2012年2月10日金曜日

国家の「敵」について考える(201202010)


アメリカはつよいう過去の歴史を見ると自国民を犠牲にしながら他国を占領していった国である。「メイン号を忘れるな!」「アラモ砦を忘れるな!」「真珠湾を忘れるな!」「9.11を忘れるな!」。 日本海軍による真珠湾攻撃は暗号を解読され、攻撃するように仕組まれた。空母は湾外に避難していた。犠牲になったアメリカ将兵こそ哀れである。

アメリカは西ローマ帝国の末裔のような国であり、ロシアは東ローマ帝国の末裔のような国である。日本は歴史をたどれば国内で同じ日本人同士が富をめぐって争ってきて、最終的に天皇のもとにまとまった。世界に日本のような、ある意味で天皇を家長とした家族のような国は存在しない。

世界の諸国は富を得るため争い続けブロック化している。世界が最終的には日本のような国になればよいが、決してそうはゆかないだろう。世界には天皇のような道徳的象徴はいない。17世紀オランダのユダヤ人哲学者スピノザが言ったように、万物は「自存」力をもち、「自存」のため行動している。「国家」も同じまた同じである。結局は生き残る力の強い国だけが生き残り、争いに勝った国が「正義」を演出できるのである。

日本が生き残るためには、たとえ「昨日の敵、今の敵」であってもその「敵」と組まざるを得ない。組むからには応分の負担もやむを得ない。冷徹に「ギヴ・アンド・テイク」である。問題は、どの「敵」と組むかということである。

ここでいう「敵」とは、広義の「敵」である。「敵」には、①味方にできる「敵」、②味方にはできない「敵」、味方にも敵にもなれない「敵」、の三通りがある。そして自分の周りにはそのような「敵」がいるが「味方」は誰もいない。そういう意味での「敵」である。「競争・競合相手」である。言いかえれば自分の心を安らげることができない他者である。日本はアメリカと軍事的同盟関係にある。従いアメリカは日本の「敵」ではあるが同時に「味方」でもあるのである。

国家の軍をもたず核兵器も持たない今の日本の実力では、日本一国だけでは決して生きのこることはできない。そういう意味で日本が組むべき「敵」は欧米諸国しかない。もし日本が近隣の「敵」である中国や韓国・北朝鮮と組めば、結局それは日本の自滅になる。
その理由は、中国は尖閣列島を中国領土であると主張し、共産党綱領に沖縄列島などの占領を意図したことが書かれているからである。

韓国は竹島を不法占拠し、韓国民に対してのみならず国際社会に向けてそのプロパガンダを推進し、さらに日本固有の文化である茶道も華道も剣道までも韓国に起源があるなどと国際社会に向かって宣伝しているからである。

 女性宮家創設・外国人参政権・夫婦別称・人権侵害救済などは、将来日本から天皇を無くし、日本の国体が変わる危険な法案である。それらの法案は、日本が上記②の味方にはできない「敵」である中国や韓国の深慮遠謀にうかうか乗ってしまうことである。

表向き尤もらしい理由をあげつらい国民を誘導している一部の政治家どもは、①愚かで浅はかなのか、②勉強が足りず信念が固まっていないのか、或いは③反国家的思想家なのかの何れかである。

憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」などは、絵に描いたもちである。勿論、日本国民は、②味方にはできない「敵」の国である中国や韓国やロシアなどの国の民とは経済・文化・学術などの面で深く交わって行かなければならない。そのことと国家同士の敵味方関係とは別である。