることをしっかりと自覚している。男も女房も「あの世」に向けて日々支度をしている。

 ある資産家夫婦殺害・死体遺棄容疑で43歳と41歳の二人の男が逮捕された。世間には人生半ばで罪を犯す人が絶えない。もしそういう人たちが自分の10年先・20年先のことに意識を及ぼしていたならば、そのような重大な罪を犯さずにするだろうか?男はその意識だけでは罪を犯すことを思いとどまることは決して出来ないだろうと思う。自分の10年先・20年先のことに対する意識のほかに宗教心や他者の気持ちに共感することや他者への思いやりができるような心が無ければ、結局は罪を犯すことになるだろうと思う。

 他者は自分以外の者である。児童虐待のことがしばしば話題になるが、虐待される児童は他者である。自分が産んだ子供も他者である。宗教心のほかに児童という他者と自分の10年先・20年先のことに意識が及ぶならば虐待は防げることだろう。物事は年月という長い幅で捉え、今は辛くてもその他者との10年先・20年先までのことについて意識を働かせ、その幅全体でどうであるかと考えるならば、今の辛さに耐えることができる筈である。罪を犯す人たちは結局目先の慾得のことしか考えていないのである。自分の子供を虐待する親も結局はその親が目先のことしか考えていないからそういう行為をするである。

 子供の時から物事を時間の経過という幅で全体的に捉え、考える習慣を身につけさせることは大変重要であると思う。宗教はそういう観念を育てると思う。とりわけ仏教は生身の人間の生き方について最もよく教えてくれると思う。昔は娯楽が少なかったためでもあるがお寺でお坊さんの話を聞きに行くことが人々の楽しみの一つであった。男も子供の頃祖母に連れられてお寺での集いに参加したことがあった。男は10歳のとき母を亡くし近所の叔父さんから「仏壇の前で一生懸命お経をあげるとお母さんに会えるよ」と言われ、幼い弟と二人でお経をあげ、そのお経全文をその意味は判っていなかったが暗誦していた。そういう経験は男の宗教心を育てるきっかけになっていたことは確かである。