2011年9月18日日曜日

渡部昇一『日本史』を読んで日本人はどうあるべきか考える(19) (20110918)

 反皇室左翼史観と、コリア人の圧力に媚びた卑屈な歴史学者たちが合流して

 “神武天皇以下の記事を見ると『古事記』にも『日本書紀』にも天皇の悪行は悪行としてそのまま書いてあることに注目すべきだろう。

 例えば『古事記』には、第十二代景行(けいこう)天皇の息子である日本武尊(やまとたけるのみこと)が叔母の倭姫命(やまとひめのみこと)に向かって「このように父が私を酷使(こくし)なさるのは、私が死ねばいいと思っていらっしゃるからに違いない」といって嘆く場面がある。

 これは天皇に対する重大な悪口である。しかも、これは『古事記』という皇室御用の語部(かたりべ)による伝承を記録した正史に載っている話である。皇室が編纂した史書であれば、わざわざこのような創作を指示するはずがないから、当時の伝承どおりに書いたとしか受け取れない。

 戦後、記紀は「皇室正当化の書」であうと決めつけてその史的公平さを頭から疑い、問題にしない風潮があった。だが悪事は悪事として書き、また後で述べるように異説も併記してあるのだから、現在の社会主義国の公文書などと比べれば、ずっと自由で公平なものといえるだろう。むしろ、古代においてそのような歴史書があったことに感嘆すべきである。戦後に記紀が無視されたのは、反皇室の左翼史観と、コリア人の圧力に媚(こ)びた卑屈な歴史学者たちが合流したためである。

 その点で、『古事記』や『日本書紀』のような公平な歴史書があるというのは日本の誇りといってもよい。それを無視して大陸の歴史書の記述を無批判に受け入れるというのは、本末転倒というものである。”

 そう、コリア人に媚びた学者たちがこの日本でオピニオンリーダーのようになって一般大衆を扇動しているようなことが実際に起きていないだろうか?戦後間もない昭和48年にコリア人のルーツである騎馬民族がこの日本にやってきて大和朝廷を建てたという仮説を立て学会に大きな影響を与えたのが東京大学東洋史学者江上波夫氏であった。彼は文化勲章まで貰ったが彼の唱えた説は本になり多くの日本人が詠み、彼の所説を担ぐ小説家も現れ、日本人の中には天皇の祖先はコリア人であると思った人も少なくない。小沢一郎氏は韓国を訪れた際、韓国人の前でそのような発言をした。

 新石器時代(日本では縄文時代)以降について言えば、コリア人と日本人とはルーツが違うのである。勿論、縄文以前の段階では、ルーツは同じの場合がある。そのことはミトコンドリア遺伝子とY染色体遺伝子についてほとんど日本人にしかない遺伝子、あるいは日本人以外ではチベット人にしかない遺伝子、黄河文明よりも1000年古い長江文明の遺跡から発見された物が日本の遺跡から発見されたものとよく似ていること、北方漢族の圧迫を山間部に逃れた苗族の風習・食べ物・建物などが日本のそれとよく似ていることなどから指摘される。                           (続く)

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