2010年7月12日月曜日

ブッダ『感興のことば』を学ぶ(114) (20100712)

 今日は参議院の選挙日である。男と女房は天気予報で午後は雨と言うので、午前中に投票をすませた。投票を終えて帰りの途中、近所のSさんご夫妻に会う。投票する候補者について一言二言言葉を交わす。比例区でSさんと同郷の若い候補者に入れてくれるよう話す。奥さんが「オホホ」と笑う。

 帰る途中、園芸店に立ち寄り、ブーゲンビリヤ一株を買って帰る。女房が値札2800円のものが800円の特別価格で売っているのを見つけ、買おうか買うまいか思案中であったので、男は「買おう」と言ってその鉢を持ち、会計カウンターに行った。

 昨年秋、女房と一緒に宮崎旅行をしたとき、あちこちでブーゲンビリヤの花が美しく咲いていた。そのことが強い印象として残っている。家に帰っておやつにブドウを食べているとき女房が「宮崎であの花が綺麗だったねえ」と思い出している。この樹木の育て方がわからないからどうしようかと女房は迷っていたが、「勉強すれば大丈夫だよ」と男は女房の背中を押してこの樹木を買った。男もその育て方について勉強するつもりである。

 今日から大相撲名古屋場所が始まる。しかしNHKによる実況中継もない。賜杯もない。会場は暴力団完全排除のためぴりぴりした状況である。相撲協会のガバナンスに関する独立委員会が立ち上がった。果して相撲協会は立ち直れるのだろうか。昨日は神事が行われた。相撲は2000年の歴史がある日本固有の伝統文化である。その重みを今一度思い直し、昨今の日本人の軽薄な風潮に歯止めをかけなければならないと思う。

 日曜日はNHKで園芸の時間がある。女房は毎週欠かさずそれを見ているが男もある程度見ている。今日は初めに長ネギや下仁田ネギの育て方やジャガイモの収穫について放送された。これを見ていて男はそのうち田舎に帰ってそこで暮らし、多少の農耕をし、日々晴耕雨読と読経の日々を送りたいと思った。これは男のロマンであり、美学である。

 田舎でもADSLで100Bpsの通信ができるようにしてある。そのためわざわざNTT西日本と契約している。普段は電話だけしか使っていないが、男は田舎に帰るとき小さなコンピュータを持って帰り、その回線につないでこちらに居るのと変わらないインターネット生活をしている。独り暮らしの婆さんはそれを見て「勉強している」と思っている。田舎で本格的に暮らすようになる場合は、ある程度の書物も持って帰らなければならない。

 田舎とこちらと年に何回か行き来する生活が理想である。今でも行き来してはいるが、田舎に居を移すとなると男にとって田舎が主生活の場となるので今とは逆の行き来となる。あと数年間は今のパターン。その後数年間は今とは逆のパターン。最後に田舎で介護付きの老人ホームに夫婦で入る。こんな余生を描いている。絵に書いた餅のような贅沢な余生である。しかし、実際はそのとおりにはならないのが世の常である。

 ウオーキングに出かけようと思ったが、予報通りポツリポツリ雨が降ってきた。

43 心が煩悩に汚れていないで、実体について固執を絶ち切った修行僧にとっては、生れをくり返す輪廻が滅びている。今や迷いの生存を再び繰り返すことはない。