2011年10月1日土曜日

渡部昇一『日本史』を読んで日本人はどうあるべきか考える(32) (20111001)

 これまで31回にわたり渡部昇一『日本史』を引用しながら日本人はそうあるべきか考えてきた。今の日本は「この日本列島は日本人だけのものではない」と愚かな元首相が言うように、非常に多くの外国人が住みつき、日本に帰化している。在日中国・台湾人は69万人おり、在日韓国・北朝鮮人は12万人いる。彼らの中から多くの人々が日本人と結婚し、日本に帰化している。勿論、日本人との結婚以外に日本に帰化している人も多い。毎年15千人前後帰化しており、内韓国・北朝鮮人が78千人、中国人が45千人である。

帰化している人々の中には日本人以上に日本人の精神をもっている人々もいる。一方で帰化後反日的な行動をする人もいる。政治や教育の分野で反日的な活動をしている人たちは愛国者たちの批判の対象になっている。一般国民には知られていない、或いは知らされていない反日的な実態があり、YouTubeなどの動画に投稿され公開されている。

韓国・北朝鮮人による反日あるいは克日行動は、彼らの「気」の部分が現れているのであろう。一方で「理」の部分で自分たちの同胞の一部の人たちの行為に眉をひそめる良識派もいると思う。しかしそのような良識派でも日韓歴史共同研究では「気」の部分が頭をもたげ、「史実」よりも「物語」を重視している。肝心のところで折り合わない。

中国や韓国のメディアで反日的な映像が流れるのを見せられるにつけ、日本人は十把一絡げで「中国人はどうだ」「韓国人はどうだ」と一面的に見て、彼らを嫌いになってしまう。それが嫌悪や差別や恐怖の原因になる。

一番重要なことは、己の中心をしっかり意識することである。戦後日本人は自虐史観に陥り、その結果起きたことに自己嫌悪している。「何故従軍慰安婦のことで謝罪してしまったのだろうか」「何故南京事件のことで謝罪してしまったのだろうか」「何故靖国神社公式参拝はしないと宣言してしまったのだろうか」などなど、自分が発言したことでなくても同じ日本人それも政府要人が発言したことを自分のことのように嫌悪する。

日本人がしっかり「皇国史観」をもち、日常的に「教育勅語」を朗読するようになれば、その自己嫌悪も薄れると思う。これまで私は自分自身への問いかけもかねてこの一連の記事を書いて、積極的に公開してきた。そのことにより自己浄化ができたと感じている。

過去に『日露戦争前哨戦』など一連の記事や遺しておきたい記事は一冊の手製の本にし、子や孫たちに贈ることにする。それは子や孫たちにとって父や祖父(つまり私)がこの世に在ったとき何を考え、何をしていたかという記録になる。それは彼らに私の体内遺伝子であるDNAとともに体外遺伝子ともいうべきものになる。遺伝子はコピーされ再生される限り、わが家系は末代まで続くことになるだろう。

このシリーズは一旦休憩し、数日後再開することとする。

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