2012年7月4日水曜日


「父上に贈る 皇紀2638年1月8日」(20120704)

 表題は男が昔亡父に贈った本の裏表紙に書かれていた文字の一部である。埃だらけの書棚の片隅に肩が凝らない娯楽本が何冊か並べられていた。『邪馬台国』『日本古代史99の謎』『日本原人99の謎』などである。それらと一緒に男が贈った『原・日本人の謎』という本があった。前三冊は、それぞれ朝日新聞社、鈴木武樹、松崎寿和が書いたものであり、男が贈った本は邦光史郎が書いている。何れも埃をかぶっていたので、傍に置いているとツーンと鼻に付く。

 現在では環境考古学や遺伝子学の知見が深まり、「日本人とは」という命題に対する答えがかなり明確になってきているが、これらの本が書かれた当時、昭和50年頃は、推測的な論調部分が目立つ。それでも当時の日本人の興味を満たす本であったと思われる。

 男は自分が亡父に贈った本のページをめくってみて、その記述内容にある程度満足した。それ以外の三冊は、端的に言いうと「どれもこれも馬鹿丁寧にいろいろ沢山の資料を引用しながら、結局は日本人の誇りを傷つけるもの」である。左翼的な朝日新聞社が出版したものは当然そのとおりであるが、他の2氏は古代日本人が朝鮮半島人により大きな影響を受けていて万世一系の天皇は嘘である、江上波夫の騎馬民族説を肯定といったような論調である。著者はいずれも東京大学出身者である。

 松崎は最後の方にこう書いている。“縄文時代から弥生時代にかけて、大陸からぞくぞく人がやってきた。朝鮮陸橋にはひとときもたちどまらずに、である。南方から波の穂にのってやってきたというのは神話でしかない。朝鮮陸橋を通ってきた人たちは、瀬戸内海にも奈良盆地にもあふれていた。かれらは高い知識と技術を身につけていた。日本の古代史のプロモーターはこの大陸わたりの人たちだったのである。わたくしたちは、その実質的資料を古典からいくらでもひきだすことができる。融通王(ゆずきのきみ)、王仁(わに)、阿直岐(あちき)などなどである。神話となるとスサノオノミコト、天の日槍が本命だ。中国の魏志韓傳(ぎしかんでん)、朝鮮の三国史記、三国遺事(さんごくいじ)にはそれを裏付ける記事がいっぱいみられる”と。日本書紀など深く読まない一般大衆は、東大の大先生が書いた本であるので、彼が書いていることに何の疑問も挟まず納得するだろう。男はこの部分を読んで腹が立った。
 
 鈴木が書いていることについてはますます腹がった。鈴木は武烈天皇の部分を際立たせて“「万世一系は嘘」の証拠を、ついに見つけた”と題し、しかも“古代では万世一系なんてありえない”とイラストまで挿入してこう書いている。“さて、こうしてオケのあとを受けて泊瀬ノ列城(ナミキ)ノ宮で大王になったヲハツセノワカサザキは、その治世のあいだになにをしたことになっているかといえば、妊婦の腹を裂いたり、生ま爪をはがせた者たちに芋を掘らせたり、人を木に登らせたあとその木を根本から切り倒したり・・(中略)・・思うに、こんな記事が記録として残されたのはおそらく、ヲハツセノワカサザギだけが血統を前代にまでさかのぼらせえない、そして子孫もない大王だったからではないだろうか。・・(後略)・・”と。

 古代史には真実でないものが書かれていることはあり得るだろう。武烈天皇の残虐性について、それは創作であるという説もある。「欠史八代」もある。彼は面白半分にこのようなことを書き、大衆受けを狙ったしか思えない。仮に神武天皇の血統が不確かな時期があったにせよ、ある時期以降は疑いもないほど血統が明確にされている。そのような血統の古い国は世界中どこを探しても日本しかない。

 邦光はペンネームかもしれない。彼はこう書いている。“最近ますます有力になってゆく「日本人起源論」の一つに騎馬民族説がある。・・(中略)・・しかし、騎馬民族が征服王朝を樹立したという学説が確かで、正しいものであったにせよ、では、そのとき征服された族長や民衆は一体何者なのか、そしてまさか全滅してしまったわけではあるまい、・・(中略)・・もし朝鮮からの渡来者だけで、この国がはじまったものなら、言葉も生活習慣も、もっと朝鮮的になっていたはずである”と。

 男はその本を買った当時、40年近く前のことであった。このブログに投稿した今年54日付『皇室の起源(騎馬民族説に反論)(20120504)』と5日付『発掘された人骨から復元した原日本人の顔立ち(20120505)』にも書いたが、東大の歴史学の先生たちは確かに多くの客観的資料と論理的な説明で日本の古代のことを解き明かしている一方で推論の部分も結構多い。その推論で結論付けたことを本に書いて売ることは邪道である。東大の先生が書いた世俗的書物を読む大衆は、その所説に納得する。その結果、彼らは日本人の国家観を危うくさせている。そのことを見てほくそ笑む人たちがいる。日本人に対して優越感を持てたと喜ぶ人たちがいる。
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