2010年8月10日火曜日

光陰矢の如し(20100810)

 明後日(12日)新幹線で九州に発つ。そのため今日は朝から慌ただしく準備する。2か所の初盆に参るため喪服や靴やネクタイや数珠など女房の分も含め、いつもより余分な物を携行しなければならない。荷物をできるだけ少なくするため宅急便で送る。

 熱帯魚の水槽や金魚の水槽の水替えなどをする。僅か1週間ほどの帰省旅行であるが普段の生活を一旦止めて普段と違う生活をしなければならない。

 都会では交通機関が人に合わせてくれるが、田舎では人が交通機関に合わせなければならない。田舎は車がないとどうにもならないが、かといってタクシーを雇うと片道1万円以上はかかる。人が合わせる交通機関だと数千円で行けるところが3倍以上のコストである。交通機関に人が合わせるしかない。そうなるとお盆に参るといっても1日がかりである。以前は気安く泊っていた親戚の家でも、高齢化がすすみそこに泊めてもらうのは気の毒である。だから前の日に何処かで宿に泊って、翌日お盆に参ることになる。

 初の盆に参るにはご仏前も皆に合わせなければならない。親戚だと大体相場は1万から2万円である。さらに先ず挨拶に必ず御仏壇の前に座り、明かりを灯し、焼香し、鐘を鳴らし、手を合わせる。その時、お線香代替わりに千円札を1枚置くのが習わしである。初盆に参るのに交通費、宿泊費、ご仏前を合わせて夫婦で相当の出費となる。

 それでも親族一同集まり、にぎやかに、親しく会話することは楽しい。都会ではお坊さんが決めた日に、お坊さんが指定する場所に違う家族・親族が集まって共同でお盆の儀式をするところがあるらしい。埼玉県での話である。男は女房からその話を聞いて「生臭坊主!」と怒りの言葉を発した。そもそも僧侶は悩める人々を導くのが本来の勤めである筈である。しかるに、自分たちの稼ぎのためにそのような方式を打ち出している。それは、そのようなシステムを利用したいと思う人とが結構多いためである。

 以前テレビで其処かのお寺で住職はアーティストといわれる部類の仕事をしていた人が、お寺の行事に夫婦でエンターテインメントを行っているのを見たことがある。若い参加者が増えたらしく、お寺も経営状況が改善され、参加した若者もエンターテイナーの住職の話を有難がっていた。お寺もいろいろ考えなければ経営が成り立たないご時世である。

 今回往復新幹線のぞみ号を利用する。博多から先も特急利用である。たまに列車の旅も悪くない。ドアツードアの総時間は列車であろうと飛行機であろうと大差ない。それぞれ長所短所あり、選択条件は旅費である。繁忙期は飛行機代が高い。通常の2倍以上である。その時は列車の方が安い。飛行機だと飛行場までの交通機関の乗り換えや、持ち物検査が煩わしく、出発までのフライト待ちのロス時間を無駄に思う。

 そのような帰省旅行を年に何度か続けてもう何年もなる。そして酷暑と厳寒の繰り返しを何度も続けてきた。今年も夏はお盆で過ぎる。毎年齢を重ねて、男も女房も気づかぬまま年々衰えてきている。光陰矢の如し、である。

 男は今回また竹馬の友だちにまた会うのが楽しみである。お互い73歳にもなっている。