2011年9月15日木曜日

渡部昇一『日本史』を読んで日本人はどうあるべきか考える(16) (20110915)

 「皇国史観」について考える――「皇国」の意味

 広辞苑によれば、「皇国」とは「天皇が統治する国の意。我が国の旧称。すめらみくに」とある。また「統治」とは「統(す)べおさめること。主権者が国土及び人民を支配すること」とある。

 旧憲法(大日本帝国憲法)には第一章に天皇のことが書かれており、第一条に「大日本帝國は萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とある。そしてその統治の仕方については第四条に「統治権を総攬シ此ノ憲法の條規ニ依リ之ヲ行フ」とある。「総攬」とは「(政事・人心などを一手に掌握すること)である。天皇は統治権を一手に掌握するにあたり、法律の「条文の規定・規則」に依ることが定められている。つまり、天皇といえども勝手に日本国土や国民を支配するようなことはもともと出来ないようになっているのである。

 大日本帝国憲法第五条には「天皇ハ帝國議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ」とあり、第十一条には「天皇ハ陸海軍ヲ統帥スル」とある。この「統帥」とは、「軍隊を統(す)べ率いること」である。この天皇の統帥も法律の条文の規定・規則によって行うものであって、天皇が勝手に行うものではない。

 大日本帝国憲法第二章タイトルは「臣民権利義務」である。第十八条に「日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ム所ニヨル」とある。「臣民」とは、「明治憲法のもとで、日本の人民。天皇・皇公族以外の者」とある。ちなみに「人民」とは「①国家社会を構成する人。特に、国家の支配者に対して被支配者をいう。②官位を持たぬ人。平民」である。

 今の憲法では「統治権」や「臣民」という言葉はない。旧憲法でその言葉があるが、それも天皇が勝手に人民を支配するのではなく、法律の条文の規定・規則に依るものであり、法律を作るにあたっては議会の協賛をもって行うものである。

つまり旧憲法下でも天皇は象徴的存在であったのである。ただ、天皇の祖先は『古事記』『日本書紀』の「神代」にあることが不文律として強調されていたので、その分天皇は象徴以上の権威を持っていただけである。

天皇が「象徴」的存在であったのは何も現憲法で明記されていなくても、平安時代の昔から天皇は事実上「象徴」であった。天皇が幼少の時には「摂政」が置かれたし、天皇を補佐して政治の実務を行う「関白」も置かれた。「関白」が置かれる前は、このブログの記事「渡部昇一『日本史』を読んで日本人はどうあるべきか考える(13) (20110912)」に書いたように天皇の意思を示す「詔書」を発する場合、今の閣議に似た手続きを経た後でなければ発布されることはなかった。

「皇国」や「臣民」という言葉に関して、「神代」の神々が天皇だけの祖先ではなく、一般国民の祖先も『記紀』の「神代」につながるものであるという遺伝学的な歴史観が一般国民に理解され共有されれば、現憲法下でもこの日本国は「皇国」であり、日本国民は「臣民」であることに全く変わりはないのである。             (続く)

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