2010年1月14日木曜日

川辺の散歩(20100114)

 川は人々の心を和ませる。午後4時前男は独りでこの川辺を太陽に向かって歩いた。西北の風がやや強く、幾分寒さを感じさせるが川辺の散歩は気持ちが良い。土手の補強工事が行われている近くで一人の男が土手に座って携帯のテレビを見ている。小さい機器なのに音声は結構大きく聞こえてくる。綱を付けていない子犬を3、4匹連れた60代位の女性が向こうから歩いてきていて、その子犬が男に愛嬌をふりまいてまとわりつこうとする。その女性は男とすれ違う時「今日は」と声をかける。男も元気よく「今日は」と返すと「すみません」と犬が男にじゃれついたことを詫びる。男は「いや、いいんですよ。」と返す。

 30分ばかり歩いたところで工事のため行き止まりになったのでひき返す。暫く歩くと鉄橋の上を電車がゴトンゴトンと走っているのが見えてくる。川と鉄橋と走る電車と両岸の建物群と樹木や葦の茂みと丘陵と空、この風景はいつ見てもとても良い。たまらなく良い。
男はこの風景を絵にしようと写真に撮ったことがあったがまだそれは実現していない。10年ほど前男はある絵の同好会に入っていて、この川にかかる橋と川の風景を絵に描き、展覧会に出したことがあった。その絵を男は自分の部屋に飾ってある。初めて書いた絵であるが絵の中に余計なものが描かれている。それは送電線の鉄塔である。男の絵を観たある画家が「これは無い方が良かった」と批評してくれた。その画家は男の友人(女性)の叔父にあたる方であるが、がんで入院中であるとのこと。その友人に見舞いの手紙でも書かねばならぬと思っているが、このところなかなかその時間がない。

 夕日を斜め後ろから受けながら歩いているとネギやパンなど買い物をして帰る途中川辺を散策しているらしい女性に追いつく。買い物袋は結構重そうである。その女性は日々の買い物には不便な場所に住んでいるのであろうか。今日は天気が良く散策しながらの帰りはそうつらくはないであろうが、そうでない日はつらかろうと男はその女性に同情する。

 暫く行くと今度はサイクリングの途中らしいヘルメットをかぶった女性に出会う。その女性は携帯電話のカメラで太った2匹の野良猫の写真を撮っている。この辺には野良猫が何匹か住んでいて、誰かがその世話をしている。川岸の茂みの陰に雨の日でも大丈夫なように傘つきの餌場が作られている。以前女房と一緒に散歩していた時これを見た女房は猫を捨てる飼い主の方を非難していたが・・。

 後ろ姿が良い女性が前を歩いている。男はゆっくり大股で歩いているのであるが追いついてすれ違う。美人である。男はふと昨年膵臓がんで死んだ女性のことを思い出した。
男は昔ある特定非営利活動法人を立ち上げ、7年間その代表をしていたことがあった。そのとき男はスペック(仕様書)を作って人材を求めたことがあった。そのときスタッフの一人がその女性を紹介してくれた。彼女は聡明で美人で仕事もよくこなした。彼女は男より一まわり下であった。彼女の夫は新幹線で4、5時間かかる遠地に単身赴任していた。彼女の悪い癖で彼女は男の自尊心を傷つけるようなことを言ってよく男を怒らせていた。しかし男は彼女を友人として愛していた。

 男は彼女が入院したということを聞いてすぐその病院に見舞いに駆け付けた。彼女は「何もかも失った。もう十分人生を楽しんだ」と男に言いながら泣いていた。男は「まだこれからではないか」と彼女を叱りつけた。別れ際彼女は男に握手を求めて来たので、男はしっかり手を握ってやった。その彼女はもうこの世にはいない。

 会うは別れの始めである。川辺の散策は男に人生のいろいろなことを考えさせてくれる。