2011年1月25日火曜日

エネルギーの向きを変える(20110125)

 124時間は誰にも同じである。太陽はそのエネルギーを受け取る側の態度・行動次第で、万物に分け隔てなく恵みを与え続けている。万物の一つであるこの老人の身体の様子も時間の経過とともに変わって行っている。

 老人は今、ある一つの役目、それも自分で勝手に決めた役目であるが、それが終わったと思っている。これからは、このブログの記事を書くエネルギーを別のところに向け変えようと思う。それは、「自分が知らないことを知る」ということに対してである。

 年老いて知力の衰えは自覚するが、それにしても将来大科学者になるかもしれない数学好きな高校生は、人類がまだ解き明かしていない未知の分野に挑んでゆくだろう。老人は彼らの足元にも及ばない幼稚さである。

 今さらそんなことに挑んで何になるのかということは考えないことにする。もう世間のことに関心を持つことを止めて、高校生以下の基礎のレベルから勉強を始め、生きている間にどこまで到達できるかわからないが、宇宙理論を理解できるようになろうと思う。

 先日買い求めたNewtonGraphic Science Magazine『宇宙はどうやって誕生したか』を読んでいると、これまで科学者たちが明らかにしたことについてもっとよく知りたいと思うようになった。それは今年74歳になる老人の新たな趣味である。もしかしたら、これは老人の潜在的欲求の現われかもしれない。

 老人は余生をなるべく世事から遠ざかって過ごしたいと願望している。そのため年賀状を出す枚数も極力減らすようにした。「筆まめ」というソフトのデータには来年から年賀状を出さない相手についてチェックマークを入れてある。これまでもそうしてきたが、これからはさらに的を絞って、年に幾つかの会合には顔を出すが、それ以外は地域社会のことも含めて一切かかわらないことにしようと思う。時間は限られているのだから、なるべく的を絞って、そこにエネルギーを集中させたいと思う。つまり老人はこれから一層孤高の変人になろうとしている。老人は宮本武蔵の生き方に共鳴するものがある。

 老人は放送大学から送られてきた平成23年度第1学期の「授業科目案内」のページをめくっている。自然系の科目の中に宇宙理論に関係する科目が幾つかあるので、その中から先ず基礎的な科目一つを選ぼうと思う。

 人はいつこの世から去るかわからない。老人の竹馬の友は、ある日突然愛する奥さんを亡くした。その喪失感は想像するに余りある。老人は老妻と二人暮らしで、二人でかなり密度の濃い日々を送っているが、それがいつ崩れるか予測はできない。人生はそんなものなので、愚かなこと、不必要なこと、無駄なことにエネルギーを費やすのは馬鹿げている。老人は坐禅をしない代わりに、基礎の基礎から宇宙理論を学ぼうと思っている。これにはお金も殆どかからない。時間だけがかかる。

 そういうわけで今後は世の中のことは成り行きに任せ、怒ったり、嘆いたり、憂えたりしないことにする。老人の『吟詠』ブログには毎日沢山の方の訪問があるが、そこに書いた「日本という国ついて」と題する記事で世事との関わりは終わりとする。今後は純粋に詩吟に関することだけにする。このブログ記事も一日一言の短文にしようと思う。