2010年10月7日木曜日

母・ともゑ (20101007)


  戦後65年も経つ間に日本人は戦前自分たちの父祖が命がけで築こうとしたことに目を背け、父祖たちが悪いことをしたという自虐的史観を植えつけられて今日まできた。その間、共産党一党独裁の国々では一貫した戦略で自国の国民を愛国的になるように強力に指導し、自国を富ませ、自国を誇りに思うようにさせるためあらゆる方策を実行してきている。

    一方わが国では国民に愛国心を持たせ、国に誇りを持たせる教育をおろそかにし、経済活動を最優先させてきている。日本人は隣国を観るにあたり、その国の指導層と一般国民を分けて観るということをせず、個々に触れ合う人々の考え方や態度、ある意味では市民生活全般の文化の面だけを観てその国の国家としての考え方や態度を推し量り、親近感を抱こうとする。相手の国の(指導層)は始終一貫した原則と戦略で我が国に対処しているのに対し、我が国の政府にはそのような原則や戦略を持たずに今日まで来ている。

    わが国の政府がそのようにあるだけではなく、一部の日本人は隣国の政府のそのような原則や戦略に沿った行動をし、その国の反日・愛国教育に肩入れしている。先の国会での尖閣諸島問題に関する集中審議で明らかにされたが、井上清という歴史学者は1972年に『「尖閣」列島--釣魚諸島の史的解明』を発表し、日本の尖閣諸島領有は国際法的に無効であると主張した。

    彼は既に没しているが昭和13年(1938年)生まれで信輔と同年輩である。70歳前後の日本人たちが自分たちの父祖たちの事跡を否定し、父祖たちがアジアで悪いことをしたと思い込み、或いは思い込まされ、この日本の指導的立場にあった。次の時代を担う子孫たちにとってこれは不幸なことであった。

    戦前派の人で元日本社会党委員長であった田邊誠は、南京大虐殺紀念館(中国での正式名称は「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」)の建設に貢献した。彼は1980年代に南京市を訪れ、その記念館の建設を自ら求め、当時の総評から3000万円の資金を調達して南京市に寄付した。その記念館の設計は日本人が行っている。始終一貫した原則と戦略をもって行動する中国の指導層・共産党政府はその記念館を最大限に活用し、近代史教育と称して若い世代に反日感情を植えつけている。その延長線上に今回の尖閣諸島問題が起きている。

    国家が国民に対して愛国心の教育を積極的に行うことは決して非難されるべきことではない。むしろ奨励されるべきことである。古来歴史が示すとおり日本は常に中国・朝鮮半島・ロシアとは緊張関係にあった。それは今後も続くだろう。戦後の日本の指導層が自虐的史観に陥り、日本国民に対する愛国心高揚の施策・教育を怠ってきた結果、竹島や尖閣諸島や北方四島の問題となって起きているのである。

    国家が国民に対して愛国心教育を行うことは良い。しかし中国がその記念館に旧日本軍の行為について事実に反することを展示することは日本人として不愉快である。そもそも日本は侵略国家ではない。東京裁判の結果、侵略国家とされてしまったのである。

  
 信輔は父・一臣と母・ともゑが人生の一時期、朝鮮で教育に従事したことを誇りに思っている。信輔はこの父母の追善のため自分の残りの人生を捧げたいと思う。

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