渡部昇一『日本史』を読んで日本人はどうあるべきか考える(90) (20111130)
“教育勅語は先の大戦で日本が負けてからもその廃止を求める声は出なかった。というのはアメリカ人から見ても、その内容におかしな点は一つもなかったからである。事実、教育勅語ができたときは、日本政府がキリスト教とは違う新たな宗教的な教義をつくるのではないかという疑念が外国から出るのを恐れて、勅語を英訳、仏訳、独訳、ロシア訳、漢訳にして世界中に配っている。それでもどこからも反論がなく、むしろ評判がよかったのである。
では、戦後なぜ教育勅語が廃止されたかといえば、戦後の日本の進歩的文化人の中に、教育勅語を残しておくと軍国主義に戻る恐れがある占領軍に告げ口をした者がいたためである。日本人がそういうのならば、ということで、占領軍が勅語の廃止をにおわせ(命じられたわけではない)、日本の衆参両院が廃止・失効を可決したのである。
しかし、教育勅語を廃止した影響は極めて大きいといわざるを得ない。それによって日常道徳の拠り所となるものが否定されてしまった。極論すれば、現在の日本の風紀の乱れ、親殺し、子殺しの原因に教育勅語の廃止があったと言っても過言ではないのである。”
(以上、渡部昇一『決定版 日本史』より引用。)
ここで書かれている「占領軍に告げ口をした」進歩的文化人が誰であるかは、今となってはどうでもよいことである。重要なことは戦後間もない昭和23年6月19日、衆参両院の決議によって教育勅語が廃止されたという事実である。
教育勅語は明治23年(1890年)10月30日発布直後、諸外国の疑念を晴らすため英語・ドイツ語・フランス語・ロシア語・漢語に翻訳され、世界各国において評判の良いものであった。教育勅語は今の時代に照らしてもどこにもおかしなところはない。
戦後、アメリカに押し付けられた憲法や諸制度は、今となってはおかしな部分が多く、いろいろな問題が噴出してきている。
問題が起きたときは一旦原点に立ち戻ればよい。教育勅語もその文体が今の時代にそぐわない部分はあると思う人も多いと思うので、文体を現代風に改め、原文併記の「明治23年10月10日発布教育勅語改訂版」として衆参両院で再度可決し、復活させることが必要であると思う。
(続く)
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