2009年7月28日火曜日

詩吟『青の洞門』(20090728)


  徳永英明というヴォーカリストの歌をBSハイビジョンで放送している。男の女房はこのヴォーカリストの歌が大好きで彼の歌のCDを何枚か持っている。男も彼の歌を聴いていてとても良いと感じている。心に訴えかけるようなメロディーと歌詞と彼の特徴ある声には無骨な男の心にも響くものがある。彼の歌は‘語り’である。今ヒットしている歌はどれにも‘語り’がある。歌曲に‘語り’がなければ人の心に訴えるものがない。

 男は長年詩吟を趣味としているが、詩吟にもその‘語り’がなければ聴く人に感動を与えない。しかし詩吟にはポピュラー性が少ない。徳永英明の歌曲と根本的な違いは、詩吟には今の時代に生きている人たちの感性に訴える部分が少ないということである。

 詩吟は古今の中国や日本の作者がその時代に生きていた当時の思いや感じたことを詩にしたものを、ほぼ共通した節回しで詠うので、そのことに関心がある人以外面白いものではないと思う。その上、詩吟の世界にも芸能界に共通したものがあると思うが、詩吟の組織にもちょっと固く苦しい雰囲気があって、若い人は簡単には馴染みにくい部分がある。

 男は数年前、70歳を過ぎたら自分の欲するところに従い自分の時間を大切に過ごすようにし、無理はせず、矩を超えず自然体で生きるようにしようと考えて、ある大きな詩吟の会を退会した。「子日、・・・七十而従心所欲、不踰矩」は2500年ほど前に生きていた孔子が晩年に自分の過去を顧みて述べた言葉である。その言葉に従い男は現在詩吟を楽しむことだけを目的としたあるサークルで詩吟を教えているほか、詩吟に興味を示してくれる人に詩吟を教えたり、男の吟詠を披露したりしている。多少時間的余裕もあるので、男は詩吟のブログを出して自分の吟詠を公開している。

 男にとってブログによる吟詠の公開は、初め勇気がいることであった。しかし時が経つにつれて「次はもっと良い吟詠を発表しよう」ということだけを考えるようになった。良い吟詠にするためには、公開するまでの間に公開する吟題の吟詠を何度も何度も録音しては自分で聴いて、詠い方を修正してゆく必要がある。つまり自分が生徒になり自分が先生になって稽古を重ねる必要がある。録音装置もエコーによる雑音が入らないようにあれこれ改善に改善を重ねる必要がある。男は多少工学的知識があるので、録音装置は以前から持っていたものを使って、金をかけずに良い録音をするように工夫を重ねている。もともと素人がやることなので、自分の家の中で出来る範囲のことをやればよいと思っている。

 男は詩吟を教えるため、毎年自分で詩吟のテキストを作っている。そのテキストには月ごとに練習する詩吟の題の詩文などを載せてある。8月は菊地寛が大正時代に書いた『恩讐の彼方に』という小説をもとに網谷一才というジャーナリストが創った『青の洞門』と、もう一つ、戦国時代から江戸時代前期にかけて生きた儒学者・藤原惺窩の『山居』である。男はその吟題の吟詠をインターネットで公開するため毎日練習している。

 『青の洞門』には、「罪を重ねし 償いに 立てし悲願の 奉仕行 南無観世音 大菩薩 諾い給え 我が願い」という今様の歌が挿入されている。舞台は大分県の耶馬渓、親を殺した仇である荒くれ僧侶が罪を償おうと一生懸命にトンネルを掘り、子供の時親を殺された青年がその仇と一緒に鑿をふるってついにトンネルが完成し、件の僧侶が「さあお切りなさい」と自分の首を前に差し出すが、その時青年の心には復讐心が消えてしまっていたという話。男は網谷一才の作詞の詩情をいかに上手く表現するか苦心している。