2010年4月20日火曜日

ブッダ『感興のことば』を学ぶ(31) (20100420)

女房の誕生日を祝うカードが送られてきた。カードは手作りで、裏に孫娘と孫娘に抱かれた3歳になる孫(男子)が大きく写っていて、二人とも右指でVサインしている姿が印刷されている。「大きくなったな。」とつくづく思いながら何度もその写真を見る。可愛さがこみあげてくる。会って抱きしめてやりたいな、と思う。
お互い遠く離れて暮らしているので、年に一、二度しか会うことはないが、「この子には俺のY染色体の遺伝子が確実に伝わっている。この子の耳の形は俺に似ている。俺がいずれあの世に逝っても脈々としてわが家の血筋は続いて行くことだろう。」と思う。
昨日、昭和記念公園で娘の母親らしい女性が幼児を抱き、その児の両親らしいカップルと並んで歩いていた。女性は小柄であるがカップルの方は普通の背丈である。女性に抱かれているのは多分孫であろう。女性が小柄であるので見ていて重そうである。週末に訪れてきて昨日はお天気が良かったのでこの公園に来たのであろうか。「孫とおばあちゃんだろうな。」とつぶやくと、女房は「そのようだね。ああして可愛がっている間は寄って来るのよ。そのうち大きくなって寄りつかなくなるのよ。」という。それも真実だろうと思う。女房は孫たちが来たときはできるだけ精一杯のことをして喜ばせる。その女性も多分そのようにしているのだろうと思う。祖母と思われるその女性は夫に先立たれたのだろうか?
都会地では子供たちの遊び場が限られる。田舎の広い家では、小さな子や大きな子が大人数いて騒がしくても家の中や庭先など、子供たちが遊ぶ場所が沢山ある。しかし都会地では一般に住む家も狭い。孫たちが来たとき彼らを何処か外に連れ出さないと喜ばれない。そのような息が詰まりそうな環境では家族の絆を保つのが大変である。かつて日本にあった良さが段々失われてゆく原因は、都会地に人口が集中し過ぎたことにあると思う。
女房とよく老い先の暮らし方について語り合う。一致した意見は後10年ぐらいの間に何処か有料の老人ホームに夫婦で入居することである。子が親を看るということは大変なことである。九州の田舎に92歳になる母が一人暮らししていて年に何度か帰っていろいろ面倒を看ているが、そのうち一定期間、その母が寿命を終えるまでの間、九州の田舎で暮らさなければならないかもしれない。そのとき我々もすでに高齢である。
彼女は要支援2の状態であり、週2回ホームヘルパーに来てもらい、週2回デイサービスを受け、それなりに元気な自立生活を送っている。歩いて行ける距離にあるかかりつけの病院には自分でタクシーを使って行き、定期的な診察を受け、点滴を受け、高血圧の薬や便通の薬などを貰って帰る。お天気の良い日にはできるだけ押し車を押してその病院などに行っている。人は誰でも年老い、人生を終える。それが定めである。

ブッダ「感興のことば」第6章は20まであるが、次の15で次章に進むことする。
15 心ある人はこの道理を見て、つねに戒めをまもり、すみやかにニルヴァーナに至る道を清くせよ。

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