2009年9月8日火曜日

神が威厳をもって守る国、言霊が幸いをもたらす国(20090908)

テレビに映っているのが気になるのか、ある田舎で60歳ぐらいとおぼしき農夫が神社の拝殿の中で神妙にしてお祓いを受け、祝詞をあげてもらった後拝殿から出てきて笑いを浮かべながら「これで今年もよい米ができる」と言う。男は女房と顔を見合わせて、「あの人はきっと自分でも神頼みしていることが可笑しかったのだろう」少し可笑しくなった。
男の家には九州の田舎から持ち帰った『神道太祓大成』(明治31年初版、41年訂正第二版)がある。これは男の祖父が購入したもので父が所持していたものである。厚さ4cmほどで、手に持って言葉を唱えるのに便利なように作られている。目次には中臣祓から家内心得七カ条まで53の詞などがある。父は毎朝神棚に向かいこれを手にして言葉を唱えていた。
わが国は「言霊の国」と言われる。『万葉集』巻五の894番の歌に山上憶良が「神代より言い伝(つ)て来(く)らくそらみつ大和の国は皇神(すめかみ)の厳(いつく)しき国言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国と語り継ぎ言い継がいひけり」がある。これは「神代の昔から言い伝えるには大和の国は神が威厳をもって守る国言霊が幸いをもたらす国と、語り継ぎ、言い継いできた」(「NHK日めくり万葉集」より抜粋)という意味である。選者のリービ英雄(1,950年、カルフォニア生れ)は「自分の国を称賛する表現は世界中どこでもあるが、自分の国は言葉の魂が活発な国である、と表現する国は日本独自である」と言う。お祓いの言葉は、まさにその言葉に霊力が宿ると信じられて古代から言い伝えられ、語り継がれてきたものである。
男は今の家に入居するとき、近くの神社に頼んでこれから住む家の安全を願い、お祓いをしてもらった。上に述べた農夫も、豊作を願ってお祓いをしてもらったのである。神頼みと言えばそれまでであるが、われわれ日本人は古代から森羅万象の中に神を見、神を恐れ、「祓賜比清賜登申事乃(はらいたまいきよめたまうとまおすことの)・・・」とお祓いをしてもらって安心を得てきた。男の父も自らお祓いの言葉をあげて安心を手に入れていたのである。それが言霊の国・日本の古代からの習わしだったのだ。神が祈りを聞いてくれても、聞いてくれなくても、神主からお祓いをしてもらうことに意味があった。それは、お祓いをしてもらわず、もし良くないことが起きた場合、お祓いをしてもらうような素直な心がなかったせいになるからである。
男がもっている明治41年版の祝詞集には、「大日本国々一宮」という条に、わが国の古代の68カ国の最初の郡に建てた神社の祭神を書きならべている。その中で面白いのは、駿河国富士郡では、此花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)が祭神となっていることである。このコノハナサクヤヒメは、現在の鹿児島県さつま市の笠沙というところの阿多という一族の長の娘であった。それが静岡の富士市で祀られているのである。
コノハナサクヤヒメは見目麗しい美人であった。ニギノミコトは高天原からその笠沙に降り立って、笠沙の御崎でコノハナサクヤヒメと出会って一宿(ひとよ)婚姻したことが『古事記』に書かれている。ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの間に出来た子が、後の神武天皇の遠祖となる。
男が言いたいのは、わが国は古代から神の国である。その神は八百万の神であって、豊臣秀吉も徳川家康も乃木大将も祭神となった国である。容貌やスタイルや生活様式がいくら欧米化しても、日本人は日本人である。そのことを深く考えよ、と言いたいのである。

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