2013年1月2日水曜日


趣味(20130102)

 郵便受けに年賀状の束がある。持ち帰り一枚一枚めくり、この年賀状を下さった友人・知人らの顔を思い浮かべる。中に「仏像彫刻を始めました」と活字の賀状の余白に書き添えている人が居る。「ああ、Aさんは自分の生きがいを見つけたんだ」と思う。傍で女房が、「年老いて何か趣味がある人は幸せだわ」と言う。定年を過ぎ第二の人生も終え、時間を持て余し「さて、これから何をしようか」と考える人も多かろう。友人Bさんは「俳句を始めようと思う、近くに俳句をやっている人が居て、俳句の会に誘ってくれている」と言う。皆、私よりは5歳から10歳年下である。会社人間一筋に生きてきて65歳を過ぎて、自分の余生を充実させるものがないことに気付く。他に打ち込んで来た趣味はないから大概の人はゴルフのことを話題にする。

 モンゴル出身の横綱日馬富士のことがテレビで紹介されていた。「バンキシャ」という記者がモンゴルに一時帰郷している日馬富士を密着取材し、日馬富士の一面を紹介していた。日馬富士は14歳のころ徹底的に絵画の勉強をしたらしい。彼は今でもときどき絵を描いているという。その絵は半端じゃない。フビライ・ハーンの一党の群像なのか、美しい絵を描いている。その他、数点の絵が紹介されていた。日馬富士は毎年2台の中古の救急車をモンゴルに送っているという。モンゴルでは救急車の数が足りないのだと言う。

 話はそれたが、凡そ趣味というものは、定年退職後に付け足しのようにできるものではない。器用貧乏ではいけないが、趣味は子供の頃から芽生えるものであると思う。音楽的な素質がある者は、大人になってもその素質が現れる。絵画でも、彫刻でも、作文でも、何でも大人になって熱中できるものについては、子供の頃にその分野の才能が現れているものである。親は、自分の子供をよく観察して「この子は何に向いているのか」判断し、その才能を伸ばすようにしなければならない。

 自分が会社に関わっている間は気付かなかったが、いざ会社を定年で辞めると自分には「やってみたい」という趣味がないことに気付く。あれこれ考え、試した末、自分には何も取り得がないことに気付く。そして欲求は抑圧され、外向的な考え方を捨て去り、結局、諦めの境地になって猫の額ほどの土地に野菜等を栽培し、家事に明け暮れ、ごく限られた狭い世界の中に閉じこもる。そういう人がいる。それでもそういう暮らしができ人は幸せである。人は転んでもただで起き上がってはならない。地面の石ころでも掴んで起き上がるべきである。その変哲もない石ころでも、磨き上げれば小さな飾り物になるだろう。一生懸命生きるということはそういうことである。