2011年1月1日土曜日

外交と防衛(続き)(20110101)


  日本の古代史について岩間氏はこう書いている。「一例をひくと、東京書籍の歴史には次のように書いてある。「・・・そのころ、日本には邪馬台国という国があり、魏と交わりを結んだ。魏の歴史に記した『魏志』の倭人伝には、邪馬台国の様子が書かれており、小さな国々がしだいに大きな国にまとめられていった様子がうかがわれる。邪馬台国の女王卑弥呼は使いを魏の都へ送り、魏の皇帝から倭王という称号と金印を授けられ、また銅鐸百枚など、たくさんの贈り物を授けられた」と書かれている。どこにも日本の神話としての古事記、日本書紀に書かれている天照大神も三種の神器も神武天皇も出て来ない。

  支那民族は常に自国を中華と云い、周りの国を東夷、南蛮、北戌、西戎と言って蔑視し見下げて来た。その当時の日本は日本語として、すでに極めてはっきりした発音の日本語が一般に使われていたと思われる。ただそれを表す文字が無かったのである。その日本語を悪意を持って書いたのが魏志倭人伝である。「邪馬台国」は「大和国」を、「倭人伝」は「和人伝」を「卑弥呼」は「日御子」或いは「日美子」即ち「天照大神」をわざわざ卑しめて付けた言葉であることは間違いない。それを日本語に訂正しなくては本当の歴史教科書とは言えないのではないかと思う。日本神話及び日本の歴史上の偉人を教えないで愛国心が育つ筈がない。」と。

  老人は岩間氏の主張に100%同意する。明治政府は皇国史観を強調するあまり、本当は東大寺大仏の建立に使う黄金を帰化人で陸奥国司に任命された百済王氏が、赴任先で発見したとき大友家持が喜んで詠った中に「海ゆかば」があり、大東亜解放戦争(老人も岩間氏に同感し「太平洋戦争」と言わない)中、この部分を兵士を鼓舞する歌にしてしまった。

  『続日本紀』のその主要部分の現代語訳は以下のとおりである。(Wikipedia)より。

 「葦の生い茂る稔り豊かなこの国土を、天より降って統治された 天照大神からの神様たる天皇の祖先が 代々日の神の後継ぎとして 治めて来られた 御代御代、隅々まで支配なされる 四方の国々においては 山も川も大きく豊かであるので 貢ぎ物の宝は 数えきれず言い尽くすこともできない そうではあるが 今上天皇(大王)が、人びとに呼びかけになられ、善いご事業(大仏の建立)を始められ、「黄金が十分にあれば良いが」と思し召され 御心を悩ましておられた折、東の国の、陸奥の小田という所の山に 黄金があると奏上があったので 御心のお曇りもお晴れになり 天地の神々もこぞって良しとされ 皇祖神の御霊もお助け下さり 遠い神代にあったと同じことを 朕の御代にも顕して下さったのであるから 我が治国は栄えるであろうと 神の御心のままに思し召されて 多くの臣下の者らは付き従わせるがままに また老人も女子供もそれぞれの願いが満ち足りるように 物をお恵みになられ 位をお上げになったので これはまた何とも尊いことであると拝し いよいよ益々晴れやかな思いに満たされる 我ら大伴氏は 遠い祖先の神 その名は 大久米主という 誉れを身に仕えしてきた役柄 「海を行けば、水に漬かった屍となり、山を行けば、草の生す屍となって、大君のお足元にこそ死のう。後ろを振り返ることはしない」と誓って、ますらおの汚れないその名を、遥かな過去より今現在にまで伝えて来た、」。

 学校で日本のこのような古代史をきちんと教えないのは本当に間違っている。