2011年1月9日日曜日

今年の正月は大雪だった(20110109)


  昨年の暮れに二男一家は大型のキャンピングカーで男の九州の家に帰って来た。大阪を出て途中2泊して、大晦日に帰って来る予定であったが気象庁の天気予報で大雪になることが分かり、一日早く帰ってきた。家に着いた頃から雪が降り始めた。土地の人たちは一様に例年にない大雪だと言う。キャンピングカーは道路から少し下がった玄関前に停めたので、雪かきしないと車を出すときスリップして危険である。そこで翌朝から毎朝雪かきをしなければならなかった。二男が雪に備えたグッズを買うため、男が作業用に買って使っていた膝まである長いゴム靴を履いて近くのホームセンターに行ったが、雪かき用のスコップは既に売り切れていて、やむなくステンレス製の平スコップを買って来た。

  一家は仏間を寝室にして貰うよう、男は早くから準備していた。田舎の家は元来断熱を全く考慮せず造られている。それでも襖を閉め、エアコンをかければ室内は暖かくなる。廊下の外側はアルミサッシの引き戸とガラス窓、内側は障子であるから外気に対して多少断熱効果はある。エアコンは電気店の顔なじみの女性係員が勧めてくれたダイキンが製造したものである。それは暖房を重視して設計されたものであり、加湿機能も付いている。加湿のための加水は全く不要である。この製品はなかなか良い。二男一家4人はそれぞれ敷布団を二枚重ねにし、床下からの冷気を防ぐようにして休んで貰った。

  以前、田舎では葬式や法事など何かあると親類がやって来て、仏間で飲食し、夜、其処や続きの部屋で泊る。ちょっとした家では大概そういう準備はしてある。しかし、最近は飲食は外の店ですまし、宿泊は近くのホテルなどに用意するようになっている。車社会になってからは行事が終われば飲酒していない者が運転してそれぞれ自分の家に帰るようになっている。昔は葬式も結婚式も家でその家で行っていたが、今では葬祭場やホテルなどを利用するようになって来ている。

 男の亡父が生きていた頃、亡父は町の自治委員をしていたが、委員会は自宅で行っていた。そのため家には沢山の食器類などを備えていた。自宅で会議や宴会を行えば、人間関係は一層親密になる。今の時代、そのような繋がりは希薄になっている。それでもこの田舎の町では戦前のような‘隣組’がある。

    しかし組の中での人間関係は薄く、以前隣の組のある人の葬式に男が老母(男の継母であり女房の実母)の代わりに参ったとき、その組の人は誰も行かなかったらしいということをその組の人から聞いた。結局向こう三軒両隣、よくお付き合いしている間柄でなければ、田舎の町でもお互い助け合うことは無くなっているのである。

    男と女房は老母のことがあって、近所の人には帰るたびに手土産をもって挨拶に行き、盆にはお中元を贈り、暮にはお歳暮を贈って、老妻は近所の人と電話でよく会話を交わし合っている。今回老母が世話になっている二つの福祉施設にも二男に送って貰ってお歳暮を届けた。一つはホームヘルパーを派遣してくれている施設、もう一つはデイサービスを行ってくれている施設である。何れも男性の職員が一人だけ事務所に勤務していた。

  老母と同じ組の親しくしている人たちはそれぞれ高齢であり、今年の正月はそれぞれ娘や息子の家に行って過ごしている。もう戻って来ているかもしれないが・・。