2010年4月13日火曜日

ブッダ『感興のことば』を学ぶ(24) (20100413)

 今日(12日)はまた急激に気温が下がった。昨日は夏日のようで半そでTシャツ姿の人もいたが、今日は冬日に戻ったようである。今年は春先の低温でキャベツなどの春野菜の値段が高騰した。10年に一度というが太陽の活動と関係があるのか、地球温暖化の影響なのか、科学者たちはいろいろ警告しているが人々はあまり深刻に考えていないようである。

 タイでタクシン派の赤シャツデモ隊とこれを排除しようとした警官隊とが衝突し、その様子を撮影しようとしていた共同通信社の日本人カメラマンが胸を撃たれて死亡した。どちらの弾が当たったのか真相はまだ解明されていない。そのカメラマンが死亡する前撮影していた映像が公開された。このカメラマンは防弾チョッキは着用していなかったという。ジャーナリストは危険な場所で取材するときは自分の身を護り、家族や同僚や政府関係者などに与える影響を局限するために必ず防弾チョッキを着用した方が良い。それにしても現地に駆け付けつた奥様やご家族の悲しみはいかばかりかと思う。

 今日、男は夕刻雨の中、近くの電気製品量販店に行き、デジカメ用のSDカードとデジカメ用のバッグを買った。SD カードは2GBのものにした。その理由は、テレビの画面で撮った写真を見るときテレビとデジカメをケーブルでつないでテレビの入力切り替えなど面倒な手順を踏まなくても、SDカードをテレビのポートに差し込むだけで簡単に写真を見ることができるようにするためである。

 その店からの帰る途中、スーパーストアに寄り、バナナひと房とオレンジ2個と納豆とヨーグルトと牛乳を買った。バナナはいつも買うフィリピン産の新鮮な‘熟れっ子’バナナである。出来るだけぐるっとした太いものを選んでかごにいれる。家に帰って女房に「どうだ。これはいいだろう?」と自慢する。

 ブッダの「感興のことば」には、なかなか実行が難しいことがある。以下はその一部である。しかし、これは真理である。修業僧はこれを実行しなければならない。われわれ凡夫は、その真理を理解することはできる。ブッダとなられたインドのシャークヤ族の王子は妃と息子・ラーフラや父王らの嘆き、慰留をふりきって、夜中にこっそり王城を出て修行の旅に出かけた。これはわれわれ凡夫には到底真似のできないことである。

5 愛するものと会うな。愛していないものとも会うな。愛するものを見ないのは苦しい。愛していないものを見るのも苦しい。
6 愛する人々と離れるが故に、また愛しない人々に会うが故に、激しく憂いが起きる。それによって人々は老いやつれてゆく。
7 時が来て、愛する人が死ぬと、親族知人が集まって来て、長い夜を徹して悲しむ。実に愛する者と会うことは苦しい。
8 それ故に、愛するものをつくってはならぬ。愛するものであるということはわざわいである。愛するものを憎むものも存在しない人々には、わずらいの絆(きずな)は存在しない。