2011年5月15日日曜日

近所の家に身を寄せている被災者 (20110515)

 男の家の近所に被災した福島からある家族が引っ越してきた。その家族は70歳ぐらいの女性と中学生と高校生ぐらいの孫が二人の3人家族である。二人の孫はその女性の長女の子供である。両親は福島に残り、二人の子供たちだけが祖母であるその女性と一緒にこちらに避難して来た。

 その女性には3人の娘がいた。その女性は二女の家族と一緒に暮らしていた。巨大津波が襲ってきて、二女と二人の子供のうち上の子は津波に流されてしまった。一家の幸福な暮らしは一挙に失われてしまった。

 一家の家は南相馬にあり、福島原発から30キロの圏内に近いところにあった。津波が来たとき一家は逃げた。その女性は1歳半の孫娘をしっかり抱いて逃げた。二女は途中で上の子供と一緒に、家に何か大事なものを取りに引き返した。そのとき津波が襲いかかって来た。1歳半の孫娘を抱いて逃げていたその女性は、襲ってくる津波を見た瞬間、二女と上の孫は助からないだろうと思った。こちらには二女と幼い孫の葬式を終えてやって来た。

男はその女性と中学生らしい男の子に初めて出会ったとき、この人たちは多分福島から避難して来た人たちだろうと思った。そこで男は近所づきあいとなるその人たちに何か手助けしてあげたいと思い、その人話しかけた。上述の話は、その女性が涙ながらに男に話してくれた内容である。

 数日後、今度は女房がその女性と孫二人が引っ越してきたその家を訪れ、その女性に語りかけた。その女性は「まあ、上がって下さい。」と言うので、これまでその家には一度も上がったことがなかったが、その女性に勧められるままその家に上がり、その女性の話に耳を傾けた。女房はその女性の悲しみを分かち合った。その女性は母親を失った1歳半の孫娘を三女に託し、高校生と中学生の二人の孫とこちらに避難してきたという。

父親らしい人がそこに入居の準備をしていたとき、男はその男性と言葉を交わしている。その男性は長女のご主人であった。「すみません。私の方からご挨拶にお伺いしなければならなかったのに。」とその男性は男に詫びた。

 数日後その女性は、埼玉の友人の方に身を寄せている三女と、津波に遭ったとき抱いて逃げた1歳半の孫娘に会うため埼玉の方に行っていた。その孫娘は婆ちゃん子で、いつも「ばあば、ばあば」となついている。その女性はその孫娘が不憫で、三女が身を寄せている埼玉の方に行っていたのである。一週間ほどして、その女性はその孫娘と三女を連れてこちらに戻って来た。

 男はその女性が孫娘をあやすため外に出ているときたまたまそこを通りがかり、その女性と孫娘に出会った。その小っちゃな女の子は目がくりっとしていてとても可愛らしい。母親が居なくなったことをまだ認識できずにいるだろう。成長しても自分の母親のことは覚えていないだろう。本当に可哀そうなことである。男はその女の子の頭をそっと撫でてあげた。男の眼からその女の子の姿が離れない。いつまでも離れることはないだろう。

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