2009年12月29日火曜日

小説『後恋(20091229)


  藤倉信夫の携帯電話に突然竹馬の友・坂田泰治から電話がかかってきた。坂田はどこかの居酒屋で信夫があまり記憶がない成瀬という友人と飲んでいるらしく電話からざわざわと人声などの雑音などが聞こえてくる。「あツ、出た出た。俺だよ。辰ちゃんに聞いて辰ちゃんからあんたの携帯電話番号を聞き出し、今電話したんだ。今成瀬と飲んでいる。前にも言った通り成瀬はあんたのことを知っている。場所はよく覚えていないが埼玉に近いところかどこかで飲んだとき成瀬も一緒で、成瀬はあんたに会ったことがあると言っている。」と言う。辰ちゃんというのは梶山辰夫のことで、坂田とは中学野球チームの仲間である。

  信夫は昭和61年(1986年)の3月まで埼玉の西武線新所沢駅に近いところに住んでいた。成瀬が男に会ったことがあると言うのは、昭和61年年3月以前のある時期のことだと思う。信夫も坂田も同じ小学校、同じ中学校、同じクラスであった。信夫が中学校で生徒会長に立候補したとき、坂田は信夫の選挙運動の応援演説をしてくれたことがあった。その甲斐あって信夫は生徒会長に当選し、副会長には同じ竹馬の友・樺山英雄と中学校合併前西中から来た中村志乃が当選した。信夫が持っている卒業アルバムには運動会の行進で信夫が中央で校旗を持ち、左右に中村志乃と樺山英雄が従っている写真がある。

  信夫は50歳になってから志乃に対しある種の恋愛的な感情を抱いていた。というのは二人が同じ生徒会の役員をしていたというだけではなく、もう他界してしまったが担任の阿部桃子という先生を通じた共通項があるからでもある。その先生に連れられて信夫と志乃は大分県日田郡内各中学校の弁論大会に出て、信夫は優勝し志乃は準優勝した。ある日信夫がある田圃で作業をしていたとき、志乃は志乃の父親が引く何かうずたかく積んでいたリヤカーを後ろで押してゆきながら、信夫が作業していた田圃のそばの道をと通って行ったとき、お互い視線を合わせながら無言のままであったこともあった。

  阿部先生は美人で音楽の先生でもあり、信夫や志乃など音楽部の生徒を引き連れてデパートの食堂でカレーライスを食べさせてくれたことがあった。ある日阿部先生は水着スタイルの自分の写真を見せてくれたことがあった。色気が出て来てき始めた頃の男子中学生の信夫らにとって水着スタイルの女性の写真は刺激的であった。

  坂田は世話好きである。坂田は同級生が50歳になった時郷里で恩師の阿部先生を呼び同級会を行う計画を立てた。阿部先生に何か贈り物をしようという話になり、同級生が営業部門の幹部をしている家電量販店で音質の良いプレーヤーを贈ることになった。その家電量販店というのは秋葉原にあるLAOXという店である。プレーヤーはその店から阿部先生の家に直接届けて貰った。信夫と坂田は同級会が行われる当日阿部先生の家に行き、多少電気製品に詳しい信夫がLAOXから送られてきた梱包を解きプレーヤーをセットした。

  同級会には志乃は欠席したのであるが、後日信夫が阿部先生に電話を入れ、阿部先生の求めに応じて調べ、整理しておいた東京における同級生の消息について報告したとき、阿部先生は志乃から信夫のことを長々書いた手紙が届いたと話してくれた。言外に志乃が信夫のことに強い印象があったというようなことをにおわせていた。信夫は阿部先生から聞かされ志乃の信夫に対する思いのことがいつまでも気になっていた。できれば一度志乃に会いたいと思うようになっていた。信夫も志乃もそれぞれ家庭を築いている。そのような恋愛的感情を持っていて会うということは、ある意味では不倫的な行為である。(続く)

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