2011年2月14日月曜日

武士道(続)(20110214)

 東京発信の「ギャル」が一つの文化として世界中に広がりつつある。遠くはイスラム教の中東の国にも「ギャル」が出現した。シンガポールのある街角は、まるで東京の渋谷、原宿のような雰囲気で、若い女性たちが「ギャル」になることに憧れ、そこに集まって来ている。店には東京で売られている「ギャル」向けの衣装やアクセサリーや化粧品などが、まるで渋谷や原宿の店のような雰囲気で店頭に並べられている。日本のアパレルメーカーは、シンガポールを拠点にして中国などに「ギャル」文化の進出を図ろうとしている。

 「ギャル」は「創られる」ものである。「盛る」と言うらしいが、化粧品や付けまつげなどで「盛って」顔を創る。「盛られた」顔は別人のように美しく、可愛くなる。衣装、アクセサリーなどを芸術的センスで選び、身につけ、ごく普通の娘さんがスターのように変身する。最近の日本の「ギャル」は、「大人」の雰囲気を漂わせるようになったらしい。化粧や付けかつげやなどについて、非常に高度な専門的知識と技術を見つけた日本の女性が、世界の「ギャル」たちから尊敬されている。「日本に行きたい」「日本語を学びたい」という若者・女性が沢山いる。日本は彼らの憧れの国である。

 さて、「ギャル」と「武士道」と何の関係があるのかと、疑問を持たれるかもしれない。新渡戸稲造の『武士道』第六章「礼」にこう書いてある。サブタイトルは「人とともに喜び、人とともに泣けるか」である。そして彼は言う。「礼とは他人に対する思いやりを表現すること」であると。また、こうも言っている。「私は、流行でさえ、単に虚しい気まぐれだとは考えていない。それとは逆に、流行とは美を求める人間の心の絶えまない探究そのものであるとみなしている」と。

 日本の若者たちは、「他者への思いやり」を表現している音楽、歌、それも日本人のアーティストが作詞・作曲した音楽・歌に非常に共感し、外出時は最新のプレーヤーを携行してそれを聴いている。漫画『ワンピース』もそうであるが、日本の若者たちが共感しているものは、「武士道」など日本の古い、しかし伝統的な価値観とは一見無縁のようであるが、実はそうではないのである。

 今、この国を動かしているオジサンたちは、日本の古い、しかし伝統的な価値観を非常に重要なものであると意識もせず、一方で、若者たちの上記のような文化にも深い関心、あるいは共鳴がないのではないだろうか? 漫画好きオジサン・麻生元総理は、国費をかけてアニメ文化発信の拠点を建設しようとしたが、政権が変わり、それは「ハコモノ」として斬り捨てられてしまった。

 私は日本の若者の文化の中にも、日本の古い、しかし伝統的な精神があると考えている。新渡戸稲造の言葉を借りれば、「人とともに喜び、人とともに泣ける」という武士道の「」の根本の精神が、若者の文化の中にあると思う。だから、東京が元祖である「ギャル」や「J-POPや、「アニメ」が、若者の間に人気を呼び、世界に広まっているのである。

0 件のコメント: