2010年10月16日土曜日

負けるが勝ち(20101016)


  老人は「‘教えざる’ことは卑怯である」と常々思っている。ジャスコという大型小売店の脇の道を歩いているとき二人の警察官に出会った。一人の若い警察官が帽子をあみだに被っているのが気になった。それを見ながら通り過ぎてしばらく歩いたがそのことが気になった。引き返したらもう一台のパトカーがやって来て警察官4人で何やらしゃべりながら川の土手の方に向かって歩いて行っている。老人は近づいて後ろから「何かあったのですか?」と聞いた。すると帽子をあみだに被っている若い警察官が「お婆ちゃんが迷子になったのです」と言う。老人は「事件でもないのに4人も集まってきて・・、暇なんだろうな」と思いながら「ああそうですか」と言った。そしてその警察官の肩をそっと叩いて「帽子はきちんと被って」と言った。その若い警察官は照れ笑いしながら「すみません」と言って帽子を被り直した。老人はすがすがしい気分になった。

  昨日書店で『改訂版 大東亜解放戦争』(岩間 弘著、創栄出版)上・下巻2冊を買った。合計4000円だった。その本の裏表紙に「[オランダ]アムステルダム市長の挨拶」という記事が二見ヶ浦の夫婦岩の向こうから朝日が昇っている写真の下に書かれている。その写真のタイトルは「光は東方より」である。

  その挨拶は平成3年、日本傷痍軍人会代表団が、首都アムステルダム市長(サンティン氏)主催の親善パーティに招待された時のものである。その中に「あなた方日本は、先の大戦で負けて、勝った私どもオランダは勝って大敗しました。 (途中略)今、オランダは日本の九州と同じ広さの本国だけとなりました。あなた方日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない、諸民族に大変迷惑をかけたと自分をさげすみ、ペコペコ謝罪していますが、これは間違いです。あなた方こそ自ら血を流して東亜民族を解放し、救い出す、人類最高の良いことをしたのです。 (途中略)本当は、私ども白人が悪いのです。100年も300年も前から競って武力で東亜民族を征服し、自分の領土として勢力下にしました。 (途中略)本当に悪いのは、侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の開放は実現しました。(途中略)日本の功績は偉大です。血を流して戦ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむのを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきです。

  老人は生れて初めて心の眼が覚めた。この本を読むうちに秀吉が何故朝鮮に出兵したのか分かった。キリシタン弾圧が何故起きたのか分かった。秀吉はポルトガル人が日本人を奴隷(ニグロ)の奴隷にしようとしていた事態に対処したのである。西欧人はキリスト教布教を表に出して裏で東亜の人民を次々支配下に置いて行った。しかし日本の指導者は断じてそれを許さなかった。秀吉の朝鮮出兵の目的はスペインの明(当時の中国)征服計画の阻止にあったのである。

  日本は戦争に敗れたが、結果的に戦争の目的を達成し、今やアジア諸国や欧米諸国から畏敬される国となっている。これは靖国神社に祀られている英霊のお陰である。(合掌)

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