2010年4月27日火曜日

ブッダ『感興のことば』を学ぶ(38) (20100427)

 男は初めてサッカーくじというものを買ってみた。先日福岡空港で3階のレストランに上がる途中に小さなくじ売り場がある。飛行機の出発時刻までかなり時間があるので其処に立ち寄り、宝くじ以外のLOTOなどのくじの仕組みについて質問して見た。聞いてみて初めて分かったことは、サッカーくじというものには当選金額が6億円というBIG以下3種類あり、くじを買う人はサッカーチームの勝ち負けを自分で予想する必要がなく、勝敗の確率をコンピュータが予測する仕組みになっているということである。

 サッカーはある意味で国対国の戦争のようなものである。日本のサッカー選手は日の丸の国旗を背中に背負って、ワールドカップで勝つことを目指して必死の努力を続けている。私はこれまでサッカーの試合をテレビで観戦することはあっても、直接サッカーの試合が行われる会場に行くことに全く興味がなかった。

 先日、ある駅の構内で女子高校生たちが並んで声を張り上げて「あしなが育英会」の募金活動をしていた。僅かばかりのお金を差し出したのであるが、その金額が少ないと女房に言われた。言われてみれば確かにそのとおりである。これまで日本ユニセフ協会やUCNR(国連難民高等弁務官)協会に貧者の一灯のようなほんの僅かの寄付をしたりしていたが、そういうところに自分の金を出するよりも、高校生たちや中学生たちや小学生たちが街頭で募金活動を行っているとき、そこにある程度の金額のお金を差し出す方が十分に価値がある。「ご苦労さん、頑張ってね。」と一声かけてあげることができて、彼らの純粋な精神に基づく活動を直接評価してあげられる。

 サッカーくじは、日本のサッカーを財政的に支援する仕組みである。くじを買う人は当選するかもしれないという期待を持つことができる。くじを買って当選する夢を持ちながら日本のサッカーを直接応援している気持ちになれる。

 日本ユニセフ協会やUNHCR協会は公益法人としてJICAと連携して国際的な援助活動を支援しているのであろうが、寄付しても何か満たされないものがある。まして今行われている事業仕訳でJICAなどが天下りの受け皿として大きな役割も持っている状況が明らかになると、そういうところに寄付しても心があまり満たされないようなところに寄付するのは馬鹿馬鹿しいという気持ちになる。

 勿論サッカーくじを取り扱う組織にも甘い汁を吸う連中がいることであろう。世の中には何処にも甘い汁を吸う輩がうじゃうじゃいる。それは皆無には絶対できないと思う。ただ街頭で小中高校生たちが純粋な気持ちで募金活動を行っているとき、彼らを直接励ましてやりたいし、日本人として日本のサッカーを応援したい。自分の限りある資源はそういうとこころに少しだけ分けるのは、自分にとって満足できることである。

13 好ましいことばのみを語れ。そのことばは人々に歓(よろこび)び迎えられる。つねに好ましいことばのみを語っているならば、それによって(ひとの)悪(意)を身に受けることがない。