2011年6月17日金曜日

特上の天ぷら(20110617)

 男は京浜東北線T駅近くのJという店をときどき利用する。そこは1階が寿司のバーがあり、2階には天ぷらのバーがある。バーの後ろには囲われたテーブルと椅子の空間があり、横には襖で閉じられた個室がある。男はそこの天ぷらバーのマスターKさんと旧知の仲で女房はKさんの奥さんと旧知の仲である。

 男がかつて現役のころ、直属上司だったアメリカ人一家とよく家族付き合いをしていてお互いの家を行き来していた。その上司Rは男より一つ二つ年長でその奥さんEとは同じ年である。男はRと喧嘩もしたがよく気が合った。Eはスエーデンから自分の姉を呼び寄せ、Rは前妻との間にできた自分そっくりの息子Dを呼び寄せ、一緒にコンパクトな我が家を訪れたことがあった。そのとき我が家では女房が手巻き寿司を用意した。大人数なので女房は沢山用意していたが、Rは手巻き寿司のことを「ジャパニーズ・タコス」と言って大変喜び、驚くほど沢山たべてくれた。男はアメリカでタコスをよく食べたものである。

R夫妻がアメリカに帰ることになった時、夫妻は男と女房をアメリカ大使館内のレストランに招待してくれたことがあった。最後の別れの日、Rは着物姿の女房をじっと抱きしめて別れを惜しんでくれた。そのRは男が前立腺がんで手術を受ける1年前に同じ病気で手術を受け、男はこの齢まで元気でぴんぴんしているが、R10数年前死んでしまった。

そんなR夫妻を男はある日その店に連れて行ったことがあった。一般にアメリカ人は天ぷらが大好きであるが、Rはその店がとても気に入った。Rはその後Eやスエーデンから来日したEの姉や前妻との間にできたRそっくりの息子Dを連れて行ったり、自分の上司や同僚や来日した彼の会社の人たちを連れて行ったりして、マスターのKさんは喜んだ。アメリカ人たちが何故その店をことのほか気に入ったかというと、マスターのKさんが天ぷらを揚げながら片言の英語でジョークを飛ばしたりして、場の雰囲気を盛り上げるのが大変上手だからである。

 男はその店には遠方から息子たちが家族を伴って帰ってきたときなどに、彼らを連れて行きいい顔を見せている。3月には孫娘の一人が大学に進学することになったので、それを祝って女房とともに一家をその店に連れて行った。そのときそのマスターKさんから今月末まで有効のその店のクーポン券を3000円分貰った。しかし母の介護で田舎に帰ったり、あれこれあって3か月の有効期限が切れそうである。しかし男は女房と二人だけで、そのクーポン券を使うためそのわざわざその店に行くことには気が引けている。

 先日男は女房と二人で、自宅で天ぷらを揚げながら少しばかりビールを飲んで大変幸せな気分を味わった。食卓の上に年季物の卓上電気式天ぷら揚げ器を置き、コレステロールを下げるという真新しい油を入れて、女房が準備した七つばかりの新鮮な食材を揚げながら食べた。Kさんのような腕選り天ぷら職人が揚げる天ぷらには遠く及ばないが、自宅で老夫婦二人だけで、新鮮な油と新鮮な食材をたっぷり使い、揚げながら食べる天ぷらはまた違った意味で特上の美味しさがある。男は天ぷらが大好物である。

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