2010年10月11日月曜日

小説『母・ともゑ』湯の平温泉(20101011)


    平成22年10月6日、今日は快晴で気温も23度、信輔が乗った「特急ゆふ」号はおおむね玖珠川に沿って通り、湯布院近くの分水嶺を通り過ぎると大分川に沿って「湯の平」に向かってゆく。列車が駅を通過するホームの脇などにコスモスなどの花が咲き乱れている。久大線は美しい風景の山間部の景色を満喫することができる。豊後森などの駅のホームに出て線路の先を見ると、上り線も下り線のその線路が見えなくなる先までの風景が何とも言えない郷愁を感じるような美しさである。


    信輔は久しぶり竹馬の友・辰ちゃんと芳郎君に会った。二人は「湯の平」駅で待ってくれている。待ち合わせ場所が「湯の平」に決まったのは、信輔が其処に行ったことがなかったし、二人とも「湯の平」に久しぶり行ってみたかったからである。

    特急は定刻通り、10時10分過ぎに「湯の平」に到着した。列車到着を待つ間、辰ちゃんと芳郎君は片言交じりの英語で新婚旅行らしい韓国人のカップルと語り合っていた。信輔が下車してホームに降りるのと入れ替わりに、その韓国人カップルが列車に乗り込んだ。列車が走りだすと辰ちゃんらが手を振って見送っている。先方の二人も車内から手を振って応えている。

    温泉地・湯の平は群馬の伊香保に似た感じの坂道を登るところに温泉宿がある。昔は入湯客で賑わっていたらしいが、近年あちこちで温泉が出るようになって客は減ったらしい。今日は水曜日ということもあって石畳の坂道を歩く人は数える程しかいない。それでも土日は多少賑わっていたらしい。件の韓国人のカップルは昨夜この温泉地のどこかの宿に泊っていたのだろう。

    入湯料200円で入れる温泉が通りに沿って2、3か所ある。それが造られてからあまり年数が経っていないと思われる温泉を見つけ、そこに入る。そこは温泉旅館組合が共同で経営しているところという。その温泉は渓谷堂本舗の隣にある。渓谷堂本舗の御主人が出てきて辰ちゃんと掛け合い漫才のような会話を交わす。

    御主人は齢の頃80歳ぐらいであるが、声に張り合いがあり立ち振る舞いも元気である。昔は男女別々になっていたが狭いので改装し、二つの湯船を一つにして更衣室も広くしたという。信輔が「ここはかけ流しですか?」と聞くと、御主人は「かけ流しですよ。お湯が溢れているので竹の樋で捨てていますよ。」と言う。一人200円づつ払って中に入る。窓の外に森が見え、下に大分川の源流となる谷川が威勢よく流れ下っているのが見える。

  3人以外の入湯客はいない。3人いろいろ語り合いながらゆっくりといした時間を過ごす。信輔が記念にと携帯電話のカメラで写真を撮る。「辰ちゃんと芳郎君、其処に並んで。下の方は写さないからな。」「写ってもいいよ。」「写すよ!」再生してみると下の方も黒く写っている。信輔はこれ再生して送ってやろうと内心ニヤリとする。「携帯は水に浸かると一発で駄目になる」と言いながら携帯を辰ちゃんに渡す。今度は芳郎君と信輔が並んで写る。再生してみるとレンズが湿っていてぼやけている。

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