2012年2月24日金曜日


「人生の役割」をテーマにした小説の草稿 (20120224)

 信夫はふと自分の人生に大きな影響を与えた人のことを考えてみた。それは自分の母親・ともゑと自分の妻・千代の二人だけであると思った。ともゑは信夫が10歳のとき33歳の若さで逝っている。信夫はもう一人挙げてみようと思ったが三人目は見つからず、結局信夫の人生に大きな影響を与えたのは母・ともゑと妻の千代しかいいない。いずれも女性である。男にとって女性の影響は非常に大きなものがある。

70歳で他界した信夫の父親はどうかというと、教育者であったその父親も確かに信夫に影響を与えはしたが信夫の母親ほどに強烈な印象を信夫に残してはいない。信夫の父親は長男である信夫に直接求めはしなかったが仏壇の中に家系図などを遺し、長男である信夫には何も言わなくても、長男というものは自ずと自分の家の先祖のことを考えるものだと思っていたのだろう。明治42年生まれだった信夫の父親にはそういうところがあったのだと信夫は思った。

 千代と二人だけの毎日が日曜日のような暮らしをしているある日、家事が一段落してお茶でも飲もうということになった。70歳を過ぎて近くの女性専門の運動施設に通っている千代は、その運動施設で新たな友人ができ、その友人から八女茶の新茶を頂いている。信夫は昨日近くのスーパーマーケットで賞味期限が10日後に切れるためか値札に赤いテープが貼ってある安売りの焼きプリン(pudding)を買って来てあったので、それとお茶でしばらく寛いだ。

 「渡川さんのご主人は何しているの?」と信夫が聞いた。「そこまでは聞いていないわ。ただお父さんみたいにパソコンの前にへばりついているほど忙しくはしていないようよ。」と千代は答えた。信夫は自分の人生に大きな影響を与えた二人のことを話した。「千代の場合は葛木のお爺さんだろう?」と肯定的に言った。千代は「そうよ、私は葛木のお爺ちゃんの影響をいちばん受けているわ」と即座に答が返ってきた。「お爺ちゃん一人だけ?」「そうね、お爺ちゃんしかいないわ」「そうだろうね、俺も母上とおまえしかいない。三人目はいない」。そんなやりとりをしながらしばらく寛いだ後、信夫は自分の部屋に戻った。

 信夫の部屋には一枚の写真が掲げてある。2Lサイズの写真には信夫が真ん中にいて、左右に三人づつ従兄弟たちがずらりと並んで立っている。皆黒のスーツを着、黒のネクタイを締めている。信夫の右隣に信夫の父親のすぐ下の妹の長男、左隣に二番目の妹の長男、以下右側に信夫の父親のすぐ下の弟の息子兄弟、左側に末弟の長男、その隣が末妹の長男という配列である。これれは信夫が信夫の父親のすぐ下の弟、つまり信夫の叔父の葬式のとき、信夫が従兄弟たちに「一緒に写真を撮ろう」と提案したら、誰が言うこともなくごく自然にそのような配列になっていた。信夫の従兄たち二人は信夫より5、6歳年長である。皆戦前の小学校(国民学校)で教育を受けている。従兄たち二人は、没落してしまったがある意味で宗家のような家の跡取りである信夫を中心にして、皆が自然にそういう並び方になるように気を配った。従兄たちには戦前の美徳が自然に身に付いていたのである。