2011年5月7日土曜日

元軍医先生の突然の死(20110507)

 女房はついこの間70歳になった。男が住む横浜市では、70歳になると希望者には市営バスや地下鉄に乗れる「敬老パス」が与えられる。女房は、その「敬老パス」を貰えることをとても楽しみにしていた。このパスは無料ではなく、年収により支払額に差がある。

 女房は、このところインフルエンザにやられたのか体調不良が続いている。夜中に咳が出てよく眠れず体力を落としている。かかりつけの耳鼻科も連休中で休みになり、女房は近所の懇意にしている内科に行き、抗生物質と腫れや痛みを和らげる薬・出血を抑える薬とツムラの麻黄附子細辛湯を処方されていたが、症状はあまり改善されていない。

 そこで女房は、連休が明けた今日、「敬老パス」を使ってバスに乗り、そのかかりつけの耳鼻科に行った。行ってみたら「先生が亡くなった」という内容の張り紙がしてあったという。電話の向こうで女房は、「びっくりしたわ。あんなにお元気だったのに。これからまたバスに乗って、S病院に行きます。」と言う。

男は女房の体調を心配して「大丈夫か。俺もS病院に行くよ。」と言うと、「大丈夫よ。それよりも、干してある布団を取りこんでおいて。」という。女房は37度ほどの微熱があるが、ここ1週間ほど日に干していない自分のベッドの寝具をベランダに干していた。

女房は、お天気が良ければ必ずと言って良いほど、毎日のように寝具を干す。男の寝具も一緒に干したり、他の洗濯物が多い時は日変わりで干したりしている。女房は根っからの綺麗好きで、こう言えば「そんなのじゃない」と怒るが、「炊事・洗濯・お掃除大好き」な、典型的な主婦である。子育ても「暖かな家庭にしたい」と必死の思いで二人の男の子を育て上げた。男はそのような女房を、もう50年間も伴侶にしている幸せ者である。

男がまだ現役のころ、そのような家庭第一の女房に不満を漏らしたことがあった。その時、芸大生であった息子は、「お母さんは家事という面での性能が特に優れている。」と言ったことがあった。しかし「他方の面では劣っている部分がある。」とまでは言わなかった。
 
ある日、男が女房にその息子が言ったことと言わなかったことの全部を言ったことがあった。そのとき女房は非常に怒った。男に直接怒りをぶっつける代わりに、その息子に対して怒りの感情をあらわにしていた。しかしそのことはすぐ忘れてしまっていた。女房の最大特徴は、おおらかさと無類なまでのこころの暖かさと優しさである。

S病院に着いた女房から電話が来た。「S病院の耳鼻科にいます。隣の方が言ってましたが、金曜日の先生はとても良い先生だって。良かったわ。」と元気そうな声である。男は「大丈夫か」と一応気遣いしてみせたが、この分なら心配ないだろうと安心した。

 高齢のため、突然他界してしまった元軍医の耳鼻科の先生は、とても懇切丁寧に診察し、完璧に治療してくれる名医であった。ご高齢であったが若く見え、矍鑠としていた。その耳鼻科は患者に大人気で、何時行っても自分の順番がくるまで2時間近く待たされていた。

女房はその元軍医の先生に全幅の信頼を置いていた。人生は無常である。いつもの通りの幸せが、いつまでも続くという保証は全くないのである。