2012年4月24日火曜日


「生かされている」ことを自覚する(20120424)

 スマートフォンを無線ルーターとしてノートパソコンに繋いでインターネットにアクセスしていると電池の消耗が激しいので注意が必要である。スマートフォンを無線ルーターとして使うときはいつも充電しながら使っている。就寝時スマートフォンの電源を切って充電するのであるが、充電用のコネクターがスマートフォンによくつながっていないと翌朝になって完全に電池切れの状態になってしまう。充電中は赤いランプが灯ることを確認しておく必要がある。

 男は昨日スマートフォンで撮った写真をF-Linkでパソコンに取り込み印刷して婆さんのところに持って行ってやろうと思い、そのF-Linkを構成しようとしたが、肝心のスマートフォンが電池切れで使用できない状態になっていた。男のパソコンもスマートフォンも富士通製なのでF-Linkというシステムが組み込まれている。スマートフォンのテザリングをONに設定し、パソコン側のF-Linkを「受信」にし、スマートフォン側のF-Linkを「送信」にするとスマートフォンで撮った写真がパソコンに取り込まれる。パソコンは無線LANモードにしておく必要がある。

 昨日は婆さんが入居している施設のオーナーであるT先生と初めて会った。婆さんを車いす散歩に連れ出しての帰り、施設の玄関を出て来たT先生は婆さんの足の皮膚疾患を見つけてすぐ看護師に処置の指示をしてくれた。その後男とT先生はしばらく立ち話をした。男は「この辺は鶯も直ぐ近くで啼いていてとても素晴らしい環境ですね」と切り出した。「先生のご先祖はこちらですか」「いや私は横浜で生まれ小中学校は横浜ですよ。母の実家がこちらだものですからこちらに引き揚げてきたのです。」二、三やりとりのあとT先生は「労働のミスマッチがあり、介護従事者の確保が非常に困難でうまくやってゆけるかどうか不安です」と言う。この町の人口は昨年より500人ほど減っていて17千人台である。一時期56千人もいた人口が毎年減り続けている。T先生の話によると、町長は県庁OBであった人から金融業界で働いていた人に代わったという。T先生はこの町の行政に影響力があるようなので、男は町運営の在り方について、「町として医療介護従事者の確保の為、積極的な取り組みをすべきですね、それとこの町は観光に力をいれるべきですね」と一言申し上げておいた。T先生には一度お会しておきたいと思っていたが、こういう形で会うことができて良かった。これも「あの世」の親父による引き合わせなのだろう。

 京都で登校中の学童の一群に18歳無免許の男が大学生を含む同年の男2人を乗せ居眠り運転していて突っ込み、付添の妊婦を含む2人死亡・2人重体・6人重軽傷という悲惨な事故が発生した。妊婦は胎児とも死亡した。その少年は以前も無免許運転で検挙されていた。そのような息子に自分の車を使わせる親も親である。その親は「ただ謝るしかない」と言っているが、皆一度限りの人生を棒に振ってしまっている。男はこの事件を見て、その親子には何か「背後霊」によくないものが憑いていると思った。

男もロスアンジェルスでハイウエイを飲酒運転で飛ばしたこともあり、一般道路で夜間走行中、前方に突然女性が横断し、急停車したがその時フロントガラスの向こうでその女性が酔っ払っている様子で「I’m sorry」と言っていたことを経験したこともあり、日中交差点で左折しようとしたとき進行してきたキャデラックと衝突し、相手の前輪をくにゃくにゃにしてしまい、お互いの車が同じレンタカー会社の同じ担当者スーという女性であったため簡単に事故処理できたこともあった。また若い頃、運転免許取り立てでホンダライフで一家4人千葉の国道を走行中、前方の車両を追い越そうとして右車線に出たものの、前方からトラックが進んで来たので慌てて更に右の道路肩に車を乗り入れ急ブレーキし、二男の胸にけがを負わせたこともあった。朝の通勤時狭い近道をすり抜けるとき新聞配達の少年のバイクと接触し、幸いけがなどなかったもののひやっとしたこともあった。男の還暦祝いの時、男はアクセルとブレーキを踏み間違え、まだ2歳の孫娘が載っている車にぶっつかりそうになったこともあった。そのときの孫娘の驚きの叫び声と顔を男は今さら口には出さないが強く覚えている。その孫娘はこの春高校に進学した。アクセルとブレーキを踏み間違えたことは二度もあった。男がこれまで車の運転で大きな事故もなく過ごして来れたのは男に良い「背後霊」が憑いてくれていて男と家族を守ってくれていたからである。男はそういうことを早い時期から自覚していたから70歳になったとき運転免許を返納した。「君子危うきに近寄らず」という心境であった。男は、その「背後霊」は男が10歳の時他界した男の母であり、男よりも若く70歳で他界した父であり、男の女房が3歳の時他界した女房の実父であり、女房の祖父・祖母らであると信じている。そして男が今生きているのは男の遠い先祖から期待されていることを成就させるためである、男は「生かされている」と自覚している。

世の中には常識では考えられないことが起きる。合理的に説明できないことが起きる。偶然起きたことは決して偶然でなく「必然」として起きる。そう考えて人は謙虚になるべきである。人だけではなく、国もそうである。会社もそうである。3.11未曾有の大災害は日本国の「背後霊」が日本を守る為に起こした「必然」のことである。そう謙虚に考えた方が良い。日本には天皇がいて、歴代の天皇は伝えられてきた「祈り」の行を守ってきておられる。そのことを日本人は有り難く思い、最も謙虚になるべきである。会社でも何か事業を成功させようとするとき、「祈り」の行事を大真面目で行い、慎み深く謙虚になることが大事である。そういう会社は成功している。